パンダドーナツ

あらすじ: 彼はどうしても限定ドーナツが欲しかった。

ジャンル: コメディ、一般

主要キャラクター: 海馬、城之内

作者註: この作品は、春さんによる超絶可愛い海馬君のイラストレーションに触発されて書きました。春さんの素晴しい作品は、許可を得て私のLJ(私のhomepage)に飾ってあります。この作品の英語版も、"Panda Donuts"というタイトルでffnetに投稿しています。


パンダドーナツは、ニューヨーク発祥の、現在世界中で大人気のドーナツショップだ。オレは、その日本1号店が、6月3日に童実野町にオープンするという情報を掴んだ。しかも、いくつかの雑誌を調査した結果、日本限定でオリジナルドーナツが売り出されるらしい。オレが買った雑誌には、一日限定600個、並ばなければ売り切れ必至であると書いてある。オレは、オープン初日の学校帰りに並びに行こうと思った。

6月2日、オレは少し不安になってきた。パンダドーナツが明日開店するという話は、既に大評判になっていたからだ。学校の女共の間ではそのうわさで持ちきりだったし(何故か獏良了もいた)、テレビでは情報番組はおろか、普通のニュースでまで取り上げていた。くそっ、こいつらはそんなにドーナツが好きなのか。流行の情報に踊らされるだけの愚かな豚共め。貴様らのせいで限定ドーナツが手に入らなかったらどうしてくれる。オレは何年も前から目を付けていて、ニューヨークに出張に行く度に、わざわざマンハッタンにあるパンダドーナツ本店(24時間営業)の近くにホテルを取って買いに行くほどのファンなのだぞ。貴様らとはレベルが違うのだ。

獏良が何やら語っている。明日は学校を休んで並びに行くといっている。バカかこいつは。オレも行きたい。だが折角確保している登校日を無駄にするわけには行かない。やつはあの女(杏子と呼ばれていた)の分も買ってやると約束している。八方美人が。オレの分も買え。

「ねえ海馬くん、キミも要らない? パンダドーナツ、すごく美味しいんだって」

なななななぜオレに声を掛ける!? オレは物欲しそうに見つめたりなどしていないぞ。オレは貴様の施しなんぞいらん!

「フ、フン。ドーナツがどうとか、行列必至だとか、日本限定販売だとか、雑誌の情報に群がって、女みたいなヤツだ!」

「詳しいね海馬くん…」

「チッ…兎に角オレは忙しいのだ。下らんことで話しかけるな!」

断ってしまった。折角のチャンスだったのに。いやいや、あんなお友達の助けは要らん。オレは、自力で限定ドーナツを手に入れるのだからな!


授業が終わると、オレは急いでドーナツ屋に走った。リムジンを呼ぼうかと思ったが、会社の人間に甘いもの好きが知れ渡ると体裁が悪いので、止めておいた。ドーナツ屋に着くと、女とガキ共が長蛇の列を作っている。中にはうちの高校の制服の奴らもいる。オレのほうをじろじろ見ている気がする…考えすぎだろうか。

「やっだ~、海馬くん、ドーナツ好きなのかしら。意外~」

「似合わないよね~、甘いものなんて…」

ひそひそ噂話をしている気がする。考えすぎ、考えすぎだ…。いやいや、そうだ! オレは調査の為にやって来たのだ! 何せ、オレはアミューズメント会社の社長だからな。若者に人気のトレンドは常にリサーチしておかなければならんのだ。だから、貴重なオフを費やしてまで、こうして市場リサーチに赴いているというわけだ、わはははは。

段々オレの番が近づいてきた。人垣の隙間からショーウインドーが見える。童実野スペシャル…例の限定販売だ! よし、どうやら間に合ったらしい。だが、残りは20個ほどだ。どんどん売れていく。後三人…あの女、一人で10個も買いおって! 太っても知らんぞ。むしろ太れ。泣け。あと二人…あの母親め! 子供三人に2つずつだと! ガキなんぞ一人一個で充分だろう! あと一人…限定ドーナツはあと4つしかない…4つ頼むな、4つ頼むな、4つ頼むな~!!!

「限定ドーナツ2つと~、プレーンドーナツ3つ下さい~」

「はい、830円になりますぅ~」

やったぞ! オレは勝った! 限定ドーナツ2個しか食べられないとは残念だが、オレは戦いに勝利したのだ。オレの大好きなチョコドーナツも残っている。一緒に買って帰ろう。

「限定ドーナツを2つと、チョコドーナツ4つ…」

「はい、いらっしゃいませ…って海馬ぁー!?」

な、何でこんなところに凡骨がいるのだ! ううっ気まずいぞ。オレとしたことが。

「何だよ、雑誌の情報に群がるなんて、女みたいなヤツだな!」

「ううううううるさいっ! おおおおおおれはべつに、そうだ、リサーチなのだ! 海馬コーポレーション社長として、最新の市場情報は常にアップデートしておく必要があるのだ!」

「そんなん部下にやらせろよ…っていうかお前、しょっちゅうアメリカ行ってんじゃん。そんときに店ごと買えばいいんじゃねーの」

「ふんっこれだから無知な凡骨は! ニューヨークのドーナツと、日本のドーナツでは、違うのだ。オレはこの限定ドーナツを…」

無い!? どういうことだ、さっきまであったのに。ふと隣のレジを見ると、別の店員が童実野スペシャルを正に客に渡そうとしているところだった。オレは抗議をしようと口を開いた。

「おい、それはオレが先に…」

「お兄ちゃん、どみのすぺしゃる楽しみだねえ」

「うん、最後の2つだって! すげーラッキーだよな!」

「…」

「えっあれ? ちょっと、こっちのお客さんのが先だよ。こっちが先に注文したんですよ、限定ドーナツ」

城之内が店員に説明しようとしている。

「いや。チョコドーナツを4…いや、10個だ」

「えっお前限定ドーナツ2つ注文したじゃん。お前のが先に注文したんだから、お前のだよ」

「注文してない。オレは日本のチョコドーナツが欲しいと言ったんだ。チョコドーナツを10個だ」

「そう? …じゃあ、チョコドーナツ10個で、1,600円になります」


会社までの道をとぼとぼと歩きながら、オレはチョコドーナツを袋から出して齧った。(もぐもぐ)うまい。ドーナツは揚げたてが一番なのだ(もぐもぐ)。10個も買ったから(もぐ)、今日はオレの大好きなチョコドーナツが沢山食えるんだ(もぐ)。オレは本当にチョコドーナツが食べたかったのだ。

限定ドーナツの内容は、今日の発売まで、どの雑誌にもニュースにも載っていなかった。発売されるまでの秘密なのだ。「限定販売の600個を手に入れた幸運な方だけが、パンダドーナツの日本の皆様だけにお届けする特別な味を体験することが出来るのです!」…ふん、凡骨の言う通りだ。オレはその気になれば、店中のドーナツを買い占めることが出来るのだ。それどころか、パンダドーナツチェーン全体を買収することだって出来る。明日だって明後日だって、オレが一言命令すればいつだって、部下が限定ドーナツを10個でも20個でも買ってくるのだ。でも…でも、6月3日に、日本で初めて発売された童実野スペシャルは、今日しか手に入らなかったのだ。あの童実野スペシャルは、本当はオレのだったんだ。くそ、凡骨さえ邪魔しなければ…。

「おーい、海馬! 待てよ!」

何だ、凡骨か。何の用だ(もぐ)。

「お前、さっきから何度も呼んでるのに、すたすた行っちまうから!」

「(ごっくん)何の用だ」

「童実野スペシャル。お前の分だよ。1個しかないけど」

城之内は言いながら、何やら紙袋をオレに突き出して見せた。

「はっ? どういうことだ。売り切れではなかったのか」

「これ、バイトだと特別に先に自分の分買えるんだよ。って言っても人気のだから1個だけだけど。お前すっげー楽しみにしてたんだろ。やるよ」

城之内は恩着せがましくオレに紙袋を押し付けてきたが、オレはヤツに心を読まれたなどと認めたくなくて言い返した。

「楽しみになど、しておらんわ。大体、凡骨の施しなぞ要らん」

「意地張るなよ。このためにわざわざ並んだんだろ。ニューヨークのドーナツと、日本のドーナツじゃ、違うんだろ」

「要らんといったら、要らん」

「ふーん、じゃ、オレ食べちゃお。丁度腹減ってたんだよなあ」

「待てオレのだ食うな!」

…あ。

「違う! いや違わない! オレのだ! つ、つまり、オレが買ったんだから、オレのだ!」

オレは大慌てで財布から千円札を抜き取って凡骨に押し付け、代わりに限定ドーナツの入った袋をひったくった。

「釣りは要らん! ここまで配達、ご苦労だったな! では職場に戻れ」

兎に角思いついたことを捲し立てると、オレは方向転換をして急いで歩き去った。

「このバ海馬!人が折角親切にしてやりゃふざけんじゃねえ!それより釣り! 困るって!」

後ろから凡骨のわめく声が聞こえる。バカとは何だ。だが、確かにオレは凡骨に借りを作ったと言うのに、バカのような返答しかしていない気がする。どうにも自分が変な顔をしていると思ったので、振り向かないまま怒鳴り返した。

「一応礼は言っておく! またな」

ふふふん。決まった。この海馬瀬人、凡骨に礼も言えぬような小さい男ではないわ! わはははは!

オレは至極良い気分で、早速限定ドーナツを袋から取り出した。ドーナツは揚げたてが一番だからな!

-終わり-


作者註: これは私の最初の二次創作作品です。私はモクバの好物がチョコパフェであることから考えて、海馬は実は甘いもの好きではないかと思っています。これはあまりファンの間では一般的でない説なので、これに関する話を書きたいと思いました。