「いえ、あの、そういうわけではない…です」

ユキナは困った顔で、亜門を見返した。

「え、そうなのか?」

亜門は予想外の反応に、少し驚いた。

「えっと、ですね…」

ユキナは慎重に言葉を選びながら話した。

「そもそも、私が捜査官になろうと思った理由は、2つあって…1つは、うちは母子家庭で、中1の時に母が亡くなって…頼れる親戚がいなかったので、高校には行かずに、安定した高収入の仕事はないかと、数年前から教わってた柔道の先生に相談したんです。そうしたら、先生が危険は伴うけど喰種捜査官は常に人員募集してると教えてくれて、その…成り行きで、この歳で捜査官になりました」

ユキナは恥ずかしそうに目線を下げて、付け足した。

「皆さんは、きっと亜門さんの言ったような理由で戦われてると思いますので…皆さんと比べるとお恥ずかしいのですが…」

「あ、いや、そんなことはないぞ!」

亜門は手を振った。

「理由は人それぞれだから、経済的な理由で捜査官になったことを、恥じることはない」

ユキナは少しホッとした顔で見上げた。

「…で、もう一つの理由とは…?」

「あ、これはもっと前の話になっちゃうんですけど…」

ちょうどその時、料理が運ばれてきた。

「お待たせしました。こちらがハムチーズホットサンド、ポテトサラダサンド、そしてホットコーヒーとミルクティーでございます。ごゆっくりどうぞ」

入見は軽くお辞儀をして、カウンターの方に戻った。

「…とりあえず、食べますか」

「ああ、そうだな。いただきます」

「いただきます」

2人はサンドイッチをかじった。

「ポテサラサンド、久しぶりに食べるけど美味しいです」

「うん、ハムチーズホットサンドも、アツアツで美味い」

亜門はコーヒーを飲んだ。

「お、ここはコーヒーがすごく美味しいな」

「そうなんですか。ミルクティーもなかなか美味しですけど、もし今度来たらコーヒーを頼んでみますね」

2人はしばらく食べ続けた。ユキナは半分くらいサンドイッチを食べ終えると、手を休めてまた話し始めた。

「もう一つの理由のことですけど…実は私、小6の時、喰種と遭遇して、見逃してもらったんです」

「えっ!?」

亜門は思わず声を上げた。入見と古間は、カウンターの裏の椅子に座って、会話に耳を傾けながら休んでいたが、今のユキナの言葉で思わず彼女たちの方向を見た。店長も、カウンターに座ってユキナたちに背を向けていたが、ふと顔を上げた。カウンターの奥の壁にもたれていたトーカは、目を見開いたが、目線はまだ足元に向けていた。

ユキナは斜め上を見上げ、小6のあの日の出来事を思い出しながら話した。

「小6の冬のある夜の出来事でした。私は1人で住宅街を歩いてたんですが、そこで、1人の少年と出会いました。その少年は、赤い目をしてて、口に血がついてて…まさに喰種って感じでした。私たちの周りには誰もいなくて、真っ暗で…私は、もう自分の人生はおしまいだって思いました。でも…彼は『なんだかなぁ』って呟いて、ただ私の横を通り過ぎて、その場を去りました」

「『なんだかなぁ』…か…」

亜門は少年の言動と行動の理由について考えてみたが、分からなかった。目を赤くして腹を空かせた喰種が、なぜユキナを襲わなかった?

「あれからずっと、あの言葉が気になって…喰種って、ただニュースで聞いてるよりも、もっと何かあるっていうか、奥深いっていうか…本当はどういう存在なのか、知りたくなって。それで、捜査官になったんです」

「いま捜査官を続けてる理由は、前と一緒なのか?」

亜門の問いに、ユキナはゆっくり頷いた。

「多分…そうですね。先程言ったように、私には皆さんのように高い志を持って捜査官をやっているわけではありません。友人を殺した喰種に復讐しようとも思っていませんし、喰種を全て始末したいなどという気持ちは、ありません。むしろ、本当に始末するしかないのか、って考えるくらいです。なので、まだ、これが本当に自分のやりたい仕事なのかどうかは分からないです。今は、経済的な理由と、もっと喰種について知れば、その…何らかの解決法が見つかるんじゃないかという思いで、捜査官を続けています」

ーー待てよ。

トーカは目線を床から彼女に向けた。

ーー今、彼女は…『本当に始末するしかないのか』って…?