Episode 9 Letting in

Summary : GSR. Sequel to "Recollections". / グリッソムの家に、シャンプーが増えた。二人の関係は、ゆっくり、進む。秘密を少しずつ、共有しながら。/ One strange bottle of shampoo has appeared Grissom's house. The relationship of the two slowly advances. While sharing secrets little by little.

Rating : T

Genre : Romance/Humor

AN : 大好きなエピソード、S6#13(ラストショー/Kiss-Kiss, Bye-Bye)の"前~後"を、ちょっと特殊な感じで描いてみたものです。/ Time set before S6#13(Kiss-Kiss, Bye-Bye).


Chapter 1 Shampoo(1)

レイアウトルームで証拠を片付けていたサラは、誰かが部屋に入ってくるのに気付いた。
「帰れそうか?」
聞くまで少しの間があったのは、周囲に人がいないのを確認したからだろう。
サラは顔を上げて彼を見た。
「もう終わる・・・でも」
一瞬緩んだ彼の顔だったが、彼女の「でも」ですぐに消えた。
「ニック達と、食事の約束したの」
サラは僅かに気まずそうに言った。
「最近ずっと、行ってなかったから・・・」
グリッソムは肩をすくめた。
「そうか。分かった」
彼女の友人付き合いを制限するつもりなど、勿論彼にはなかった。
「楽しんでおいで」
「一緒に来る?」
サラが少し首を傾けながら尋ねた。
「他に誰が?」
「ウォリックとグレッグとデビッド」
グリッソムは苦笑気味に首を振った。
「遠慮しておくよ」
「どうして?」
「上司がいたら、愚痴を言えないだろう?」
「愚痴なんか・・・」
言いかけて、サラもまた苦笑を浮かべた。
「いいんだ。気にしてないよ。同僚同士で愚痴を言い合うのも、大事なストレス発散だ」
グリッソムは部屋を出て行きかけて、振り返った。
「その後、来る?」
グリッソムの瞳に、サラはノーとは言えなかった。
「電話する」
「待ってる」
囁くように言って、グリッソムは去って行った。
微笑を浮かべて、サラは片付けに戻った。

自宅に戻ったグリッソムは、テイクアウトしてきたステーキサンドを味わって食べた。ベジタリアンのサラと一緒に食事をするときはなるべく肉を避けるようにしているから、一人での食事の時だけが肉を食べるチャンスだった。
勿論、サラは食事を自分に合わせなくていいと何度も口を酸っぱくして言うのだが、彼は彼女に合わせたかったから、そのことは別に苦ではなかった。彼の血圧を考えれば、肉類は減らした方がいいことは確かだったし、ダイエットの意味でも自ら進んでそうしていた。
一人での食事は、もう彼にとっては味気ない物だった。食事する気力すらなくなることもあった。それを、何とか「肉を食べられるから」という口実で楽しみを見いだしているのだった。
愛犬のハンクが彼の足下へ来て、小さく鼻を鳴らした。グリッソムは最初無視していたが、ハンクは前脚で何度も彼の脛をひっかいた。愛犬もまた、肉だけは彼からしか貰えないことを知っているのだ。
仕方なく、苦笑しながら、グリッソムは肉の欠片をほんの少しちぎって与えた。
ハンクは一口で飲み込むと、期待に満ちた瞳で再び主人を見上げた。
「終わりだ、ハンク」
空の両手のひらを愛犬に向かって振って見せてから、グリッソムはカウンターの椅子から立ち上がった。
キッチンを片付け、グリッソムはシャワーを浴びにバスルームへ向かった。
お湯が十分に温かくなったのを確認してから、服を脱いでバスタブに入った。
シャンプーに手を伸ばしかけて、グリッソムは思わず瞬いた。
彼の徳用サイズのシャンプーボトルの隣に、小ぶりなボトルが2本、増えているのに気付いたのだ。
思わず両方を手にとって眺めた。
ラベルの文字は小さすぎて読めないが、シャンプーとコンディショナーなことは間違いなかった。
まだ彼は信じられない思いで、両手のボトルを交互に見つめた。
それぞれにそっと鼻に寄せ、匂いを嗅いでみる。
間違いない。サラの匂いだ。彼女の髪の匂いだ。
グリッソムの右の口角が、ニヤリと上がった。
彼女は自分のアメニティグッズを、いつも持ち運んでいた。置いておけば、と言いたいのを、彼はずっと我慢していた。
着替えでさえ、やっと少し置いておくようになったばかりの彼女だ。急がせたくなかった。
持ち帰るのを忘れたんだろうか?
一瞬そう考えたグリッソムだったが、それには少し大きすぎるボトルのサイズに思えた。
もう一度ニヤリと笑って、グリッソムはボトルの匂いを嗅いだ。
これで、彼女が来ない日でも、彼女の香りを思い出すことが出来る。
そう思いながら目いっぱい鼻から息を吸い込んだ後で、グリッソムは慌ててボトルを戻した。
それはそれで、とても危険な行為であることに気付いたのだ。
・・・落ち着け、ギルバート。もうすぐサラは来る。
グリッソムは大急ぎで自分のボトルを押してシャンプーを手に取ると、猛烈な勢いで髪を洗い始めた。
冷水シャワーは、辛うじて、必要なかった。

シャワーを終えたグリッソムは、ガウンに着替え、寝室の時計を見た。それからサイドテーブルの携帯電話を開いて、着信もテキストメッセージも届いていないのを確認し、軽く舌打ちした。
その音に、ベッドの上に寝そべっていたハンクがぴくりと顔を上げて主人を見た。
「マミーが来たら、どかされるぞ、ハンク」
ハンクは聞こえなかったかのように頭を戻し、目を閉じた。
苦笑しながら、グリッソムは諦めてバスルームに戻った。
歯磨き粉を取り出そうとしたグリッソムだったが、今朝絞り出したあとでゴミ箱に捨てたのを思い出した。
しゃがんで洗面台下の棚を開ける。買い置きはあったはずだ。
記憶通り、新しい歯磨き粉の箱が一つ転がっていた。
それを取ろうとして、再び、グリッソムは首を傾げた。
棚の隅に、見慣れない紙袋が置いてあるのに気付いたのだ。
何を買い置きしたのだっけと、怪訝に思いながらその紙袋を引っ張り出した。その軽さに、グリッソムは僅かに驚いた。
袋を開き、中を覗いて、グリッソムは慌てて袋を閉じた。
動悸がしていた。
何度も激しく瞬いて、それから、グリッソムはそっと紙袋を元の位置に戻した。
深く、何度も深呼吸をした。
・・・落ち着け、ギルバート。・・・女性の生理現象について、今更、戸惑うような年齢ではあるまい。
いや、しかし。
グリッソムは軽く額を抑えながら立ち上がった。
・・・まさか生理用ナプキンが、私の部屋に常備される時が来ようとは。
頭を振って、グリッソムは歯ブラシを取ろうとミラー扉を開けた。
歯ブラシ立てに、彼からすれば小さな歯ブラシが1本、ちょこんと立っているのを見て、彼は左の口角を引き上げた。
歯磨き粉を箱から取り出す。チューブからペーストをひねり出しながら、グリッソムは、にやけ笑うのを抑えられなかった。

歯磨きを終えてから、グリッソムはしばらく寝室をウロウロと歩き回っていた。
サラからの電話は、まだ無い。
しばらくして、グリッソムはTシャツとスエットパンツに着替え、ベッドの端に腰を下ろしたが、横になる気にはなれずに、部屋の中をグルグルと見回していた。
そのうち、彼女の「着替え」が、椅子の上に畳んでおいてあるのが目に入った。
それをチラチラと何度か見てから、急ににっこりと笑うと、グリッソムは勢いよくベッドから立ち上がった。
そしてクローゼットを開けると、急いで中を片付け始めた。

************

「遅くなって」
玄関を開けるなり口を開こうとしたサラを、グリッソムは満面の笑みで引き入れた。
そして唇を塞いだ。
「んー・・・」
口づけを落としながら、グリッソムは後ろ足で蹴ってドアを閉めた。
ハンクが走り寄ってきたが、しばらくグリッソムは彼に彼女を渡すつもりはなかった。
数分してから、やっと逃れたサラは、ニコニコとしているグリッソムを不審そうに見た。
「なに?」
「別に」
グリッソムはにこりと笑って、リビングに戻っていく。
サラはハンクを撫でてやってから、後に続いてリビングルームに入っていった。
キッチンカウンターで瓶を呷っているグリッソムに、サラは眉を上げた。
「ビール飲んでたの?」
「・・・一仕事終えたところなんでな」
「一仕事?」
彼女の首が傾く。そのきょとんとした表情に、グリッソムは再びにこりと笑った。
「ずいぶん・・・ご機嫌みたいね」
「ああ」
グリッソムはサラを見つめながら、ビールを呷った。
サラはしばらくそんなグリッソムを見ていたが、
「あたし、シャワー浴びてくる」
そう言って寝室に向かい始めた。
「食事は楽しかったか?」
「ええ」
「上司抜きで、さぞ話が弾んだことだろうな」
サラは振り向き、軽く彼をねめつけるように見た。
「あなたの愚痴なんて言い合ったりしないけど、もし、言い合ったとしても、あなたには言えない」
グリッソムは肩をすくめた。
「もし君が何か言ったとしても、私は聞かなかったフリをしないとな」
サラは小さく苦笑しながら、寝室へ入っていった。
しばらくしてシャワーの音がし始める。
ハンクがウロウロとバスルームの前を歩いているのを見ながら、グリッソムはゆっくり、ビールを飲み干した。

十数分後、サラはバスローブを羽織ってバスルームから出てきた。
髪を拭きながら椅子に向かうサラを、ベッドの上で雑誌を読んでいたグリッソムは、チラリと顔を上げて見た。
椅子の前で立ち止まり、サラがキョロキョロと辺りを見回す。グリッソムは一瞬、顔を雑誌で隠した。
サラは椅子の下を見たり、サイドボードの上を確認したり、ベッドの上を見たりした後、首を傾げながら、リビングルームに出て行った。
彼女がランドリールームに入り、そこでなにかゴソゴソしているのを聞きながら、グリッソムはニヤニヤと笑っていた。
やがてサラが寝室に戻ってくる。
「あー、あの、ギルバート?」
サラが言いづらそうに話しかけてきた。
服を置いていくことにし始めたとき、サラは彼に何も言わなかった。グリッソムも何も問わなかった。今までお互い、そのことに触れたことはなかった。
だから今更それに触れるのは、彼女には恐らく気まずいのだろう。
グリッソムは必死でにやけるのを抑えていた。
「あたしの、ガウンとか・・・着替え、知らない?椅子の上に、置いてたと・・・思ったんだけど」
グリッソムは雑誌から目を上げずに答えた。
「クローゼット」
サラは一度クローゼットを振り返り、そらからグリッソムを見つめ、それからもう一度クローゼットを振り返った。
「あの・・・」
「ハンクが持って行くと困るだろう」
「そう・・・」
再度疑うようにグリッソムを見てから、サラはクローゼットを開けた。
それから、困惑したように彼を振り向いた。
「ギルバート、あの・・・」
「3段目だ」
グリッソムはチラリと顔を上げ、眼鏡の隙間から一瞬サラを見て言った。
サラが大きく息を吐いたのが分かった。
「そう」
短く答えて、サラはクローゼットに向き直った。
引き出しを開ける音がする。それが閉まる音がするまで、かなりの間があった。

サラはしゃがんで引き出しを開いた。大きな引き出しは、一段分が、ほとんど空っぽだった。
彼女のブラウスが一枚にTシャツが2枚、下着が2組にスエットパンツが1本、そしてガウンが1枚。
思わずクローゼットを見回す。床をそっと指で拭うと、埃がほとんど付かなかった。つい最近掃除したばかりな事は明白だった。
サラは軽く舌なめずりをした。
頬が赤くなるのが分かった。
深呼吸を小さく繰り返して、それからガウンを掴むと、引き出しを閉めた。
そしてバスルームに消えると、ガウンに着替えて出てきた。
サラは無言でベッドカバーをめくり、中へ入った。そして仰向けに寝転がると、目を閉じた。
グリッソムもまた、無言で雑誌をナイトテーブルの上に置き、眼鏡を外してその上に置いた。
ランプのスイッチをそっと切る。
寝室は薄ぼんやりと暗くなった。分厚い遮光カーテンの隙間から、僅かに日の光が漏れている。
暗がりで、グリッソムはサラがそっと身体を寄せてくるのに気付いた。
グリッソムは無言で、彼女を抱き寄せた。
「引き出し・・・ありがと」
小さな声で、サラが言った。
グリッソムは思わずニヤリと笑った。
ふと視線を下げると、サラが彼を見上げているのに気付いた。
「どういたしまして」
グリッソムが言うと、サラもニッと笑い、それから彼の胸に頬を乗せた。
「・・・一仕事?」
彼女の声色に、からかうような色が浮かんでいた。
「ああ。結構汗を掻いた」
「掃除機も掛けた?」
「ああ」
「それでビール?」
「その通りだ」
サラがクスクスと笑う。
「よく一段まるまる空いたわね」
「もう着ない服もあったし、あとは・・・ハンガーに掛けた」
そう言いながら、グリッソムは身体を入れ替えて彼女を見下ろした。
「ありがとう」
彼が彼女の瞳を覗き込みながら言うと、サラは眉を上げて首を傾げた。
「何が?」
「これだ」
グリッソムは顔を彼女にそっと近づけた。
唇に触れると、彼女はすぐに彼を迎え入れた。
彼女の両腕が彼の頭に回る。そのまま首筋にそっと下りた。
グリッソムの片手が彼女の身体を滑り、ガウンの紐に触れる。それを解こうとして、グリッソムは一瞬躊躇した。
・・・彼女が前回その「周期」だったのは・・・確か2週間ほど前だ。うん、セーフだ。
素早く頭の中で計算し、それから紐を解いた。そして彼女の素肌の上に、掌を滑らせた。
塞いだままの唇の間から、彼女の掠れた吐息が漏れる。それがあっという間に、彼の理性を奪っていった。

彼女がシャンプーを置いていったせい。
彼女が女性の生活用品を彼の部屋に置いていったせい。
彼女がもう一段、彼との関係を進めることに、同意する姿勢を見せてくれたせい。
彼女がもう一歩、彼の人生に踏み込むことを、決意してくれたせい。

その日の行為がラフになってしまったことを、グリッソムは自分でそう言い訳していた。


TBC.