泣けよ。我慢する必要なんてない


<まえがき>

このストーリーは、1話完結の短編です。


シリウスの死後、ハリーはショックのあまり しばらく寝込んでしまった。
 ダーズリー家ではろくに休息もとれないだろうと考えたロンやアーサーたちの意向で、ハリーはしばらくの間、ウィーズリー家で静養もかねて 滞在することになった。
 ハリーを心配して様子を見にやってきた、ハーマイオニーやルーピンも一緒に過ごしていた。
 ハリーにはその心遣いがとてもうれしかった。

その夜、ハリーはルーピンに付き添われて、寝室へと入った。
「どうもありがとう」
「それじゃ、おやすみ。ハリー」
「おやすみなさい」
 ハリーはベッドに入ると目を閉じた。
 ルーピンはハリーが眠ったのを見届けると、そっとドアを閉めた。
 するとそこに、ロンが立っていた。
「あの…」
「ロン。どうしたんだい?」
「実はハリーのことなんだけど…」
「私に? 何かな?」
「ハリー、このところ 毎晩うなされているみたいなんだよ。まるで何か怖い夢でも見ているような感じで…。もしかして、よく眠れていないんじゃないかな?」
「わかった。心配しなくていいよ。今夜はここで様子を見てみるから」
「お願いします」
 ロンはそういって、下へ下りていった。
 そして、ルーピンはハリーの身に何か起きたときに対応できるようにと、ドアの前に座り込んだ。

眠っていたハリーは今日も、神秘部での戦いの悪夢にうなされた。

ベラトリックスの放った閃光を受け、ベールの彼方へ沈むシリウス。
「シリウスっ!!」
 ハリーは名付け親の名を叫んで飛び起きた。
 その叫び声は、ドアの外にいたルーピンにも届いた。

「夢か……」
 いったい何度この夢を見ただろう?
 神秘部での出来事が何度も夢でよみがえり、ハリーの眠りを妨げていた。
「シリウス…」
 ハリーは自分の体を腕で抱きしめ、涙を流した。

ふいに、ドアをノックする音が聞こえた。
「…はい」
 ハリーは手で涙をぬぐいながら答えた。
「ハリー、いいかい? 入るよ」
 ドアを開けて入ってきたのはルーピンだった。
「ルーピン先生…」
 ハリーはめがねをかけて彼を見上げた。
「起こしてしまってすまない。君の叫び声が聞こえたから、どうしたのかと思ってね。大丈夫かい?」
 その問いにハリーはこっくりうなずいた。 しかし、心はここにあらずという状態だった。
「その様子じゃ、大丈夫ではなさそうだね」
 ルーピンは椅子を持ってきて、ハリーのベッドの脇に腰を下ろした。
「話してごらん。何かいやな夢でも見たのかな?」
「シリウスが…」
 そこまで言いかけて、ハリーは言葉を飲み込んだ。
 これ以上話したら泣いてしまいそうだった。
「あの神秘部での戦いの夢かい?」
 ルーピンにそういわれ、ハリーはさらにうつむいた。
「そうなんだね。ハリー」
「このところ、毎日夢に出てくるんです。 シリウスがベールの彼方へ沈むあの瞬間が…。 だけど僕がヴォルデモートの罠におちなければ、シリウスはあんなことにはならかった! シリウスは死なずにすんだんです!! 僕が…シリウスを殺したも同然です。 それに、あなたからはたった一人の友達をも奪ってしまった…」
「ハリー」
 ルーピンはいたたまれなくなり、ハリーを自分の胸に抱き寄せた。
「私なら大丈夫だよ。それに、シリウスのことでそんなに自分を責めちゃいけないよ。もしもシリウスが今いたら、きっとこんな君の姿は見ていられないと思うよ。 シリウスはいつだって、君の幸せを望んでいたんだから。 ハリー、泣きたいときには我慢しなくていい。泣いていいんだよ。 君はこれまで以上に辛い体験をしたんだから」
 そのルーピンの言葉にハリーの瞳から涙がこぼれた。
 ハリーはそのまま声を上げて泣き出した。
 ルーピンはハリーが泣きやむまでその肩を抱いていた。

数分後。
 ようやく泣き止んだハリーが顔をあげた。
「もう大丈夫かな?」
「はい…」
「さあ、これで少し眠れるだろう。 それじゃあ、私はもう行くよ」
 ルーピンはそういって ドアへと向かった。
「先生」
「ん?」
「本当にありがとう。 おやすみなさい」
「おやすみ、ハリー。 君が少しずつ立ち直れるように願っているよ」
 ルーピンはドアを閉めた。 そして、そっと目を閉じる。
(シリウス… 君を失ってからのハリーは痛々しくて見ていられないよ。 ハリーが少しでも元気を取り戻してくれるように願っているよ。だから君も、ハリーを見守っていてくれよ)
 ルーピンは亡き友に、心の中で語りかけた。

END