Climbing to the Light

彼は窓に凭れて立っていた。項垂れた頭は窓硝子に預けられ、瞳は半ば閉ざされて物憂く窓の外に向けられていた。

温度のない冬の陽は彼を白く照らすだけで彼を暖めない。彼の凍えた心身を解すことはない。硝子に擦れて乱れ、目に落ちかかる髪は陽を透かして光そのもののように輝き彼の視界を覆った。

光。彼は光を視ていた。弓に擦られて弦が震え、弦に共鳴して楽器が震え、楽器を支える彼自身の顎骨が、頭蓋が震え空気が震え、その震える空気に包まれその空気を呼吸する胸の奥底さえ震えるその時に、彼の視界は光に満たされるのだった。

もう、彼があの光に触れることはない。

彼は窓枠に置いた手を見下ろした。象牙細工のようだと評されたこともある繊細なその両手は今、指先から肘まで白い包帯に覆われていた。動かすなという医師の忠告を無視して、彼は強く手を握り締めた。傷んだ皮膚と肉が裂ける感触があり、包帯には血が滲んだ。新たな痛みのせいなのか、つい数時間前の光景が脳裏に鮮やかに蘇り、彼は吐気を覚えて床に沈んだ。

***

光は、最後まで美しかった。暖炉の炎の中に放り込まれた楽器は数秒の間、不可侵の魔法がかかっているかのように焔に耐えて飴色に光り、彼の呼吸を奪った。その数瞬の後、輝く火の粉を散らして弦が弾けた。焼かれて朽ちゆく楽器の断末魔のその音は意外なほどに澄んで、広い部屋に響いた。その音に弾かれたように、彼は暖炉に駆け寄った。彼の光が、彼のたったひとつ失いたくないものが、輝きながら消えていく。

彼はためらいもなく火にその両手を差し入れ、燃える楽器を掬った。彼の手は醜く爛れ、皮が剥け肉が焦げ血を流すのに、その手の中で楽器は、最後まで夕陽のように輝きながら散っていった。

彼の父は、息子の愛器を火に投げ落としたその男は、楽器と息子の手が燃えるのをただ立って眺め、楽器が燃え尽きたのを見届けると無言で背を向けて歩み去った。支配者がその場を去るが早いか、暖炉の前に跪く彼に使用人が駆け寄り、彼を火から引き離した。

手当を受けながら彼は、かたく目を閉ざしていた。焼け爛れた醜い自分の手を見ないためだったのか、美しく輝いて燃え尽きた楽器を想うためだったのか、それとももう見ることのない光の残滓を追うためだったのか、彼自身にもわからなかった。