Episode 1 The Sunday

Rating : T (There are some mentions for sexual activities)

AN :意外な人が意外な登場をします。彼女には今後ちょっと特殊な役割を担って貰うので、登場させました。
Grissom's POV during their first date.


Chapter 2 side:G

やっと彼女とデートできる。
彼女が食事の誘いにOKをくれた。
やっとデートできる。
この数日間、私は端から見ても機嫌が良かったらしい。
キャサリンやニックに、「なんかいいことあった?」と聞かれた。
あげくにはホッジスにまで、
「大将なんかいーことあったね?」
と言われた。
そんなに分かりやすいだろうか。
だが肝心の彼女は、緊張してるのか、よそよそしかった。
当日、私のオフィスにやってきたときも、なんだか浮かない顔をしていた。もしや予定が急に入ってしまったとか?
不安になり、渡そうとしたファイルを思わず引き上げた。急いで人が居ないのを確かめてから、聞いた。
「今日、大丈夫?」
彼女は驚いたように目を見開き、それから、
「え、ええ」
聞いたことのないような高いトーンで返事をした。顔が赤くなったように見えた。
そして、ファイルを強引に私の手から奪って部屋を出て行った。
良かった。デートの予定は続行だ。
安堵のため息が出た。

彼女を食事に誘えるまで、紆余曲折あった。無駄に年数もかかった。もう絶対に誘う、と決めてからもなかなか言い出せなかった。困り果ててヘザーに相談までした。
ヘザーは特にアドバイスはくれなかった。こんこんとこれまでの経緯を説明したが、微笑んでそれを聞いてるだけだった。
言ってくれたのは、
「食事に誘えたら、何が起こるか、想像して」
という言葉だけだった。
何が起こるだろう。
彼女の好意は知っている。
お互い、大人だ。
分かっている。
出来れば、一緒に眠りたい。
ああ、でもそこを想像するのはとても危険だ。
焦ってはいけない。彼女は大胆に見えて、恋愛に関しては実はすこし奥手な方だ。
遊びで男とつきあわないし、バーにナンパされに行ったりもしない。
そういう人となりは、もう何年も一緒に仕事をしていて知っている。
貞操観念、というと大袈裟だが、彼女のそういった倫理観にはとても惹かれた。
デート出来たからと言ってすぐにそうなれる保証は無い。すぐそうなる必要も無い。彼女が望むなら、段階を1つずつ踏んでいくのも、きっと悪くない。
焦ってはいけない。彼女との関係は、これから、ゆっくり、じっくり進めていけばいい。やっとそのとっかかりを掴めたのだから。
手遅れにならなくて、本当に良かった。
食事に誘ったら彼女は驚くだろうとは思っていたが、あまりに長い時間、固まったままだったので、私は不安になって思わず聞いてしまっていた。手遅れで無ければ、と。
だがそれで、私が食事に誘った意図は、きっと伝わっただろう。
考えてばかりいたら手遅れになる、と言ったのは彼女だ。
あれから何年も経ってしまった。あの頃の私は耳の不調も抱え、周囲に心を閉ざしていた。
彼女に惹かれていながら、思いを告げてくる彼女を拒み続けた。
己の不甲斐なさを苦々しく思い出す。
だがもう、過去を後悔していても仕方が無い。彼女は「前へ進みたい」と言った。別のことに関してだったが、そう宣言する彼女を見ていて、私もまた思ったのだった。
彼女との関係を、前に進めたい。
やっとその一歩が、踏み出せそうだ。
彼女を食事に誘い、彼女がそれを受諾した。
賽は投げられたのだ。

予約した店を伝えようと彼女に電話をするとき、躊躇はしなかったが緊張した。
電話に出た彼女が、いきなり「もう家を出る」と言ったとき、思わず笑ってしまった。
「まだ、店を伝えてなかったと思うが」
だがそれで緊張がほぐれた。
彼女はどこへ行くつもりだったのだろう。彼女も緊張しているのだろうか?だとしたら、なんて可愛い人なのだろう。
「パレルモの西にできたモールに、ベジタリアン向けのレストランがあるそうだ。SIGHサイという名前だ。分かるかな?」
「ネットで見たことある」
「そこに1時間後くらいでどうかな?」
「分かった。1時間後ね」
「じゃ。待ってる」
電話は短く切れた。
彼女の声が弾んでいるように聞こえたのは、私の心が弾んでいるからだろう。
電話を置き、私は両手をもみしだいた。緊張からか冷たくなっていた。
しっかりしろ、ギルバート。まだ前哨戦すら始まってもいない。本戦はまだまだ先だ。

「おい、ギル」
その時部屋に入ってきたのは、今もっとも会いたくない人物だった。
「・・・・エクリー」
「おまえの部下が書く報告書は不備だらけだ。なんとかしてくれ」
「・・・注意しておく」
「おまえの書類もだ。分かってるのか?」
「・・・今後気をつける」
「グレッグは字が汚すぎるし、サラは省略しすぎる」
「報告書を急がせるからだ」
「催促しないと出さないからだ」
分厚い書類の束で、軽く机を叩くエクリーに、私は思わず毒を吐きそうになった。
その書類を置いて、頼むから、もう出て行ってくれ。
今日はおまえと、言い争いをしている暇は無いんだ。
「あー、エクリー、修正箇所が分かるようにしおいてくれれば、直して再提出する」
「いつまでだ」
「なるべく、早く」
エクリーは盛大にため息をつき、
「修正箇所は自分で探せ」
書類の束をぽん、と机に放り投げて出て行った。
私もまた、盛大にため息をついた。
「エクリーに書類のこと言われたの?」
続いて部屋に入ってきたのはキャサリンだった。
彼女もまた書類を持って苦い顔をしていた。
「君もか、キャサリン」
私はPCの電源を落とし、グレッグの書類を抜き出して立ち上がった。
「書類の粗探ししかすることないのかしら」
「君はもうエクリーの悪口は言わないのかと思ったよ」
キャビネットに鍵をかけ、椅子をしまう。
「どういう意味よ、それ?」
「深い意味は無い」
「別にいいけど。それより、この申請書の書き方、教えてくれない?今まで書いたこと無くて」
私の顔に浮かんだ困惑を、キャサリンは別の意味にとらえたようだった。
「あなたに書類のこと聞いても無駄、よね、やっぱり」
「エクリーに聞け」
私は笑顔で言い、オフィスを出ようとした。
「ちょっと、どこ行くのよ?」
「・・・もう帰る」
キャサリンは驚いて腕時計を見た。
「珍しいわね」
「君もたまには定時に帰るといい」
「帰れるならそうするわよ」
「じゃ、お疲れ」
「お疲れ・・・」
怪訝そうなキャサリンを残して、私はオフィスを出た。
DNAラボを覗くと、案の定グレッグがミアにちょっかいを出していた。しばらく後にミアが辞めてしまったのは、まさか彼が原因ではないだろうか。
「グレッグ。エクリーから苦情だ。清書して再提出しろ」
「え、清書??」
書類を渡し、「いつまでですか?」と追いかけてきた声に、「明日までだ」と言ったのは、さすがに意地が悪すぎた。明日覚えていたら、謝っておこう。

ロッカールームでスーツに着替える。誰も居なくて助かった。
ネクタイを締めようと何度かトライしたが、諦めて外した。
時計を見て慌ててラボを出る。
自分の車で行こうかと迷い、結局タクシーを拾った。
工事だかで道路は混んでいた。タクシーがなかなか進まず、やきもきした。
10分以上遅れてレストランに着いたとき、彼女がレストランの前で不安そうに携帯を開くのが見えた。
「サラ」
呼ばれて顔を上げた彼女は、私を見つけると、はにかんだように笑い、手を小さく振った。ああ、可愛い。
「やあ。遅くなってすまない」
私は彼女の全身を見て、そして思わず足を止めた。
いつもと違う彼女が、そこにいた。濃い藍色のワンピースは、シンプルだったがよく似合っていた。
一瞬、見惚れてしまった。
彼女はなぜか、不安そうに自分の体を見回した。
「・・・私、気合い、入れすぎた??」
私は微笑んだ。
「いや、綺麗だ」
そして腕を差し出した。彼女がためらいがちに、その腕を取る。
私たちは、ぎごちなくも、腕を組みながら、店へ入った。

食事は楽しかった。
正直、彼女と会話がちゃんと出来るか不安だったが、ワインの助けもあってか、私たちの会話は途切れること無く弾んだ。
彼女のする質問、時に皮肉な相づち、それらが心地よく、私たちの会話を助けた。
そう、初めて会ったときも、彼女の的確な質問に驚いたのだった。そんなことを思い出しながら、ふと、肝心の話をいつしようかと思ったとき、ちょうどデザートが終わって食後のコーヒーが出てきたところだった。
私は不意に言葉を失い、そして一気に緊張した。
言わなければ。
だが、何を?
何を、どう言えばいいのだろう?
コーヒーを口に運んでは、彼女に何か言おうと、視線を向けるのだが、彼女はコーヒーカップに視線を落としたままだった。
ここへきて、肝心の言葉を用意してなかったことに、私は愕然とした。
なんと言うことだ。
なんという準備不足だ。
彼女と食事が出来る、ただそれだけで、かなり舞い上がっていたことに、今更気づいた。
とっくに空になったコーヒーカップを、私ももてあそぶしかなかった。
カップを回しながら、テーブルの上の彼女の手を見て、ふと、その手を握りたいと感じた。
何度か握ったことのある、彼女の手の感触を思い出す。柔らかくて細くてしなやかな指・・・
「何かお持ちしましょうか?」
ウェイターの声に、私は我に返り、思わずほっと息を吐いた。
ひとまず。
「いや、もう結構。これで、お会計を」
時間を稼がなければ。彼女に伝える言葉を、その間に探さなければ。
ウェイターにカードを渡す。
懸命に考える。
ウェイターはあっという間に戻ってきた。もしやカードが使えなかったかと焦ったが、支払いは問題なく終わっていた。
カードを財布に戻し、彼女を見る。
何か、言わなければ。
そう、この後どうするのか、決めなければ。
しかしどう言えばいいのだ?
そうだ、ひとまず、食事に付き合ってくれた礼は言おう。
深呼吸して、私はテーブルの上で両手を組んだ。
「サラ」
彼女は顔を上げて一瞬私を見たが、すぐにうつむいてしまった。
「今日は、楽しかった」
「えぇ、・・・私も」
「ほんと?」
「えぇ、楽しかった」
「それは良かった」
話しながら、私は少し冷静になった。
今ここで言うことでは無い。そうだ、彼女を部屋まで送る必要がある。そのタクシーに私も乗る。
彼女を送り、もし自然な流れで彼女の部屋に行くことが出来たら・・・
いや、待て、急ぐな、ギルバート。
もしそうならなくても、私たちは、ついにデートをしたのだ。今夜はそれだけでも大きな一歩だ。
よし、それで行こう。
とにかく、まずは、タクシーだ。
私は意を決し、
「それじゃあ、そろそろ、行こうか?」
彼女を促し、立ち上がった。
彼女は酔いのせいか、ほんの少し赤らんだ顔をしていた。
わずかに足下が覚束ない気がしたので、思わず腰に手を回しかけた。
しかし、指に彼女の身体を感じた瞬間、咄嗟に手を引いてしまった。
普段、彼女にボディタッチをすることがあっても、それはCSIのベスト越しだった。あれは硬くて分厚くてとてもゴワゴワしている。
ドレスの布一枚で触れた彼女の腰は、それが柔らかな肉体であることを、あまりにも如実に伝えてきた。
ドキリとして一瞬鼓動が飛んだ。
・・・触れてしまった。
この瞬間、私は自覚した。
彼女もまた、しなやかな肢体を持った女性なのだと、意識しないようにしてきた理性が、もう風前の灯火となっていることを。

タクシー乗り場まで歩く間も、彼女は無言だった。
少し考え事をしているように感じた。
私も私で、会話の余韻、ワインの余韻、そして先ほど触れてしまった彼女の腰の余韻、それらに浸っていた。
タクシーを待つ間、急激に気温が下がっていることに気づいた。雨になりそうだった。
彼女の剥き出しの肩が寒そうで、抱き寄せようか迷った。ポケットから何度か手を出しては、結局何も出来ずに戻すことを繰り返した。
やがてタクシーの順番がやってきて、彼女を乗せ、自分も乗り込んだ。
「行き先は?」
運転手に聞かれ、私は一瞬迷った。自宅を言い掛けて、まだ彼女となんの合意も得ていないことを思い出した。いきなりそれはまずい。紳士でなければ。
かといって、彼女の住所を私が言うのもどうかと思い、彼女に促した。
彼女はとても小さな声で何か言ったが、運転手に聞こえなかったようだったので、結局私が伝えなおした。もとより彼女の住所は知っている。
タクシーの中で、私はまだ何をどう言おうかぐるぐると考えていた。
ふと隣の彼女を見る。うつむき加減で固い表情をしていた。
そして、座席に置かれている彼女の右手に気づいた。
その手を握りたいと先ほど思ったことを思い出すと、もうそれは抑えられなかった。
左手をそっと伸ばし、彼女の右手に重ねた。
彼女の肩がピクリと揺れたのが分かった。
彼女の首がやや傾いて、私の左手を、あるいは自分の右手を見た。
彼女の指は少し冷たかった。やはりタクシーを待つ間に冷えたのだろうか。申し訳ないことをした。
私のぷっくりした手に比べ、彼女の指はすらりと細くて長い。そして、なんと滑らかなことだろう・・・
私は無意識に彼女の指を撫でていたようだった。彼女が息を飲むのが分かった。
彼女が顔を上げる気配がして、私は咄嗟に顔を背けて窓を見た。自分がどんな顔をしているか見当もつかなかった。
窓には雨粒が当たって流れた後が出来ていた。降り始めたようだ。
窓に映る彼女の顔は、暗くてよく分からなかった。それでも、逃げようとしない手に、私はほんの少し安堵し、そしてふと、今だ、と思った。
彼女の手を取り、彼女を見つめ、今こそ、その言葉を言うべき時だ。
シンプルに、ただ一言を。
私は彼女を振り向いた。
こちらを見ていたはずの彼女は、また俯いてしまっていた。
髪が流れ、彼女の横顔を覆い隠していた。
私は彼女を見つめた。
微笑みながら、彼女が顔を上げてくれないかと待った。
しかし、彼女は顔を上げる気配がなかった。
私は少し考え、言葉ではないもので、伝えようとした。
彼女の指先を、そっと優しく、しかし力強く、握りしめた。
彼女が身を固くした。明らかに緊張したようだった。
指先から伝わる彼女の脈が、早くなる。私の胸もまた、動悸を早めていた。
言おう。
今だ。
息を吸い、口を開けたとき、彼女が身じろぎした。
そして、俯いたまま、自ら、指を絡めてきた。

今度は私が息を飲む番だった。

ああ、そうだ、分かった。知っていた。
彼女の答えは、イエスだ。
そう、もうずっと、彼女はそうだった。
食事だけで終わらないことなど、彼女は昔からお見通しだったのだ。
私は、今日、彼女が欲しい。

15分ほど走ってタクシーは止まった。
その間ずっと、私たちは手を握り合っていた。彼女の指はもう冷たくなかった。
ドアを開けタクシーを降りると、冷たい雨が降り注いだ。彼女の剥き出しの肩が、濡れてしまう。
私は上着を脱ぎ、彼女の頭上にかざした。
「濡れるぞ」
二人で上着をかぶりながら、彼女の部屋まで走った。
タクシーは走り去っていった。

彼女がドアを開け、部屋へ入る。うっかり続いて入りそうになったが、踏みとどまった。
情熱は抑えきれなくなっているが、紳士ではありたかった。
女性からの誘い無しに、デートの後で、女性の部屋に入るわけにはいかない。
彼女は振り向き、言葉を探していた。
「あの、今日は、その、ありがとう、楽しかった」
「ああ、私も楽しかった」
彼女は照れたように小さく笑った。
彼女のそういう笑い方が、私はとても好きだ。
「こんなに楽しいデートは久しぶりだ」
そう言うと、なぜか彼女は黙り込んだ。
入っていいかと、聞くべきだろうか?それはあまりに、直接的すぎないだろうか?
私も迷い、黙り込んだ。

そう、タクシーは、行ってしまった。
私は、どうあっても、このまま帰るわけにはいかない。
彼女が自分から誘うのを躊躇っているのなら、こちらから意思表示してあげるべきだろうか。部屋へ入りたい、と。
話がある、入ってもいいか?
そう言えば自然だろうか。
よし、それにしよう。
口を開きかけたとき、彼女が顔を上げた。

「何か・・・飲んでく?」

シンプルだった。だが嬉しかった。
彼女らしいと思った。
少し意地悪して、何があるか聞いたが、日本のお茶と聞いて、俄然興味がわいた。

「それは是非飲んでみたいな」
笑顔で言うと、彼女はほっとしたように笑った。

ゲンマイ茶とかいう日本のお茶は、少し甘い香りのする不思議なお茶だった。緑茶のようだが、違う。
ネットで見つけたのだという。香ばしいかおりと、ほんのり甘い味わいが、「なんか癒される」らしい。
これは米か何かを煎った香ばしさではないだろうか。
味や香りを分析し始めると、彼女は少し苦笑していた。職業病だから仕方ない。
そしてやがて日本茶についての話になった。
彼女は微笑みながら私の話を聞いていた。時折うつむき加減にカップに目を落とす。
その横顔を見つめているうちに、胸がいっぱいになった。
甘い思いで満たされた。
いつの間にか、私は話すのをやめていた。
気付いたら、彼女に向かって手を伸ばしていた。
「サラ」
ぼんやり顔を上げた彼女の頬に、恐る恐る指で触れる。
彼女は大きく息を吸い、瞼を閉じた。瞼と唇が震えていた。
私の指も震えていた。
その震える指で、頬をそっと撫でる。
彼女の震える吐息が分かる。
やがて目を開いた彼女の瞳は、潤んで煌めいていた。
もう、我慢出来ない。
私は彼女の顎に手をかけた。

ついに、待ち望んだ瞬間がやってくる。
ずっと、そうしたかった。
彼女の唇に、触れたかった。

身を乗り出し、顔を近づける。彼女が明らかに「その体勢」で、目を閉じた。
彼女の唇に、やっと、触れ、・・・

あろうことか、私はそこで急に体が動かなくなってしまった。
冷や汗が出た。
なんてことだ、ギルバート。
この小心者。肝が小さいにもほどがある。
私は茫然と体を戻した。

「は?」

彼女の怒りさえ感じる声に、私はますますいたたまれなくなった。
いや、これは、私が悪い。

「なに?」

彼女の混乱ぶりも仕方ない。

「ああ・・・、すまない、サラ」

思わず謝罪したが、そういう問題ではなかろう。

「どういうこと?」

まずい。完全に怒っている。いや、怒るのは当然だ。いくらなんでも、これはひどい。情けない。

「違うんだ、サラ」

私はしどろもどろで弁解しようとしたが、弁解の余地などないことは分かっていた。

「あなたに拒絶されるたび、傷ついたわ」

それを言われるとつらかった。私が優柔不断だったせいで、何年も彼女を苦しめたことは取り返しようがない。
怒り出した彼女は、私が弁解するたびにヒートアップした。
なぜかソフィアのことでも怒っていた。さすがにそれは訳が分からなかった。

「サラ、聞いてくれ」

泣き出しそうな顔で、ふくれっ面をしている彼女を、なんとか宥めようとした。

「私がずっと・・・、優柔不断だったせいで、君を何度も傷つけたことは、その、本当に申し訳なく思う」
言葉を探して必死で紡ぐ。
何度も大きくため息が出た。

「ソフィアとは何もないし、私は」

彼女をちらりと見る。まだ私を睨み付けていた。

「私は・・・」

そこからまた、言葉に詰まってしまう。
そう、私はまだ、もっとも大切な言葉を、彼女に伝えていない。
それを、言わなければ。
しかしだからこそ、今まで言えないできた言葉だからこそ、私は余計に固まってしまった。
舌が張り付いたように動かない。
いつも、彼女を前にすると、こうなってしまう。
だが今日は、このまま言わないわけにはいかない。
進めると、決めた。彼女との未来を、求めて。

「なに?」

彼女のイラついた声がする。

「なに?」

言わなければ。
彼女が私の言葉を待っていることは分かっているのだから、博打を打つのでも何でも無い。勝ちの見えているポーカーと同じではないか。何も恐れることはない。
しっかりしろ、ギルバート。

「さっき、謝ったのは」

私はだんだん腹が立ってきた。
己の不甲斐なさに、だ。
この期に及んで、何を躊躇した。何を迷った。
迷いがあるのか?彼女を手に入れることに?今さら何を?
大きなため息が出た。
そのため息に乗せて、すべてのためらいが吐き出されるよう、祈りながら。

「この期に及んで、躊躇ったことに対してだ」
「なにを?」
「・・・緊張しているんだ、私も」

そう、緊張だ。
彼女を前にして、自分の思いを伝えようとすると、いつも緊張し、身体が硬直し、喉も舌も凍り付いた。
それは、拒絶が怖かったから?途中からは、それは違う。彼女の思いは知っていた。
そう、私たちは、きっと、ずっと、思い合っていることは、知っていたのだ。
彼女はずっと待っていてくれた。もうこれ以上、待たせられない。

「サラ」
顔を背けてしまっていた彼女を呼ぶ。彼女はむくれながらも、こちらを見た。そんな顔も可愛いのだが、今はそれどころではない。
「サラ、私は」
言葉がつかえる。
だが、私はその言葉を持っている。喉のそこまで、言葉はやってきている。後もう少し、送り出せれば。
彼女がまた怒ったように眉をひそめた。
何かを言いかけた。
しかし、その言葉が私の喉をようやくすり抜けて滑り落ちる方が、ほんのわずか早かった。

「君が、好きだ」

自分の言葉に励まされるように、私は彼女に顔を寄せた。
そして勢いよく、唇を押しつけた。もっと勢いが良すぎたら、彼女の唇を外れていたかもしれない。だが、とりあえず、目測を誤らずに済んだ。
唇を離し、彼女を見つめた。彼女も私を見つめた。潤んだ視線と絡み合う。
柔らかな唇に、もう一度触れたい。
その願いは、彼女の方から、叶えてくれた。
心が、身体が、震えた。
彼女を抱き寄せ、何度も唇を重ねた。
何度も、何度も。痺れるほどに。
思いを重ねられずに過ごした年月を取り戻すかのように、互いの唇で、その思いを語り合った。
「サラ」
乱れていく呼吸の合間に、愛する人の名を呼び、深い口づけを交わす。
彼女の呼吸もまた乱れていた。
「グリッソム」
吐息の合間に呼ばれ、私は少し苦笑した。
さすがに、情事の合間に、それはないだろう。
「ギルバート」
彼女は怪訝そうに私を見た。
「ギルバートと呼んでくれ」
彼女は少し考え、それから照れたように言った。
「ギル・・・ギルバート」
彼女に名を呼ばれ、歓喜がわき上がった。
男というのはかくも単純だ。
もう、抑えられない。
再び深い口づけを求めた。彼女はすぐに応じた。
彼女の身体に身を寄せ、腰に手を回した。
先ほど逃げてしまった肉体の感触を、今度は味わうように、撫でていく。
スカートの裾に指がかかった。一瞬迷ったが、もはや理性は優勢ではなかった。
布の下に指を滑らせる。彼女の太腿を感じた、その時だった。

「ま、待って!」
彼女が突然声を上げた。

「は?」

思わず間抜けな声が出た。
だが、気まずそうな彼女を見下ろし、数回呼吸する間に、私は少しだけ理性を取り戻した。
そして、焦ってはいけない、彼女が望むなら、段階を1つずつでも良い、と考えていたことを思い出した。
そう彼女が望むなら、仕方が無い。

「急ぎすぎか?」

性急に過ぎたかもしれない。わずかに反省し、身体を起こそうとした。

「あたし、そんな子供じゃないわ」

彼女はやや怒ったように言ったが、私はうっかり安堵の笑みをこぼした。

「じゃ、いい?」

我ながら間抜けなことを聞いていると思ったが、正直、もう理性をかき集めるのはかなり難しい状況だった。
願いを込めて、彼女の瞳を見つめる。ライトブラウンの瞳の奥に、確かに宿っている熱を、私は見た。
きっと同じ熱が、私の瞳の奥にも灯っていることだろう。

「・・・その、ベッド、で・・・」

言ってから、彼女は顔を真っ赤にして目を背けてしまった。
一瞬、意味が分からなかったが、すぐに理解した。
ここでは、嫌だ、と。

「もちろんだ」

彼女の身体を優しく抱き起こすと、彼女は素直に従った。まだ恥ずかしそうに目は背けていたが、私の手を取って立ち上がると、意を決したように私を真っ直ぐに見つめた。
そして、そのまま私をいざなった。
彼女と微笑みを交わしながら、寝室へ入った。
暗闇の中で、もう一度口づけを交わし、私はそのまま彼女の首へ、背中へ、キスを落としていった。
彼女の髪を少しよけ、ドレスに指をかける。今度は彼女も制止しなかった。
ドレスがするりと彼女の肩を滑り落ち、背中があらわになった。

「あぁ、サラ・・・」

私は思わず感嘆の息を漏らした。
彼女が私に向き直り、私のシャツに手をかける。
彼女の手が震えているのが分かる。ああ、やはり、なんて可愛い人なんだ。彼女の両手にキスをして、私は自らシャツを脱ぎ去った。

そして、私たちはベッドへ倒れ込んだ。
何年もこらえてきた思いが、ほとばしるように、私たちは抱き合い、求め合った。
初めて聞く、彼女の甘く掠れた、普段よりわずかに高いトーンの声。
暗闇に揺れる白い素肌。
私を抱き締める、指先の強いちから。
すべてが私を煽り、そして彼女を乱した。

とうとう、彼女を手に入れた。
私は満たされていたが、彼女に望む高みを与えられたと分かったとき、かつて感じたことのないほどの幸福感が私の身体を駆け抜けていった。
彼女だったのだ。
短くはない人生を生きてきた。
すべては彼女を得るためのものだったのだと、悟った。