聞こえてきたのは、真摯な声。

「竜崎さん、好きです」

緊張して強張る声が真剣さを隠そうともせず語りかけている。
彼女が息を呑み言葉を失って、張り詰めた気配がますます強くなった。

    Hunter

「・・・あの・・・私、・・・」
「うん」

長い沈黙の後で、ようやく彼女が小さな声を出した。
男の声に苛立ちはない。
相手の男もなかなか辛抱強いらしい。

彼女を好きになるなら、それくらいの覚悟があってしかるべきだろう。

オレならそんなじれったいの待ってらんけどね。

リョーマは通りがかった校舎裏への渡り廊下で、夕暮れの空を見上げる。
キレイにオレンジ色の空が美しい。

夕焼けの校舎裏か、まったくセオリー通り。

壁に寄りかかり、学ランの襟を緩めた。

「・・あの・・私、よく、わからなくて・・・・・・」

か細い声がたどたどしく震えている。
彼女の膝がそっと震えているのが想像できた。
微笑ましいくらいの狼狽っぷり。

普通告白する方が緊張するもんじゃないの?
告白される側ならもっと堂々としてろっての。

「・・・なんか・・・」
「友達からでもいいんだ」
「・・・・う、ん・・・」

なんでそこでそんな返事を返すのかわからない。

リョーマは目を閉じて眉を寄せた。

気がないなら、そうはっきりと言うのが、相手に対しての礼儀だろ?
それ以上になるってことを前提に、関係をはじめるつもりなのかよ。

「返事は今じゃなくていいよ、竜崎さんのいいときで。俺、待ってるから」

彼女の困惑した様子に、寛容な優しい声が返す。

たいしたもんだね。

桜乃が、うん、と小さく返事をしている。
ほっとした様子が伝わってきて、空気が少し和らぐ。

まるで放課後のデートみたいだ。

「じゃ、また明日」
「・・・うん・・・またね・・・」

彼女が小さな声で返事をしている。

軽やかに足音が遠ざかっていく。
スキップでもしそうな勢いで走り去って行った。

それを感じながら、壁に背を預けたまま目を閉じる。

赤い。

ラケットバッグが肩に重い。

今日の夜、アイツは眠れないだろうね。
多分、ベッドの中で竜崎を思って、この瞬間を何度も反芻する。
彼女がどんな表情をしていたか、どんな声で答えたか、アイツは忘れない。

一人きりになった彼女はまだ立ちすくんでいるようだった。

無視するのなんて簡単だ。
もときた道を戻ればいいだけ。

こんな時に、こんなタイミングで現れて、今のを監視してたみたいで嫌だったけど、問い詰めたいような気分になった。

狙い定めて、息を吸い込む。

「・・・結構、モテるんだな」
「!!リョーマ君・・・・」

三つ編みが勢いよく振り返った。

彼女の瞳が大きく見開かれて、それから泣きそうになった。
あんなところを見られたんだから当然だろう。
怒りか羞恥かわからないけど、真っ赤になった竜崎が震えている。

「・・・・・」

つまらない、と思った。

彼女は震えて黙りこくるばかりで、さっきの告白についての感情が読み取れない。

「竜崎さ」

近づくオレに、立ち尽くして足元を見ているだけ。

「さっきのと付き合うの?」
「・・・・」

竜崎が顔をあげて、怯えた顔をした。
そんなこと他人に聞かれたくなんてないだろう。
オレにズカズカと立ち入られるのが怖いんだろうね。

「ま、オレには関係ないけど」

竜崎の表情が強張る。

まったく表情に出すぎる。
そんなんだから付け入られるんだよ。

顎をあげて、また空を見上げた。
少しずつ空が暗い色になっている。

「いつまでぼっとしてるんだよ」

突き放す。

そうした方が、彼女もラクだから。

空はもう暗くて、急いで帰らないと夜になってしまう時間だった。

「・・・うん・・・そ、だね・・・ごめんなさい」

また明日、も、またね、も、言わないで、彼女は後退る。

逃げ出すようなその仕草に、装うことも出来なくなった。
食い殺しそうな目をしたオレに、首から背中を緊張させて怯え出す。

もういい加減自覚させられるのは飽きた。

彼女が不自然に喉を痙攣させるから、そこに触れてみたいと思っただけなんだけど。

「動くな」

優しく最後通告をして、それから手を伸ばした。

「え・・・・」

END