Title :一人ぼっちの神さま
Author:ちきー
DATE:2008/06/17
Series:Death Note
Rating:G
Category:Angst,Drama,AU
Character:月、L、リューク
Archive:Yes
Disclaimer:
ここに登場しているキャラクターの著作権はすべて集英社及び、小畑、大場両先生にあります。作者は楽しみたいだけであり、著作権を侵害するものではありません。また、この作品で利益を得るものでもありません。
Summary:
小さなエルは大好きなライトにプロポーズをします。ですが、それはライトを怒らせるものでした…。
もう元気になったのに、ママはまだベッドにいなさいだって。風邪を引いている時は、いつもはガミガミと怒るママの声も優しくて、つい恋しくなってしまう。だけど、元気になったら普段通りで煩いと思う。
だって、もう元気になったんだよ?ベッドから降りてゲームをしたり、テレビを見たりしてもいいじゃない。たっぷりと寝た後だから、夜でも眠気なんて来なくて僕はベッドの中で寝返りばかりうっていた。
「具合はどう?」
そっと扉が開いて、顔を覗かせたのは僕のおばあちゃん。
僕はおばあちゃんが一番好き。優しくて、僕の話をちゃんと聞いてくれる。ママやパパに怒られている時でも、まぁまぁそんなに怒るものじゃないよって助けてくれるんだ。
僕がもっと小さかった時には、いつも寝る前にお話を聞かせてくれた。絵本の時もあるし、おばあちゃんが作ったお話の時もあった。おばあちゃんは、お話を作る人だったんだって。凄いでしょ?僕の自慢のおばあちゃんなんだ。
でも、よくわからないけど、おばあちゃんが書いたお話が「ハッキンショブン」になってから、お話を作れなくなっちゃったんだって。だから、今は僕がおばあちゃんの一人だけの「ドクシャ」なんだ。
「もう元気になったよ!でも、ママがまだベッドから出ちゃダメだって…」
「おや。それじゃあ、お話をしに来たかいがあるかね?」
「お話してくれるの!?」
「眠るまでよ?」
そう言って、にっこりと笑ったおばあちゃんに、僕は急いで棚に本を取りに行った。そして、ベッドサイドに座ったおばあちゃんに手渡して、もう一度ベッドに潜った。急いでベッドに潜ったから乱れたシーツを、おばあちゃんが掛けなおしてくれた。
おばあちゃんに渡したのは、僕の一番のお気に入り。「一人ぼっちの神さま」って言う本。おばあちゃんが作ったお話で、繰り返し読んでいるから暗記しちゃっているけど、僕はおばあちゃんに読んでもらうのが好きだった。
*** *** ***
むかし、むかし、そのむかし、神さまはお空のもっと上にいましたが、今は私たちが住む地上のもっと下にいます。
そうです。私たちがご飯を食べたり、遊んだり、勉強をしたり、眠ったりしているその下に神さまはいるのです。神さまの名前はライト。私たちを照らす光と同じ名前です。
ライトは茶色の髪と飴色の瞳を持っていました。姿は少年の様ですが、お母さんよりもお父さんよりも長く生きています。なのに、ライトの姿はずっと少年のままなのです。
ある日のこと、ライトがいつもの様にたくさんのモニターの前に座っていると、部屋の外に誰かがいると警告する音が鳴りました。ライトがいるのは、私たちの知らない ずっとずっと下の部屋です。ライトがここにいると知っている人も少なく、もし知っている人が来たなら音は鳴らないので、ライトは変だなと思いました。
モニターの一つに部屋の外の様子を映し出します。すると、小さな男の子がうろうろと探しものをするみたいに歩いていました。ライトは悩みました。ライトは人に見られてはいけないのです。だけど、こんなところで迷子だなんて可哀想だと思いました。
ライトが扉を開けると、男の子は廊下に座って指をくわえていました。
「こんな所でどうしたの?」
ライトが人と話すのは久しぶりのことです。食料を運んできてくれるリュークには、ときどきしか会えません。だから、ライトはちゃんと話が出来ているか心配でした。
「しらべていたら、まよいました」
「何を調べていたの?」
「ここの上にあるけんちくぶつの見ためとこうぞうがいっちしません。なにかあるとおもい、ちょうさしています」
「この先は僕の部屋しかないよ」
「あなたのですか?こんなところに?」
「そう、僕の部屋しかない。分かったからもういいだろう?おいで、帰り道を教えてあげる」
「ばかにしないでください。かえりみちなら分かります。来たみちをもどればいいだけです」
子どもが床から立ち上がり、じぃとライトを見上げます。ライトの腰ぐらいしかない小さな体ですが、話していることは一人前でした。
「帰り道が分かるなら心配ないね。それじゃあ、気をつけて帰るんだよ」
ライトは子どもを置いて、扉に向かいます。
「まってください。名まえをまだ聞いていません」
「もう会う事もないから必要ないよ」
「まっ…」
ライトは子どもの声を終わりまで聞かずに扉の奥に消えました。その代わり、たくさんあるモニターで子どもが無事に地上に戻るのを見守りました。
次の日、また警告のブザーが鳴ります。
ライトがモニターで調べると、またあの子どもでした。ライトが潜った扉の前で、指を銜えてじっと立っています。
「もうっ」
部屋の外にライトの許しがない人がいる間は、ずっとブザーが鳴り続ける仕組みなので、ライトは煩くてたまりませんでした。
「何しに来たの?もう調査はお終いだろ?」
「まだ名まえを聞いてません」
「あのね、ここは部外者は来ちゃいけないの。そもそも、どうやってここまで来たの?セキュリティがあっただろ?」
「あんなセキュリティではぶようじんですよ。かんたんにとっぱ出来ました」
「君がここにいると僕の部屋でブザーが鳴って煩いんだ。面白い事はここにはないし、お家の人も心配するよ?」
「いやです。ブザーなら切ればいいじゃないですか?」
「それこそ無用心だろう?」
「名まえを教えてください。わたしはあなたと、もういちど会いました」
「人の名前を聞く時は…」
「わたしはエルです」
ライトが言い終わる前に、エルは自分の名前を話しました。返事を期待して見上げるエルの黒目にライトが映っていました。少年の姿のままの自分。それは自分が何なのか、忘れないようにしているメモでした。
「…教えてくれてありがとう。じゃあね、エル。もう来ちゃダメだよ」
「ずるいです。待ってください!」
扉を締めようとしたライトにエルが手を伸ばします。エルの指が自分に触れそうになったのを気付いたライトが叫びます。
「さわるな!」
とつぜんのライトの大声に、びくりとエルの体が震えました。そして、自分から後退ったエルに、ライトは子どもに怒鳴るなど、なんて可哀想な事をしてしまったのかとショックを受けました。ライトは触れて欲しくなかっただけ。怖がらせるつもりなんてなかったのです。
「…大きな声を出してごめん。でも、僕に触ってはダメなんだ」
「どうしてですか?」
「どうしても、だよ。エルのためだから」
「いみが分かりません」
親指を噛んでいるエルが、目の間に皺を寄せてライトを見上げます。小さな子どもなのに、大人がするような表情にライトは笑い出したくなりました。
「お母さんとお父さんがエルを心配してる。帰り道は分かるね?」
「ふたりともいません」
「…ひとりなの?」
「はい」
「なら、僕と一緒だ」
「あなたもひとりなのですか?」
「うん、ずっとね」
「じゃあ、わたしが来てあげます。そうしたら、さびしくないでしょう?」
だめと言おうとしたライトの耳に、部屋の奥でさっきとは違うブザーが鳴りました。
「なんの音ですか?」
「急がなきゃ…。バイバイ、エル。気をつけて帰るんだよ」
「名まえを教えてください!でないと、かえりません。ずっとここにいます」
「仕方がない…。僕はライト。じゃあね」
鳴り続けるブザーを気にしているライトは、エルにそう言い残して部屋の奥へと消えました。
「ライト…」
一日遅れで教えてもらった名前をエルが呟いたのを、閉まった扉だけが聞いていました。
それから毎日のようにエルはライトのところに、やってくるようになりました。エルが来るたびに警告のブザーが鳴るので、終いにはエルの存在をセキュリティに許可するようにしてしまいました。
「ライトくん、ライトくん」
「今日も来たの…?」
「ライトくんがさびしくないように、まいにち来ます!」
「僕は寂しくなんてないよ」
「でも、私はライトくんと一緒にいないと、どうしているか気になります。こんな誰もいないところで泣いてないかしんぱいです」
「僕はエルがどうしているかなんて心配にならないよ?」
「ひどいです!あいじょうが足りませんよ?」
「なにそれ?」
ははっと笑うライトがきれいだと思いました。こんな地下ではなく青い空の下で見たらもっときれいなのにと、エルは残念で仕方がありませんでした。
「ライトくん、手を出して下さい」
何をするつもりなのかと戸惑っているライトを安心させるようにエルが付け加えました。
「さわりませんから」
そう言われておずおずと伸ばしたライトの手のひらに、エルは隠していたものをそっと落としました。
「ここに来るとちゅうで見つけました」
ライトの手のひらに乗ったのは小さなスミレ。
「あ…りがとう」
ライトがこんな可愛らしい花に触れたのは久しぶりでした。食料などはリュークが持ってきてくれますが、それは生き続けるのに必要な最低限のものだけ。
地下に住むようになって、ライトが生きたものに触れるのは初めてでした。外の世界の季節が移り変わるのをモニターで見ることは出来ますが、それをライト自身の体で感じることは出来ませんでした。ライトがここから出ることは許されないのです。
小さなスミレを潰してしまわないように、ライトは手のひらでそっとを包みました。
「ライトくん、どうしたんですか?スミレは気に入りませんか?すみません、べつのを持ってきます。だから、泣かないでください…」
スミレを手に持ったまま、ほろりときれいな涙がライトの頬を滑り落ちました。ぬぐう事もせずライトの頬にまた一筋と涙が零れていきました。
触らないようにとライトに言われているので、エルはおろおろとライトの前で右へ左へ行ったり来たり。こんなにきれいな人に野の花なんて、やっぱり止めたほうが良かったのでしょうか。
「ありがとう、エル…。スミレ、きれいだね」
濡れた目を指で拭ったライトが、エルの前にしゃがみました。そして、視線が同じ位置になったエルにお礼を言いました。
にっこりと笑ってくれましたが、ライトの目の縁はまだ濡れていてエルは心配でした。
「きらいではないですか?」
「こんなにきれいに咲いてるんだもの。嫌いなはずがないよ。でもね、切られてしまった花は長く生きられないから、切らないであげて?」
「ですが、花はよろこんでくれるライトくんの傍にいられてうれしいはず。ライトくんにもさわれますし。わたしが代わりたいくらいです」
エルの膨れた頬を見て、ライトは声を立てて笑いました。エルはライトのきれいな顔も優しい言葉も好きでしたが、こんな風に笑ってくれるライトが大好きでした。エルの胸もほっこりと暖かくなるのです。
だめだよと言われても、エルはライトに花をプレゼントし続けました。その日一番にきれいに咲いた花をエルは探すようになりました。だって、差し出すといつもライトは困ったように怒りますが、その後、グラスに生けた花をライトが嬉しそうに見るのをエルは知っていたからです。
「最近、菓子の減りが早いな。甘いものは嫌いだったろ?」
世話係のリュークが林檎を齧りながら言いました。リュークの仕事は神さまの食料と日用品の補給です。
これまでも世話係は何人かいましたが、どれもライトの事を恐れ、話しかける事などしませんでした。ライトも自分が恐れられているのに気付いていたので、彼らが来る時は一番奥の部屋で隠れていました。
リュークが世話係として初めて来た日も、ライトは部屋に隠れていました。代替わりしたとしても、反応はみんな同じだと思ったからです。
ですが、リュークは違っていました。ドンドンと、ライトが出てくるまで扉を叩き、強引に自己紹介を始めたのです。ライトは呆気に取られました。ライトに対する態度も違っていれば、姿かたちもこれまでの世話係と違っていたのです。見上げるほどの大男で、髪の毛をつんつんと尖らせ、魚みたいなぎょろ目でいかつい顔。それに、林檎が大好きで、いつもポケットに林檎を入れていました。ライトと初めて会った時も、自己紹介の後の一言は「林檎、食う?」でした。
そして、これまでの世話係は食料を置いて直ぐに出て行ったのに、リュークときたら休憩と言ってライトとゲームをしたりお茶をする様になったのです。エルが来るまでは、リュークがライトの唯一の話相手だったのです。
「好きになったんだ」
「ライト、嘘をつくな。ここに子どもが降りていくのを見たやつがいる」
「見間違えだ。ここまで来るのに何枚のセキュリティがあると思うんだよ、リューク?」
かしっとリュークが林檎を齧りました。その間の沈黙にライトの心臓はドキドキと早くなります。
「見たのは俺だ」
「……報告するの?」
項垂れて小さくなったライトの姿に、リュークは哀しくなりました。
ライトはこんな地下の、誰もいない部屋でモニターの前に座り、自分以外が笑っている世界を眺めているのです。地上の世界の人々に神さまと崇められても、リュークにはライトが大人になる寸前で時が止まった、哀れな子どもにしか見えなかったのです。一緒に過ごす時間が増えると、いっそうその印象は強くなりました。
優しく親切なライトは心だけ美しいのではなく、姿もとても美しい少年でした。彼がにこりと笑えば、どんな争いも止んでしまうでしょう。だって、太陽のないこんなところでも、ライトはリュークの心を暖めるのですから。
リュークは一度だけ、ライトに外に出たいかと聞いたことがあります。そう尋ねられたライトは、にっこりと笑って、父さんや母さん、それに小さな妹が住む世界を守っているのだから、外に出たいなんて思わない。みんなが幸せで笑っているのを見るのが好きなんだと言いました。
リュークやエルがライトの傍にいる時間は限られています。いずれお別れをする日が来る事もリュークは分かっていました。だからこそ、その短い間だけでも、ライトの好きなようにさせてやりたいと思いました。神さまの仕事をこれまでのどの神さまよりもきちんとやっているライトです。少しくらい神さまとしてではなく、ライトとしての思い出があってもいいはずです。
そして、いつかこんな地下の果てでも楽しい事があったと、ライトが思い出してくれればいいと思いました。
「…監視カメラの映像に問題はなかった」
エルがすり抜けてくるセキュリティとは別に、ライトの部屋にはカメラがありました。その映像をライトは変えていたのです。ライトに会っていることを知られれば、エルがどうなってしまうか心配だったのです。
「だから、報告するにしても証拠がない」
「ありがとう、リューク」
「明日から菓子の量を倍にしてやるな」
「ケーキも頼んでいい?エルが好きなんだ」
「あぁ、用意しとく」
テーブルから立ち上がり、ポケットの林檎を置いてリュークが帰っていきました。エルが来る前は唯ひとりの友人だったリュークに嘘は付きたくなかったので、彼が分かってくれてライトはほっとしていました。
こっそりとエルがライトの元に通う日々が過ぎ、ひっそりとリュークが通ってくるエルを見逃している日々が過ぎました。ライトの腰までしかなかったエルも少しだけ大きくなりました。
「ライトくん、チェスでしょうぶしてください!」
二人がいつも使うチェスボードに既に駒を並べて、エルがライトを誘いました。
「いいけど…。勝負ってなに?僕が勝ったら何かしてくれるの?」
勢い込んだ子どもの顔が可愛らしくて、ライトは優しくエルに話しかけました。
「ライトくんが勝ったら、わたしが話したいことを聞かせてあげます!」
「エルが勝ったら?」
そう聞かれると分かっていたエルが、誇らしげにライトに宣言します。
「わたしが勝ったら、わたしが話したいことを聞いてもらいます!」
「どちらが勝っても同じじゃない」
くすくすと笑うライトがきれいで、エルは絶対に勝つと改めて心に決めました。負けず嫌いで何度もライトに勝負を挑んでは負け続けていましたが、今日は違います。この日のために特訓をしてきたのです。エルの小さな指がブルーの駒を動かしました。
エルにチェスを教えたのはライトでしたが、エルの上達のスピードには驚きました。今ではライトが長考することもしばしばです。
「初めに比べたら、ずいぶん上手になったね」
カタン、とライトが駒を進めました。
「はい。ライトくんに勝ちたくて、とっくんしましたから」
じっとボードを眺めて、カタン、とエルが駒を進めました。
「誰に相手をしてもらったの?」
カタン。
「誰にもしてもらってません。わたしはライトくんのこれまでの棋譜をぶんせきしました。やくにたちました」
「これまでのって全部!?おぼえたの?」
「ぜんぶです。ライトくんのことはどんな小さなことでもおぼえてます」
ライトを驚かせる事が出来て、にんまりとエルは笑いました。
カタン。
「チェックメイト、です」
ライトが慌てて見下ろしたボードは確かにエルの勝ちで終わっていました。
「…本当に強くなったね、エル。それで、僕に聞いて欲しい事ってなに?」
「ライトくん!大きくなったら、わたしとけっこんしてください」
小さなエルが舌ったらずにライトにプロポーズをしました。
「…だめだよ。そんなことは出来ないってエルだって知ってるだろ?」
ライトはエルから視線を外し、チェスボードを片付け始めました。小さなエルだって、この世界がどんな風に回っているのか分かっているはずです。
「わたしはライトくんが好きです。好きな人とずっと一緒にいたいって思ってはいけないのですか?」
「エルの半身はどうするの…?」
「たまあわせには出ません。わたしはじぶんで半分を見つけました。ここでずっとライトくんと一緒にいます」
"たまあわせ"とは、みんなが知っている通り、0歳になった子どもが行う儀式の事です。私たちは16の年として生まれてきます。一斉に年が変わるその日に、一つずつ子どもの歳を減らし、0歳になった日に自分の半分と出会う"たまあわせ"を行うのです。
"たまあわせ"とは、魂合わせ。もとは一つだった魂が二つに分けられ、私たちは半分だけの魂を持って生まれて来ます。そして、子どもの年を過ぎ、「たまあわせ」を行って、別々に生まれてきた魂が出会うのです。こうして、一つの完全な魂になり、一緒に大人として成長し続けることができるのです。
誰もが自分の半身を持っている。それに例外はありません。私たちにとって半身以上に大切なものはなく、自分の命よりもそれは重んじられてきました。
どこかに自分の半身がいると言うのに、エルが今、話した言葉をライトは許せませんでした。胸の奥からくろいものが染み出てきます。エルに去られた半身はどんなに悲しむでしょう。誰もが自分の半身と出会うのに、自分だけが半分のまま。生まれながらの殺人者で、未完成なまま大人になることも出来ません。
がたり、とライトはテーブルから立ち上がりました。
「エル、おいで」
「ライトくん?」
「エルは僕が好きと言ったね。でも、エルは僕のことなんて何も知らない」
足の長いライトの歩みに、エルは必死になって追いかけました。エルが来る時はきっちりと締められている扉をライトが両手で開け放ちました。そこにはたくさんのモニターが並んでいました。モニターにはそれぞれ違う映像が映し出されています。
「エルと一緒にいた時に、ブザーが鳴った事があっただろ?それはここで鳴っていたんだ」
「ここはなんですか?なにをしているのですか?」
「それを教えてあげる。どれにしようか?あぁ、コレにしよう」
見回していたライトが、一つのモニターを指差します。
「エル、4番目のモニターを見ていて」
最上列にあるモニターをエルが見上げました。モニターの中にはバイクに跨った男がいました。浅く被ったヘルメットの下の顔は蛇のようで油断がならない人だと分かります。移動している間もすばやく視線を動かし、周囲を探っているようでした。
いつのまにかライトの手元には黒いノートがありました。
「しっかり見ていて」
ライトがノートに何かを書き終えると、突然モニターの中で異変が起こりました。
男が急に胸を押さえ、バイクごと倒れました。地面に落ちても悶え苦しみ、そして、動かなくなりました。周囲の人々が何が起きたのかと集まってきます。
「なにを…したんですか?」
目にした信じられない現象にエルはライトを振り返りました。びくりとエルの肩が震えました。そこにいたのは、表情を持たない人形の様な少年でした。ライトの姿をしているのに、まるで知らない人のようでした。
「お前が好きと言った僕は、こんな簡単に人を裁ける。これまでもずっと裁いてきたし、この先もずっと…。お前が死んでもずっと僕はここで人を裁き続けるんだ。僕がいる理由はそれしかない」
「神…」
「地上の人には、そう呼ばれているらしいね」
「ライトくん」
じわじわとライトを中心にして染み出てくる悲しみに、エルの胸が塞がりました。思わず手を伸ばしていました。
エルは聞いた事がありました。ごくまれに"たまあわせ"で自分の半身を持たない子どもがいることを。私たちの世界は一対で一人。それに例外はありえないのです。
半身を持たない子どもは成長する事が出来ません。例外を認めない世界は、奇形の存在を浄化させました。次が現れるまで死ぬ事のない奇形に、彼らの存在を排除した社会を守らせる事にしたのです。子どもがいやだと言うことは出来ません。そうする以外、彼らが存在する事は許されないのですから。
奇形は忌みもの。子どもの時代、どれだけその子どもが愛される存在だったとしても、それは関係がないのです。みんな、手のひらを返しました。穢れが広がるのを恐れて。子どもが触れたものすら焼かれ、世界にその子どもがいた痕跡は抹消されました。
けれど、大人になれない、あどけない子どもを追放した罪悪感は、そんな彼らの中にもあって、罪悪感は世界を守る神として子どもを尊ぶことにスライドしました。世話係が持ってくる食料は、すべて神さまに捧げられたものなのです。
「触るなと言った!」
伸ばした手がライトの激しい拒絶に遭い、エルの目が潤みました。自分が悲しいのではないのです。神にされたライトがこれまで感じた悲しみに、エルの目が潤んだのです。
「ライトくん、ライトくん…。ライトくんが神さまでも、わたしはライトくんが好きです。それはかわらないです。…おねがいですから、わたしを見てください」
テーブルに手をつき俯いたライトの顔は、小さなライトには分かりませんでした。ひくっと喉が鳴りそうになるのをエルは堪えました。けれど、話しかける言葉に涙が混じっていました。
「エル、もう帰るんだ」
エルを振り返ることなく、ライトはノートを持って部屋から出て行きました。
「ライトくん!」
エルの一生懸命な声にも、ライトは振り返りませんでした。
翌日からエルがどれだけ頑張っても、ライトの部屋の扉を開けることは出来ませんでした。小さな拳が真っ赤になるまで叩いても、扉は動きません。両親がいなくなったときも流れなかった涙を零してライトの名前を呼んでも、ライトが現れることはありませんでした。
それでも毎日エルは花を片手に扉の前にやってきました。前の日に置いた花の代わりに、そっと新しい花を置き、ライトに話しかけるのです。
リュークにエルが来ている事を知らされても、ライトがエルと会う事もモニターで見る事もありません。エルが自分に執着するのは"たまあわせ"までだと分かっていたからです。エルがちゃんと自分の半身を見つけたら、ライトを好きだと言った自分を忘れたいと思うはず。ライトはそう思っていました。
そうして、地上の人々は噂をします。今の神さまはこれまでよりも真面目で、悪い人はみんな裁かれた。神さまがいる限り、平和な世界だと。
エルの"たまあわせ"から数年が経ち、部屋の外に花が置かれなくなりました。
「あのちっこいの、今どうしてるだろうな」
「きっと自分の半身と仲良くしているさ」
お茶を飲んでいたリュークがぱたぱたとポケットを探ります。
「林檎、忘れた!ライトにやろうと思ったのに…」
「林檎が好きなのはリュークだろ。自分で食べればいいのに」
お茶をのんびりと飲んでいたライトが呆れたように言いました。
「その林檎は特別だったんだよ。ちょっと待ってろ。取りに行って来るから」
足音も激しくリュークが部屋から出て行きました。
「まったく騒々しいんだから」
しばらくして足音が帰ってきました。
「早かったね、リュー…」
最後の言葉は話されませんでした。
「どうして…」
「ライトくんを迎えに来ました」
そこにいたのは背が高くなり、手足も伸びたけれど、真っ黒な瞳が相変わらずのエルでした。呆然としているライトの両手を取り、椅子から立たせました。
「ダメだ」
ライトに触れている手を振り払おうとしました。ですが、大きくなったエルはびくともしません。
「穢れが移る…エル、離せ」
「ライトくんは穢れてなどいません」
手が離されたと思ったら、長い腕にぎゅうと包まれていました。動けないライトをいい事に、エルはライトの頬を撫でました。
「あぁ、ライトくんです」
「離せって!エル!」
エルの体をどかそうとライトが動きます。ですが、エルに先回りされて押さえ込まれてしまうのでした。
「私が正しかったです」
「え?」
「わたしの半身はライトくんでした」
「そんなこと…ありえない…」
"たまあわせ"で組になる魂は、同じ年に生まれた同士と決まっていました。だから、ライトはエルの言葉を信じられなかったのです。
「ライトくんの"たまあわせ"の時、私はまだ生まれていませんでした。だから、ライトくんの半身がいないとなったのでしょう。すみません、その所為で貴方を辛い目にあわせました。それに、こんなに待たせてしまって…」
ライトの胸と喉が痛みました。痛くて痛くて、ライトはエルの囲みの中でほろほろと涙を零していました。
「ライトくん、泣かないで下さい。これからはずっと一緒です」
「泣いてない、から。一緒って、エルもここに、住むの?」
言葉の途中で震えながら、ライトは言葉を紡ぎます。目尻から溢れる涙を拭ってやりながら、エルはライトに言いました。
「いいえ。ライトくんに相応しい所を用意してあります」
「でも…」
「こんなに迎えに来るのが遅くなったのは、神さまをなくすのに時間が掛かってしまったからです」
子どもの頃はなかったのに、今のエルには目の下に濃い隈が出来ていました。きっと眠らずにライトを地下から出すために働いていたのでしょう。
「神さまをなくす…」
「もともと、そんなものは必要なかったんです。さぁ、行きましょうか」
「待って!持って行きたいものがあるんだ」
「ライトのものは詰めたぞ~」
リュークが扉のところで、バックを振っていました。
「チェスとスミレの花を忘れずに入れておいたからな」
赤くなったライトを、ククとリュークが笑いました。エルがくれたスミレの花と、一緒に遊んだチェスはライトの宝物だったのです。それを置いて行けない、と思っていたのはリュークに筒向けでした。
そうして、神さまは地下からいなくなりました。でも、神さまが作った平和な世界はそのまま。完全な魂になった一対が、今もみんなを守ってくれているのです。
二人は森の奥のお屋敷にずっと一緒に暮らしました。いずれそのお屋敷に半身を持たずに生まれてきた子どもが加わりながら。
*** *** ***
「おしまい」
「エルとライトはずっと二人で世界を守っているの?」
「そうよ」
「じゃあ、もうライトは寂しくないね。泣く事もないよね?」
「きっと、そうでしょうね。さて、お話はもうお終い。寝なさい」
大好きな話を聞き、そして話が終わるといつもする質問をして満足したのか、ライトが枕に頭をつけるとすぐに寝息が聞こえました。
自分と同じ名前の主人公が一人ぼっちではなくなったと聞いて、ライトはとても満足した顔で眠っています。おばあちゃんはシーツを掛け直してやり、ライトの顔を少しの間眺めていました。
手にしていた本をベッドサイドに置きました。何度も読んでいるから、本の端は擦り切れていました。この本はもう代わりがないから、補修してあげないと。
表紙に描かれた一人ぼっちだった茶色の髪の神さまを、おばあちゃんは見下ろし、その顔を撫でました。
「エルがいるから、もう寂しくない。そうよね、お兄ちゃん」
END
