Episode 05 Lovin' you

Summary : GSR. Sequel to "Fates". / ニック誘拐事件のさなか、ポイントポイントで、主にサラが、どんな様子だったか、を補完してみたお話。/ Behind "Grave Danger". Some point of their(mainly Sara's) feelings behind the episode.

Rating : K

Spoilers : S5#24-25(CSI"12時間"の死闘/Grave Danger)


Chapter 1

「被害者は二人いた」
自ら行った実験結果を手に言い張るグリッソムに、サラもまた追いすがった。
「そんなの有り得ない。現場のありとあらゆる血痕から採れたDNAは一人分だったもの」
「被害者は一卵性双生児だからだ」
「双子?」
サラは頓狂な声を上げ、それから悔しそうに言った。
「じゃあ、話は別」
溜飲を下げたグリッソムがオフィスの椅子に座るのを見届け、それから彼の机に新しく増えているものに気付いた。
「なにこれ?」
手にとってみる。
グリッソムが嬉しそうに言った。
「送ってもらったんだ」
それから彼はその『名誉馬主証明書』の経緯についてこんこんと説明した。
『名誉馬主証明書』を返し、ご満悦で得意そうな彼にサラはちらりと笑みをこぼした。
よく分からないけど、彼が嬉しそうだからまあいっか。ギルバート少年よ、永遠なれ、だ。
ニックが現場から消えたと一報が入ったのは、それから間もなくのことだった。

キャサリンの工面した「匿名の寄付による身の代金」を持って、グリッソムがニック誘拐犯との交渉に出かけたとキャサリンから聞いたとき、既に彼は発った後だった。
その時、サラは金の出所とキャサリンについて、ちらりと考えたことがあるだけで、それほど深くとらえていなかった。
何かが引っかかった気がしたが、それはより大きな不安にすぐにかき消された。
ニックは無事解放されるのだろうか。

休憩室でサラは黙り込んで座っていた。部屋にはグレッグもいたが、二人とも無言だった。先ほどまでウォリックもいたが、ニックの様子を見にまたAVルームへ戻っていた。
あのニックを見ているのが辛くて、サラとグレッグは一度引き上げたのだった。
何度目か分からない溜息をサラが吐いたとき、キャサリンが駆け込んで来た。
「サラ、グレッグ。出動して。誘拐犯が自爆したわ。私たちも直ぐに行く」
サラとグレッグは弾かれたように立ち上がった。
「遅番、早番、とにかく出られるだけかき集める」
「待って。自爆ってどういうこと?」
強い声で聞いたのはサラだった。
「身の代金ともども、パァよ」
「グリッソムは?」
出て行こうとするキャサリンを、サラは腕を掴んで引き留めた。
グレッグは、サラの顔がみるみるうちに青くなった気がした。
「彼は、無事なの?」
ほとんど囁くような声で、サラが聞いた。
そうだ。グレッグははたと思った。一人で交渉に行った主任は、無事なんだろうか?
キャサリンは右手の携帯電話を振ってみせた。
「連絡してきたのは、彼自身よ」
それだけ言って、キャサリンは部屋を出ていった。
「サラ?」
茫然としている様子のサラに、グレッグは声をかけた。
サラは唇を思いっきり噛みしめていたが、1つゆっくりと押し殺した息を吐くと、彼を振り返らないまま、
「運転する」
短く言って大股で歩き出した。

助手席で、グレッグはサラを心配そうに見ていた。
サラはほとんど顔面蒼白になっていた。
ニックが心配なのだろうと思った。
サラとニックは、ずっと良きライバル関係で、仲も良かった。何年も同じチームでやっていたし、人付き合いに難しい面を持つサラにとって、数少ない友人の一人だった。
そんなニックがこんな目に遭って、さぞつらいだろう。
サラはずっと無言だった。硬い表情でただ前を向いて運転していた。
唇が、時折震えるようにわななくのも、グレッグは見た。
怖いのだろうな、とグレッグは思った。ニックはほとんど無差別に誘拐されたようなものだ。誰が現場に行くかは犯人には知り得ない。誰が誘拐されてもおかしくなかったのだ。現場捜査官として、これほど恐ろしい事件はないだろう。彼だって怖い。

交渉現場へ着くと、救急車の後ろにグリッソムが見えた。隊員に処置を受けているのだろうか。座っているところを見ると、それほど大きな怪我はしていなさそうだった。
車を降りると、サラはキットを持たずに歩き始めた。グレッグはサラのも持って慌てて追い掛けた。
建物に入る前に、サラとグレッグはそのグリッソムのところへ向かった。
キャサリンとウォリックも既にそこにいた。
「怪我は?」
「私は大丈夫だ。中を頼む、キャサリン。・・・何でもいい、手掛かりを見つけてくれ」
グリッソムはやってきたサラとグレッグに気付いた。
サラの硬い表情が何を意味しているか、そのときの彼には知り得なかった。考える余裕も、なかった。
サラは無言でグリッソムを見ていたが、彼と目が合った瞬間、顔を背けて歩き始めた。キャサリン、ウォリックに続いて現場建物へ入っていった。
目が合ったとき、一瞬彼女の目元が震えた気がしたが、直ぐにもっと大きな心配がグリッソムの脳裏を占めた。
ニックはどこだ・・・その手がかりを、我々は見つけられるのだろうか?

サラの後を追うグレッグは、彼女が二度、鼻をすする音を聞いた。

******

救出したニックを乗せた救急車が去っていく。
「私のチームを返してくれ」
グリッソムに言われたエクリーが、無言で離れていった。足音が遠ざかる。
サラとグレッグは、安堵からか放心したように立ち尽くしていた。
「帰ろう」
サラの肩にそっと手を置いて、グリッソムが言った。
サラがグリッソムに振り向く。その顔には、相変わらず硬い表情が浮かんでいた。
そのとき二人が交わした視線がどんなだったか、陰になっていてグレッグには分からなかった。

三人はラボに戻った。
グリッソムは事後処理のためオフィスへ行き、グレッグも2、3の用事を済ませ帰ろうとした。
ふと覗いた休憩室に、サラが相変わらず茫然とした様子で座っているのを見て、グレッグは話しかけようか迷った。
事件の事が尾を引いているのだろうか?ラボに戻る道中も、サラはずっと硬い表情のままだった。
彼女は時々、事件に深く入り込みすぎて疲弊することがある。まして同僚に起こった理不尽で卑劣な犯罪に、ショックを受けていない訳がない。しかし、ニックは無事救出された。命に別状はないと、救急車に同乗したキャサリンから既に連絡が入っていた。
事件は解決した。少なくとも、グレッグは晴れやかな気分だった。確かに、犯人は自爆死してしまったから、捕まえて罪を償わせることは出来ない。それは確かにもどかしいが、サラの落ち込みようは、それだけではない気がした。
聞き上手を自負するグレッグは、少し話をしようと、休憩室へ足を踏み入れた。
「サラ?まだ帰らないの?夜番も今日はもう帰っていいって、エクリーからのお達しだよ」
わざとおどけたように言った。
が、効果はなかった。
サラは深く溜息をついたが、表情が変わることはなかった。
「もう少し、気分が落ち着くまでここにいる」
「家に帰ってシャワーでも浴びた方が、気分も落ち着くよ」
サラはマグカップを揺らしただけだった。
「それとも、朝食食べに行く?」
サラは首を横に振った。
「今は、いい」
「何かあるなら、話、聞くよ?」
サラはやっと顔を上げてグレッグを見た。
「いいの。ありがとグレッグ」
サラは笑おうとしたようだったが、グレッグには泣きそうな顔にも見えた。
「そっか。本当に大丈夫?」
「ええ」
「・・・じゃ、ボクはもう帰るね」
「ええ、お疲れ」
「じゃまた今夜」
「また今夜」
心配そうに振り返りながら、グレッグが去っていく。
サラは再び、深く息を吐き、マグカップの中に視線を落とした。

帰る準備をして、グリッソムはロッカールームへ向かった。
そこで、放心したように座っている人物に気付いた。
「サラ?まだいたのか」
もう帰ったと思っていた。
サラは彼を無言で見上げた。相変わらず、硬い表情をしていた。
グリッソムはしばし彼女を見つめ、それからふと、周囲を見回した。
誰もいないのを確認してから、グリッソムはサラに近づいた。
「サラ、よかったら、その、運転してくれないか?」
硬い表情のまま、サラは首を傾げた。
「実は、少し背中が痛くて・・・」
彼は今日、爆風に飛ばされた。背中をしたたかに打ち付けていた。
事件が落ち着き、安堵すると、痛みを感じ始めていた。
サラは小さくうなずき、やはり無言のまま立ち上がってロッカールームを後にした。
私を待っていたのだろうか?
グリッソムは思ったが、サラには聞けず、そのまま後を追った。

運転中、サラは無言だった。一度もグリッソムの方を向かなかった。視線を投げることさえなかった。
グリッソムは何度か話しかけようとしたが、そのたびに言葉を飲み込んでいた。
彼女は怒っているようにも見えなかった。だが何かピリピリしたものを感じた。何かが張り詰めていた。
グリッソムの家に着き、車を停め、エンジンを切る。
再度何か言おうとして、グリッソムはサラを見た。
そのとき、サラもまた、彼を見た。
その視線が、不規則に揺れた。
そして、みるみるうちに彼女の顔が崩れた。

そのときになって、グリッソムはやっと気付いた。サラがなぜずっと硬い表情を崩さなかったのか。
彼女が今日向き合った、もう一つの恐怖に、やっと、思い至った。
サラの両目から、ポロポロと涙が零れた。
両手を伸べる彼女を、グリッソムは優しく抱き留めた。
声を上げずに泣くサラを、グリッソムはただただ抱き締め、頭を撫で続けた。
「大丈夫、私は大丈夫」
宥める声をかけ続けながら。
彼女の恐怖は、彼にもよく分かったから。
彼自身もまた、その恐怖を一度味わったことがあった。
目の前で、彼女の命が奪われてしまうかもしれなかった、あの恐怖。
彼女との関係を変えたいと思いながら、二の足を踏み続けていた彼を、ようやく本気にさせたのは、あの事件だった。
可哀相に。ニックの心配と、卑劣な犯人への怒り、それだけでも苦しかったろうに。グリッソムへの心配があっても、あの時優先させるべきはニックのこと、事件のことだった。彼への思いは意識的に、あるいは無意識に押し込められていたのだろう。
だから、感情の消えた硬い顔をずっとしていたのだ。
やっと、私的な感情を解放できる場所へ着いて、それが一気に溢れてしまったのだろう。
肩を震わせて、それでも声を殺して泣く彼女を、どれくらい宥めていただろうか。
彼女がやっと顔を上げたとき、その涙の跡を、グリッソムは優しく拭ってやった。
「怖かった」
サラがぽつりと呟いた。
「分かってる」
サラはじっとグリッソムを見つめた。
そして、彼の頬を何度か撫でた。両手で彼の頬を包み、そして言った。
「愛してる」
彼の首に両手を回し、もう一度、言った。
「愛してる」

愛してる、その言葉を彼女が言ったのは、この時が初めてだった。

「私もだ、サラ。愛しているよ」

グリッソムはただ優しく、彼女を抱き留めた。


もう少しだけ続きます。/There are one or two more chapters.

AN : 公式で、グリッソムとサラの関係はシーズン 5 の後半のどこか、と 明言されています。で、どこかなと考えたわけです。 このエピソードがきっかけで、とするファンフィクも多いですし、分かり易いパターンだとは思います。ただ、このエピソードの冒頭で二人が交わす会話は、私にはもう恋人同士のものにしか聞こえなかったので、その前から、と私の中で設定しました。

ちょっと言葉のお話。二人の会話は結構英語が先に思いつくこともあります。
サラのこのお話での「愛してる」はもちろん、"I love you"です。普段は「愛してる」は言ってなくて、英語なら多分"care"を使っていたか単に "me, too"と返事してただけかなと思うわけです。日本語なら、まあ「好きよ」くらいでとどめてたって感じですかね。こうやって英語も考えながら想像するのも難しいですが楽しいです。ちなみに、英語を喋っているときはJorjaの声で、日本語を喋っているサラの声は、吹き替えの浅野まゆみさんの声で脳内再生されています。