Episode 12 Like Mother Like Daughter

Summary : GSR. Sequel to "Upside down". / この親にしてこの子あり、そんな事件が続いたとき、サラは大きな転換点を迎える。不器用ながらもグリッソムは、サラの葛藤を見守ろうとする。ロビンス先生友情出演多数。/ Sara made a decision for her own life hoping it would bring forward the relationship with Grissom. Special friendship with Dr . Robbins.

Rating : M (シーン描写はなく話題のため/Subject matter)

Spoilers : S6#15(怒りの鞭/Pirates of the Third Reich)

AN : S6#15(怒りの鞭) の後半、サラは登場しなくなります。なぜ?そしてその間彼女が何をしていたか?の妄想から派生した物語です。LH 様の部分はあまりメインにはなりません。長編です。 / Time set around S6#15(Pirates of the Third Reich). The angst's source won't be Lady Heather.

AN2 : お待たせいました。ようやく全体のプロットが矛盾なく整理ついて、ある程度書き進められたので、投稿を開始します。感想、ご意見、是非レビューください!


病院からラボに戻ったサラは、ロッカールームで大きく溜め息をついた。
ロボトミー手術をされたと思われる被害者に押された烙印は18番だった。砂漠で見つかった女性の遺体には19番。
それが被害者の番号なら、すでに20人近くの犠牲者がいることになる。
その被害者の数も、いったいどこまで伸びることになるのか、サラは暗澹たる気持ちだった。
その時、ふと携帯電話がポケットで振動するのに気付いた。
開くと、テキストメッセージが届いていた。

「オフィスに。グリッソム」

ほんの少しだけ澱み落ちかけた気持ちが浮上するのを感じながら、サラはベンチから立ち上がった。
グリッソムのオフィスに向かい、いつも通り、開いているドアフレームを軽く3回叩いた。
「呼んだ?」
グリッソムは両手で抑えるようにしていた頭を持ち上げ、サラが入ってくるのを見た。
「女性の身元、分かったって?」
「ああ」
出来るだけ軽い調子で尋ねたサラだったが、グリッソムの返事は重かった。
「母親が報道の顔写真を見て名乗り出た」
「そう・・・」
サラは唇を噛んだ。女性は片方の手首を噛みちぎっていたと聞いた。片目をくりぬかれて入れ替えられ、自ら手首を噛みちぎるほどの恐怖とは、いったいどれほどだろうか。どれだけの拷問を受ければ、そんなことが出来るのだろう。
・・・いや、それだけの拷問を受けながら、逃げだそうとしたその希望を、勇気を、彼女はどうやって見いだしたのだろう。
世の中には、夫に殴られ続けても、娘が痛めつけられるのを見ていても、逃げ出そうとしない母親だっているのに。
サラは砂漠で見つかった女性に、畏怖にも似た思いを感じていた。
彼女のために、必ず犯人を捕まえてやる。
被害人数を思って暗鬱な気持ちにもなっていたが、あの女性のためにも、そしてロボトミーを施されたあの哀れな男性のためにも、犯人を見つけなければならないという決意は固かった。
正義はなされなければならない。
サラは頭を1つ振って顔を上げると、グリッソムを見た。
「それで?用件は?」
「いや・・・」
グリッソムは眉間を指で揉んだ。
そしてしばらく逡巡した後、机からある書類を持ち上げて、サラに向けて差し出した。
「遅番の事件だが、フレモント通りでまた少年が刺殺体で見つかったそうだ」
サラは一瞬目を細めた。記憶を探ったのだろう。グリッソムはそんな彼女をちらりと見た。
「また?」
書類を受け取りながら、サラは眉をひそめて言った。
この2週間で、3人目の被害者だった。
「連続犯?」
「・・・のように、見える」
サラは書類をパラパラとめくったが、グリッソムの歯切れの悪い様子に、書類を閉じると首を傾げて彼を見た。
「で?」
グリッソムは深々と息を吐いた。
「遅番がヘルプを欲しがっている」
サラは驚いたようにグリッソムを見た。
「確かに以前の2件は私も担当したけど、リードはキャサリンだったでしょ?」
グリッソムは再び眉間をしごいた。
「キャサリンにはこっちに入って貰う」
サラの瞳がギラリと光るのを、グリッソムは見た。予想はしていたが、彼女を怒らせるのは本意では無かった。
「こっちの事件だってあたし担当なのに!」
「リードはニックだ」
サラは目を剥いてグリッソムを睨んだ。グリッソムは彼女を宥めるように、両手を上げた。
「それに、保安官の要請で、キャサリンがリードすることになった。ニックにも了承してもらった」
「あなたは?」
「私は・・・」
グリッソムは一瞬言葉を濁した。そしてサラから視線を逸らした。
「私も、こっちを手伝う」
「ニックとウォリックは?」
「・・・こちらを手伝って貰う」
「あたしだけ外れるの!?」
サラは声を荒げた。
「その事件だって、連続犯なら捜査を急ぐ必要がある」
「でも」
「君が適任なんだ」
サラはむっつりと唇を噛んだ。両腕を組んでグリッソムを上目遣いで睨んだ。
被害者が推定で20人近くなると思われるほどの重大事件から、なぜ自分一人だけが外れなければならないのだ。
「グレッグは?使っていいの?」
「・・・キャサリンと行って貰った」
「なんであたしだけ仲間外れ!?」
「そういう問題じゃない、サラ」
思わずグリッソムはぴしゃりと言った。
サラが唇を噛み、言葉を飲み込んだのが分かった。
「現場に行ったソフィアから、過去2件と関連が高そうだと連絡があった。君に来て欲しいそうだ」
サラは唇を吸った。グリッソムを睨む目線は外さない。
そのまま黙り込んで睨み続けるサラに、グリッソムは頭をかきむしった。
出来るだけ言いたくないが、言わなければならなかった。
「サラ。これは依頼じゃない」
「分かってる」
サラが強い語調で遮った。
「命令なんでしょ」
鼻息荒く問い掛けるサラに、
「・・・そうだ」
グリッソムは強く、それでも半分は申し訳なさそうに、頷いた。
「分かった」
それだけ言うと、サラは猛スピードで身を翻してオフィスを出て行った。
グリッソムは溜め息をついて椅子の背もたれに深々と寄り掛かった。
思わず片手をあてて、額を拭った。
「・・・他意などないんだ」
思わず呟きが漏れた。
・・・決して、彼女を、ゾーイ・ケスラーの事件から遠ざけたのではない。
連続少年刺殺事件も、人手が必要だ。

決して、彼女を、レディー・ヘザーから遠ざけたのではない。

彼は自分の判断は正しいと信じていたが、では、なぜ、こんなにも後ろめたいのだろう。

******************

「良かった。来てくれないかと思った」
現場でサラを出迎えたのは、ソフィアの嫌味たっぷりな声と皮肉めいた笑顔だった。
「どんな感じ?」
サラは無視して淡々と尋ねた。
「10代後半の白人少年、刺殺、全裸で遺棄。同じね。発見場所も過去2件と2ブロック内で近いわ」
髪をかき上げながら、ソフィアが遺体を指差す。
遅番の検視官助手がすでに遺体を搬出するところだった。
「どんな所見?」
サラは簡単な挨拶も省いていきなり尋ねた。
確かキンバリーと言ったその助手は、顔を上げてサラを見た。
「刺創が4箇所、防御創は無し。死後3~6時間。血中アルコール濃度は高そう。直ぐにTOXに出すわ」
「性的暴行の痕は?」
キンバリーは眉をひそめた。
「前の2件は、その所見があるの?」
「・・・行為の痕はあった。死亡の直前にね」
サラの返答に、キンバリーは頷いた。
「戻ったらすぐ確かめる」
「お願い」
サラとソフィアは遺体を乗せた検視局のバンが走り去るのを見送った。
「サラ。この被害者も男娼だと思う?」
「それを調べるのがあなたの仕事でしょ」
サラが軽く眉を上げながら言うと、ソフィアは小さく笑った。
「指紋届いたらすぐAFISにかけて」
「分かってる」
サラはライトを付け、地面を照らすと、遺留品を捜し始めた。
「お互い、貧乏くじね」
ソフィアの声に、サラは肩越しに振り返った。首を傾げてみせると、ソフィアは肩をすくめた。
「拷問魔の事件。あんな重大事件に関われないなんて、残念よね」
サラは視線を地面に戻した。
「事件に当たり外れなんて、ないでしょ」
そう答えながらも、サラは確かに残念に感じている自分を否定出来なかった。
生きるために、自らの手を噛みちぎり砂漠を彷徨い力尽きたあの女性。無理矢理ロボトミーを施され深い精神障害を負ったあの男性。まだ他にいるかも知れない、17人の被害者達。
彼らの正義のために、力を尽くせないことが残念だった。

だが、だからといって、この3人の少年達を殺した犯人を野放しにしていいということには、絶対に、ならない。彼らが生きるために男娼として身を売っていたからといって、彼らのためになされるべき正義がないはずはないのだ。
そう。グリッソムは正しい。
だから、腹が立つ。そしてそれが、決してプロフェッショナルな理由からではないことも、余計に腹が立った。
サラは肩を大きく上下させて、溜め息をついた。
足を止めて横を見ると、ゴミ箱があった。
長い夜になりそうだった。

******************

ラボにサラが戻ったとき、すでに昼近くなっていた。
チームの誰かに会わないかと少し歩き回ったサラだったが、誰も捕まえられなかった。グリッソムのオフィスにも、休憩室にも、会議室にも、誰もいなかった。
遅番のメンバー達と今後の方針を話し合って、必要な検査をラボの技術官達に手配すると、もうその日はすることがなかった。
最後にもう一度グリッソムのオフィスを覗いて、真っ暗なのを確認すると、サラは重い足取りで自宅に帰った。
ゴミ箱に入って染みついた臭いを早く取りたかった。
グリッソムに電話することも思いつかないまま、サラはバスルームに直行した。
熱いシャワーを数十分たっぷり浴びると、かえって疲れをどっと感じた。
食事も取らないまま、サラはそのままベッドに倒れ込んだ。

******************

3時間ほどの睡眠ののち、サラは電話に起こされた。
「サイドル」
「ソフィアよ。ジャッキーが被害者の指紋がヒットしたって」
「身元は?」
眠い目をこすりながら、サラは尋ねた。
「ジャック・ヨハンソン、18歳。前科は猥褻物陳列罪」
「・・・男娼?」
「のようね」
「他の二人の被害者との接点は?」
「これからだけど、多分同じ元締めじゃないかな」
「顧客名簿があると助かるんだけど」
サラが皮肉るように言うと、電話の向こうでソフィアが軽く笑うのが聞こえた。
「検視は?」
体を起こしながら、サラは尋ねた。
「まだこれから。二時間後」
「分かった。立ち会う」
「お願いね」
そう言ってソフィアは電話を切った。
目をこすりながら、サラはナイトテーブルの時計を見た。
二時間後に検視室に行かなければならないとすれば、二度寝をする時間はない。
何とか重たい体をベッドから引き離し、立ち上がったところで、ふと、サラは手にした携帯電話をもう一度開いた。
着信履歴も、未読メッセージも、留守電も、無し。
頭をぐしゃぐしゃとかいて、それから携帯電話をベッドの上に放り投げた。

******************

検視で、3人目の少年も死亡直前の性行為が確認された。だが他2人と同じように、精液は採取出来なかった。
立ち会いを終えてサラがラボに戻ったとき、ちょうど夜番のシフト開始時間だった。
だがチームの誰とも会わなかった。
ボードを見ると、全員がフィールドワークに出ていることになっていた。
捜査すべき現場があるということは、事件に進展があるということだ。
解決に向けた進展であるようにと願いながら、サラはDNAラボを覗いた。
「ウェンディ、何か出たと言って」
「ハイ、サラ、ごきげんよう」
サラは苦笑した。
「どうも」
「ゴミ箱にあった血がついたリュック、血は被害者の物だった」
レポート用紙を受け取りながら、サラは漠然とその用紙を眺めた。
「他に何か出なかった?」
「ごめんなさい、それ以外はまだ検査中なの。別件が至急で持ち込まれたから」
「別件?」
「ほら。例の拷問魔」
サラは用紙から顔を上げた。
「犯人、分かりそうなの?」
「あの女性被害者の線から、容疑者が浮上したみたい」
「そう」
それは良かった。きっとそれでみんな出払っているのだろう。
容疑者浮上すなわち解決ではないが、何も進展がなく捜査が停滞するよりはずっとマシだ。
「ねえ、サラ、聞いた?」
ウェンディの声に、サラは我に返った。
「ん?なに?」
「あの女性被害者、ヘザーの・・・」
その時、サラの携帯電話が鳴った。
ごめん、とウェンディに軽く手で謝る素振りをして、サラは廊下に出た。
「サイドル」
「ジャッキーだけど。リュックのバックルから採れた部分指紋が、ヒットした」
「ほんと?直ぐ行く」
歩き出しながら答えて、サラは電話を切った。

ジャッキーの指紋ラボで結果を受け取り、サラはソフィアに電話を掛けた。
「被害者のリュックから出た部分指紋が、ダリア・ジャンセンと一致した」
「何者?」
「公共福祉施設の運営者として登録されてる」
「公共福祉施設?」
「里子ホーム」
サラは自分の声に苦々しさが混ざったのを自覚したが、ソフィアは気付かなかったように会話を続けた。
「場所は?」
サラは資料に掲載されている住所を伝えた。
「分かった。令状申請して向かうわ。来る?」
サラはちらりと時計を見た。遅番としてはシフトは終わっている時間だが、夜番としてはまだまだ始まったばかりだった。
「行く」
「じゃ、現地で」
「分かった」
電話を切って、サラは休憩室に向かった。
コーヒーを入れようとしたが、サーモは空だった。
諦めてお湯を沸かして紅茶を淹れた。空腹を感じたので、冷蔵庫に残っていたいつかのゼリーを食べて誤魔化した。
・・・彼はちゃんと食べているだろうか?
そう思ってから、サラはふっと小さく笑った。
いつも、「ちゃんと食べろ」とサラに食事を強要するのは、グリッソムの方だった。
彼女の体重を増やしたいらしい。
今は抱き心地が悪いそうだ。
・・・悪かったわね。
これでも、彼とつきあい始めてから、3kgは太ったというのに。
ベッドで彼女の腰の肉をつまんでは、「まだ足りない」と文句をブツブツ言うグリッソムを思い出して、サラは小さく口元を綻ばせた。
そして直ぐに、小さく溜め息をついた。
ほぼ違うシフトで、たった二日、働いただけなのに、姿を見かけることさえなくて、もう彼が恋しかった。
もし、二人の関係を公にするのなら。シフトを異動しなければならない。そうなれば、こういう生活になるのだろう。シフト入れ替えの僅かな時間の合間に、運が良ければ顔を合わせられる。運が良ければ立ち話ができる。そしてもっともっと運が良ければ、合同捜査が出来るかもしれない。
勤務の時間がずれれば、勤務外の時間もずれる。仕事だけでなく、プライベートでも、時間を合わせるのはますます困難になる。
サラはカップの中のゼリーをぐちゃぐちゃとかき混ぜた。

そんなの、耐えられない。

ただ、声を聞けなかったのは電話しなかった自分のせいだ。
意地を張るのはやめて、今日のシフトが終わったら、彼に電話しよう。
もう一度溜め息をついて、それからサラは崩れたゼリーをカップから一気に飲むように吸い込み、カップとスプーンをゴミ箱に投げ捨てた。


TBC.

AN3 : 読み直してて気付いたのですが、ウェンディがヘザーを知っているはずない・・・んですけど、書き直すのも難しかったので、「ラボゴシップ」で聞いたと思っておいて下さい(汗) ほら、彼女は、「みーんなと仲良くなりたい!」ってタイプじゃないですか(初登場時に自分でそう言ってました)だから、その手段として噂話に花を咲かせるっていうのは普通にすると思うんですよね、ウン。それかホッジスが大将の噂話を吹き込んだか(笑)