Episode 8 Recollections

Summary : GSR. Sequel to "Joker". / サラの「忘れていた記憶」を呼び戻してしまったグリッソム。サラはどう向かい合う? サラのために自分に何が出来るか思い悩むグリッソムが、助言を求めた相手とは? / Sara's lost memory was recalled by Grissom's wrong action. She had to reconsider her past. Grissom worried what he can do for her and asked someone for advice.

Rating : T

Genre : Romance / Angst / Mystery / Humor

Spoilers : S5#23-24(CSI"12時間"の死闘/Grave Danger), S5#13(人形の牢獄/Nesting Dolls)

AN : Angstに挑戦!? でも多分、長くは続かないです。私が無理(笑)。そして、再び、長編です。すでに頭が痛い(汗)。創作事件がメインですが、本編エピソードも絡みます。あの台詞ですよ、あれ。/ Time set before S6#12(哀しいライバル/Daddy's Little Girl)


Chapter 1 Flashbacks(1)

その日のデート中、恋人の口数が少ないことに、グリッソムは気がついていた。二日前の事件の捜査が長引いて、ダブルシフトを終えたばかりだった。
彼女は特に、気がつくと眉間に手をやってほぐしていた。そして、首や肩を回してしょっちゅう音を鳴らしていた。
「疲れたか?」
彼がシャワーを終えてベッドルームに戻ったときも、彼女は自分のベッドに座って、枕を腰当てに、ヘッドボードへ寄り掛かりながら、目の周りをマッサージしていた。
「6時間もパソコン画面見てたせいかな。目と肩が痛い」
彼女は言って、また首を左右に傾けてバリバリと音を鳴らした。
「おおう、凄い音だ」
グリッソムは笑いながら、ベッドに昇って彼女の隣に座った。
「揉もうか?」
彼の提案に、
「あー、お願い」
彼女は微笑み、背中を彼に向けた。
グリッソムは彼女の肩に両手を置き、ゆっくりマッサージを始めた。
サラはしばらく、んー、とかあー、とか言葉にならない声を漏らしていた。
「すごい凝ってるな」
「アーチーが万年肩凝りで悩んでるっての、同情しちゃう」
AVラボで基本的に毎日画面とにらめっこな技術者の名前を挙げて、サラは言った。
「普段はこんなに凝らない?」
「あんまり」
サラは両目をうっとり閉じていて、時々グリッソムがツボを押さえると痛みに耐えるような表情をした。
「んー、そこ」
言って自ら気持ちのいい角度に首を曲げる。
「恋人がいて何が助かるって、マッサージしてもらえることよね」
サラのおどけた言い方に、グリッソムも笑った。
「背中の痒いところを掻いてもらえるとか、な」
サラは肩を揺らして笑った。
「確かに」
それからちらりとグリッソムを振り返った。
「背中に綺麗に湿布を貼ってもらえるとか?」
「その節はどうもありがとう、助かったよ」
ニックの誘拐犯に身代金を持って行って爆風に飛ばされた後、むち打ちになったときのことを思い出した。恐らく、彼女も同じことを思い出したのだろう。
グリッソムはサラの額に左手を当て、右手で彼女の首筋を押さえ始めた。
「んんー」
サラは声を上げた。
「それ、キく」
頭蓋骨のすぐ下を、指でゆっくり押す。それから、両手を彼女のこめかみに当てた。
手のひらでゆっくりそこをマッサージする。
「目の筋肉の疲れが、肩凝りを引き起こすこともあるそうだ」
「その説、今はすごく信憑性を感じる」
グリッソムの手は、再び首筋のツボを押しながら、ゆっくり肩に下りた。
それから、肩甲骨の周りを押し始めた。
「あー、それもイイ」
言って、サラは少し首を仰け反らせた。
「んー」
薄いタンクトップの上から、マッサージを繰り返す。
背骨に沿ってツボを押し、腰に下りると、サラは少し体をくねらせた。
「変なとこまで触んないでよ」
軽い警告に、グリッソムは苦笑しながら、少し体を伸ばして彼女の肩に自分の顎を乗せた。
「・・・ダメか?」
耳に囁くと、サラは一瞬黙った。
「ごめん、今日は・・・眠りたい、かも」
ほんのり頬を染めながら、正直に拒絶するサラに、グリッソムは
「分かった」
優しく答え、彼女の首に軽く唇を押し当てた。恐らく今夜はそのムードにならないだろうと彼も思っていたので、そこまでショックではなかった。
それからグリッソムはマッサージを続けた。
「横になるか?」
「・・・寝ちゃうかも」
そう言うサラの声は、確かにすでに眠そうだった。
「構わないよ」
「じゃあ、そうする」
グリッソムは彼女がうつ伏せに横になるのを手伝った。
枕に顔を横向きに乗せ、サラは大きく満足げに溜め息を吐いた。
「明日は、いつも通り出勤?」
睡魔の混じった声で、サラが尋ねた。
「そのつもりだ」
「そっか」
サラは少しの間沈黙した。
「・・・休み、なかなか合わせられないね」
ぽつりと言って、それからサラは急に枕に顔を埋めた。
「ごめん、何でもない」
グリッソムはにやりと笑った。
同時に休みを取って、一緒に過ごしたい。
彼女は一度も、そうはっきりと口に出したことはなかったが、そのささやかな1日を望んでいることは、彼にもよく分かっていた。
それに何より、彼もそれを切望していた。
「そろそろ、主任特権を発動しようかな」
「・・・無理、しないで」
枕に向かって、くぐもった声でサラが言う。グリッソムは彼女の後頭部に、そっとキスを落とした。
「私がそうしたいんだ」
「んん」
くぐもった返事に、グリッソムは小さく笑った。眠りに落ちかけている彼女の声を聞くのは好きだった。
グリッソムは彼女の肩のマッサージをゆっくり続けた。
細い肩に指を当てながら、じっくり筋肉をほぐす。
肩甲骨をゆっくりなぞるように、指を動かしているとき、ふと、グリッソムは手を止めた。
僅かに眉を寄せ、彼女の左の腕や、鎖骨から背中を丹念に指で探り始めた。
彼女の肩に右手を当て、左腕をそっと持ち上げて引いてみた。
「・・・なに?」
ほとんど吐息のような声で、サラが聞いてくる。
「マッサージしているだけだ」
「んんー?」
サラは首を横向けて彼を見ようとしたが、もう瞼が重くて開かなかった。
しかし、彼が彼女の左腕を上に持ち上げてからもう一度後ろに軽く引いたとき、
「それ、少し痛いんだけど」
不満そうな声で言った。
「・・・そうか」
グリッソムの声は低く、僅かに懸念の色があった。
サラは何とか瞼を引き上げ、彼を見た。
「どうかした?」
グリッソムは眉をひそめて、真剣な表情をしていた。
彼はサラが目を開けているのを見ると、やや深刻そうに、尋ねた。
「サラ、肩を脱臼か・・・骨折したことはあるか?」
サラは肘を使って半身を起こした。
「ないと思うけど」
グリッソムは瞬きを繰り返していた。
「本当にない?」
「記憶にある限り、ない」
「肘を骨折したことは?」
サラは即答しようとして口を開いたが、一瞬躊躇って口を閉じた。
その目に浮かんだ、一瞬の困惑、いや、混乱に、グリッソムははっきり気付いた。
だがサラは、首を横に振った。
「無いわ」
「本当に?」
不審そうにグリッソムが聞き返す。サラは確信を持ったようにもう一度首を振った。
「ない」
断言するサラに、グリッソムは首を少し傾けて考え込んだ。
「どうしたの?」
不安そうに、サラは起き上がって座った。
「いや・・・」
グリッソムは黙り、それから両手でサラの両手を取った。
サラが不思議そうに首を傾げる。
グリッソムは黙ったまま、彼女の両掌を上向きにして、腕を伸ばすように引いた。その両目が、彼女の腕を、肩から手首へ、そして再び肩へと辿って動いた。
「なに?」
彼の顔を覗き込むようにして、サラが尋ねると、グリッソムは一瞬彼女の目を見つめ、それから逸らした。
グリッソムはしばらく言おうか言うまいか悩んだ後で、おもむろに口を開いた。
「もし、話したくなかったらそう言ってくれ」
サラの顔に、僅かに警戒の色が浮かんだ。
「・・・分かった」
目を細めながら、サラは答えた。
グリッソムは深呼吸をした。
「君は・・・、君のお父さんは・・・、君に・・・」
サラはグリッソムを真っ直ぐに見つめた。
「なに?」
明らかに身構えた様子で、サラはグリッソムを促した。
グリッソムは溜め息をつき、そして尋ねた。
「君にも、その、暴力を・・・?」
以前聞いた話しぶりでは、サラは父親から母親への暴力しかにおわせていなかった。グリッソムはどこかで自分がそれを信じたいのだと思ってきた。しかし、彼女の身体に、その可能性を示すものを見つけて、彼は動揺していた。
ずっとこれを聞くのを躊躇ってきた。怖くて、聞けなかった。
グリッソムは目を閉じて、奥歯を噛んだ。そう、彼自身が真実を知るのが怖くて聞かなかった。
彼女自身が虐待を受けた兆候を、彼はずっとさりげなく探ってきてはいたが、答えはずっと否定的だった。今初めて、それを否定しない証拠を見つけて、彼は初めて、彼女の過去を、恐れた。
「無いわ」
短く鋭い返答が、グリッソムの耳を貫いた。
息を飲みながら、グリッソムは目を開き、彼女をそっと見た。
「本当に?」
囁くような小さな声でしか、聞けなかった。
サラは小さく肩をすくめた。
「こんなこと、嘘つけないでしょ」
真っ直ぐ彼の目を見つめて言うサラを、グリッソムもまた真っ直ぐに見返した。
彼女が視線を逸らさないのを確認して、ようやく、グリッソムは安堵の息をついた。
「・・・そうか」
サラは怪訝そうに首をかしげた。グリッソムの方が、先に彼女から視線を逸らした。
「こんなこと聞いて、すまないな」
数秒、彼女は黙った。
「いいのよ」
溜め息と共に、彼女は言った。
「サラ・・・」
何かを言いかけて、グリッソムは言葉を飲み込んだ。
それから頭を振って、
「マッサージ、続けるか?」
軽い口調で彼女に指示した。
サラは不審そうにしながらも、
「じゃあ、お願い」
もう一度うつ伏せになった。
グリッソムは優しくマッサージを続けた。
彼女に気づかれないよう、そっと、何度も肩と肘を確認した。
彼女は覚えているだろうか。
彼は、カリフォルニア州で最年少で検視官になった記録を持っていることを。
人間の体には、彼は常人以上に詳しいのだ。
彼女の左肩の可動域は、右腕よりはっきりと狭く、亜脱臼や脱臼の後遺症を窺わせた。そして、彼女の左の肘の関節は、僅かに内側に反っているようだった。これは、上腕顆上骨折での治療が不十分だったときに起こるものだ。もちろん、往々にしてこの骨折は、子供の転落事故で多いもので、上腕骨幹中央部の骨折のように虐待が大きく疑われるものとは違う。すぐに彼女が虐待を受けた証拠と言うのは無理があることは分かる。
しかし・・・
グリッソムは内なる声を飲み込んだ。

今まで、なぜ気づかなかったのだろう。
・・・きっと、彼女の記憶にも残らないほどの幼少時の怪我だろう。
グリッソムはそう、自分に言い聞かせた。
彼女が自分への虐待はなかったと断言したのだから、彼がそれを疑う理由などない。
偶然の事故だろう。
きっと、そうに違いない。

安らかな寝息を立て始めたサラの髪を撫でながら、グリッソムは思った。

そう信じたいのに、なぜ、こんなにも不安なのだろう?

************

グリッソムはラボのオフィスで、彼のノートパソコンを前にして悩んでいた。
彼がまずしようとしたのは、彼女の母親の裁判記録を見ることだった。警察関係所内のネットワークからなら、詳細が分かるはずだった。そこから、彼女への虐待の有無を知り得ないかと思ったのだった。
しかし検索ページを開いてすぐに、彼は思い直した。
これは、あまりに、裏切りすぎる。
まして、ここで検索した内容は、履歴に残ってしまう。サラ自身も、それが怖くて結局検索しなかったと話したことがある。だから裁判の詳細を、彼女でさえ知らないままでいる。それなのに、彼がこんなふうに調べて良いわけが無い。
彼はいったんノートパソコンを閉じた。
机に肘をつき、組んだ両手の上に額を乗せた。
彼は自分が貧乏揺すりを始めたことに気づいた。
首を振って、俯いたまま、グリッソムは溜め息をついた。

・・・私は、いったい何をしようとしているんだ。

その時、入り口のドアを叩く音がした。顔を上げると、グレッグが立っていた。
「今、いいですか?」
「ああ、なんだ?」
「昨日のレイプ事件の被害者ですけど」
グリッソムは深く溜め息をついた。だがすぐに、「上司」の顔をしてグレッグに頷きかけ、先を促した。
「ロビンス先生によれば、かなり古い骨折の治癒痕がたくさんあるんで、虐待を受けてたんじゃないかって」
「年は幾つだった?」
「18です」
「ならば、虐待当時、まだ子供か」
「はい。それで、ネバダ州内の病院すべてに記録を探したんですけど、見つからなくて」
「虐待の報告が?」
「いえ、医療記録がです」
「1件も?」
「はい」
「なら、州内にはいなかったんだろう」
グリッソムはいとも簡単に答えた。
「ええ、それで・・・」
グレッグはいったん言葉を切って、それから続けた。
「州外に効率よく問い合わせるには何か方法はないかなって・・・」
グリッソムは溜め息をついた。
「労力を惜しむな、グレッグ」
今度はグレッグが盛大に溜め息をついた。
「・・・ですよねえ」
「ニックが手が空いてるなら、手伝ってもらえ」
「はい・・・」
残念そうに返事をして、グレッグは部屋を出ていった。

グリッソムはしばらく、グレッグが出て行った扉の方を見ながら、椅子を揺らしていた。
それから、ふと、名刺ホルダーを回し始めた。
目的の名刺を見つけ、それを外して手にとって、彼は考え込んだ。

・・・何をしようとしている、ギルバート?

迷いながら、彼は電話の受話器を取った。

・・・いいのか、ギルバート?そんなことをして、本当にいいのか?

外線のボタンを押してから、名刺の番号をダイヤルし、彼は応答を待った。
呼び出し音を6回まで数えて、彼は電話を切ろうとした。

・・・これでいいんだ、諦めろ、ギルバート。これが神の思し召しだ。

受話器を耳から離したとき、呼び出し音が切れてガサガサと雑音が聞こえた。

「クラーク」

グリッソムは溜め息をついた。
もう、後戻りできない。

「ダン・クラーク局長?」
電話の向こうの主は、怪訝そうに答えた。
「そうですが、どちら様?」
「ラスベガス鑑識の、ギル・グリッソムだ」
「おお、グリッソム博士」
ダン・クラークは明るい声を出した。
「お元気でしたか?」
「ぼちぼちだ。ダン、今もサンフランシスコ鑑識に?」
「いえ、今はサクラメントにいます」
「そうか・・・」
「何か御用ですか?」

グリッソムは椅子に深く腰かけ直した。

「君に、頼みたいことがあって」
「大恩人のあなたの頼みなら」
ダンは朗らかに笑った。
「殺人以外なら、なんでもしますよ」
グリッソムは眉間を押さえてほぐした。
「ある記録を取り寄せたいのだが、問い合わせの履歴を残したくないんだ」
「・・・博士、それは」
ダンは声色を落とした。
「難しいことは分かってる」
グリッソムはダンを遮った。
「無理なら言ってくれ。・・・管轄が、違うし。諦めるから」

無理だと言ってくれと、その時のグリッソムは祈った。
自分がしていることが、彼にはまだ信じられなかった。

「カリフォルニア州内なら多分大丈夫ですが・・・どの事件の記録です?」
低く抑えた声で、ダンが尋ねた。
「・・・事件じゃ、ないんだ」
グリッソムは両目をきつく閉じた。
「医療記録を見たい」

彼は、一線を越えた。


TBC.

AN2 : 医療情報については、インターネットで可能な限り調査しましたが、もちろん、私は医療従事者では無いので、誤りがあってもどうかご容赦を。