Title :鳥かご
Author:ちきー
DATE:2007/02/15
Series:Death Note
Rating:NC-17+
Category:Angst,Drama,AU
Paring:L/月
Warning:slash,Sexual Situations,OOC-ness,Dark L,Dark Light
Archive:Yes
Disclaimer:
ここに登場しているキャラクターの著作権はすべて集英社及び、小畑、大場両先生にあります。作者は楽しみたいだけであり、著作権を侵害するものではありません。また、この作品で利益を得るものでもありません。
Summary:
ダークなLと月です。特にLの言動が原作と異なりますので、お気をつけ下さい。

「そんな下らないプライドは……いらない!」

その言葉の後、僕は意識を失った。

白い、消毒薬の匂いのする部屋で、僕は目覚めた。ベッド横の椅子に座っていた父から疲労から来る昏睡だと聞かされた。確かに体が重く自分のものではないのを感じていた。

不調なのは体だけではなく、僕は多くの事を思い出せなかった。長期間の拘束によるストレスから記憶の混濁が生じているようだと診断された。

隈のひどい猫背の男が誰なのかも、自分の居る場所すらも思い出せない僕に、父はこれまでの事情を話してくれた。昏睡していたのは1週間強とのことだが、それ以上の意識を失っていたような気がする。

父から全てを聞き終えても、それが自分とは結びつかず戸惑った。竜崎と紹介された男は完全に僕の容疑が晴れたわけではないと主張し、僕と彼を結ぶ手錠を強制した。僕を観察する眼で見る竜崎に辟易していたのだが、これから24時間ずっと一緒の生活を考えれば、なるべくお互いの負担にならないように、僕は過ごすつもりだった。

*** *** ***

二人で休む部屋に戻り、シャワーを浴びてベッドに入った。その間、一言も会話を交わしていなければ、顔も見ていなかった。いつもと変わらないはずなのに、今日は手錠が重く感じられた。じゃらりと、鎖を鳴らして、彼に背を向けて横になった。

「…夜神君ならLが継げると言った言葉は、本当ですよ」

背に視線を感じるが、何も言いたい事はない。黙っていた。

「こちらを向いて下さい」

「向きなさい、夜神月」

体を反転させ、やっと竜崎の顔を見た。ベッドの上に膝を立てて座り、指で唇を弄る竜崎が、僕を射抜く。悪癖で先が荒れた指を避け、手の甲で頬を撫でられた。

「もうすぐこんな時間も取り難くなります」

「清々する」

「最中の貴方は、そうは見えませんが」

にまりと笑う竜崎に腹が立ち、鎖を掴んで力任せに引いた。だが、僕の体の脇に手を着き、ベッドに倒れ込む様な無様を晒さない男が面白くない。鼻先が触れる位置にいる彼を睨み付けた。

「可愛いらしいですね」

「うるさい」

合わせた唇から、ぬるりと僕に侵入する舌に翻弄される。絡ませた舌に弄られ、熱が上がった。腕の囲いが狭まる。離れる間際、舌先を擽られ高い声が漏れた。出逢った時、僕と同じレベルで会話ができる竜崎に興味を覚えたが、こんな関係になるなんて思っていなかった。いつの間にか、切り離せないほど馴染んだ彼の体温と匂い。

「あ、ぁあっ…」

無意識に縋っていた竜崎の肩を掴み、体制を入れ替えた。僕の体の下にある、彼の体も変化を始めている。ゆらりと擦れ合わせた箇所から走る、甘い痛み。意地悪な言葉への意趣返しのつもりで擦り合わせたのに、尻を掴んだ竜崎の指が谷間をなぞり、より快感を感じたのは僕だった。

「あぁ!」

仰け反らせた体をあの眼が見ている。体中に刺さる彼の視線。僕を暴かれる。体を倒し、彼の上に身を重ねた僕は、竜崎の眼を両手で塞いだ。

「見るな」

「見なくても、貴方を抱けますよ」

僕の手をそのままに、彼の手がするりと寝着の中に差し入れられた。竜崎の隠されていない唇の口角が上がり、微かに笑みの形に変わる。冷えた手が脇腹と尻を撫でる。正確に僕の弱いところを辿られ、思わず体をくねらせた。下着の中がますます窮屈になる。

下着ごと寝着をずらされ、整えられた空調に、先端に雫を湛えた僕が晒された。青白い指が絡み、扱き上げられる。先端の窪みを指先で擦られ、同時に袋を転がされる。

「貴方はここが弱い。ほら、ここをこうされると、滴が溢れて来るでしょう?」

見えていないはずの竜崎の言葉通り、僕から溢れた滴が竜崎の手の動きに合わせて、水音を立てる。

「んぅっ、うっ…!」

部屋に響く音が恥ずかしいのに、僕の腰は彼の手の動きに合わせて揺らめく。

「月君、もう少し上に」

誘導されるまま、竜崎の体の上を移動した。彼の顔の間際まで来ると、竜崎の頭が持ち上がった。僕が竜崎の口に消える。そして、わざとゆっくりと抜き差しされ、僕だけが見える光景が卑猥なものになる。暖かい口内に埋められた僕に、ねとりと舌が絡む。纏わせた唾液がぬるぬると幹を這う。

「…っ!!」

ぞわぞわと腰に溜まった快感に体が揺らぎ、竜崎の頭を抱えるよう体を丸めた。その動きに緩んだ手に、僕を離した竜崎の言葉が掛かる。

「しっかりと隠してなさい」

たとえ掌で隠されて竜崎の眼が見えなくても、今、掌の下でどんな眼で僕を見ているか知っている。嫌になる位、知らされている。竜崎にも、彼の視線にも貫かれる自分を思い出し、ぞくりと体が震えた。

僕の腰に竜崎の手が回り、彼の口内の奥まで埋められた。吸い上げられ、嬌声を上げ続ける口を閉じておけない。彼は見ていないのに、こんなに乱れる僕。その事が、尚更に僕の熱を高めた。

「あっ、あっ、あっ!」

腰を掴む手が彷徨い、指が後口を掠める。貫かれる予感に、口が徐々に緩みだした。指に合わせて腰を使いたいのに、まだ留まったままの服が動きを邪魔する。

「あっ、りゅ…ざき、服、や…」

「もうですか?いつもより我慢が出来ないようですね」

そう言いはするが、少し体を離され、竜崎の手が僕の下肢から服を抜いた。とろりと竜崎の唾液と僕が溢れさせた滴が彼の胸の上に零れた。視界が隠されたままの竜崎が潤滑油を取り出し、濡れた指が顕になった僕の後口をノックした。

「ふ、ぅん…、ん…」

入り込む指は徐々に本数を増やし、僕が竜崎を受け入れられる様に開かれていく。

「今、3本入ってますよ。貴方のここは指を入れるまでは固く閉じているのに、馴染めばこんなにも淫らに誘ってきます。分かりますか?抜こうとすると、引き止める様に締め付ける。ほら、ここです」

ぎりぎりまで指が引き、もう少しで抜けてしまうところで、中が行かせまいと収縮して奥へと誘い込む。言われる通り蠢く中が恥ずかしいが、もう自分ではコントロールできないまでに高まっていて、引き返せない。

「あぁ…やぁっ…」

指の抜き差しの勢いが増し、悦いところを狙って指で犯される。ねちゃねちゃと、指に絡んだ潤滑油が音を立てる。

中がもっと質量のある、もっと熱いもので埋められたいと、催促するように竜崎の指を食んだ。竜崎の視界を遮っていた指はとうに緩んで、指の細い間から黒い瞳が僕を見ている。指だけでなく、視線でも犯される。

「あっ、あっ、りゅ、あぅ!やっ、ぁあ…」

僕を乗せたまま起き上がり、服の上から存在を主張していた突起に舌が這う。服越しの穏やかな快感がもどかしい。竜崎の顔から役に立っていなかった手を外し、自ら服をはだけた。直ぐ様、露になった突起を噛まれ、突付かれ、捏ねられ、竜崎の好きなように快感を高められる。

「あぁ、いい顔ですね」

後ろに感じる、熱く硬いものが欲しくて、僕は体をずらして竜崎の服に手を掛けた。現れた腹筋を舐め下り、いつものジーンズの前立てを開いた。すでに十分な硬度だったが、見られているのを承知で彼のものを含んだ。

舌を刺す味覚もすぐに気にならないものに変わる。僕の後ろに入り込んだ竜崎の指と合わせて、僕も頭を上下に動かす。快感に霞む視界の中、彼を見上げて動きを繰り返す僕の頭に、竜崎の手が触れる。そっと指で髪を梳かれ、名を呼ばれた。

「月君」

お互いの視線が絡み、誘われるままキスを交わした。互いの味がするキスだった。

後口に擦り付けるだけで中に入って来ようとしない彼の意図を汲み、後ろ手に彼を掴み、ゆっくりとその上に体を落とした。

「うっ、ぅんんっ…」

自ら挿す僕に、にまりと笑う男。その余裕が悔しくて、中の彼を締め上げた。微かに呻く竜崎。仕返しに、脚を抱えられ、上体が大きく揺れるほど突き上げられ、喘がせられた。

「あぁっ!」

体を二つに折るようにして彼に抱え込まれ、体の重みで彼を根元まで銜えこむ。全身を走る悦楽で感覚すべてが満たされた。

竜崎の動きが激しくなり、ベッドのヘッドボードが壁を打つ。その音にますます煽られ、悲鳴のように彼の名を呼び果てた。僕に少し遅れて、後ろに熱が広がり、彼も果てたのが分かった。

*** *** ***

竜崎の携帯が鳴った。
電話に出た彼の表情が険しいものに変わる。彼をあまり知らない者には分からない程の、微かな動き。スピーカーから漏れ聞こえる、焦った大きな声は買出しに行った松田さんのものだろうか。

携帯を耳に当てたまま、机の上のリモコンを取った。壁の大きなスクリーンが像を結び、深刻な表情のアナウサーが映りだされた。

『それでは、ご覧下さい。これが当局に送られた映像です』

画面が変わり、明らかに盗撮と思われる映像に切り替わった。それと共に流れる音声。

『50日も監禁した上、こんな鎖まで繋いで!まだ僕をキラだと言い張るつもりか!?』

マイクはじゃらりと鎖が立てた音を拾っていた。

『どれも貴方の容疑を完全に晴らすまでに至っていません。うるさいです、感情的になるのは止めなさい』

『だったら、その容疑の根拠を見せてみろ、L!』

そこで映像は止まった。この言い合いは覚えていた。数日前、いつものようにキラだ、キラじゃないと言い合い、殴り合いに発展した中でのことだった。

再び繰り返された映像は、僕の背を下から見上げるようにして撮られている。正面からではないから、僕の顔ははっきり撮られていない。だが、僕を知る人間であれば、僕ではないかと疑う程度には撮られていた。Lは僕が鎖を引いた先にある手首しか映っていない。

立ち尽くし、ただ呆然と繰り返される映像を見た。バラエティやヤラセが多いさくらTVの放送とは言え、キラに関する番組の関心は高い。ましてや、Lとキラ容疑者の映像と来れば、日本人の多くが見ただろう。

息を切らせて、松田さんが扉を抜けてくる。

「街頭のビジョンでも、竜崎と月君の映像が流れています」

それにはじかれるように、摸木さんが動いた。かたかたとキーを叩く音がする。

「局長!インターネット上に次々と月君の実名と住所が晒されています」

荷物を落とした松田さんも、摸木さんと共に調べに入った。

「月君の写真やプロフィール、先ほどの映像も続々とネット上に現れています」

「すぐに削除させろ!」

父の出した指示に松田さん、模木さんが従おうと動く。だが、それが無駄な事は、僕はよく知っていた。

「…無駄だよ、父さん。削除されても、別の誰かが同じことをするだけだ」

ソファーに座り込んだ。真偽はともかく、おそらく明日には日本中、世界中の人々がこの映像を見るだろう。手に顔を埋めた。キラの賛同者も多いが、反対を唱える者も少なくない。それに賛同者が必ずしも僕と家族にとって、安全な存在とは言えない。

「…竜崎、やってくれたな」

顔に手を埋めたまま唸った。

「違います、私ではない」

「入り口の強固なチェック体制で、誰がこのビルにカメラなんて持ち込める?」

「確かに、あの映像はここで撮られたものですが、私が撮らせたものではありません。当時の監視画像をチェックしましょう」

「お前は映されていなかった。それに、僕をはっきり撮らず匂わせる程度なのも、世間に僕を暴かせるためだろう?上手く撮らせたものだな」

「…竜崎、これは貴方が?」

傍らの端末を操作し、この映像が撮られた時の監視映像を出すよう指示している竜崎に、父が詰め寄った。

「僕だけなら耐えられる。容疑者だから、文句も言えない。だが、母と妹まで巻き込むなんて…」

顔を上げた先のスクリーンには、自宅の玄関に蟻の様にたかる多くのマスコミがいた。

「いずれ起きていた事です」

言外にキラなのですからと滲ませる竜崎に怒りが沸いた。

「お前っ!」

「月、止めなさい。竜崎、これが本当に貴方が指示した事なら、悪いが私と月はもう協力は出来ない」

掴みかかろうとした僕を父が抑えた。Lを信じ、我が子を監禁までさせてしまった父は、言葉は静かだが、それでも僕以上の怒りが滲み出ていた。

「…キラを捕まえたいのではなかったですか?」

「もちろん、その思いは変わらない。だが、私は何より家族が大切だ」

「夜神さん」

「今すぐに月の容疑の根拠を出せと言われたら、貴方は出せますか?」

「現段階では出すことが出来ません。ですが…」

「月がここにいるのは、あくまでもこの子の任意だったはずだ」

「承知しています」

「ならば、手錠を外して下さい。連れて帰ります。これ以上、この子がここにいる理由も根拠もない」

しばらく無言だった竜崎だが、ポケットから鍵を摘み出した。それを父が受け取り、僕の手首から鎖を外した。やっと外れた枷に、思わず手首を擦っていた。

「行こう」

父に促され、扉に向かった。こんな風に解放されるとは予測していなかった。

「僕、送ります!」

慌てて松田さんが僕らの後を追った。だが、扉を抜けようとした僕らを竜崎の言葉が止めた。

「待ってください。今、外に出るのは賢明ではありません。先ほどの報道が流れた後に彼が街中に出れば、騒ぎが起きます。ほとぼりが冷めるまで、待ったほうがいい」

「竜崎、悪いがもう貴方の言葉を、そのままに信じることはできない。その言葉も私たちを引き止めたいだけなのだろう?」

「彼の安全のためです」

しつこく玄関のインターフォンを鳴らし続けるモニターの中のマスコミを見て、父は仕方なく頷いた。

*** *** ***

月を連れ、仮眠室代わりに使っていた部屋に入った。

「母さんと粧裕を避難させて」

こんなに憔悴した身でありながら、家族を気遣う。この息子がキラなわけがない。

「分かっている。相沢に母さん達を家から出すよう頼むつもりだ」

ベッドに座わり、肩を落とした息子は、やっと監禁からの不調が戻ったところだった。再び、痩せ細ってしまうかもしれないと思うと、親として遣り切れなかった。

「……父さん、警察はキラ容疑の掛かった僕を受け入れてくれるかな?」

疲れた顔を上げ、私に問うてきた。

警察官になるには、通常の採用以上に身元が確かでなくてはならない。規模に関わらず、容疑が掛かった人間など以ての外だ。いくら息子の助けにより解決できた事件の実績があっても、大量殺人のキラ容疑者だと日本中が知るところになった今では、警察官になることは難しかった。

希望を持たせることは出来なかった。それに、聡い息子の事だから、すでに理解しているのだろう。今となっては、その賢さこそが哀しかった。

「これまでの様なアドバイザーにはなれるだろうが、お前が警察官になることは出来ない」

「…父さんみたいな警察官になりたかったよ」

私も息子のお前と二人で、事件を解決できる日を楽しみにしていた。俯いた息子の肩に手を触れた。

「何があろうと、お前は私の息子だ。何時だって、誇りに思っている」

触れていた肩を軽く叩き、息子を独りにするため扉に向かった。整理する時間が必要だろう。

「父さん。父さんが意味するより、その言葉は僕にとって何倍も意味するよ」

振り返って、私を見上げる息子に頷き、扉を閉めた。

夜を通して、全国共通模試1位を取り続ける程賢かったこと、いじめをしていた生徒を諌めたこと、父が警察関係者であること、友人に話したキラに対する月の見解、清潔で端麗な容姿、これでもかと月がキラだとする推測に基づく根拠が書き込み続けられ、朝には月がキラだと言うことになっていた。

*** *** ***

紅葉が山を染める中、車は山道を走り続けた。

捜査本部だったビルで、父からワタリだと紹介された老人が運転している。向かう先には、母と粧裕がいると聞いた。父が相沢さんに母達を避難させるよう頼む前に、竜崎が手配したとのことだった。

彼女たちが巻き込まれずに済んだことは、もちろん感謝している。だが、父は竜崎がそう手配したことで、僕の情報をマスコミに流した、もしくは、流すことを知っていた事を裏付けることになり、ますます竜崎に対する不審を募らせていた。

静かに車は山荘の車寄せに停まった。玄関が開き、粧裕が飛び出してきた。

「お兄ちゃん!」

僕にしがみ付く。事情を知らせられないまま、こんな所に連れて来られ、どれだけ不安だっただろう。

「粧裕、もう大丈夫だ」

「あなたも月も無事で良かった」

気丈な母の目に涙が盛り上がっていた。

「幸子、心配を掛けたな」

父が母の肩を抱いていた。久しぶりに見る母は随分と痩せていた。山からの冷たい風が吹き降ろし、粧裕の肩を揺らした。

「風が冷たくなってきた。話は中に入ってからにしよう」

粧裕と両親を促し、玄関に向かった。

「月様、お待ちを。これを預かっております」

控えていたワタリさんが僕に歩み寄り、茶色の封筒を差し出した。

「受け取るが礼は言わない、と伝えて下さい」

中を覗いた僕の言葉に軽く一礼し、ワタリさんは踵を返した。

*** *** ***

久しぶりの母の手料理の後、リビングで寛いでいた皆に切り出した。

「迷惑を掛けてごめん」

「月、ニュースを見たわ。本当に監禁をされていたの?」

「ずっと本当の事を言えなくてごめん、母さん」

「あなた、月を監禁することを許したんですか?」

「それは…」

言い淀む父に事情を察した母が嘆く。

「月を一番守ってやらなくてはいけない時に、何をしてたんですか」

「僕から監禁でも何でもしてくれと言ったんだ。もちろん、父さんは反対してくれたさ。でも、僕は容疑を晴らしたかったから」

「手錠はどうなの?監禁に手錠だなんて、Lと言う人は一体何の権利があって、月をこんな目に…」

「僕は大丈夫だから。それに、もうすぐキラが捕まることになると思う。僕がキラだと世間に信じ込ませ、本当のキラを油断させる。それこそがLの狙いだったと思う」

「でも、あなたが死ぬ可能性だってあるのでしょう?」

「それはないよ。世間が僕をキラだと信じている方が、逆にキラは動きやすい。捜査の目が僕に向いていると知った以上、キラは自分に捜査の手が届く可能性は低いと安心しただろうし、どれだけ裁こうがスケープゴートがいれば疑いの目は全て僕に行く」

まだ心配そうな母にLのこれからの動きを教えた。

「父さん、捜査方針を教えることになるけどいいよね。捜査本部の中にキラの顔を見ている人がいるんだ。その人を使って、本当のキラを炙り出す予定だった。だから、本当にもう少しの辛抱なんだよ、母さん」

「月、あなたが心配よ。本当のキラが捕まっても、日本中が一度はあなたをキラだと思った。あなたは逮捕のために協力したのだろうけど、これからのあなたは生きにくくなったわ」

「分かっているよ。だから、僕は日本を離れようと思う」

「月!」
「お兄ちゃん!」

父以外が僕の名前を呼んだ。

「私も月に賛成だ。月の安全の為にも、その方がいい。キラの被害者は、今は日本国内に限定されていると言っていい。だから、国外では警察関係者は別として、キラの存在は知っていても、その関心は薄い。月にとっては日本にいるより、その方が過ごしやすいだろう」

「でも、やだ。やだよ、お兄ちゃん」

粧裕が僕の腕を掴んだ。やっと家族が揃ったのに、また別れることになり、粧裕は辛いのだろう。涙を溜めている妹の髪を撫でてやった。

「粧裕、僕がいない方が元の生活に戻りやすいんだ。出来れば、お前も転校した方がいいけど、それはお前に任せるよ」

「…ちゃんと粧裕に連絡くれる?」

「あぁ、勉強が分からなかったら、いつでも電話してくればいい」

「国際電話で勉強なんか聞かないもん!」

母と父が笑う。釣られて、粧裕も笑っていた。

*** *** ***

『よくテレビの前に現れる気になってくれましたね』

『はい、死ぬかもしれないと怖かったのですが、でも、何の非もない人間がキラだと疑われるのが忍びなくて、勇気を出しました』

松田の死の危険があった番組放映後、火口がキラとして捕まるまでの一連の映像が各局で流された。その先日、裏付取材もなしに月がキラだと報道したマスコミは馬鹿を見たが、キラ逮捕は何よりも美味しいネタだったらしい。恥もなくテレビや新聞など各メディアがこぞって火口逮捕を伝えた。

最近の裁きが火口に利益を生み出すものであり、何より月とは異なり卑屈そうな火口の容貌に、一度は燃え上がった世間のキラに対する興味は急激に衰えていった。

興奮する火口を自殺しないよう拘束服で縛り付けた。複数犯でなく、遠隔的に操り、名前と顔だけで人を死に至らせる。その方法が普通に出来ることではないと分かっていたが、死神の存在を認めることになるとは思っていなかった。ともすればオカルトになる殺人方法をICPOに信じさせるには、実際に見せるしかない。

ICPOの前に火口を突き出した。そして、許可を取り、火口に自身の名前を書かせた。どうせ日本で裁かれたなら死刑となる。結果は同じだ。火口が震えながら名前を書き終え、程無くして胸を押さえて苦しみだした。

だが、火口が書いたノートは本物ではない。前日に私が火口の名を本物のノートに書いた。月と同じ所に行くためだ。ノートを手に入れた時に、使用者の末路を死神に聞いた。誰だろうと、何があろうと、月を離す気はない。

*** *** ***

結末はどちらかが死で終わると、お互いが分かっていた。

ある日、いつもの喫茶店でコーヒーを飲みながら話をした。

「夜神君、どうしたら終わらせてくれますか?」

唐突な話なのはいつものことだった。言葉が少なくても、Lが何を指しているのか分かっていた。

「もちろん、貴方と私両方が無事なままで、ですよ。私は貴方を離す気はありませんから」

傍に置いてやったシュガーポットから、ぼちゃぼちゃと溶けきらない程砂糖を入れる竜崎。僕を眇めながら、紅茶を啜る。その視線にぞくりと体が震えた。意図的なものではないかもしれないが、彼に見られている時は何時だって視姦されている気がする。

それに、彼との会話。こちらの意図を説明する必要がなく、正確に僕の要点を掴み、更に発展させる会話にぞくぞくとした快感を覚えていた。僕の全てでぶつかっても、壊れることのない相手は、まるで麻薬のようだった。

「そうだな。そう言う状況が来たら、だろうね」

「分かりました」

翌日、大学に現れたミサが確保された。探り合いで進展のなかった状況が動き出した。

あの日、カメラを仕掛けたのは僕。

ウエディに言い、設置してもらった。毎朝の熱烈なウエディの挨拶の合間、手早く説明した。Lと僕が幸せになるためだと。追う者と追われる者の恋だなんてロマンチックねと笑っていた。

設置したカメラを意識し、わざとLと言い合いになるよう仕向けた。撮られた画像は編集し、ウエディがさくらTVに送ってくれた。

鎖で繋がれたLが僕の動きを見逃すはずがない。ウエディに何を頼んだか知りたがったが、僕から話してしまっては面白くないだろう?答えの代わりに、母達の保護を求めた。

そうして、あの報道。何が狙いなのか知ったLは、僕達をワタリさんに送らせ、自分は最後の仕掛けへ。

火口をキラとして裁けば、対外的に僕の容疑は晴れる。火口の持つノートを幾ら調べようと、元はミサが持っていたノートであり、僕の筆跡は出てこない。それに、彼女をいくら自白させようとしても、所有権を放棄した今、彼女にはキラだった記憶はない。

そして、僕は「恋人」だった彼女がキラ容疑で確保されたのを知り、彼女を庇うため、自らキラかもしれないと監禁を望んだ。僕はいくら責められたとしても、キラだと自白するつもりはない。それで自白するような覚悟でキラなどやっていない。

薬物の使用は、Lが相手である以上、そのリスクはなかった。僕に好意を抱いているからではなく、薬物では僕の精神が害される恐れがあるから。多少の傷など喜んで僕に付けるが、僕を損なうことは望んでいない。

監禁は苦しかったが、捜査本部の人間を納得させる必要があった。目隠しをし、手足を縛られる僕の姿にLは随分と興奮をしていた。

カメラを切り、夜毎、僕のところに来ては抱いていった。ろくに反応を返せない僕の何が楽しいのかと聞けば、僕の生殺与奪を握っているかと思うと、ひどく興奮するらしい。

僕は男でも女でも付き合う相手の性別に拘った事がない。興味を持てる人間かどうかであって、その中でも最も興味のある人間がLだった。だが、それでも彼の様にボンデージを好む傾向は僕にはないのだが、監禁の状態では異を唱えたところでどうしようもないし、彼が止めるつもりもないので、好きなようにさせていた。

ただし、ただでさえ監禁で体が弱っているのだから、加減をさせた。あれを加減したと言うのならだが。

日中は行為の疲れで、ほとんど眠っていた。いくら眠っても、固く冷たい床の上では、充分に回復することができず、僕はある日意識を失った。

眼が覚めても昏睡していた所為か、記憶が混濁していた。父の話を聞いているうちに、記憶がはっきりし、もちろんLの事を思い出していた。監禁中好き勝手してくれたのだから、少しは焦ればいい。そんな気持ちで彼の事を思い出せないと言ったら、手錠を掛けられた。仕返しにしてはやり過ぎじゃないのか。

彼から解放された日、ワタリさんから渡されたのは、偽造されたパスポート、キャッシュカードとイギリス行きの航空券。そして、携帯電話。国内のメーカーではなく、世界でトップのシェアを誇るメーカーのもの。世界でどこにいても、彼と繋がることが出来る。

これからの動きに必要なものを渡され、悔しさが先立った。自宅に戻る必要がなくなり助かったのは事実だが、感謝はしない。彼も望んではいないだろう。だが、無性に彼にキスしたかった。

家族に海外に出ると伝え、彼らも納得してくれた。日本では生き辛いし、この国に未練もなかった。心配していた家族も火口が捕まったことで、程なく普段の生活に戻れるだろう。

火口が捕まるニュースは空港で見た。父が指揮を執る姿が映されていた。キラを捕らえる為、何より愛する息子に掛かった容疑を晴らす為、警察庁を辞めてまでキラ捜査に尽力した父の面目はこれで立った。捜査本部の他のメンバーも、警察庁への復帰が認められるだろう。キラの力により屈服した警察庁は、そのキラを捕らえた彼らを喜んで迎え入れるしかない。

空港のテレビの中で、ノートがヘリの中にいる人物に渡される。それを見届けた後、僕は飛行機に搭乗した。行き先は、イギリスではない。同封されていた航空券は破り捨てた。

Lの元に向かう前に、多くのことを見て行きたかった。

*** *** ***

彼自身の危険を省みないやり方に、眉を顰めた。だが、効果的な動きなのは確かで、内心で賞賛はしたのが。

ウエディと何か企んでいるのは知っていた。数日も待たず彼から動きがあるだろうことも。お互いの動きを打ち合わせたことなどなかった。ただ私が動き、彼が動く。

私の動きを最大限に活用し、新たな展開へ。そんな相手を見つけられた僥倖に震えた。彼を見たあの日、彼は私のものだと決めた。月は私の友人であり、恋人であり、私の同等。彼がキラである事はなんら障害にならなかった。

警察機構を動かしやすくするため、正義などと青臭い台詞を吐いた。正義など、それを持つ人の数だけある。何が正義なのかは、人それぞれが決めればいい。立ち位置が異なれば、正義は悪に、悪は正義になる。そんなものの為に、私と月の命をかけるつもりはない。

月が用意したキラを突き出し、ICPOの前で火口に自身の名前をノートに書かせた。そして、その場でノートを燃やした。ここで焼かれたのは偽のノートだが、本物も前日に私が燃やした。

私がICPOから依頼されたのは、殺害方法の割り出しとキラの確保。そちらの面子を立ててやった以上、私の動きに文句は言わせない。ノートに対する各国の思惑など、どうでもいい。

ノートを燃やしたのは、火口が所有する以前に、ノートに書かれた文字によって弥の関与の発覚を防ぐためだった。弥が容疑者の一人だったのは、月がキラとする報道の影で囁かれていた。あれだけマスコミに露出のあった弥が突然、月と大学で会った後に姿を消したのだ。疑いの目が行かない訳がない。

弥には何も思うところはないが、彼女がいたお陰で動きやすくなった。ノートを燃やした今、弥が再びキラの記憶を取り戻すことなく、私の月を思いながら以前の生活に戻るだろう。そして、レムもこれまで通り、死神界から彼女を見守ることだろう。

*** *** ***

キラが表向きに消えてから一年後、やっと月が私の元に来た。

「ずいぶんと掛かりましたね」

髪を少し伸ばしていた。監禁から解放した時より少し長いくらいか。髪型が変わるだけで、随分と人の抱く印象は異なる。日本にいた時の友人が見ても、すぐに彼とは分からないだろう。

髪の中に手を入れ、引き寄せてキスを交わした。触れ合わせるだけのキスがすぐに深いものに変わる。

「んっ、ぅん…」

どれだけ自分が月を渇望していたかが分かり、このままここで月を貪りたかった。

「僕がどこにいるかなんて、お前は知ってただろう?」

お互いの唾液で塗れた唇を拭う月。赤くなった唇に煽られた。

月は私に見られるのを好まない。今も上気した頬を隠そうとする。逃がさず、顎を取って再び口付ける。仕方ないではないか。生まれて20数年も私には月が足りなかったのだから。

この一年だとて、何時だって彼を奪いに行きたかった。だが、彼から私の元に来るのだからと、なんとか一年を耐えられた。けれど、これ以上待たせるつもりなら、月の意図を無視して、奪いに行くつもりだったが。その事で私を厭っても構わない。

彼の居場所は常に把握していた。渡したパスポートでも、月が渡った国を確認できたが、それよりも正確に彼の位置を知らせるものがあった。

私の名前を知らせた後、保険のために意識を失った月に取り付けたもの。発信機能も兼ね備えた、小指の爪より小さいミクロサイズの爆弾を月の心臓に取り付けた。私の死をイギリスの孤児院に知らせるものと同じ仕組みで、爆弾は作動する。私の死後、月が私ではない誰かを見るのは許せない。私はどこまでも月に囚われていた。

そして、私の胸にも同じものが埋め込まれている。月が死ぬと同時に私も死ぬ。昏睡から覚め、私を忘れた振りをした月に知らせた。怒り出すかと思ったのだが、ただ一言を言っただけだった。

「だからと言って、僕がお前を殺さない保障にはならない」

その夜、その言葉にひどく煽られて月を思うままに抱いた。翌朝、立ち上がれない月に今すぐに殺してやりたいと言われたが、私には睦言のようだった。

「イギリスに入ったのは2週間前でしょう。何をしていたんですか?」

月はソファーの上に立てていた私の膝を下ろさせ、するりと膝の上に跨り、腕を首に回してきた。月の首筋に鼻を寄せ、一年ぶりに嗅ぐ彼の匂いを満喫した。

「んー、そうだな。お決まりの観光スポットには行ったな。大英博物館、ビックベン、バッキンガム宮殿、大聖堂、ストーンヘンジ、ベーカーストリート」

「まるっきり観光客ですね」

「それから、オールド・コンプトン・ストリート」

「…誰にも触らせてないでしょうね」

「いろんな人が飲み物を奢ってくれたよ。お礼に一緒に踊ったりキスくらいはしたけど?」

「来なさい。消毒します」

彼の手を引き、寝室に向かった。私が触れられないのに、他の者が触れ、月がそれを許したのも我慢ならなかった。

*** *** ***

相変わらず、嫉妬深い。Lに体を委ねる事に比べれば、キスなど可愛いものだと思うのだが。

この一年、出来るだけ多くの事を見た。彼との狭い世界に入った後、広い世界を見たくなり、彼を厭う時が来て欲しくはなかったから。

本当はもう少し見ていたかったけれど、訪れた様々な国で出逢った人をLと比べていた。その全ての人に違うと感じ、その度に自分の中のLの存在の大きさを実感していた。だから、付け上がるからLには絶対言わないが、一年が限界だった。

僕が見てきた広い世界に比べれば、Lだけの世界と言うのは鳥かごに等しい。それでも僕自ら望んで囚われに来たのが、世界の切り札のLには分からないらしい。僕のことに関しては愚かな男が愛しかった。

背後で笑う黒い死神を手で払い、僕は大人しくLの引かれるまま寝室に入った。狭い鳥かごの中、囚われた鳥は必ずしも不幸ではないと思って。

END