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奇妙な感覚だった。うちの壁の向こうが戦場だなんて。いつもなら静かな闇が満ちる窓の外を松明が照らし、バリケードの中の人たちの声や気配が空気をざわめかせていた。
母の膝に顔を埋め、耳を澄ませてわたしはそのざわめきの中にたったひとりの気配を、声を探ろうとした。
ねえジュアン、そこにいるの。その優しい手で、銃を握るの。そのきれいな目で、あなたは今何を見ているの。
*
彼のしてくれるお話が大好きだった。
遠い国々のお祭り。騎士と姫君の恋。妖精や人魚、竜や一角獣。それから沢山の花言葉。彼の話を聴いていると、今いる場所や自分を忘れ、知らない世界に入っていける心地がした。
それから、お話をしてくれているときの彼の横顔もとても好きだった。微笑をためた口元、遠くを見つめるその瞳。けれどずっとその顔を見つめていると、隣に座っているのにその存在が遠く淡く感じられてふと不安になり、わたしは彼にできるだけ身を寄せて今度はその膝の上に緩く組まれた彼の繊細な手を眺めたものだった。
いつの頃からだったろう、彼が繰り返し同じあの話をするようになったのは。瞳を輝かせて、静かな声をときおり弾ませて、彼はわたしの知らない国の話をした。
想像してごらん。この国が、自由の国になることを。王様もいない、身分の差もない。法律だって、みんなで話し合って決めるんだ。誰もが好きな仕事を選び、あたたかい家に住んで、困ったときには助け合う。通りには光と花と人々の笑顔が満ちる、そんな国を。
すてきね。そこには、どんな人たちが住んでいるの。
きみさ。きみときみのお母さんと、お隣のイヴェットさん、お向かいのアンリさん、パン屋のカミーユさん、雑貨屋のクロードさん、ぼくの大家のソフィーさん、それに…
彼はわたしが知っている全ての人の名前をまるで詩の暗誦のように続けた。わたしは物語の中にわたしやわたしの好きな人たちの名前を入れてもらえたことが嬉しくて笑い、そんなときの彼はとても幸福そうで、それなのにどこか少し悲しそうだった。
ああ、今ならその理由がわかる。
母のスカートを強く握り、わたしは嗚咽をこらえた。あのお話の中に、彼の名前は出てこなかった。
To be continued.
