Title :Life after immortality(1/3)
Author:ちきー
DATE:2009/01/26
Series:Death Note
Rating:R
Category:Drama,Parallel,Supernatural,Romance
Paring:L/Light、オリジナルキャラクター
Warning:slash,Violence,Sexual Situations,OOC-ness
Archive:Yes
Disclaimer:
ここに登場しているキャラクターの著作権はすべて集英社及び、小畑、大場両先生にあります。作者は楽しみたいだけであり、著作権を侵害するものではありません。また、この作品で利益を得るものでもありません。
Summary:
従兄弟が連れてきた美形の青年ライトとLは出会う。だが、ライトと会った後、倒れた従兄弟を見つけて・・・。
Note:
実在の建物や聖職者による性行為を匂わす箇所ががありますが、貶める意図はありません。不快を覚える方は戻るボタンを。また、地理、歴史はでたらめですので、あまりつっこまないで下さると嬉しいです・・・。
「ウィンチェスター大聖堂は900年の間、礼拝と祈りの場所であり…」
ガイドの周りに集まったツアー客が説明に聞き入り、夥しいほどのステンドガラスに囲まれた聖堂のあちこちに目を走らせている。そんな客から少し離れたところで青年が置かれたパンフレットを捲りながら、嫌でも耳に入ってくるガイドの話を聞いていた。
「…神の栄光を讃えた人々の安息の場なのです」
その言葉に青年が面白そうに口の端をあげた。たしかに安息の場ではある。だが、神の栄光を讃えた人々だけではなく、それ以外のものを讃えた人々のものでもある事はガイドは知らない。
「ねぇ、何か面白いものでも見つかった?」
警戒を起こさせない、穏やかな人当たりの良い笑みを顔に装着して声の主に振り返った。ダークブロンドの若い女性。大聖堂に入ってから、ちらちらと投げて寄越す視線を感じていた。たしか大聖堂にはフィールドワークで訪れたと他の客に話していた。
「歴史は面白いなと思っただけだよ」
「そうかなぁ。私は苔に覆われた像を眺めたり、汚い土を掘るのが面白いとは思えない」
肩をすくめてそう言った後、青年の腕に手を絡ませた。
「それに、今は面白いのがもっと別にあるでしょう…」
べったりと塗られた赤い唇ときれいにカールされた睫毛が媚を伝える。瞳はかすかに酔いの名残りを滲ませていた。
「課題はいいの?」
そうは言いつつも青年の手は女性のウエストに回り、二人は聖堂の外に向っていた。
「楽しい事は先にするのが好きなの」
抱き込んだ青年の腕をスレンダーな体に不釣り合いな豊満な胸に押しつけて笑う。青年も心得たように笑みを返した。体を寄せ合って二人は大聖堂を抜けた。鋭く尖った塔が刺す空は太陽が姿を消し、闇が支配を始めていた。
二人が歩くハイストリートの先にあるグレートゲートに向こう側の光景が切り取られている。かつて石畳だった道を走るのは馬から車へと変わり、人々の暮らしもより快楽を求めて変化した。何も変化からは例外ではない。
かつての姿を知る青年以外は…。
春先に町一番の年寄りだった老婆が死んだ。
ウィンチェスターでその老婆を知らぬ者はいなかった。変わり映えのしない住人の動向に興味がない私も、さすがに従兄弟への手紙に老婆が遂にくたばったと書いたほどだった。
その2週間後、従兄弟が友人を連れてロンドンから避暑にやってきた。その友人は恐ろしく見目が麗しく、女だけでなく男も彼をひと目見ようと屋敷の外に人垣を作っていた。まるで宗教画から抜け出たようだとうっとりと囁かれる賞賛の言葉と共に、老婆がいなくて良かったと声を潜めた。老婆は老いてますます口の滑りが良い、街のゴシップの出元だった。彼女が広めた噂のお陰でウィンチェスターで生きる事が難しくなった者は一人や二人ではない。
従兄弟と友人が共に過ごす姿を見た者は皆ソドミーの言葉が浮かんだ。二人はそれほどまでに仲が良かった。もし老婆が生きていれば、嬉々として噂と言う悪意を広め、二人を破滅させただろう。
足を止めて礼を示すメイドを気に留めず屋敷の奥へ歩み行く。もういくつだか分からないが、再び角を曲がった。すると、通路の石の色が変わった。増改築を繰り返している所為だ。ロンドンから夏場の邸宅として彼が来た所為で、急に穏やかな村が慌しくなった。そのお陰で権力とは無縁に、静かに知識に没頭して暮らす自分の生活も変わってしまった。
すたすたと回廊を歩き続ける。首元のタイが息苦しい。指を入れて緩めてしまいたい誘惑にかられるが、これから会いに行く相手は自分よりも高位だった。彼自身は私の身なりなど気にしないが、彼に付随して集まった人間に見つかり叩かれるネタを自ら提供することはない。
やっと辿り着いた扉をノックしようと手を持ち上げた。だが、その手は扉を叩く事にはならなかった。それよりも先に扉が開いたからだ。
「おっと!」
中から出て来た人物に衝突しそうになったところで、相手が自分に気付いて足を止めた。
「これはこれは…。久しぶりですね、ローライト様」
近くに迫った美しい顔に目を見張った。噂通り、この人物の前に出ては雄弁な者でさえも言葉を失う。そんな事を考えて彼の顔を見つめたまま沈黙していると、まるで天使の様に整った顔が曇った。
「ひどいですね。先日の礼拝で挨拶させて頂いたのに、もう名前をお忘れですか?」
家の者が厳しく咎める悪癖だが、無意識に指が唇へと持ち上がった。むにむにと柔らかい皮膚を弄る。
「…ライト、でしたか」
従兄弟のヘンリーと一緒にウィンチェスターまでやって来た友人で、家名で呼ばれる事を嫌い周囲に名前を呼ばせていた。どんなレディよりも美しいと評判もついでに思い出した。確かに恐ろしいほど整った顔立ちをしているが、それだけでなく蜂蜜のようにとろりと流れる声が耳に心地良い。
思い出した名前を呼ぶと、顔に広がっていた失望が晴れて柔らかな笑みに変わった。琥珀の瞳が楽しそうな色を持って瞬く。彼の意識が今、私だけに向けられている。ただそれだけなのに、ひどく優越感をかき立てる。これではロンドンの社交界で、ある種の趣味を持つ人間には堪らないだろうな。
「ヘンリーは中に?」
「えぇ、いらっしゃいます。私はこれで失礼いたしましょう。いずれまた…」
ライトがするりと扉と私の間を抜けて行く。すれ違い様、私の鼻が彼の香りを捕らえた。窓から漏れる光を浴びて去って行くライトの後ろ姿。絵画のように美しかった。私は頭を振って彼の残香と後ろ姿を払い、扉の中へと歩みを進めた。
王位に近い位置ではないが、それでも相続権を持っている従兄弟殿は外面がいい。それは自分を守るためのものだし、笑顔で交わす冗談に紛れて毒を吐く所も嫌いではない。それは向こうも同じのようで、権力に興味がなくウィンチェスターに篭りきりの私のところによく顔を出していた。
二人だけの時は礼儀は必要ない。何より背を伸ばし続けるのに疲れて、もう一つの悪癖である猫背のままにヘンリーに近づいた。
「先日頼まれた調査の結果を持って来ました。…ヘンリー、日を改めた方が?」
ベッドに体を横たえたヘンリーを呼びかける。手足をシーツに広げて、目を閉じていた。胸が上下しているのに気付かなければ、首筋に指を当てているところだった。
「エル…」
「はい」
ゆっくりと開いた目が宙を泳ぐ。そうかと思うと、再び眠りに落ちるように閉じてしまう。
僅かにあったベッドまでの距離を一気に詰めてヘンリーのシャツを掴んだ。力の抜けた体は抵抗する事もなく、掴んだ手のなすがままだった。ぐったりと頭を垂らしている。顔を近づけて匂いを嗅ぐ。阿片独特の香りはなかった。
瞼が再び持ち上がり、とろりとした瞳が表れた。
「エル…」
それだけ発すると、再び意識を失った。
「ヘンリー、しっかりして下さい!誰か医者を!」
体を揺さぶっても目を醒ます様子はない。いつもなら相続権を持つ者として、きちんと結ばれているタイが解けて揺れていた。こんな状況だが、それが不思議だった。
やがて私の叫び声を聞き、メイドが部屋に走りこんでくる。ぐったりとした様子の主を見て、言葉を失い立ち尽くす彼女を叱りつけて医者を呼びに行かせた。
隣の部屋では医者がヘンリーを診察している。ソファーに身を沈め、その扉を眺めていた。
ヘンリーは私が同席を耐えられる数少ない人間ではあるが、こうして長々と診察の結果を待っているのは彼を案じての事ではない。単に私は分からない事が何より嫌いなだけだった。
メイドが置いていった紅茶をかき混ぜていたスプーンを皿に置く。紅茶はすでに2杯目だった。
「では、これで…」
やっと医者が出て来た。ソファーから立ち上がり私は彼に近づいた。
「診察結果はなんですか?」
「ローライト様、ヘンリー様がご心配で?」
「そんなわけないでしょう」
「でしょうな」
幾度か一緒に事件を解明した事のある医者は、私の言葉に驚いた様子は微塵もなかった。ほんの少し肩をすくめただけ。
「何が原因ですか?」
「お疲れのところにワインを過ごされた。そんな所でしょうな」
「…酩酊していたと?」
「他の事が原因であれば、すぐに分かるでしょうから」
医者は暗に阿片の事を言っていた。だが、部屋にはワインもグラスもなかった。
「それに、ヘンリー様がご自分でそう仰いました。今は意識がはっきりしていますし、信用しない理由もありません」
「…面会は可能ですか?」
「えぇ。ですが、疲れさせないよう、手柔らかにお願いします」
都合よく面会可能な事だけを耳に入れた。
寝着に変えたヘンリーがベッドに横たわっていた。部屋に入って来た私を見て体を起こすと、すぐさまメイドが枕を整えた。
「せっかく来てもらったのにすまない」
「全くです」
ヘンリーが手を払うと、静かにメイドが下がって行った。扉が締まり、足音が遠のくまでお互い口を噤んだままだった。
「…一体どう言う事ですか」
「お前の事だ。すでに聞いているんだろ」
「ワインが過ぎたと言う言葉を信じろと?」
「本当のことだ」
「私が"酩酊状態"の貴方を見つけた時、部屋にはグラスもワインもありませんでした」
「お前が来る前に片付けたんだ。昼から酔いつぶれるなど、お前相手でもとんだ醜聞だからな」
決して本気の顔を見せない従兄弟がいつものようにおどけた調子で言う。顔は血の気がなく白と言うよりも青白かった。
「…どの位の量を飲んだのですか?」
「さぁ。3~4本は開けたんじゃないか?何しろ酔っていたから覚えていない」
おどけて話すヘンリーの瞳は笑っていなかった。ほんの一瞬、瞳に暗さが走った気がしたが、それは捕らえる前に消えてしまった。
「お一人で?」
「お前を待っていたんだが待ちきれなくてな。今年のワインの出来はいいぞ。用意させるから少し持って行け」
それからしばらくワイン畑の話になり、領地の話になり、政治の話になった。彼が疲れたと言って横になるまで会話は続いたが、私はその間、すれ違ったライトの事を考えていた。
なぜヘンリーはライトを庇う必要があるのか。そして、阿片もワインの摂取もなく、どのようにして彼は酩酊したのか?
週末の礼拝には、表向きは病に倒れた事になっているヘンリーの回復を神に祈るために多くの者が参加した。大聖堂の白い扇状の天井に司祭の説教が響く。高い位置に据えられたステンドグラスに陽が指し、地上の人々に天使の姿を落としていた。
私は数列前をじっと見つめていた。視線の先にはステンドガラスの青い光が降り注ぐライトが居た。時折、司祭の言葉に頷きながら説教を聞いている。その度に茶色の髪が光の中で踊った。
視線をライトに向けたまま、私はステッキから手を離した。司祭の声以外は音がない大聖堂にステッキは派手に音を響かせた。周囲から一斉に視線が集中する。だが、私はステッキを拾う事なく、視線を一カ所に据えたままだった。やがて、ゆっくりとライトが振り返り、私たちは彼の肩越しに視線を結び合わせた。
不思議な感覚だった。穏やかでいながら、どこまでも深い琥珀の中に吸い込まれ溺れた。全身余すことなくライトで溢れる。
だが、突然二人を繋いでいたリンクが切れた。ライトが体を前に戻したのだ。急速に私の体からライトが失われて行く。留めようとしても抜け出て行く感覚に焦りを覚えた。だが、同時にそんな感覚を抱いた事自体が、自身のコントロールに生じた乱れだと気付かされた。教会でなければ舌打ちしていただろう。
「…失礼しました」
ステッキを床から拾い司祭に軽く頭を下げると、何もなかったように説教が続けられた。その間も私はライトを観察していた。しかし、ライトが再び振り返ることはなかった。
ようやく説教が終わり、大聖堂から人々が去って行く。私と違ってライトはあっという間に人の輪に囲まれ、女性も男性もこぞって彼の意識を捕らえようと必死だった。多くの者に囲まれていると言うのに、ライトは一人一人に親しげに声を掛ける。ライトに言葉を掛けられた者は頬を赤らめ、眼差しには崇拝すら読み取れた。
しばらくすると司祭の一人がライトに近づいて耳打ちした。口元は隠されたので唇を読む事は出来なかった。司祭の言葉にライトは頷くと、友人たちに別れを告げた。司祭の案内に従って大聖堂の奥へと消えていく。私は気配を殺して彼らの後を追った。
二人は何も話す事なく大聖堂を抜けて庭園に向かった。ヴィクトリア朝の美しい庭園を通り過ぎると司祭館に通じる。この辺りは許しを得たものしか立ち入る事が出来ない。そのせいで礼拝後だと言うのに辺りは静かだった。見目の良い魅力的な青年と司祭が、神の身許から離れてすることなど想像に難くない。少々失望を感じ始めていた。
二人を隠す木影で足を止めた。私も二人から遠くない場所で身を潜めた。辺りから薔薇の芳しい香りが漂ってきた。司祭は木に背を預けライトと向かい合うように立っていた。短く言葉を交わした後、司祭が襟元を寛げた。そして、両手を持ち上げるとライトの頭を引き寄せた。司祭の首筋に彼が鼻先を擦り付ける。うっとりとした溜息が司祭から漏れた。そして、陽に透けて金に見える髪に手を埋めて、愛しげに髪を乱した。
ライトの唇が小さく動いた。低く発せられた言葉は私まで届かないが、おそらく名前だろう。司祭はライトに頷き、頭を傾けるといっそう首筋を晒した。ライトの指が司祭の首筋をゆっくりと撫で上げた。そして、おもむろに顔を寄せて肌にキスを落とした。
「っ…。は、あぁ…!」
たかがキスだけだと言うのに、不自然なほど大きく司祭の体が跳ねた。痙攣するように細かく震え続ける。その間もライトは司祭の首筋に口づけたままだった。肩を掴んだ手が震える司祭を逃さないように捕らえていた。
やがて喉を鳴らす音が聞こえた。それは一度だけではなく何かを飲み下すように連続して聞こえてくる。
馬鹿な…。あり得ない。
私は隠れていた場所から後ずさっていた。目の前の光景から導き出されるものは一つだが、それは想像上の生き物のはず。そう否定しにかかる私の思考を嘲るように決定的なものが現れた。
司祭の晒された首筋から顔を上げたライトの唇から血に濡れた白い牙が覗いていた。
馬車を急がせて屋敷に戻った。大聖堂の近くを流れるイッチン川が飛ぶように流れていった。
つい先ほど見た光景を再生する。恍惚とした表情の司祭の首筋から、顔を上げたライトの口の両端には長い牙が現れていた。私は非現実なものなど信じないが見てしまった以上は認めざるを得ない。ライトは人間の血を啜る化け物、ヴァンパイアだった。
あの司祭はどうなった?以前に読んだ書物では、ヴァンパイアの被害者は首筋に二つの穴を残して、体中の血を吸われて死んだはずだ。ヴァンパイアの食事の頻度など知らないが、彼がヘンリーと共にウィンチェスターに来て3週間は経過しているはず。それなら首に穴の開いた死体が1体は出て来てもおかしくないのに、そんな話は聞いていない。
出会ったばかりで彼の事は深く知らないが、それでも漏れ聞こえてくる話からは普通の人間と変わらないように思えた。それに私自身、彼が昼間、ヴァンパイアには致命的とされる太陽の下で彼が優雅に歩くのを見ている。
親指を口にし強く噛み締めた。ライトが人外の化け物だと驚いて、彼の吸血行為を最後まで見届けなかった。それが悔やまれる。落ち着きを取り戻し生まれついての好奇心も蘇ってきた私は、知らない事が多すぎて苛々と爪を噛んだ。
「お帰りなさいませ、エル」
「ワタリ、大叔父から頂いた銀のナイフはどこにある?」
「狐狩りのライフルと一緒に保管しておりますが…。お持ちいたしましょうか?」
「頼む」
ステッキと帽子をワタリに預けて、階段を駆け上がるようにして部屋に戻った。ヴァンパイアに興味はあるが餌になるつもりはない。自衛の手段が必要だった。暇にまかせてあらゆる書物を読み脳に収まった知識から、ヴァンパイアに関する伝承を引き出す。有効とされたのは、死者の血、太陽の光、心臓へ杭を打ち込む、聖水、銀のナイフ、他に何があった?
部屋に飛び込みジャケットをもどかしげに肩から落とす。椅子に投げようとして、そこに座っている人物に気付いた。
「やあ」
警戒を緩めたつもりは全くなかったが、自分以外が部屋にいる気配に気づかなかった。思わず間合いを計っていた。
「・・・どうやって中に?」
「窓からちょっとね」
頭を傾けた先のカーテンが風に揺れていた。私の部屋だと言うのに、主以上に寛いでいる。余裕だと言う事だ。それもそうだろう。私は丸腰だし彼を押さえつけられるほどの体格も持たない。多少の対術を心得ているが、専ら私が好むのは頭脳労働だ。
「後をつけるくらいだから、僕に用だと思ってね」
「貴方に興味がある事は否定出来ません」
ライトから視線をそらさず、部屋の中にあるものに意識を向けた。いざと言う時に何が使える?
突然、軽やかな笑い声が部屋に満ちた。ライトが頭を反らして笑っていた。茶色の髪が揺れて琥珀の瞳が可笑しそうに輝く。こうしていると人間にしか見えない。
「それは褒められたのかな?」
まだ笑みを声に残したまま、そう私に問いかけた。
「…思考が」
「うん、読める。お前のはまるで大声で叫んでいるみたいだ。煩いくらいだよ」
何も悟られないようにと思考を閉ざそうとするが、興味のあるライトを目の前にしてそれは難しかった。ソファーから見上げてくるライトも、無駄だと言うように手をひらひらと振った。
「慰めにならないけれど、お前の思考は面白いよ」
「…確かに慰めにもなりませんね」
憮然として呟くと、ライトはははっと短く笑った。そして、おもむろにソファーから立ち上がると私の元へと近づいてきた。彼が何であるかを忘れていない私は思わず足を引く。
「もう食事をしたのは見ただろ?飢えは満たされているよ」
司祭の恍惚とした表情、あれが食事だと言うのか・・・。
「ついでに言うと、十字架も怖くない」
ライトは私のシャツの襟元から指を差し入れ、鎖を引きずり出した。鎖の先には十字架が揺れていた。
「少々、不快ではあるけどね」
十字架を握るライトが僅かに眉を顰めた。彼に見られた変化はそれだけで、物語のように十字架に恐れるという事はなさそうだった。ぶっ、と鈍い音と共に鎖が力任せに引き千切られた。ライトは十字架を机の上へと放り投げた。弧を描いて自分から離れていく十字架を私はただ眺めていた。
十字架は効かない。そして、おそらく太陽も効かないだろう。私は太陽の陽射しの中を歩くライトの姿を見ている。この様子ではヴァンパイアに有効とされるものは何一つとして効かないのでは…。そんな怖れを抱くと、あっさりとライトに肯定されてしまった。
「その通りだよ。いつまでも弱点をそのままにするはずがないだろう?僕達だって進化する」
「殺す手段はないのかと考えたね。あるけれど、それをエルが知る必要はない」
つくづく思考が読まれると言う事が忌々しい。悠々と構えているライトの顔から余裕を剥ぎ取ってやりたかった。所詮、人外の化け物のくせに。
「なぜですか?なぜ私が知る必要がないのですか?野蛮な化け物から身を守る術くらいは知っておきたいですね」
ヴァンパイアを怒らすと言うのはほとんど賭けだった。そして、その賭けは勝ち目がないのは十分承知の上だった。
「…っ!」
気がつくと私は壁に体を押さえつけられていた。背中から感じた衝撃で呼吸が詰まった。肩を掴まれ体が床から持ち上げられていた。僅かに足先だけが床に触れている。どうやってもライトの拘束から抜け出せそうになかった。
肌に爪が食い込んだ。痛みに喘ぎ、見上げたライトの瞳は琥珀から金に色を変えていた。
「知ったところでお前には出来ないからだよ。人間のお前にはね、エル」
「ラ、…」
「それに野蛮と言ったな。僕達はドナーから血を分けてもらうだけだ。決して無理強いはしないし、自分達よりも遥かに弱い人間から力ずくで血を奪う行為は許されない。もし人間を狩り血を啜れば、それは一族から狩られる事になる」
庭園で見た光景が蘇る。司教は自ら襟を寛げ、首筋をライトへ捧げた。血を啜られている時にも司祭の顔にはうっとりとした表情が浮び、ライトに無理強いをされているようではなかった。
「まさか、ヘンリーも…」
「そう、彼もドナーの一人だ。僕達は喜んで提供されたものを貰うだけ。誰の命も傷つけていない。だが、お前たちはどうだ?大して長くもない生を支えるにはどれだけの命を殺している?」
冷たい手が首筋を撫でた。覗き込んだ瞳には哀しみにも憐れみにも似たものが浮かんでいた。
「エル、どちらが野蛮だろうね」
「ならば、なぜヘンリーは倒れたのですか?」
「…ヘンリーは自分だけで僕を支えようとした。必要以上の血を与えようとして、止めるのも聞かずに手首を裂いた」
「私が彼を見つけた時には、そんな怪我はありませんでした」
肩を掴んでいた手が離れ私は床に落とされた。ふらついて背後の壁に縋った私とライトの間にやっと距離が生まれた。ライトの顔には楽しそうな表情が浮かんでいた。くつくつと喉を鳴らして笑う。瞳も元の琥珀に戻っていた。
「本当にお前は面白いね。首筋に並んだ二つの穴なんてヴァンパイアに襲われたと叫んでいるのと同じじゃないか。僕の唾液には治癒の効果がある。血を分けてもらった後、ドナーの傷を舐めて癒すんだ」
「はぁ…、それでヘンリーには怪我の跡がなかったんですね。では、酩酊状態は何なんですか?」
「本当に知りたい?」
面白がる笑顔が消えて、ライトの纏う雰囲気が艶めいたものに変わった。ぺろりと舌が出て乾いた唇を潤した。紅を引いたような唇に、視線が吸い寄せられる。見た目と同じくらい柔らかいのだろうか・・・。
「えぇ、知りたいです」
「好奇心は、」
「…猫をも殺す。でも、私は知らないままの方が死にそうです」
むにむにと唇を弄った。ひとまず彼の言葉をそのまま信じれば、私には危険がない。そうなると、ヴァンパイアである彼について知りたくなった。
「ドナーじゃない相手から分けてもらうのは初めてだ」
「…!?血を吸うのですか?」
二人の間の距離を再び詰められて、シャツを開かれて首筋を晒された。肌にひんやりとした空気とライトの視線を感じて、さすがに体が竦んだ。
「知りたいんだろう?」
「言葉で教えてくだされば十分で…。つっ!」
言い終わる前に首筋の皮膚を破って牙が突き立てられた。耳元でつぷりと皮膚が裂ける音がするのは気持ちの良いものではない。体の脇に垂れた手が拳を作っていた。きつく吸われる感覚はキスと同じだが、何かが自分から抜け出ていく感覚に体が粟立った。
だが、突然それが変わった。感じた事のない強烈な快感で体中が満たされた。完全にいきり立った下肢が布を押し上げて、突き破りそうだった。無意識に擦り付けるものを求めて、目の前のライトの体に向かった。扱かれたり包まれたわけでもなく、ただ布越しに彼の体に触れただけで爪先から頭の頂点まで快感が突き抜けた。
「く、うっ…!」
無意識に手が持ち上がりライトの服を掴んで、より確かな接触を求めた。どこを触れられてもビリビリと快感が走る。全身から汗が吹き出ていた。
「はっ、はっ、は…。あ、あぁ…、ライ、ト!」
それなのに、するりとライトが私の手から逃れる。捕らえようとした手は宙を掴んだ。
「ライト…!」
「血を分けてもらう代わりに、牙から分泌される純粋な快感物質をドナーの中に注入する。エル、もの凄い快感だろう?だから、僕達はドナーに困らない」
体を駆け巡る快感に邪魔されて、ライトが話している言葉が理解できない。とにかくこの高まりきった快感を吐き出そうと自ら服を乱した。だが、オーバーロードした感覚で指はうまく動かない。
「ヘンリーは与えすぎたと言っただろう?だから、僕も快感物質を与えすぎたんだ。…おい、ちゃんと聞けよ。聞きたがったのはお前だろう?」
どこかで笑う声がする。私は服を脱ぐのは諦めて、布の上から高まった自分自身に触れていた。競走馬のような呼吸を漏らして、ひたすら絶頂を駆け上がっていた。技巧などあったものではなく、ひたすら強く擦り上げていた。
するりと甘い体が重なり、首筋に湿ったものが触れた。それと同時に脚の間に膝が入り込み、ぐりと押しつぶされると私の喉は叫びを上げた。霞がかかっていた私の意識は、ついに白い闇に落とされた。
