Title :狩月
Author:ちきー
DATE:2008/12/07
Series:Death Note
Rating:NC-17
Category:Romance,Drama,AU,Angst
Paring:L/Light
Warning:slash,Violence,Sexual Situations,OOC-ness,Non-Con,Self-harm
Disclaimer:
ここに登場しているキャラクターの著作権はすべて集英社及び、小畑、大場両先生にあります。作者は楽しみたいだけであり、著作権を侵害するものではありません。また、この作品で利益を得るものでもありません。私が著作権をもっているなら第三部でハッピーエンドで暮らしている二人を書いているところです。
Summary:
捜査本部時代、監禁後からのお話です。ある日、月は竜崎からゲームに誘われます。けれど、そのゲームは単なるゲームではなくて…。
※Non-Con・同意のない性交(レイプ)・Self-harm(自傷)を含みます。苦手な方はお気を付け下さい。
日が落ち、捜査本部から望む街並も夜に沈んだ。この季節の夕暮れは短くて、茜色の空が闇色になるのはあっという間の事だった。
彼の父が今日の作業は終了しようと本部の面々に声を掛けた。松田さんが伸びをし、模木さんは頷いた。とりとめのない談笑をして、挨拶を交わし去っていく。本部には私たちだけが残された。最後の一人がドアを潜った後、あからさまに彼の体が緊張した。私が椅子から立ち上がっただけで、びくりと体が震える程だった。
「食事にしましょう。…ゲームはその後です」
加えた言葉に諦める様に俯き、私が促すままに手錠に従った。
***
「ゲームをしましょうか?」
その言葉が始まりだった。
ゲームが言葉通りに単なる「ゲーム」であるはずがない。夜神はかなり警戒していた。だが、私が片手をあげ、これを外してあげますと言うとかなり誘惑された。それもそうだろう。一日中、監視されるのは相当なストレスだったのだから。
「昼間は頭を酷使しています。たまには体を動かすことも必要ですよ」
何時だったか、こんな生活を続けていると運動不足になると呟いた彼には、それが後押しになったようで警戒しつつもゲームの詳細を求めた。ルールはただひとつ。貴方が逃げて私が捕まえる。それだけです。昼間と変わらないルールだと伝えると、夜神は眉をひそめたが賢明にも口は噤んだままだった。
夜神を拘束する手錠を掴む。ポケットから取り出した鍵を差し込むと、カシャンと軽い音を立てて手錠は床に落ちた。
「あ…」
本当に手錠から解放されると思っていなかったのだろう。夜神は目を大きく見開き、床に落ちた手錠を呆然と眺めた。
「5分待ち、月くんを追います」
参加の言葉は伝えられなかったが、彼が同意に傾いていたのは明らかだった。ゲーム開始には、それで十分だった。
夜神は弾かれる様に私の隣から走り出した。
***
会話のない食事の後、私は彼に嵌められた手錠に鍵を差し込んだ。
カシャン・・・。
「始めましょう」
手錠が床に落ちる音が開始の合図。夜神は走り出した。持ち時間は5分。その間に隠れるなり、トラップを仕掛けるなりすればいい。要は今夜、彼が私から逃げ通せればいい。
初めての夜から毎日の様にゲームは続けられている。近頃は昼が過ぎ部屋が茜色に染まる頃には、夜神の口数は減り顔は青ざめていく。今晩のゲームを想像してか、昨晩のゲームを思い出してなのか。だが、どちらも結末は同じだった。
壁の時計を見上げる。夜神が逃げ出してから5分が経過した。私はジーンズのポケットに両手を突っ込み、ゆっくりと歩き出す。急ぐ必要はなかった。
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昼間決めておいた部屋に身を潜めた。吐く息にすらリスクを感じて、掌で口を覆った。鼓動が激しくて煩い。規則的に点滅する無数のランプが暗闇を薄めた。僕は出来るだけ身体を小さく縮めた。それでいて、いつでも動ける体勢にしておく。床についた指が震えているのに気付いた。こんな自分は情けないと思うが止められない。
初めてゲームをした夜の記憶が僕の体に深く刻み込まれている。小刻みに震える手で拳を握り、必死に浮上する記憶を沈めようと試す。けれど、上手くいかない。押さえ込もうとすればする程、鮮明に記憶はフラッシュバックして僕の体を支配していく。
あの夜、僕は竜崎のいるフロアから脱出を図った。キラ容疑を晴らす為に必要なら、24時間手錠で繋がれ監視される事も仕方がないと思っていた。だが、何を考えているか分からない、まるで地面に這いつくばった虫を観察する様な眼差しに晒されるのが、これほど苦痛だと思わなかった。だから、手錠から自由になった時、僕は迷わず竜崎のいるフロアから移動する事を選んだ。それは、ほんの少しの間、竜崎からの解放を求めただけで、捜査本部となったビルから逃走する意思はなかった。
それなのに。
走り出した勢いのままエレベーターへ繋がるドアのノブを掴んだ瞬間。
「がっ!あ、ああああああ!」
悲鳴が喉から迸った。こんな苦痛を知らなかった。神経と言う神経が強烈に刺激され、その反射で体が痙攣した。
「あ、あ…、あ・・・」
最初の衝撃を乗り越え、何が起きているか頭の片隅で理解しても体の震えは止まらない。必死にドアノブを掴んだ手を反対の手で引き剥がした。それで、やっと苦痛が止まった。だけど、衝撃は残ったままで体が自由にならない。力のない膝が体重を支えきれずにその場にずるずると沈み込んだ。
「…面白くありませんね」
後にゆらりと人の気配が近づいた。それは竜崎しかありえない。彼の薄い唇からぽつりと落ちた言葉は、昼間より平坦で、そこには軽蔑と失望が滲んでいた。体が動かせても、きっと振り返れない。そんな声だった。初めて竜崎に言いようのない恐怖を感じた。
僕が触れたドアノブには電気が流されていた。失神する程の強さじゃない。だけど、考える意識はあるのに、衝撃で話す事も体を動かす事も出来ない。そこに悪意と作為が感じられた。僕は閉じられなくなった唇から短い喘ぎを繰り返していた。口の端からはみっともなくも涎が垂れていた。
獣を矯正する様な仕打ちがショックだった。何よりもそれを僕自身が引き寄せた事が。混乱と過敏になった神経でコントロール出来ない涙が目からぼろぼろと流れていた。
竜崎は…こんなもの何時から用意していた?ビルを設計した時から?僕が逃げ出すと思った?ゲームでも何でも竜崎からは逃げられないと僕に知らせるために?多くの疑問が脳裏を浮かんで過ぎ去っていく。そして、残った何故?と言う疑問は口にしたくても出来なかった。
こんな事をしたくせに僕の髪を撫でる手はいっそ優しかった。触れられた感触に思わず体を竦ませた僕に頓着せず、蜘蛛の様な指はゆっくりと僕の髪を梳く。だが、宥める様に撫でていた手は一転して髪を鷲掴むものに変わった。
「ひっ・・・!」
壁に頭を叩き付けられた。さっきとは別の激痛が走る。一瞬、真っ暗になり、戻ってきた視界はちらついた。髪を掴んだままの手に顔を上げさせられた。見上げた先には竜崎の顔。うっすらと唇の端がカーブしていて、彼が楽しんでいるのに否応なく気付かされた。
「簡単すぎますよ、月くん。フロアからの脱出ルートなど真っ先に潰しておく。そう思わなかったのですか?」
手が滑り落ち、今度は首にひんやりとした指が触れた。手は首を包み、指先が速まった脈を圧迫する。
「そんなに警戒しないで下さい。ただのゲームですよ・・・?」
くつくつと喉で笑う音。僕の耳に口づけて、柔らかく言葉を囁いた。
「捕らえた獲物は捕獲者のものです・・・」
その場で必要なだけ着衣を乱され、彼を捩じ込まれた。
それから毎日の様に僕は竜崎のゲームを続けさせられている。最早そこに僕の意思はない。何故と繰り返し問うても竜崎から答えが与えられた事はない。ゲームの終わりにある手酷い暴力と性的暴行。それが怖くて痛くて、必死に逃げる。そして、それが竜崎を楽しませる。
僕は最悪なループに陥っていた。
廊下を奥へと歩み続けた。両隣には白い壁が続き、時折それを切り取る様にドアが作られていた。
人間と言うのは意外にランダムに動くと言う事は出来ない。無意識に過去のデータと比較をし、以前と重ならない様に動く。夜神が今日逃げるだろう場所の候補を私は持っていた。だが、すぐには向かわない。違うと分かっている部屋のドアを大きな音を立てて閉じる。どこかで体を縮めている彼が怯えればいい。息を殺して恐怖に震える姿を想像する。口の端が引きつる。恐怖を出来るだけ長引かせ、私に捉えられた時の無力感、絶望感を最大限に感じさせる。
サーバールームのドアの一つを潜った。低い音が絶え間なく聞こえている。立ち並ぶサーバーの列を通り過ぎる。私の移動に合わせて、部屋に入って来た時から感じていた気配が動いた。唇を弄っていた親指を噛んだ。そうでもしないと、笑い出してしまいそうだった。音を立てない様に気をつけて、ゆっくりと開いたドア。その隙間から廊下の明かりが細く長い三角に漏れているのだろう。
気配を伺いながら床に描かれた三角の底辺が広がっていく。もうすぐ人がすり抜けられる。
だが、バン!と激しい音を立てて、その明かりが一瞬で消えた。部屋には元の通り、サーバーからの低い音と夜神の乱れた息づかいだけが残った。床に身を屈めた夜神がドアを閉めた私を見上げた。顔には隠そうともしない怯えが広がっていた。そして、夜神の瞳には暗い笑みを浮かべた私がいた。
恐怖でこわばった体をそれでも動かし、夜神はじりじりと私から後ずさる。逃げるチャンスを伺っている。怯えながら口を引き結んだ強さが、まだだと伝えていた。私は楽しくなって拳を夜神の腹にめり込ませた。何度も、何度も。
「ぐっ…」
夜神は床に転がり痛みに喘いだ。殴りにくくなったので、今度は蹴り付けた。続けざまの暴力から臓器を守ろうと体を丸める。お陰で足は腹ではなく背中にめり込んだ。私としては見える場所でないなら、どちらでもいい。
夜神のシャツの下は痣だらけだった。繰り返される暴力で青々とした痣が体から消えた事がない。だが、その一方で彼の顔に痣が出来た事は一度もない。日常生活で隠す事の出来ない場所に私は拳を振り上げなかった。
夜神にゲームについて口止めはしなかった。そうせずとも、彼は他の者に言わない。現在彼が接触が可能な人物は、キラ事件の捜査員と彼と同じく容疑者の弥。いずれにも話せない。特に彼の父には。何があっても隠し通そうとするだろう。自慢の息子が男に、それも信じて預けた相手にレイプされていると彼の父に悟られるわけにいかないからだ。
捜査本部のメンバーが周りにいる昼間、彼は必死で痛めつけられた体を隠す。事件について私と議論を戦わせるが、体の横に垂らした手が細かく震えているのに気づいている。必死になって普通を装う彼が面白かった。
床に転がった足首を掴んで大きく開かせる。その間に体を捩じ込んだ。ズボンのボタンを外す。腹に触れた私の指にびくりと夜神の体が跳ねた。
「や、やめろ・・・」
次に来るものを悟って、弱々しい抵抗を必死で続ける。獲物を前にして私は舌舐めずりをしていた。体を捻って逃げ出そうとするから、彼の股間を膝で押しつぶした。
「ひっ!」
急所への攻撃に情けない悲鳴が彼の口から上がった。だが、予想に反して私は圧力を弱めて膝頭でぐりぐりと力のない性器を刺激した。痛みと快感が紙一重だとよく知る体が反応を始める。自分を裏切る体への嫌悪からなのか夜神は唇を噛み締めた。
ジッパーを降ろして、すらりとした脚から服を引き抜く。下着は付けさせていない。傷ついて繊細になった肌に固い布が擦れる度、何をされたか思い出せば良い。
陽に晒されない白い太腿に散る赤い噛み跡。ひときわ赤い跡に触れた。昨日、私が付けたものだ。爪を食い込ませると、ぷつりと肌が裂けて新たな血が滲んだ。肌を伝う感触に血が流れたのを感じたのだろう。私を挟む夜神の脚がぶるぶると震えた。太腿を撫で擦り、強ばりが幾分収まるのを待つ。
行為を進めない私を淡い期待で夜神が見つめた。至近距離で覗き込んだ琥珀が暗闇の中で瞬いた。
「力を抜きなさい・・・」
そう呟き、膝裏を掬って腰を引き寄せた。夜神は傷ついた顔を見せた後、感情を顔から退けた。私から顔を背け、交差した腕に顔を隠す。こんなことは何でもないと嵐を過ぎるのを待つ態度に、私は必要以上に激しく突き刺した。
苦痛の悲鳴があがる。見開いた瞳の端から涙が流れ落ちた。食い千切られそうな締め付けに阻まれるまで私を捩じ込んだ。夜神も苦痛を感じているが、私も相当に痛い。動く事が出来ないから、彼に突き刺したままじっとしていた。
「う、うぅ…、ふ…」
私の下で夜神が痛みに呻く。
「シッ…、いい子ですね…」
やがて痛みを逃す事に慣れた体が短い呼吸を繰り返して、私を締め付ける力が弱まった。夜神の顔を隠す腕を掴んだ。抵抗されると思ったのに、腕には力がない。意外なほど簡単に夜神の顔を見る事が出来た。アーモンド型に象られた瞳が涙で滲んでいた。私は体を倒して、滲んだ涙を吸った。
「竜崎・・・」
震える唇が私の名前を呼んだ。両手で彼の頬を包み、頬を汚した涙の跡を親指で撫で消した。そして、夜神に拒否され入る事の出来なかった残りの私自身を押し込んだ。短い苦痛の悲鳴が夜神の喉から迸った。
彼に私の全てを納めると、腰を蠢かした。私を包む熱と強烈な締め付けに起こされる快感に酔う。動きはすぐに遠慮なく彼に突き入れるものに変わった。無機質な部屋に肌と肌が打つ音が生々しい。目の前で揺れる彼の乳首に噛み付いた。いっそう締め付ける力が強くなる。
床に放り出された手が固く握られている。手首を掴み、目の前に引き寄せた。結んだ指を開かせる。手のひらには食い込んだ爪の跡が三日月型に出来ていた。舌を這わせていた。湿った感触を感じた瞬間に彼が手を取り戻そうとする。私は手首を握った指を強めてそれを阻むと、手錠が赤く残した跡も舐めていた。
また夜神と殴り合いをした。止めに入った松田さんにも、うっかり蹴りを与えてしまいテーブルを巻き込んで吹っ飛んでいった。そのお陰で紅茶のカップとケーキの数々が空に舞い、部屋のあちこちと私たちの上に降り注いだ。
あまりの惨状に珍しく彼の父が激怒し二人して小言を食らった。気をつけないとまた病院に運ばれますよ、夜神さん。
そして今はバスルームに追い立てられ、手錠で繋がれたまま私はシャワー、夜神は湯を張ったバスタブの中にいる。
カツン・・・、カツン・・・、カツン・・・。
繰り返される小さな音。水の流れる音に紛れて耳が音を拾った。音の発生場所は分かっている。コックを捻って頭に降り注いでいた湯を止め、バスタブに浸かる夜神を横目で見た。再びあの音。溜息を吐く。カツンと音が立ち、手錠が揺れて振動が私の手首にも伝わった。
「・・・そんな事で人は死にませんよ」
夜神は手錠が嵌められた手首を繰り返しバスタブの壁に打ち付けていた。湯で柔らかくなった肌が手錠に削られ、周囲の湯に赤い紐を立ち上らせた。
「死・・・?…あぁ、違う。違うよ、竜崎・・・」
バスタブに凭れた頭が力なく振られた。抑揚のない平坦な声。
「ただ・・・終わらせたい。それだけだ・・・」
そう言った後、静かに夜神の瞳が閉じられた。しばらくして再びカツンとバスタブを打つ音。前髪から伝い落ちた雫は毛先で丸くなり、そして、ぽたりと湯に落ちた。唇を弄りながら、夜神を観察する。支えようとしない体は沈み、顎先が湯に浸かっていた。例えばこのままバスタブの中に沈んだとしても、彼はそれを終わらせる手段の一つだと言うのだろう。
ちゃりと鎖を揺らしてバスタブに近づいた。無造作に湯に腕を突っ込み、まだ動こうとしない夜神の体を抱き上げた。ざばりと湯が落ちる。重たげに瞼が持ち上がり私の名前を呼んだ。
「りゅう・・・ざ、き?」
二人の体から落ちた雫が床を濡らすのも構わずバスルームから出た。後には濡れた足跡が続いた。
濡れたままの体をベッドの上に降ろす。隣のベッドのシーツをはいでタオル代わりにした。夜神の頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。適当に体も拭うと、中に入る様に促した。自分の体も雫がたれない程度に拭い、重くなったシーツを床に落とした。先に横になった夜神の背後に横たわり、腕を回して夜神の体を引いた。スプーンが重なる様にぴったりと体が寄り添う。緊張で強張る体を抱き、臍の下に掌を置いた。一定のリズムで柔らかく肌を叩く。
首のカーブに顔を突っ込んだ。目を閉じ、漂って来た香りに包まれる。彼が使ったソープの香りと微かな彼の汗の匂い。肩に触れる。びくりと怯えた夜神の反応を無視して冷えた肌を暖めた。
「何もしません」
今日は、とあえて付け加えなかったが、それは夜神も分かっている。
「りゅ・・・」
「眠りなさい」
首を捻って振り返ろうとした夜神の目を手で覆った。
「弱った獲物を狩っても面白くありませんから」
なかなか緊張を解けずにいたが、ようやく夜神が眠りに落ちた。体を揺らす呼吸がゆっくりと深いものに変わった。それを確かめると私も目を閉じた。
翌日はゲームをした。その翌日も。手錠を落とした瞬間、夜神は逃げるが抵抗はなくなった。何故?と私に問うのも止めた。私が彼に落とす暴力を受け入れ、戯れに与える優しさに小さく微笑む様になった。強張りが少なくなった体は、彼の体を裂く私を包む様に変化していた。
もうすぐ今日の捜査を終えて捜査員たちが帰る時間だった。そうして、いつものゲームが始まる。どのゲームも最後は同じ。それなら逃げる必要はあるのか?逃げる手間も追う手間もお互い省いてしまった方がいい。そうすれば、気紛れに与えられる優しい手があるかもしれない。
ぼんやりと夕食を取っていた僕は引かれた手錠に気付いた。竜崎がポケットから鍵を取り出し手錠を落とす。僕は椅子から立ち上がりもせず竜崎を見つめた。
「逃げないのですか…?」
自分の声が頼りにならず僕はただ頷いた。声を出していたら、きっとひどく頼りない音が出てしまうだろう。
「貴方が逃げない事を選んでも、私は捕まえます。いいんですか?」
それに頷くことはどう言う事か分かっていても僕は頷いた。腕を掴まれても、大人しく彼の後をついていった。行き先はベッドルームだった。
「脱ぎなさい」
言われるまま服を脱いだ。下着に手を掛けた時、戸惑っていると「それもです」と言われた。すぐに下着も床に落とした。
何も隠すものがなくなった僕の体はカラフルだった。出来たばかりの痣は紫で、直りかけたものは青や黄色。切り傷はまだ赤茶色をしていた。
「上へ…」
竜崎が座るベッドに上がった。
「うつ伏せで、腰は上げたままで」
シーツに顔を伏せて、腰を高く上げた。普段晒されない場所が空気に触れて、肌が粟立った。目の前に何か落とされた。小さなチューブ。竜崎の顔を見上げた。指をくわえて僕を見下ろす闇色と出会う。じっと僕がどうするのか見ている。シーツをぎゅっと握った後、僕はチューブに手を伸ばした。キャップをひねって手に出す。
そして、恐る恐る自分では触る事のない場所に指を伸ばした。肌に触れたジェルが冷たくて、思わず体が震えた。いきなり指を中に入れられず、くちゅくちゅと口の周りを撫でた。指先で触れた口は小さくて、ここにいつも竜崎を含んでいるのが不思議だった。
腰を少し上げる。届きやすくなった指をついに中に入れた。
「ん、…ん…」
鼻にかかった、いつもより高い声が喉から上がる。指に感じる中はとても熱い。溶けて柔らかくなったジェルの助けを借り、少しずつ指を深く挿れた。1本を収めてしまえば、2本目からは楽だった。力の抜き方もスムーズになってくる。
ジェルが乾いてきて、一度指を引き抜いてジェルを足した。ぐちゅ、と後ろで水音が聞こえてきた。
「いい子ですね…」
竜崎が僕の頭を撫でた。その手はいつも乱暴を振るうのに今はひどく優しい。潤んだ瞳が恥ずかしくて目蓋を閉じた。彼に褒められた事が嬉しいなんて。
ぎりぎりまで指を引き抜き、深く差し入れる。それを繰り返し、深く入れた指をゆっくり広げた。指先が前立腺を掠る。みっともない声が出てしまいそうで咄嗟に目の前のシーツを噛んだ。声が出なくなった事に安心して、指を抜き差しをする。気付けば竜崎のリズムだった。
僕が放り出したチューブを竜崎が手に取った。たっぷりと出したジェルを両手で暖める。どうするのか見ていると、僕の体の下に手が潜った。無意識にシーツに擦り付けていた僕自身に竜崎が触れた。
「あっ!」
彼の手に包まれて、ぐんと僕自身が力を増した。ちゅくちゅくと滑らかに手が動いている。
「りゅ、竜崎…」
「月くん、手が止まってますよ」
「ん、んん…」
前から感じる快感で止まってしまう指を必死で動かした。気持ちが良くて何も考えられなくなる。たぶん、何度も竜崎の名前を呼んでいたんだと思う。竜崎から笑う様な雰囲気が伝わって来て、髪に暖かくて柔らかい感触を感じた。キスされている?驚いて思わず体を起こしていた。
「りゅう…」
ざきと続けようとした言葉は彼の中に吸い込まれた。重ねるだけのキス。意外にも柔らかい感触を残して離れていく竜崎との距離を今度は僕が縮めた。舌先で下唇を辿る。竜崎の手が持ち上がり、僕の髪に潜った。舌を絡ませて深くなるキス。僕は正しい事をしているのが分かった。
それから、僕たちはゲームの代わりにキスをする様になった。食事を終えるとソファーで並んで寛ぐ。肩や膝が触れると顔を上げる。そこには竜崎が待っていた。キスを終えても離れられずに、ことりと竜崎の肩に頭を預ける。竜崎は突き放す事なく、僕に腕を回し背中を撫でた。
穏やかな時間が気持ちがいい。こんな竜崎なら好きかもしれない。
そんな事を考えていたつもりだったのに、口に出していたらしい。竜崎の手が下に回って、服の上から後孔を押し上げられた。
「これはどうですか?こうする私は?」
「っ、あ…」
僕はその竜崎も嫌いではなかった。新しい痣は震われる暴力ではなく、ベッドの中で絡み合う時に出来ていた。
「聞きたいんだが…、Lとライトは仲がいいのか?」
後ろのテーブルからアイバーと松田さんの会話が聞こえてきた。アイバーの言葉には不可解だとニュアンスが含まれていた。
「同じ天才同士ですからね~。仲がいいですよ。二人にしか理解できない話もしてますよ。僕なんかが聞いても全然ついて行けなくて」
あははー!と暢気な笑い声に被さるように、アイバーの潜めた言葉が聞こえた。
「だが、竜崎はLで、ライトはキラ容疑者だろう?」
「そうだけど、手錠で繋がれているんだから仲良くなるしかないじゃないですか」
馬鹿が侮れないのは、ほんの時折驚くほど本質を突いた言葉を口にする事だろう。
視界の隅、手錠の鎖の分離れた所で、びくりと彼の肩が揺れた。リズムを刻んでいたキーボードを打つ音は止み、ディスプレイに向けた眼差しには文字の一つも映っていないだろう。彼の頭脳が回転する音が聞こえてきそうだった。
やがて、微かに震えた唇を隠す様に噛み締める。陽に当たる事のない生活でより白くなった肌が温かみを失った。
あぁ…、彼は答えに辿り着いた。だが、そうだとしても、彼には何故なのか分からないだろう。私も言うつもりはない。
最初から予測していた。おそらくこんな風にして終わるのだと…。予想以上に長く続いたのはただの幸運だった。
しばらくして捜査員が一人、また一人と帰っていく。アイバーも自分に宛てがわれた部屋に戻った。部屋は夕陽が差し込んでいた。私と彼の影が部屋に長く伸びる。
「私たちも戻りましょう、月くん」
のそりと足を乗せていた椅子から降りて、二人を繋ぐ手錠を引いた。鎖がぴんと張っても彼は椅子に座ったまま動かない。
「月くん?」
俯いた彼の顔に落ちた影で表情が伺えない。
「ストックホルム・シンドローム。…そうだろ、竜崎?」
ほんの僅かに震えた声。動揺を隠そうと手が顔を覆った。指の隙間から彼の瞳が一瞬見えた気がした。湛えていた涙はこぼれ落ちる前に目蓋の裏に消された。
「そうだろ…?」
ストックホルム・シンドロームとは、極限状態において自身を守るために攻撃者であるはずの相手に好意を抱く様になる現象を言う。彼の場合、長期間の牢での監禁後、手錠で私に繋がれる環境に置かれた。その上、ゲームと言う暴力で、私たち二人の絶対位置を知らしめた。
戸惑いながらも私の背に回る腕も、幼いものから情熱的なものに変化したキスも、私を好きかもしれないと伝えた感情も。全て…。全てがストックホルム・シンドロームに寄るもの。彼自身の中から発生したものではない。夜神月、彼自身が最も信じ、そして唯一信じられた自分自身が彼を裏切った。
その証拠に、私によって置かれた混乱状態が過ぎ去り、他の捜査員に間違いを認めるよう言われて、長い間彼と私を繋いだ手錠を外した後、彼は一度も振り返らなかった。
「そうして、火口の逮捕後、貴方は夜神月を失った?」
「最初から手になど入れてません」
「なんだ、違うんですか。てっきり喪失の失意で仕事をしないのかと思っていました」
「貴方はペーパーテストでは優秀でしたが、実践で使いものになるか分かりませんから」
テストしているんですと言うが、それが口実なのは知っている。Lだけでなく他の名前の探偵に来た依頼も断ってばかりで、ワタリに泣きつかれたのだろう。小奇麗なガラスの器からチョコレートを摘み口に放る。チョコは流線型を描いて、大きく開いたLの口に消えた。
「それで、何故ニアが月くんについて知りたいと?」
「興味がありまして」
まぁ、聞いたところで、夜神月についてLが素直に話してくれると思わなかったのだが。
「そうですか」
「…ところで、先日譲り受けたエラルド・コイルですが、さっそく依頼がありました」
良かったですねと返事はするが、興味がないことは見れば分かる。私にもどうでもいいんですけどね。ニアはつまらなそうに髪を弄った。
「依頼内容は、日本に滞在歴のある竜崎と言う名の探偵を探して欲しい、だそうです」
次のチョコを物色するLの手が止まった。私の前に置かれた端末には、ロンドンの歴史あるホテルのロビーが映し出されていた。
「さすが日本人。時計の針の様に正確ですね。指定時間の前なのにもう居るとは…」
私が見ていた端末にLの手がかかりモニターを反転させた。ディスプレイの中にある人物を見つけ、瞳が大きく見開かれる。
「15時にホテルのロビー。時間厳守。指示した時間に現れなければ、依頼は達成できなかったものとして理解する様に伝えてあります」
ばっと勢いよくLが背後の時計を振り返る。壁掛けの時計は14時50分を示そうとしていた。
「ワタリを急かしても、ここから10分は掛かる。L、迷っている時間はありませんね」
ソファーを蹴倒す勢いで部屋を飛び出していった。廊下を走りながら彼に忠実な老人の名前を叫ぶ。
ニアは放り出されたチョコを摘んだ。あまりミルクは好きじゃない。出来れば、ナッツが入っていると良かったのに。テーブルの上に散乱した人形の中から黒い頭のものを摘んで、茶色の頭をした人形の傍に置いた。
「こんな役目は二度とご免です」
ロビー奥の人気の少ない場所に座っていた茶髪の青年が立ち上がり、彼の探し人と再会した。それを映し出していた端末の蓋をニアは溜息を吐いて、パタリと閉めた。
END
