ただ貴方が可愛くて
戯れのように軽い力で、細い体を引き寄せた。抱きすくめて頭を撫でてやれば、人を猫の子みたいに扱って、と腕の中で千鶴が拗ねたような文句を零す。千鶴の顔は土方の胸に押し付けられているから表情までは窺い知ることはできなかったが、掌を頬に添えてやれば弾かれたように千鶴が染まった顔を上げた。潤んだ目と己の目がかち合う。掌に伝わる熱が、いきなり温度を増した。土方は楽しげに笑みを零す。
「…熱でもあるみてぇだな」
「誰のせいですか」
さぁな。と事もなげに呟いて土方の空いた手が千鶴の背中を撫ぜ、襟を辿り、うなじをするり、撫であげた。びくりと震えあがった体にぎゅっと固く閉じられた眼。これ以上からかえば、本気で臍を曲げられそうだったので、赤く染まった頬に口づけひとつ落として、日も高いしここまでにしてやろうと思った。
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千鶴は土方の幅の広い背中が好きだった。いつもからかわれている意趣返しとばかりに、冊子を開いている背中に、とんと頭を預ける。頬を預ければ、袷越しに体温が伝わって思わず破顔した。体温を感じるだけで、どうしようもなく愛しくて堪らなくなる。
「どうした」
降ってくる声と、体から直接響く声とが心地よくてくすくすと千鶴は笑みを零した。「何でもありません」と応じ、唇だけ動かして、吐息のみで好きです、と土方に聞こえないように呟いた。
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「日向に出て草むしりばっかりしてやがるからだ」
土方は千鶴の紅潮した顔全体を冷やした手拭いで拭ってやる。すいません、と千鶴が恥じるように詫びた。土方は許すとも許さないとも告げず、眉間の皺を濃くしたまま、もう一度手拭いを冷やすと今度は千鶴の首筋にあてがった。急に訪れた冷たさに千鶴は目を細める。暑気あたりには首筋や脇の下を冷やすと良い。全身が冷えるからだ。千鶴はぼんやりとした頭で土方を見上げる。視界は暑さで眩んで霞んでいたが、少しだけ土方の表情が柔らかくなったような気がした。
「肝が冷えた」
「すいません…」
「次、同じことしやがったら承知しねぇぞ」
「はい…すいません」
よし、と土方はようやく口元に笑みを滲ませると千鶴の火照った頭を、掌で幾度も撫でる。霞みがかった千鶴の頭の中で、幼い頃の優しい父の記憶が蘇る。風邪をひいた時に、同じようにしてくれた父親のことを。
「土方さん、父様みたいです」
夢うつつで千鶴が呟いた言葉が土方の癪に障ったらしい。明らかに渋面を作り、「誰が父親だ」と千鶴の頬をつねった。
