Episode 0.8 噛み合わない歯車 / Fruitless effort

Summary : GSR. Sequel to "Episode0.6 謝罪- An apology" / 恋人未満。空回りグリッソム。/ Grissom asked Sara to out but she was half-listening.

AN : 日本語だから書ける「言葉の綾」ってやつです。「恋人未満」な二人を書くのは多分これが最後です。/ This would be my last installment about "before their relationship".


現場捜査を終えて、グリッソムとサラは同じ車でラボに戻るところだった。
比較的寒い日で、車内のエアコンでサラはしばらく指を温めていた。
唇は青くなって少し震えていたが、少し走って信号待ちの際にちらりと見ると、赤みが戻っていた。
「今日は冷えたな」
「雨じゃなくてまし」
短くて少し皮肉な言い方は、彼女が疲れて少々不機嫌なことを示していた。
「そうだな」
グリッソムはちらりと笑った。最近彼女の機嫌が分かるようになってきた。そんな自分が面白かった。
「体調は大丈夫か?」
「なんで?」
「昼型に戻していただろう?」
ああ、とサラは手をこすり合わせながら言った。
「初日はきつかったけど。こっちの生活の方がもう長いし、大丈夫よ」
「そうか」
サラが一週間の停職から明けて10日ほど経っていた。
明けてすぐは、随分彼女はよそよそしかったが、最近は少しそれも和らいでいた。
「渋滞してるな」
なかなか進まない車の列に、ぽつりとグリッソムが言うと、
「工事してた」
サラもまたぽつりと返した。
会話は弾まない。グリッソムはハンドルを指で何度か叩いた。
沈黙で数分が過ぎ、サラが鞄からなにやら書類を取り出した。そしてそれを熱心に読み始めた。
その横顔を、グリッソムはちらちらと眺めた。
随分真剣に読んでいる。何の書類か少し気になった。
先の信号が青になり、車は少し進んでまた止まった。
書類を読みながら、サラの口が時々小さく動く。そんな動きをグリッソムは面白く見ていた。
彼女の横顔。
割と広い額、少し先の丸い鼻、細い顎。
捜査のために縛ってまとめていた髪は、今は下ろされている。だから首元は見えなかった。
寒さのせいか、鼻先と頬はまだ少し赤くなったままだった。それとも、車内が暖まってきたせいだろうか。
車をじわじわと進めながら、グリッソムは何度も彼女の横顔を盗み見た。
胸をある思いが満たしていく。上司らしからぬ、感情だ。
ふっと、今、言ってしまおうかと考えた。
指でハンドルを軽く叩きながら、グリッソムは顔を傾けたり、口を開きかけたりを何度か繰り返した。
突然クラクションが鳴った。
我に返ったグリッソムは、前の車との距離が空いているのに気づき、後ろの車に鳴らされたのだと分かった。
慌ててシフトレバーを動かし、車間距離を詰める。
サラは音に驚いて顔を上げたが、特に気にする様子もなくまた書類に目を落とした。
グリッソムは周りを確認した。小さめの駐車場の入り口がすぐ先にある。コーヒーショップのようだ。
もう一度サラの横顔を見て、それからグリッソムはゆっくりその駐車場へハンドルを切った。
駐車場に車を停止させる。エンジンはかけたままで、グリッソムはサラを見た。
「サラ」
思い切って声をかける。
サラは書類から目を上げずに、
「なに?」
返事をした。

今なら言える気がする。
グリッソムは全身の勇気をかき集めた。

「私と、付き合わないか?」

言った。
言えた。
ハンドルを握りしめる。
汗がどっと噴き出た。

「いいわよ」

サラは書類から目を離さないまま、あっさりと返事をした。

「・・・」

グリッソムは息を飲んだ。
が、彼女の返事の軽さに一抹の不安を覚えた。
サラは書類を見たまま、続けた。

「どこに?」

グリッソムは口をパクパクと動かした。
・・・ちゃんと、伝わっていない、気がする。

グリッソムが沈黙したので、サラはやっと顔を上げ、彼を見た。

「どこ行くの?」

ああ、やっぱり。
グリッソムはハンドルに頭を打ち付けたかった。
かき集めた勇気を返してくれ。さっきとは違う汗がどっと噴き出た。

「あ、ああ・・・・コ、コーヒーでもどうかと思って」

入った駐車場がコーヒーショップで良かった。泣きたい気分で、思った。

「いいわよ」
看板を確認して、サラは軽く返事をし、それからさっさと車を降りた。
溜め息をつき、頭をひとつ振ってから、グリッソムも車を降りた。

店に入ると、甘い匂いが鼻腔を刺激した。
コーヒーショップだと思ったが、ドーナツショップだったようだ。
サラはさっさとドーナツを選び、コーヒーを注文していた。
グリッソムは一瞬奢ろうと声を掛けかけたが、なんだか悔しくてやめた。今日のところは、自分で払ってもらおう。
車に戻ろうとするサラに彼は声をかけて引き止めた。
「食べていこう」
空いている席を示すと、彼女は軽くうなずいて先に向かった。
ドーナツを食べながら、二人は他愛のない会話をした。
そういえば彼女はドーナツは嫌いではなかったのか。先日グリッソムが持って行ったときは食べてくれなかったが・・・
彼女の食べているドーナツを観察する。もしかしたら、選んだ種類がまずかったのかも知れない。
「ソフィアは現場に出ないことになったの?」
「ああ。ちょっとな。本人の希望で」
コーヒーに目を落としたまま、サラはふーん、と小さく言った。
それからすぐに、別の話題に切り替えてきた。
どうということのない世間話を、コーヒーを飲み終わるまでの間、二人は交わした。
それから車に戻って、ラボに帰った。

勇気をかき集めてやっと言えた一言が、まったく伝わらなかったのはショックだったが、そうやって彼女とコーヒータイムを過ごせたのは、ほんの少し、デートみたいで楽しかった。
決して負け惜しみではない、と、何かに向かってグリッソムは言い聞かせた。


End.

AN2 : ソフィアと食事に行ったのを知ったサラも書こうかと、Episode0.7 として枠だけは残してありますが、前後と(特にこれと)テンションがかなり合わないので、多分書かないです。ただ、後の話の中で言及はあるかと思います。