これはまだ、ソフィアがプリンセスになる前のお話。
小さいけれど、緑豊かなダンベリー村はとても平和で温かい。ソフィアはこの村も、村の人たちも大好き。
もうすぐ5歳になるソフィアはとても活発で、村を走り回るのが大好きでした。
大人たちもみんなソフィアのことを知っていたし、彼女が笑顔で手をふり挨拶してくれるのを毎日楽しみにしていました。
ソフィアの声はお天気の良い日のお日様みたいに明るく、それを聞くと思わず笑顔がこぼれます。
村の人たちもみんな、ソフィアのことが大好きでした。
「あら、大変」
キッチンの奥から声がします。
「どうしたの、ママ?」
大好きなママが困っている。
そう思ったソフィアはすぐにキッチンへ駆け寄りました。
「ソフィア、大丈夫よ。小麦粉をきらしてしまって。うっかりね」
そう言うとソフィアのママ、ミランダはクスッと笑ってみせました。
「あと、シナモンも足りないわね。」
「それがないと困る?」
ソフィアは少し、嬉しそうにたずねました。
「そうねぇ…」
ミランダはソフィアのほうをちらりと見ると
「無いと…困っちゃうかしら」
と、いたずらっぽく笑って言いました。
ふたりは顔を見合わせると
「おつかい!」
声が重なり、お互い満面の笑顔です。
「行ってもいいの?」
「行ってもらおうかしら、初めてのおつかいに!」
ソフィアは手を叩いて喜びました。
ソフィアの家は靴屋ですが、大通りからは少し離れた場所にありました。
初めてのおつかいには丁度良い距離ですが、いつもはママと歩く道。
籠を下げ、お財布を入れて1人で歩くのは初めてのこと。
ちょっぴり緊張します。
「ソフィア〜!」
聞きなれた大好きな声。
「ルビー!ジェイド!」
仲良しの少女がふたり、ソフィアのほうへ駆け寄ってきました。
「ねえ、一緒に遊ぼう!」
「追いかけっこしてたの!」
「追いかけっこ?楽しそう!」
うーん、でも…
ソフィアは右手に籠の重みを感じていました。今は遊べない。おつかいに行かなくちゃ!
「ごめんね、これからおつかいに行くの!」
「おつかいに行くの?1人で?」
「すごいソフィア!頑張ってね!」
「うん、ありがとう!また後でね!」
ソフィアは元気良く手をふり、お店の並ぶ通りの方へ歩いてゆきました。
大きな商店通りは大人ばかり。ちいさなソフィアにはまるで、巨人の国にでも来たような気分です。そのちいさな胸はドキドキしていました。
「こむぎこ、しなもん、こむぎこ、しなもん…」
「そう。ライラさんのお店に行ってね。わかる?」
「うん、わかるよ!」
「あそこに置いてあるものは、み〜んな良いものばかりよ。」
出かける前にママと話したことを思い出しながら、ソフィアは通りの看板にライラの文字を探しました。
まだ覚えたばかりの文字。しっかり見ないと見落としてしまいます。
「ここはパン屋さん、ここは果物屋さん…ここは…」
【ライラの雑多屋】
「あった!」
目的のお店をみつけ、ソフィアは満面の笑みを浮かべました。
わりと広めの店内には、雑多屋というだけあって色々なものが並びます。
お茶にハーブ、お鍋、羊皮紙、瓶詰めになった野菜のピューレ、ハチミツに、美味しそうなクッキー!
何に使うかわからないような物も色々と揃っています。
「ライラさん、こんにちは!」
「ソフィア、今日は1人かい?」
「うん、おつかいだよ!」
「そうかい、えらいねぇ。」
ライラと呼ばれた割腹の良い女性店主は、ソフィアの頭を軽く撫で、にっこりと微笑みました。
「あのね、こむぎこ、しなもん、こむぎこ、しなもん…」
ソフィアは頬に人差し指を立て、天井を見上げながら呟きました。
「ああ、小麦粉とシナモンね。いいのがあるわ!」
ライラはそう言うと、すぐに商品を持ってきて籠に入れてくれました。
「ありがとう!ライラさん!」
ソフィアはこの店が大好きでした。
見ていて飽きません。好きな物がたくさんあるし、初めて見るような物もたくさんありました。
「ねえ、少しお店を見ててもいい?」
「もちろん、いいわよ。」
ライラはソフィアの手に数個のキャンディを乗せてくれました。
「ありがとう!!」
ソフィアの瞳はキラキラと輝きます。
包みをひとつ開きキャンディを口に放りこむと、ソフィアは嬉しそうに店内へ消えてゆきました。
