廊下をしばらく歩いて行くと、亜門の部屋に着いた。部屋の前には、想像通り若々しい女の子が立っていた。彼女は長い黒髪を、若干低めの位置でポニーテールにしていた。大人っぽい黒のブレザーとスカートを着ていたが、前髪がいわゆる「アイドル風」だからか、若く見える。亜門たちが近づいてくると、緊張したように、手に持っている大きな白いバッグの取っ手をぎゅっと握りしめた。

「…は、初めまして。勅使川原 幸奈(てしがわら ゆきな)と言います。よろしくお願いします」

ユキナは手短に自己紹介して、お辞儀をした。彼女は声が小さく、体が華奢…というほどではなかったが、あまり戦闘向きの体型とは言えなかった。亜門は軽く咳払いをして、

「えっと…これから君のパートナーになる亜門鋼太郎だ。よろしく」

と言い、ささっと自己紹介を済ませた。すると、篠原が前に出てきた。

「やあ、初めまして。俺は同じく20区で捜査官をやってる、篠原だ。よろしくな」

「あ、えっと、よろしくお願いします」

明るい声で話しかけられたからか、ユキナは少し安堵したような表情で顔を上げた。亜門は彼女とうまく話せない自分を、なんとなく情けなく感じた。

「じゃあ亜門、俺は自分の部屋に戻る。この区は今物騒だから、やることが沢山あってな。お前たちは?」

「あ、そうですね…今日は勅使川原が机に持ち物を移動して、俺は書類整理をするくらいです。今、ちょっと気になる人物が何人かいるんですが、捜索を始めるのは明日になりそうです」

「そうか。頑張るんだぞ、2人とも。じゃあな!」

「はい、また後で」

篠原は2人に背を向け、廊下を歩いて行った。

ーー『頑張る』って…仕事を?それとも、緊張せず、少しは会話しろってことか?

しばらく、2人の間に沈黙があった。ユキナはバッグの取っ手を握ったまま、目線を下に向けた。

「…えっと…じゃあ、入るか」

亜門がそう言うと、ユキナは頷いた。亜門はドアを開けた。部屋は安全のため窓がなかったが、わりと広々としていた。部屋の右側には本棚、中央には低い楕円形のテーブルと薄いモスグリーンのソファが2つあった。ソファは向かい合わせになっていて、一つはテーブルの奥、もう一つはテーブルの手前にある。そして部屋の左側にはL字型の机が2つ、コの字型にくっつけて置いてある。手前の方が亜門の机で、奥の方が真戸のと入れ替えられた、新しい机だ。

「机には見ての通り、引き出しが何段かとパソコンが一人一台ある。奥の方の机が君の机で、その向こう側にある棚には印刷機、部屋の右側にある本棚には各地区のグールなどについての本や資料がある。ソファは仮眠用だ」

亜門の説明に、ユキナはただ「はい」と小さな声で言った。

「えっと…じゃあ、俺は書類整理をするから、勅使川原は机や引き出しにいろいろ置いたり入れたりしてくれ。終わったら、本棚にある20区のグールについての資料を読むか、もしグールの捜索を開始したいなら、目星をつけてる人物の資料を渡すから、言ってくれ」

「はい、分かりました」

そう返事をすると、ユキナはバッグの中から筆記用具やノートを取り出し、机の引き出しに入れ始めた。亜門は自分の椅子に座り、引き出しの中に入れっぱなしだった書類を取り出した。そして1枚1枚に目を通し、机の上にいくつかの山に分けて積み重ねた。ユキナは1時間以内に作業を終え、本棚から何冊か本を取り、静かに読んだ。こうして、2人の時間は会話をすることもなく過ぎていき、いつの間にか夕方になっていた。