1.わたしの役割
パタパタと軽い足音が響く螺旋階段。踊るようなその足音はいつも笑顔を連れてくる。扉が開けば、ほら。
「久しぶり〜!セドリックさん!」
快活で明るい声。やわらかな髪は高い位置で結ばれ、大きなポニーテールがふわりと揺れる。スラリとした手足をのばし、エンチャンシアの第二王女であるソフィア姫が飛び込んだのは、エンチャンシア王国の城の一角にある塔の上の「魔法使いの部屋」だった。
突然現れた王女に魔法使いは驚いた様子もなく、ムスッとしていた顔に軽く笑みを浮かべた。
「やっと取りに来たんだな。ほら、仕上がってるぞ。」
魔法使いは小さな瓶を裾から取り出し、それを軽く揺らして見せた。まるで王女がそこに来ることが分かっていたように。というより、分かっていたから準備をして待っていた。と言ったほうが正しかった。
「うわぁ!さすがセドリックさん。やっぱり宇宙一の魔法使いね!」
ソフィアは魔法使いのセドリックが大好きだ。大切な友達だと思っている。小さい頃から憧れていた。魔法も教わった。困った時はいつも助けてくれた。
それは大人になった今でも変わらない。
大切なお友達。尊敬する先生。
大好きな魔法使い。
セドリックにしてみれば最初は野望のため、ソフィアの持つアヴァローのペンダントが欲しくて彼女の相手をしていたようなもの。でもそれは諦めた。諦めざるを得ない出来事が起こった。
セドリックはソフィアと出会った事で少しずつ変わっていった。内に秘めた黒い野望は薄れ、抱いていた劣等感や疎外感を感じなくなった。
ダメな魔法使いのレッテルも薄れ、今では立派に一国の魔法使いとして仕事をこなしていた。
今はもう、彼女の胸に輝く事のないアヴァローのペンダント。
代わりに大きな黄色いリボンが揺れる。
きらびやかなドレスではなく、動きやすいスーツにボビンスカート。細めの手袋をした手には大きな鞄。その姿はティリー公爵夫人を連想させた。ソフィアは近年とくに忙しく世界中を飛び回っていた。
セドリックは揺らしていた小瓶をソフィアに手渡した。受け取ったソフィアは鞄の口を大きく開き、その中に丁寧にしまった。
「アンバー姫が心配していたぞ。いつになったら結婚するんだってね。」
くだらない話だと思いながらも、すでに嫁入りしている第一王女のアンバー姫が里帰りするたび口癖のように呟いている事を話して聞かせた。
「私?セドリックさんじゃなくて?」
ソフィアはクスクスと笑いながらおどけてみせたがセドリックは動じない。ニヤリと笑い
「ティリーおばさんみたいになったら大変〜!」
セドリックは両手をヒラヒラさせ、甲高い声を出しアンバーの真似をした。
「ふふっ、ティリーおばさんなら大歓迎!私もおばさんみたいな素敵な人になりたい。」
嬉しそうにはしゃぐソフィアの言葉を聞いたセドリックは、ウンザリ顔をしてため息をつく。
セドリックは女性に興味がないわけではなかった。結婚という言葉が何度も頭をよぎる時期もあった。孫を期待している両親も健在。49歳…もう結婚なんて出来る歳じゃないだろうと半ば諦めてもいた。
ソフィアも22歳。プリンセスとして嫁ぐには遅すぎる年齢だった。
まだ未婚の2人。時々こんな冗談を言っては笑いあった。
「それで、帰ってきたばかりで次はどこへ行くつもりなんだ?家族のみんなには会いに行ったのか?」
鞄を持ち上げ、出掛ける支度を始めたソフィアを少し心配そうに見つめる。
ソフィアが彼を大切に想っているように、セドリックもまたソフィアを特別に想っていた。
大切な友達。
「何処に行くかはナイショ!みんなにはこれから会いに行くの。またね、セドリックさん。どうもありがとう!」
柔らかく明るい陽射しが心地良い。
ソフィアが居るとそんな気持ちになれる。そんな時間が愛おしい。
手を振るプリンセスの姿を少しだけ惜しそうに見送ると、魔法使いは微笑み扉の取っ手に手をかける。けれど扉は閉めずに開けたまま。
まだ彼女の面影がそこに残っている気がして、その扉を閉めることができなかった。
彼女はストーリーキーパー。
物語をハッピーエンドに導くため、世界中を飛び回っている。
それが彼女の仕事。
世界に望まれている彼女の役割。
セドリックはそれを知らない。
知らないけれど、いつもソフィアを助けたいと願っていた。彼女のお陰で今の自分があることに感謝していた。そのソフィアの手助けを少しでも出来ればと。
それが彼の願い。
…世界に望まれた彼の役割。
彼はそれを知らない。
