Title :紡ぐもの
Author:ちきー(tiki2. )
DATE:2007/01/27
Series:Death Note
Rating:R

Category:Romance,Drama,AU,Crossover(harry Potter)
Paring:L/Light
Warning:slash,Sexual Situations,MPreg

Archive:Yes
Disclaimer:
 ここに登場しているキャラクターの著作権はそれぞれの所有者にあります。作者は楽しみたいだけであり、著作権を侵害するものではありません。また、この作品で利益を得るものでもありません。
 作者は月とLにイチャイチャイチャイチャ、これでもかという位させ、あんなことやこんなこと、妊娠さえ!させて、喜んでいるだけです。ただし、本作品に関しては、私が著作権を保有します。
Summary:月が男性でも妊娠が可能と知ったとしたら・・・。続編という訳ではありませんが、作中の4人は「光の人」と同じ世界となります。

ハリーが妊娠した。
それを聞いて、お祝いの言葉が出るより先に、僕はずるいと思ってしまった。

ハリー達も僕達と同じく同性のカップルなのに、ウィザードだと言うだけで、彼らには家族を広げることができる。僕とLの子供なら、世界中の誰よりも賢い子供だろうに。なのに、僕達にはそれが出来ない。

それから何を話したのかあまりよく覚えていない。だが、しばらくしてハリーと彼の夫が帰っていった。テーブルの上に残されたカップを片付けながら、話に入れないだろうに、それでも僕の隣にいたLに礼を言う。

「彼らを招くことを許してくれて、ありがとう」

僕がLの元で保護観察を受けて以来、初めて友人を招くことができた。

「月君」

「何?お茶、足りない?それとも、入れ直そうか?」

カップを乗せたトレイを持ち、Lを見る。唇を弄り僕を見ているLと視線が合った。

「私は手の掛かる男だと理解しています。ですから、これ以上貴方が大変な思いをすることはない」

「・・・そうだね、君は甘いものしか食べないし、食べ物はこぼすし、睡眠だって不規則だ。子供より手が掛かるよ。僕は君だけで精一杯だ」

お茶を入れるねと部屋から出るすがら、「ありがとう」と小声で付け加えた。

それからしばらく忙しい日々が続いた。それぞれは大したことがないのだが、同時に緊急を要する事件が重なり、ベッドにLが来れない日が多かった。やがて全ての事件が解決に向かい、事後処理を担当機関に任せて、隈をひどくしたLは僕を抱えて眠りについた。

僕自身が抱える依頼をこなし、更に彼の手伝いもしていた僕は、それなりに疲れていたが、元より惰眠を貪るようにはできておず、Lの眠りが深くなったのを確かめて、彼の囲いから抜け出した。

伸びをして体をほぐし、キッチンに向かう。彼の喜ぶ菓子でも作ってやろうと思っていた。だが、キッチンに向かう途中、携帯が鳴った。通知された発信者は、ハリーだった。

『やぁ、ハリー。元気?赤ちゃんは順調かい?』

『ありがとう、順調だよ。ライト、話があるのだけど行ってもいい?』

Lに知らせるべきか逡巡したが、久しぶりに取る睡眠を邪魔したくない。少しならと伝え、ハリーを迎えるため、リビングの暖炉の前に移動した。夫に腰を抱かれたハリーが暖炉から抜けてくる。

改めて軽い挨拶を交わし、ソファーに落ち着いた。夫をちらりと見て、彼が頷くと、ハリーはテーブルの上に小壜を置いた。

『これは?』

僕とLにと渡され、手に取った壜の中では藍色の液体が揺らいでいる。

『ウィザード界で作られている男性妊娠薬』

『男性、妊娠薬?でも、どうやって…?』

『ウィザード界では、両親がどの様な組み合わせであっても、子供を持つことを妨げられない。男性の妊娠には幾つかパターンがあるが、最も多く用いられているのが、この妊娠薬だ。この薬はBirth Parentの体を妊娠可能に変化させる。そのため、マグルのように他者の遺伝子を必要としない。生まれてくる子供は、両親の遺伝子を合わせ持つ。本来ならウィザード用なのだが、魔力を持たないマグルでも効果が出るよう調整を行った』

ハリーの夫が流れるように説明をした。彼は数人しか許されない、マスターを名乗ることのできる魔法薬作成者だと言う。彼が渡すものは保証できるとハリーが加えた。

『使うか使わないかは、二人で話し合えばいい。簡単なことじゃないから。僕はただライト達に可能性を贈りたかった』

『ありがとう』

僕が受け取ったことに安堵したハリーが、嬉しそうに笑う。

『お前がハリーにしてくれた事の代償にしては、微かなものだ』

初めて逢った時、冷たく厳しい印象を受けたハリーの夫が、手を伸ばしハリーの手を握った。今では、彼らがお互いを深く愛しているのがよく分かった。

『それをどうするかはお前達次第だ。だが、あの男はきっと喜ぶだろう。お前がいるが、それでも血脈と言うのは特別だ。独りなのは、とても寂しいものだからな』

ハリーも彼も家族に恵まれなかった。幸運なことに家族を持つ僕には計り知れないが、この広い世界に自分と同じ血脈がいないと言うのは、彼の言う通り、寂しいものなのだろう。不可能であることの憤りから来ていた、子供を持つと言う事に対する意識が変わった。

Lと僕を紡ぐ存在。別々だった二人の血脈を一つに伝える者。お互いに不足などないが、それでも同性ゆえに諦めていた存在の希望が手の中にある。壊れないように、でも、逃さないように、しっかりと壜を握った。

『ハリー、頼みがあるのだけど…』

薬をどうするかの前に、しなくてはならない事がある。ハリーに頼みごとをして、途中になっていたキッチンへ向かった。

Lが起きてきたのは、陽が随分と傾いた頃だった。

リビングでお茶を飲みながら、本を読んでいた僕は、ペタペタと僕に近づいてキスをしてきた男に大人しくキスを返してやる。唇だけを触れ合わせる軽い挨拶のそれが、徐々に熱を帯び深まってくるのを、顔を引いて逃れた。

「ケーキ作ってあるよ」

「先に食べたいものがあります」

「だめ。僕がせっかく作ったのに、無駄にする気?」

「後で食べますから」

「パンケーキも焼いてあげる。チョコレートソースも垂らして」

「・・・気前がいいですね。何か企んでませんか?」

「そうかもね」

唇を弄りながら、僕を見下ろすLに笑いかけてやる。ますます不審そうな表情を深めるLが可笑しくて、笑ってしまった。後で、どんな顔をLはするのだろう。それが楽しみで仕方がなかった。

「まぁ、いいでしょう。月君が笑ってくださるのなら」

機嫌が良かった僕はもう一度、Lの唇に軽いキスを置き、ケーキを取りにキッチンに向かった。

彼の好みが反映された食事はあっという間に、食い尽くされた。見事な食べっぷりが嬉しかったが、これが甘みだけでなかったら、もっと嬉しかっただろうに。相変わらず、普通の食事は食べさせない限り、見向きもしなかった。

食後のお茶も済み、一息ついた頃に切り出した。

「L、話があるんだけど」

「・・・そう言う切り出し方をする話は、ほとんどの場合、歓迎できる話ではない事が多いです」

「そうとも限らないよ」

ことり、と眼の前に壜を置く。

「これは?」

「ハリーに貰った妊娠薬」

「まさか・・・」

勢いよくソファーから立ち上がって、僕を見る。空いたままの唇に、大きく広がった瞳。彼の驚きの大きさを物語っていた。

「男でも妊娠可能だって」

「………生んで、くださるんですか?」

Lの声に微かな動揺が出ている。彼の驚きを楽しんでいた僕だったが、彼の珍しい様に改めた。

「君でも構わないけど、君の栄養状況は子供を孕むのに適しているとは言えない。だから、僕しかいないだろうね」

肩を竦めて言った僕は、すぐさま嵐の様に抱き締められた。骨がきしむ程のそれ。肩に埋められたLの頭がほんの少し震えている。

「ありがとうございます、月君。嬉しい、です、とても・・・」

背中に回した腕で、僕もLを抱き締めた。

膝を立てた脚の間に僕を座らせて、体全体で僕を包むLに、ハリーに借りた本から得た知識を話す。

妊娠を維持するために、朝と食後と寝る前に必ず薬を飲むこと。骨盤が耐えられないから、男性の妊娠は女性より短いこと。両親がともに男性の場合、生まれてくる子供は必ず男の子だと言うこと。出産はいわゆる帝王切開であること。普通の医者には診せられないから、ハリーの臨月までは治療者である彼が診てくれること。

僕が得た知識を漏らすことなく話したが、それでも安心できないのか、Lは本を片っ端から読み、ハリーの夫に連絡して僕の体に現れる影響や妊娠の危険性について尋ねていた。

夜が更けて、僕たちは寝室に移動した。

初めて体を合わせた時よりも緊張していた。ベッドに乗り上げ、向かい合うように座る。Lの手の中には壜があった。

「…月君、これから何ヶ月も、今までの貴方の体ではなくなります。感情的にも不安定になるでしょう。本当によろしいですか?これまで通り、貴方と私の二人で構わないのですよ」

じっと僕を見据え、僕の中の不安を探ろうとするL。全く未知のことへの不安は確かにあるが、僕の気持ちは決まっていた。それに何があろうと僕たちなら解決できる。

「僕なら大丈夫だ。それに、僕たちの子供を、Lは見たくないの?」

「もちろん、見たいに決まっています!貴方に似てくれると、嬉しいです。ですが、妊娠で命を落とす者もいます。私は子供を得るよりも貴方を失いたくない」

「確かに男の妊娠なんて、予測のつかないことばかりだと思う。でも、大丈夫。ハリー達もいるし、ワタリさんもいる。それに、君がいる」

「もちろんです。貴方が嫌がっても傍にいます」

良い答えに微笑むと、頬に手を添えられ口付けられた。

「愛してます、月君」

「ん」

まだ素直には言葉を返せないから、僕から口付けを返した。

Lが壜の蓋を開け、僕に手渡した。その時の、言葉よりも多くを話すLの眼差しに、僕はこれからの妊娠を乗り越えられると思った。

中身を一気に煽った。リンゴとカモミールの中間のような後味を残し、ひんやりと喉を滑っていった。

「どうですか?何か変化はありますか?」

「よく分からないけど、お腹が一瞬、暖かくなったような気がした」

「そうですか…。効いたのか分かりませんね。行為を始めていいのでしょうか?」

「しよう、L。するのはいつものことだし、その為だけにセックスするわけじゃない。駄目だったら、またハリーに薬を貰えばいいさ」

「そうですね。月君からお誘いされるのも、久しぶりですし」

「なっ、誘ったわけじゃ…」

続きはLの口の中に消えた。ゆったりとしたキスの間に僕の服がLに剥がされていく。僕もLのシャツの裾に手をかけ、脱がせた。僕の腰をLが抱き、そのまま引き寄せられた。服に阻まれない、お互いの肌の感触が気持ちいい。

僕はLの頭に手を回して、口付けを深めた。舌を絡め、お互いの口内に侵入する。Lの巧みな舌に翻弄され、いつしか主導権を奪われた。唇を重ねる合間に、鼻に掛かった声が僕の口から漏れる。キスを続けたまま、そっとシーツに倒された。

「あっ、はぁ…んぅ……っ…!」

突き上げられる度に、前立腺を抉られる。快感に滲んだ涙が揺さぶられて、眦からこぼれた。それをLに舐め取られ、舌の感触にまた快感を感じた。Lに足を抱えられ、あまり大きく動けないが、それでも僕の腰が彼の動きに合わせて揺らいだ。

そんな僕を、あの眼で見ている。事の最中に視姦されるのはいつものことだが、今日はいつもよりひどかった。一片も余すことなく、快感に喘ぐ僕を舐られる。

「見るな」

黒い瞳に刺し抜かれ、ぞくりと体が震えた。思わず、腕で顔を隠したが、その腕を取られ、顔の横に縫い取られた。暴かれた眼の前にはLの顔。

「嫌です。今日の月君をずっと見ています。もし、今回で妊娠すれば、このセックスで出来た子供になります。だから、どんな風に月君が乱れて下さって出来た子供か覚えておきたい」

「悪趣味…!」

「何とでも」

「んっ…あぁ!」

縫い取られた手をそのままに腰を振るわれ、咄嗟にLの手にしがみ付いた。加減なく握った指がきっと痛いだろうに、Lも握り返してくれる。僕は安心してLの下で乱れた。

「あっ、はっ、ぁあ、L、L!」

激しくなったLの動きに、絶頂へもう少しの所まで押し上げられていた僕は、胸の果実を食まれた快感に後押しされ、二人の間に白濁を吹き上げた。少し遅れてLも唸りをあげ、僕をLで満たした。

呼吸が整い僕から自身を抜くLに引き摺られて、多くが出てしまわないように僕は後口を窄めた。それを見たLがにまりと笑ったが、気にならなかった。

体をずらして、Lが僕の腹にキスする。

「受精できているといいのですが」

腹をLらしくない仕草で撫でられ、再び口付ける。僕がいるのに、腹ばかりを気にしているLに、なんだか不機嫌になり、汗で湿った髪を引っ張った。

「痛いですよ、月君」

じっとりと見上げてくるLに、誘いをかけた。僕もたいがい意地っ張りだ。

「今日はもう終わり?」

「そうですね、確率を上げましょうか」

また、にやりと笑うLに見透かされた気がしないでもないが、再び降ってくるキスを大人しく受けた。

翌日以降、僕の体に変化はなかった。ハリーに連絡を取ったが、もう少し経過しないと正しい診断が出来ないと言われ、しばらく待つことにした。結果が気になるが、それを忘れさせる程、依頼は来ていた。

Pi――――。

手元から高い音がして、眼が覚めた。端末を操作して文字を追っていたはずなのに、いつの間にか眠っていたらしい。どれだけ体が疲れても、うたた寝などした事がなかったので、自分でも驚いた。Lが自分の端末から離れ、僕を気遣って覗き込んでくる。

「どうしました?月君らしくありませんね。大丈夫ですか?」

「ごめん。こんな事、今までなかったのに」

タイミングを計ったように、ワタリさんがお茶を運んできてくれた。入れたての紅茶は香り高く、僕が好きだったはずのアールグレイなのに、カップから立ち上った匂いに負け一口も飲めなかった。眉を顰め口を付けずにカップを戻した僕をLが不思議そうに見る。額に手を当ててくるが、だるいだけで、特に熱がある訳じゃないことを告げると、何かに思い当たったようだった。

「ワタリ、ハリーを呼び出せ」

「月君、いつもの貴方の体温より少し高めです。それに、だるさと眠気。正確なことはハリーの診断を待ってからですが、妊娠が成功したかもしれません」

妊娠が急に現実のものになって、不安が噴出し飲み込まれそうになった僕の手を、Lの手が握った。傍にいることを伝えてくれる。

「大丈夫です。何があっても傍にいますから」

額に口付けられ、慰められたのに少し涙が滲んできた。やはりいつもより感情の振れが大きく、上手くコントロールが出来ていない。Lの手を握り返すと、力強く握ってくれた。それが嬉しかった。

ソファーに並んで座り、ハリーを待つ。僕は緊張で強張った顔をしていたのだと思う。現れたハリーは挨拶もおざなりに、まず診断してくれた。彼が軽く手首を振ると、僕の腹部がぼんやりと白く光った。

『おめでとう、ライト、L』

微笑むハリーに僕たちは結果を知った。

『成功、ですね?本当ですね?』

『本当だよ。二人とも良かったね』

ぎゅうと僕を抱くLが慌てて、力を抜く。

『すみません、つい・・・。大丈夫ですか?』

慌てて僕を気遣い始めるLに、僕とハリーが笑った。

『大丈夫だよ。抱きしめた程度じゃ、お腹に響かないよ』

『ですが…。ハリー、もう一度診て下さい』

ハリーが快諾し、Lを安心させた。必要な薬を取りに戻ったハリーを待つ間、ワタリさんに事情を話した。妊娠薬に対し細やかな質問をしてくるのに、普段は忘れがちだが、ワタリさんが元は発明家だったのを思い出した。

話しが終わり、ワタリさんは男の僕が妊娠したと言っても、動じず相変わらず穏やかに微笑んでくれた。

「おめでとうございます。ワタリは嬉しゅうございますよ。お二人の子なら、きっとご両親に負けない位、聡明な子でしょうね。微力ながら、ワタリも支えさせて頂きます。まずは僭越ですが、月様の仕事量を減らさせて頂いても?」

「それは…」

「そうして下さい」

逡巡した僕の言葉を、Lの言葉が上書きする。

「L、勝手なことはしないでくれ。自分の仕事量くらい管理できる」

「貴方が仕事の量を減らしたくない気持ちは分かっています。ですが、今は減らしてください。Lの所に来る依頼は、唯でさえ不規則です。母体に余計なストレスは良くありません。貴方の体の為だけではなく、子供の為にもそうして下さい」

Lの言い分は分かるが、僕にはそう出来ない理由があった。ノートの所有権を放棄し、Lの元に保護観察として囚われた際、僕がLに頼んだ事。Lに来た依頼を引き受けさせて貰う事と、それによって得た報酬を僕が殺した犯罪者以外の遺族に送る事。

僕の気が休まるのならと、Lは僕の頼みを引き受けてくれた。以来、ワタリさんは報酬が良い依頼を僕の元に優先して割り振ってくれた。そのお陰で、毎月決して少ないとは言えない額だが、遺族たちに送る事が出来ている。

こんな事が、僕のした事の償いになりはしない。自己満足だと言うのも分かっている。それでも、殺してしまった善良なる人たちの為に何かをしたかった。

「不足する部分は、私が出します。私たちは共にLです。Lの元から支払うのなら構わないでしょう?」

「…分かった。そうさせて貰う。だが、借りるだけだ。体が元に戻ったら、必ず返す」

意地を張る僕の台詞に、Lが微かに笑った。

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ベッドが沈んだのが分かり、眼を覚ました。続いて、ドアの閉まる音。やはり腕の中にいた月がいない。のそりと立ち上がり、ベッドサイドの壜を取ると、トイレに向かった。

ぐったりと便座に凭れかかる月を見つけ、背を撫でてやる。体を震わせ、苦しそうに呻く月が痛ましかった。月の悪阻は、朝だけでなく、頻繁におき、食事を身の内に納めておくのも一苦労だった。

どうしても通らなければならない過程だと分かっているが、点滴を打つ月が儚げで嫌だった。彼の負担を減らせないかと、ハリーの夫に相談した。だが、幾度も薬を調整しても、未だ月の体調と合う薬が見つからず、彼がベッドから飛び出す日が続いていた。

吐き終わった月が顔を上げる。眦に涙が滲んでいた。

「ごめん。また起こしたね」

「気にしないで下さい。苦労は二人で分かち合うものですよ、月君。もう治まりましたか?」

「多分ね」

月の手を取り、立たせてやる。口を濯ぐ月にタオルと毎朝に飲む薬を手渡した。

「ありがとう」

壜を煽り、溜息を着く月。顔を伏せ、顕になった首が青白く、細かった。抱き寄せた月の線も細い。回した腕に力を込め、腕の中の月を確かめた。最近の月は、常にだるそうで、彼が眠る姿ばかりを見ている。

「月君が大変な思いをしているのは分かってます。でも、私は・・・」

言い終わる前に、月の言葉が被る。

「大丈夫だよ。ハリーがもうすぐ悪阻の時期も終わるって話していた。もう少しの辛抱だよ。君も起きたし、食事にしよう。今日は少し食べれそうな気がする」

寝室に戻り、ワタリに朝食の準備をするよう伝えた。妊娠前、月はあまり苺を好まなかったのに、今は苺ばかりを好んで食べる。お腹の子の嗜好は私に似るのかもしれない。私と子供が並んでショートケーキを食べ、傍で怒る月の姿が容易に想像できる。その想像は楽しく、そして、擽ったかった。

自然と私の視界に収まる月が、着替えの途中で動きが止まっていた。シャツを脱ぎ、顕になった腹を見ている。私は彼の背後から近づき手を回した。掌の下はまだ平らな腹。だが、確かに私たちの子供が成長している。

「現れ始めるのは、もう少し先のようですね。楽しみです」

「そうだね、楽しみだ」

私の手に月の手が重なった。

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事件がひと段落つき、月のところに行った。普段なら事件だけに没頭するのだが、今は出来る限り月の傍にいたい。

彼は安定期に入り、体調も落ち着いてきた。だが、一時期は、悪阻がひどくなり、全く食べることが出来なくなった。何を食べさせても吐いてしまい、脱水症状まで現れた。栄養を点滴で取り、一日を寝室で過ごすようになったので、仕事を止めさせた。そんな状況でも止めることを渋った月は、真面目で責任感が強すぎる。私が好ましく思うところでもあるのだが、今はそれが裏目に出る。頑固に仕事をしようとする月に、私だけでなくワタリやハリーにまで説得させ、ベッドで休む約束を取り付けたのだった。

寝室に入ると、月は寝ていた。突き出し始めた腹を腕で抱き、眠っていた。昼の穏やかな陽の中で、安らかに眠る彼。この瞬間を壊したくなくて、ベッドの傍らで月を見ていた。月は前に突き出した腹を気にしているようだったが、私はそんな彼を美しく思っていた。

かつて、美と言うのは、私の中では形容を表す、単なるキーワードに過ぎなかった。あの日、月と逢うまでは。

見事な容姿だけでなく、その強く高潔な精神に惹かれた。私は初めて美を実感した。彼がキラだと分かっていたが、強引な手段を取らず、ずるずると彼とゲームをして彼の人となりに触れた。その度に、私が彼に奪われていくのが分かった。月以上に美しいものなどないと思っていた。

だが、あった。私の子を宿し、安らかに眠る月。これから何度も私は、こんなにも胸が痛む思いをしながら、月を美しいと思うのだろう。今、最も美しいと思う月を切り取っておきたい。思い立ち、受話器を取った。

「写真を頼む」

「今、参ります」

少しの後、カメラを手にしたワタリが来た。

「月君を撮って下さい。残して置きたい」

ワタリは月の写真を撮らず、私にカメラを手渡した。

「ワタリ?」

「貴方がお撮りください、L。私などが撮るより、素晴らしい写真が撮れますよ」

ワタリが撮らないのなら、自分で撮るしかない。カメラを構え、様々な構図で月の写真を撮った。何度も響くシャッター音に月の目蓋が震えた。

「何、してるの?」

眠気を払いながら起きる月が、ふわりと笑う。途端、ぎゅうと覚えのある胸の痛み。存在など信じていないが、世界中の神に月と逢わせてくれたことを感謝したくなった。

「…シャッターチャンスを逃してしまいました」

「いつも変だが、今日は輪をかけてるな。いつから写真が趣味になったの?」

「月君、知ってましたか?ワタリは私などより賢いですよ」

「もちろん、知ってたさ。年の功と言うだろ?」

ふふっと笑いながら、ベッドから降りる月に手を貸す。腹に手をかけ、ゆっくりと降りる月の動きが止まった。驚きに口を開いたまま、固まっている。

「月君?」

呆然としている月を再びベッドに座らせた。

「今、動いた…。動いたよ、L!」

「私にも触らせて下さい」

床に座りベッドに腰掛けた月の腹に手を添える。手を置く場所を変えてみるが、子供の動きが感じられなかった。

「もう一度動いてくれませんか?貴方を感じたいんです」

腹の中の子供に向かって話しかけた。両手を使って、彼を感じようとしたが、動く気配はなかった。

「動いてあげて。Lにも教えてあげて」

月も促してくれたが、私が触れている時は、頑固に動かなかった。嫌な時は頑固に我を通す。まだ生まれてもいないが、やはり二人の子だった。

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後ろから腕に抱え込んだ月が、眠れないのか何度も寝返りを繰り返している。月の安定の為にも、最近はこうして一緒に休むことが日常になった。

「眠れませんか?」

背から覗き込み、月を見た。困惑した顔をしている。妊娠も後期になった月の睡眠が重要なのだが、今夜はベッドから度々抜け、寝付くのに苦労している。

「僕の膀胱をトランポリン代わりにして遊んでいる。もう何度もトイレに行ってるよ。元気なのは嬉しいけど、僕が眠れない」

「月君、こちらを向いてください」

月が寝返りをうち、私と向かい合うように横になった。シャツの上からでも、赤子が中から突き出した腕を横に移動させているのが、はっきりと分かる。盛り上がった場所に手を添え、話しかけた。

「遊ぶのは明日にしませんか?パパが眠れません」

一度沈み、再びぐぃと中から突き上げ、私の手を叩くと沈んだ。それ以降、大きく動かず、彼も眠ったようだった。

「良い子ですね」

月の腹にキスを落とした。髪に手を感じ、見上げると、月と眼が合った。

「眠ったみたい。ありがとう、L。…ところで、僕がパパ?」

「ママと呼ばれたいですか?」

「それは遠慮したいな。僕がパパなら、君は?」

「そうですね、どうしましょうか。ダディはどうでしょう?ダッドでもいいですが、幼児が言いやすい方がいい」

「じゃあ、ダディで。よろしくね、ダディ」

「こちらこそ、よろしくお願いします、パパ」

今更の改まった挨拶に月が擽ったそうに笑う。私は伸び上がって、月の唇を掬い上げた。

「うっ、むぅ…」

お預けにされていた体はキスだけで、あっという間に火がついた。離れた互いの間を糸が伝う。月の頬が上気して、ほんのり赤い。

「…激しいのは駄目だからな」

「分かってます。乱れる月君を見ていると難しいですが、努めます」

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日課になった午後の散歩の間、月の様子が妙だった。

尋ねれば、大丈夫と言うのだが、何かに気を取られている。月の腹は随分と大きくなり、バランスを取るのが大変そうだった。直前の診断によると、いつ出産となってもおかしくないそうだ。子供を迎え入れる準備も済み、私たちの寝室にはワタリから贈られたベビーベッドも置かれている。心配していた出産も、数ヶ月前、立ち合わせて貰ったハリーの出産を見て、何が起きるかを知ることが出来、安心したようだった。

「月君、部屋に戻りますか?」

「…うん」

テラスからリビングに入り、ソファーに落ち着く。月のむくんだ足を取り、マッサージをする。月と出逢う前の私が見たら、随分と驚くだろう。

「…L、お腹が痛い」

「何時からですか?間隔は?」

「今朝から痛かったんだけど、よく分からなくて。でも、痛みがだんだん強くなってきた。間隔は、多分15分くらい」

携帯を取り出し、ハリーに連絡をした。携帯を掴む、手が震えているのが分かった。

いよいよ、私たちの子供がこの世界に誕生する。

痛みに喘ぐ月を抱え、寝室に向かった。ハリーがポンと音を立てて部屋に現れ、すぐに準備を始めた。何をしたら良いのか分からないのは、初めてだった。ただ月の手を握り、ハリーが動くのを見ていた。

汗ばんだ月の手が、骨が折れる程の力で私の手を握る。

「いよいよだね」

「えぇ、いよいよです」

「緊張してる?」

「もちろんです。貴方もでしょう?」

頷く月に、背を丸め額に口付けた。間近になった月を見つめた。

「傍にいます」

一瞬、くしゃりと顔が歪み、月は再び頷いた。

杖を片手に、ハリーが近寄ってきた。

『ライト、これからどうするか分かるね?僕が魔法でライトのお腹を切開して、赤ちゃんを取り出す。順調に行けば、あっと言う間に君らの赤ちゃんと逢えるよ。ウィザードの手術だから、痛みもないし、痕も残らない。ライト、L、始めてもいいかな?』

月が私を見上げるのに、頷き返した。

ハリーが杖を振るのに合わせて、月の腹が切開された。血が溢れてくるかと思ったのだか、ただ切開されただけで流血はなかった。その後、待ち望んでいた赤子が現れた。ハリーが再び杖を振り、臍の緒を切った。切開部も、すぅと痕も残さず消えていった。ハリーに抱えられた赤子が、杖のもう一振りでキレイにされ、月に手渡された。

親に抱かれたのが分かったのか、声を上げる。小さい体なのに、大きな声だった。月は指の一本一本を確かめ、その先端にキスをしている。痛みに汗ばんでいた頬に、新たに涙が加わっていた。

「L、僕らの子だ」

手渡され、初めて我が子を抱いた。この世界で私の血を紡ぐもの。
ふぁと、貴重な腕の中の子が欠伸をして、うっすらと目蓋を持ち上げた。そこから覗いたのは、私が愛する琥珀色の瞳。込み上げるままに、涙を零した。

この子と月を守る為なら何でも出来るだろう。

::*::::*::::*::::*::

「朝だよ!起きて、起きて、起きてぇ!」

ベッドを跳ね回る子供を捕まえて、シーツに転がした。

「おはよう、キラ」

「おはよう、パパ。おはよう、ダディ。今日は何の日か知ってる?」

「おはようございます、キラ。とても早いですね。今、5時ですよ」

「ねぇ、今日は何の日か知ってる?」

私と月の間に寝かせてやる。月と同じ琥珀色の瞳が、興奮で輝いている。

「ハリーが来て、パパの診断をする日ですね」

「そうだけど、違う!」

「ワタリさんが、買い物に出かける日かな」

肘を付いた手に頭を預けた月が、四方に跳ねる茶色の髪を撫でた。

「はずれ!ワタリお爺ちゃんは、昨日出かけたもん」

「他に何かありましたか、月君?」

「さぁ、僕には覚えがないなぁ。何かあったかな?」

「僕の誕生日!・・・パパもダディも覚えてないの?」

萎んでしまったキラにシーツをかけてやる。

「忘れる訳ないじゃないですか。ちゃんと覚えていますよ。ですが、誕生日の子供はもう少し寝るべきですね。パパも休めません。ここで寝てもいいですから、寝相良くして下さいね」

「やだ、眠くない。起きちゃったもん」

口を尖らせ拗ねるキラだったが、拗ねても私たちが変わらないのを見て、大人しくシーツに潜った。月がキラの胸をゆったりと叩き、そのリズムに釣られて、すぐにキラは眠ってしまった。

「ニアとメロは何時に来るって?」

「昼前には着くと言っていました」

ニアとメロはキラの名付け親だ。キラが生まれた後、月が私に二人を名付け親にすることを提案した。名付け親とは、代理の親であり、私たちに何かあった場合、彼らがキラの面倒を見る。普段からも子供の成長に関わり、導く義務を負う。直接の血の繋がりはないが、それでもキラを通じて私たちは家族となる。

何故彼らを選んだのか尋ねると、月は笑って「幸せのお裾分け」だと言った。元よりLの後継者であり、私と同じ境遇にある彼らに、私は異存はなかった。

想像していた以上に、ニアとメロは名付け親の立場を真剣に受け止め、キラの面倒をよく見てくれている。特に、メロがキラを甘やかす様は、微笑ましかった。

ささやかな誕生日パーティーでは、写真を多く撮るのだろう。私がこれまでに持てなかった写真。ハリー達家族、ニア、メロ、ワタリ、キラ、私と月。そして、月の中の新しい命。それはおそらく大切な家族写真の一枚になる。

「月君、幸せですか?」

「キラと君が幸せなら、僕も幸せだよ」

「愛してますよ、月君」

キラの頭の上で、キスを交わした。この幸せをいつまでも続かせる、約束のキスだった。

END