「…。竜崎、聞きたくないが、何してるんだ?」
「ジェンガはご存知ではありませんか?」
竜崎の目の前のテーブルには、ピンクと白のブロックがタワーになって積まれている。
「知ってるけど、ジェンガが何故ここにあるんだ?」
「まぁ、いいじゃないですか。せっかく積みましたし、月くん、一緒にやりましょう」
「二人で?」
「他にいますか?」
都合のいい事に、確かに部屋には僕と竜崎の二人だけ。
「嫌だって言っても、どうせやらせるんだろ…」
わざと大きく溜息を吐く。けれど、やっぱり竜崎は意に介さない。いいけどね…。
見せようと思って持ってきた資料をテーブルに置き、竜崎の向かいに座った。
「まずはルールを説明しましょう」
「知ってるよ。タワーから1本ずつブロックを抜き、上に積んでいく。崩したら負け、だろ?」
「その通りです。が、これは少し違っていまして、ブロックにメッセージが書いてあります。引いたブロックの指示に従って頂きます」
「やっぱり…」
「止めると言うのはなしです」
言い終える前に即座に拒否が飛んできた。竜崎は親指を銜え、にやーと笑っている。
「…負けたとしても罰ゲームはなしだ」
「いいですよ。ですが、わざと負けないで下さいね。月くんとはテニスと同様、良いゲームが出来ると思っています。…お先にどうぞ」
竜崎が先を譲ったので、まずは中央上部のブロックを引き抜いた。書かれていたメッセージを読み上げる。
『正面の人とハグする』
「……これって王様ゲームだろう!!」
「なぜ月くんが王様ゲームを知っているかは、今は不問にして差し上げます。さぁ、さぁ!」
腕を大きく広げて手をわきわきと動かす竜崎。殺したい程、喜色を露にしていた。
「月く~ん。たかがハグじゃないですかー」
間延びした台詞が苛立ちを倍増させる。
「くそっ!」
勢い良くソファーから立ち上がり、ぎゅっと竜崎をハグした。すぐに身体を離そうとしたのに、背中に竜崎の腕が回って振りほどけない。
「離せ!もうハグしたからいいだろ!」
「良い匂いです~。月くぅ~ん」
ぐぃと肩を押しても離れない。力いっぱい抱きつき、その上、首筋にすりすりと顔を寄せられた。心なしか首筋に触れる竜崎の鼻息が荒い…。
ようやく竜崎を剥がすことに成功したけれど、一つ目のブロックなのにひどく疲れていた。まさか全部のブロックがこれか…。よぎった不安で嫌な汗が背中を伝う。
『右隣の人の魅力を3つ言う』
「…右隣も何も僕しか居ない」
「3つ!3つなどでは、月くんの魅力を言い足りません!」
「じゃあ、言わなくていい…」
「まずは私と同等の頭脳。やりあって、こんなに楽しい相手は初めてです。それから麗しい顔。私だけに向けてくださる笑顔も、嘘臭い作り笑顔も、怒って睨みつける顔も美しい。それに気持ちの良い…」
「体とか言ったら、今すぐにここから出て、お前との縁を切ってやる」
「………相性は抜群に良いんですけどね」
『色っぽい声を披露』
「………」
「ま、ま、待ってて下さい。今、レコーダーを用意しますので!まだ披露しちゃいけませんよ!」
高性能レコーダーの用意を!と部屋からワタリさんを探して駆け出していった。その体勢が前屈みになっていた気がする。通路からは竜崎が何かを蹴飛ばしたのか激しい物音が響いてくる。こんなゲームに付き合っているのだって不本意なのに、レコーダーになんて録らせて堪るか!
「…あん」
呟いた後、なんとなく温度が上がった気がした。
「ずるいですー。やり直しを要求します」
「煩い。もう忘れろ。居なかったお前が悪い。ほら、早く引け」
顎でタワーを示した。残念がる竜崎にいつもとは違う耳に気づかれなくて良かった。
ぶつぶつと文句を言い続けながら、新しいブロックを引き抜く。
『右隣の人の耳に吐息』
竜崎はブロックを抜いた手をそのまま天に突き上げた。
「最高です、このジェンガ!!…では、失礼して」
近寄ってくる竜崎に、慌てて両耳を塞ぐ。
「月く~ん、手を外してください。でないと、私が外しますよ?」
にたーと笑う顔が、竜崎の外すと言う事が普通に外す事ではないのを保障していた。おずおずと手を外して視線を伏せた。蜘蛛みたいな白い指が伸びてきて、耳にかかっていた髪を払う。
「赤いですよ、月くん」
「…煩い」
自分でも耳どころか頬だって上気しているのが分かっている。膝を掴んで来る時を待った。
ふぅ。
ぞくぞくと背筋を走る感覚。それに伴って体がくの字を作った。
「ぁ…」
無意識に小さな声が漏れる。それに遅れて体がふるりと震えた。
「いい!いいです、月くん!!その顔、その声、最高です!艶っぽいです!」
殴られても「一回は一回」も言わずに笑っている竜崎が不気味だ。
『右隣の人に命令できる』
「名前なら教えませんよ?」
「…聞かないよ」
「今の間はなんですか?」
『左隣の人の命令に従う』
「名前なら…」
「聞かないって」
『1人異性を選び、次の番まで膝枕してもらう』
「異性はいないからパスでいいな」
「私と月くんしかいませんから、同性でも可と言う事に…」
「しないから」
『全員から頭をなでられる』
「まぁ、この位なら。ふふ、竜崎の髪って見た目より柔らかいんだね。猫みたい」
「にゃー」
「おい、じゃれてくるな」
『パンツの色を発表』
「はぁはぁ、月くん、何色のパンツを履いてるんですか?」
「鼻息荒いから!!本気で変態か、お前!」
「これまでの統計で言うと、月くんはグレーと白が多いですよね。今日は何色ですか?小悪魔的に黒?それとも情熱の赤でしょうか!?私の好みとしては白なんですが!」
「……」
「何ですか?」
目の前にいるんだから聞こえない筈がない。繰り返させる竜崎は本当に意地が悪い。
「聞こえただろ?」
「いいえ?」
「だから、…白」
見せてください、いやだ、後で見るんだから今見てもいいじゃないですか、いや、見せないから、とズボンのウエストを引っ張り合いながらの攻防は、僕が竜崎の頭に踵を叩き落して終わった。
蹴られた竜崎より、石頭を蹴った僕の方がダメージが大きいってどう言う事だよ。
『正面の人にキスをする』
メッセージを読み上げたと思った瞬間、竜崎が目の前にいてキスをされていた。すぐに離れたそれだけど唇に竜崎の感触を残していて、無意識に指で触れた。
…そんなに嬉しそうな顔をするのは反則だと思う。
タワー下部のブロックに手を掛ける。ほんの一瞬だけ正面の竜崎の雰囲気が変わった。
何だ?手を止めて、訝しげに竜崎を見る。けれど、表情からはもう何も読めなくなった。
新しいブロックを選び直すか?いや、それこそが狙いか?いくら疑問を重ねても結論は出ない。
手にしたブロックをゆっくり引き抜いた。引いた結果がどうであれ僕なら何とか出来る!
「『意中の人にプロポーズする』?」
「………」
立てた膝に頭を伏せる竜崎。仕草で指を噛んでいるのが分かる。
「竜崎?」
僕の呼びかけに顔を上げた。だが、答えずに新しいブロックを引き抜く。
「『yesと言う』」
「………」
「………」
「………」
手にしていたブロックをテーブルの上にかたりと置いた。
「月くん、私と結婚して下さい」
「…ブロック、引いてないよ?」
「引いてませんね」
「………」
「………」
「yes」
「ブロックを引いてませんよね?」
「引いてないね」
「………」
「………」
がたん。そして、ざーと音を立ててジェンガのタワーが崩れた。
タワーを蹴倒してテーブルを飛び越えてきた竜崎に抱き締められていた。お前の負けだ、と言ってやりたかったけれど、当分唇は忙しい。
だから、臆病をずるさで隠した、僕以外に自信家の探偵への文句は言えなかった。
END
