Title :5つの音
Author:ちきー
DATE:2009/03/09
Series:Death Note
Rating:R
Category:Drama,Parallel,Romance
Paring:L/Light
Warning:slash,Angst,Sexual Situations,OOC-ness
Archive:Yes
Disclaimer:
ここに登場しているキャラクターの著作権はすべて集英社及び、小畑、大場両先生にあります。作者は楽しみたいだけであり、著作権を侵害するものではありません。また、この作品で利益を得るものでもありません。
Summary:
お互いが口にする5つの音。でも、それは意味する通りのものではなくて…。
首筋に顔を埋め目を瞑ると、彼の匂いが強く香った。胸いっぱいに吸い込む。たったそれだけで、微かに反応を示す自身に苦笑した。彼に喰い込み、突き上げ、これ以上ないほど奥深くに私を刻み込んだのに、まだ欲は尽きないらしい。
疲労でまどろんでいる月が気付かないうちにと、首筋にひと際強く吸い付き体を離した。白い肌にくっきりと色づいた紅を見て満足をする。シーツに体を横たえ、隣の体を引き寄せた。大人しく抱き寄せられた月は瞳を閉じたまま胸に頭を乗せた。そして、片腕を無造作にLの上に放り出した。乱れた茶色の髪を撫でた。形のよい唇から深い呼吸が漏れた。
きっと猫なら満足して喉を鳴らしている。月と猫、しっくりとするそのイメージに声を出さずに笑ったら、ふるりと瞼が持ち上がり、眠たげな琥珀の瞳が尋ねるように私を見た。
何でもないのだと伝える代わりに、穏やかに青年になりかけの月の頬のカーブを手の甲が辿る。再び琥珀が目蓋の裏に消えた。胸に掛かる重みが増し、確かな存在の証に安堵する。
音に成りたがっていた言葉をそのまま口にした。
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彼が先にその言葉を口にした。
捜査本部のソファーに座り、チェスをしている時だった。盤を見ながら、ぽつりと呟くように言った。その時はまだ言葉は深まっていなかった。「お前が好きなんだと思う」そう言われただけだった。
一瞬だけ駒を摘んだ手が宙に止まり、そして何も起きなかったように目指した所に駒を置いた。すぐに向かいから伸びてきた腕が手を返した。
次の手を考えるついでに「友達としてですか?恋人としてですか?」と大した意味も無く尋ねた。私は夜神に対してそのどちらの感情も抱いていなかったので、どうでも良かった。笑って「友達だよ、当たり前だろ」と言葉が返ってくるとばかり思っていたが、予想に反して返ってきたのは沈黙だった。
顔を伏せた彼が小さな声で「恋人と言ったらどうする?」と言った。
ちらりと彼を盗み見て、いつもの癖で唇を弄った。
真っ先に浮かんだのは夜神に対する幻滅だった。彼は私が同等と認めるほどの頭脳の持ち主だ。それは間違いない。だが、彼が今さらけ出した手はあまりにも幼稚だった。大した危険のない日本の、そして成人にも満たない年齢では、この程度のレベルのマインドゲームがせいぜいなのだろう。
引っ張っていた唇から指を離した。弥を確保済みの今、彼がどう出るのか気になる。それに、監視の手間が省ける上、暇つぶしくらいにはなるだろう。
手を伸ばして私と視線を合わせないよう盤を見続ける夜神の膝に触れた。突然触れられて、向かいの体がびくりと震えた。跳ね上がった夜神の目は驚きで大きく見開かれていた。
「私も月くんが好きです」と、一音一音が正確に伝わるように言葉を口にした。
侮蔑と悪意を込めて。
それから幾度もその言葉を口にした。だが、その言葉が意味する感情を一度たりとも抱いたことはなかった。
彼に瞳を覗き込まれ、見えるのか?と問われた時まで。
即座に私は肯定の言葉を答えた。だが、その内で動揺をしたのを覚えている。共に過ごす時間が増えて被疑者として関わる以上に彼自身を知り、徐々に感情が別のものに変化した。その変化は私だけではなく、彼にも起きていた。お互いに向ける言葉が変化していった。
「好きです。愛してる。愛しています」
けれど、私がその言葉を口にするたび彼は瞳を閉じる。再び瞳を開く頃には、彼の顔には美しい笑みが浮かべられている。私が彼にもたらした率直な反応は、初めて彼を好きだと言った時だけ。
私たちはキラとLとして出会った。言葉、行動、思考、その全てをそのまま信じてはならない。この恋とも愛とも言うには皮肉すぎる状況が始まった当初、それは正しかった。
「愛してます、月くん」
私たちのベクトルは平行だった。どうあっても重なることはない。そして、最も最悪な事に私の言葉がやがて真実になったのに、どれだけ言葉を重ねても彼がそれを理解する事はないのだ。
私は彼の瞳が閉じられるのを見るしかない。
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「愛してます、月くん」
低い声が僕の鼓膜を震わせる。音を拾った耳から心臓にたどり着いてしまう前に、僕は瞳を閉じた。その言葉を口にした竜崎の顔を見たくない。そこに浮かんでいる表情を見たくない。
知ってるか?僕はずいぶん前からお前が好きだったんだ。降り積もって降り積もって窒息する寸前の想いが唇をついて出てしまった。でも、動揺はしなかった。どうせお前は信じないだろうし、信じたとしてもそれは信じた振りだと分かっていたから。
だから、僕は安心して徐々に深まった感情に従って、言葉を言い続ける事が出来たんだ。
「僕も愛してる」
閉じた瞳を開き、そう言って竜崎に微笑んだ。
「局長が持って下さるなら安心だ!」
松田さんの能天気な声が背後で聞こえた。竜崎とワタリがいなくなり、僕がLを継いで、ノートは父さんが預かる事に決まった。
視線がLと言う文字を映し出すディスプレイから漂った。松田さんたちの声が遠のく。いつものように、僕の隣の椅子に足を乗せ、背を丸めて座る男の姿が見えた。黒髪が振り返り僕に向かう。薄い唇が動いた。
僕は瞳を閉じた。
そして、たくさんのものを沈めた闇に陥る。
新しく沈める必要があるものは、音も立てずにゆっくりとゆっくりと淵へと落ちて行く。淵は底が見えないほど深い。けれど、それに安心する。5つの音で構成されたものの在り処はこれで僕にも分からない。受け取る人がいなくなったから、僕にはもう必要ない。
瞼を開けた時、男の姿は消えていた。
それから、全ては僕の思う様に進んでいた。邪魔する者が居なくなり、ノートに書き連ねる名前は飛躍的に増えた。けれど、犯罪者はいなくならなかった。毎日、書き続けても。僕が望んだ世界に近づいているはずなのに、まだ実現はしていなかった。
魅上が隙を作った。僕はその瞬間を逃さず、身を翻して倉庫から抜け出た。松田さんに撃たれた傷から血が流れている。今の僕と同じような太陽。落日が辺りをオレンジ色に染めていた。
倉庫から抜け出したのは逃げるためじゃない。彼らに死ぬところを見られたくなかっただけ。
僕はもうすぐ死ぬ。それは確実だった。ニアでもノートでもなく、松田さんに撃たれた傷で。リュークの姿が今朝からずっと見えないのは良かったかもしれない。誰にも邪魔されず、生まれてからずっと被ってきた仮面も外して、竜崎を殺して失った僕が最後の瞬間を彼の記憶と共に逝く。
目に付いた倉庫に忍び込む。階段で力尽きた。でも、ここなら誰にも邪魔されない。
「愛してる」
ずっと返ってくる言葉と共にある表情が怖くて瞳を閉じていたけれど、彼を失ってまで実現したかった世界の成れの果てを見るために瞳は閉じなかった。
けれど、いよいよ視界が霞んできた。竜崎が最後に見たのは僕だった。僕が最後に見るものは何もない寂れた倉庫。
僕は笑っていた。望むものなんて見えるはずないのに。不可能なものを望むなんて可笑しかった。不可能にしたのが僕自身だと言うのが余計に笑えた。
錆びて赤くなった階段を見たのを最後に、僕の意識は何も変わらなかった世界から消えた。
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真っ先に視界に飛び込んできたのは、白い天井だった。近くで電子音が聞こえていた。
「月くん?」
リュークはノートの使用者の行く末は無だと言った。なのに、なぜ?
僕の上に浮かんでいる黒髪の男の顔を訳も分からず、ぼんやりと見つめていた。
「月くん、どこか痛みますか?」
僕が反応せずにいると、手が伸びてきて僕の頬に触れた。…暖かい。
「…すみませんでした。無能なニアと松田の馬鹿のせいで貴方に怪我を負わせました。だから、誰にも任せたくなかったのに」
話している間も手は休むことなく僕に触れていた。まるで彼がいることを信じさせるように。
「りゅ、ざ、死んで…」
「生憎まだ足はあります」
体を捩って竜崎から逃れた。体を起こすと肩に激しい痛みが走ったが今は気にしていられなかった。
「…面白かったか?」
掴んだシーツに皺が寄るほど握り締めていた。
「月くん・・・」
「ニアと笑って見てたんだろ?」
「月くんを見ていたのは事実です。が、私は貴方が多大な犠牲を払っても実現を望んだ世界を見たかっただけです」
「・・・・・・」
それでも、実現なんて出来なかった。キラがいてもいなくても何も変わらなかった。
「何も変わらない世界に絶望しましたか?それとも、私が相手ではないから、やる気が出ませんでしたか?」
もう一度見たいと望んだけれど、誰も持っていなかった黒い瞳が僕が見ていた。両手が伸びてきて頬を挟まれた。竜崎の顔を見ているように固定されてしまう。
「瞳を閉じないで下さいね」
「・・・?」
「月くん、愛してます」
自分を殺した相手に言える台詞じゃない。瞳を閉じる事も忘れて僕は竜崎の顔を見つめていた。
「返事は頂けないんですか?」
「・・・勝ったと思っていたのに、4年越しで実は負けだったと知らされたんだ。言いたいことなんてない」
やっと出てきた言葉は負けず嫌いと言うよりも拗ねた子供のようだった。竜崎もそう思ったのか、かすかに笑った。
「この4年間、何をしてた」
「貴方を見る以外には、コイルの名前で依頼を受けていました。世界の三大探偵のうち、コイルは私、Lはニア、残るはドヌーヴですが、この名前に相応しい有能な人材を誰か知りませんか、月くん?」
「僕は…、どこかの機関に突き出すんじゃないのか?」
「4年も我慢して、ようやく貴方を手に入れたのにですか。私たちはLでもキラでもなくなった。やっと月くんに信じさせる事が出来る」
「僕の意思は?今更お前と一緒にいたいと思うのか?」
「倉庫で言った言葉と違いますね」
「あれは…、お前に向けてじゃない」
「早く体を治して下さいね。このままでは力いっぱい抱く事も出来ない」
「おい!」
僕の言葉を無視して、竜崎にベッドに押し込められた。
「月くんが信じるまで言いますから」
部屋の明かりを落とし、シーツの上から手に触れて竜崎が言った。そして、手から離れていく熱を咄嗟に掴んでいた。
「月くん?」
「…信じた頃に僕も言うから」
部屋が暗くて良かった。どんな顔をしているか竜崎には見えないだろうから。
でも、手が戻ってきて僕の髪を撫でた。いつだったか同じようにされた事を思い出した。僕はその時と同じような気持ちで眠りに落ちていった。
END
