Episode 8 Recollections

AN : オリキャラ登場。/ OC alert.


Chapter 9 Thermite(4)

その夜のシフトに到着するやいなや、サラはグリッソムに呼び出された。
「なに?」
オフィスの入り口で声をかけると、彼も部屋を出るところだった。
「衝突事故の車の持ち主をジムが引っ張ってきた」
並んで廊下を歩き始めながら、サラは尋ねた。
「3人の身元は分かったの?」
「まだだ。少女の検視が3時間後に始まる。アルから連絡があった」
「分かった」
短くサラが答えた後は、沈黙が落ちた。
彼がチラチラと自分を見ているのにサラは気づいたが、敢えて何もコメントしなかった。

「予定通り」ならば、明日サラが非番なので、シフトの後彼女の部屋でデートをするはずの日だった。
彼がどうするつもりか、そして自分がどうして欲しいのか、サラには自分でもよく分からなかった。

署に着いて取調室に入ると、全身にタトゥーを入れた見るからにギャング風の黒人男性がブラス警部の前に座っていた。
「鑑識のギル・グリッソムと、サラ・サイドルだ」
グリッソムが名乗って椅子に座る。
サラはブラスが立ち上がって開けた椅子に遠慮がちに腰を下ろした。
「こちらは、ブランドン・ハント、27歳。スピード違反が3回、なかなかチンケなギャングだ」
ブラスが男を二人に「紹介」した。
「俺は自分で手を汚さねえんだ」
男は得意そうに言った。
「さて、ブランドン。車を誰に貸した?」
ブラスが机に片手を付いて尋ねると、男は椅子にふんぞり返りながら腕を組んだ。
「さあねえ。ダチに使いたきゃ使えと鍵を渡してあっから」
「じゃあそのダチの名前を全部言え」
「俺友達多いんでね。全部は覚えきれねえんだわ」
大袈裟に両手を広げてアピールする男に、ブラスは鼻を鳴らした。
「友達の名前も覚えられないくらいのおつむしか無いんか、可哀想に」
「うるせえ」
「いいから思い出せるだけ書け」
ブラスがメモ用紙とペンを男に向かって押し出す。男は冷笑を浮かべ、
「やだね」
舌をチラリと出して見せた。
「おまえの車から、死体が出てるんだ。このままだと殺人の共謀ってことになるぞ」
「俺は何も知らねえ」
ブラスは鼻で笑い、そしてサラを視線で促した。
サラは綿棒を取り出しながら、立ち上がった。
「DNAの採取にご協力いただけますか」
蓋を開け、綿棒を男に向かって差し出す。
「俺はしゃぶるのは好きじゃ無いんでね」
男は顔をサラの前に近づけながら、からかうように言った。そして、上下に視線を走らせて、舌なめずりをした。
「もっとも、あんたのならしゃぶってあげてもいいぜ?」
サラの目元がピクリと引きつる。グリッソムが腹立たしげに椅子の上で身じろぎをした。
「おい、捜査官を侮辱するな」
ブラスが強い口調で男の肩を押し返したとき、取調室のドアが勢いよく開く音がした。
「警部、今のはなんです?取調中の暴力で訴えますよ」
額の汗を拭いながら入ってきた男は、白人で40代半ば、黒髪は頭頂部がすでに薄くなりかけていて、背が低く、貧相な顔つきながら体は小太りで、でっぷりとお腹が出ていた。
「ブランドン、すまないな、遅くなって。今日は忙しい」
振り返って男の顔を確認したサラは、唇を噛んで俯いた。
「やあCSIサイドル。ケンの聴取の担当かと思ったのにいなかったから、今日は会えないかと思ったよ」
「ロイ・マッケンジー」
苦々しい声で言ったのはブラスだった。
捜査官達から嫌われている弁護士は、当然ながら刑事達にも人気は無かった。
サラは綿棒を途中で折ると、ゴミ箱に投げ入れた。
「おや?本人の承諾も令状もなしに、DNA採取を強制しようとしたのかな?」
わざとらしく話しかけるマッケンジーを無視して、サラはグリッソムを見た。
「あの、グリッソム。悪いんだけど、あと、お願いしていい?」
グリッソムは怪訝そうにサラを見た。
「どうかしたのか?」
「あー、ちょっと、その、用事思い出した」
「は?」
「ごめん、お願い」
彼から視線を逸らし、サラは大股で部屋を出ていった。
グリッソムは不審そうにブラスと視線を交わした。
マッケンジーはブランドンと何かこそこそと会話しながら、サラが出て行った扉を見ていた。

************

サラが休憩室に入ると、キャサリンがコーヒーを飲んでいた。
「ああ、サラ。ケン・バークリーは落ちたわ。豚箱行き。ケースクローズド」
「そう、おめでとう」
半分上の空で返事をしながら、サラは自分のコーヒーを入れた。
「でもマッケンジーが出てきた以上、これからが大変よ」
コーヒーを飲みながらキャサリンが言った。
「そうね」
「あいつがいるとホント裁判が面倒くさいことになるんだから」
「ええ」
机に戻ってキャサリンの向かいに腰を下ろしたサラは、コーヒーを一口飲んで、キャサリンの探るような視線に気づいた。
「なに?」
キャサリンは何かを言いかけて、だが首を小さく横に振った。
ふとサラは、思い出したように言った。
「ああ、マッケンジーなら昨日の事故にも絡んできた」
「あら最悪。ギャングがらみだったの?」
「少なくとも、車のオーナーはね」
ふーん、とキャサリンは回転椅子を揺らした。
「スネークバックス、最近調子づいてるみたいね」
鼻に微かに皺を寄せて、キャサリンが言った。
「ベガ達は抑え込もうと躍起になってるみたい」
ギャング団の横暴と警察の取り締まりは、いつもいたちごっこなのだが、それでも警察は出来ることはやっている。
サラは刑事課の刑事達に少し同情していた。
「今後、増えるかもね。スネークバックスがらみ」
キャサリンがまた椅子を揺らしながら、サラを伺うように見て言った。
「そうね」
答えてから、サラはそれがもたらす影響について考え、一抹の不安を感じた。

・・・あたしのことが、何か影響するだろうか?
彼らを調子づかせる原因に、なったりするだろうか?

サラは自嘲気味に苦笑した。
いや、考えすぎだ。捜査官は彼女一人では無いし、彼女が一人抜けたからと言って、ギャング団にとって好都合になるほどのインパクトがあるとは思えない。
もう一度首を振って、サラはコーヒーを飲もうとした。
「ね、サラ」
キャサリンが身を乗り出して、静かに話しかけてきたので、サラは口元に運んだマグカップを戻した。
「なに?」
「エクリーに聞いたんだけど」
真剣な面持ちで切り出したキャサリンの言葉は、休憩室に踏み込んできた声に中断された。
「サラ」
強い口調で呼ばれ、サラは振り向いた。分かってはいたが、グリッソムだった。
彼はサラのマグカップに目を落とし、それから彼女を睨むように見た。
「・・・聴取を抜け出すほど重要な『用事』は、終わったようだな?」
皮肉な物言いに、サラはカッと頭に血が上るのを感じた。
しかし、奥歯を噛みしめて、かろうじて言葉を飲み込んだ。
グリッソムから視線を逸らし、サラはマグカップに両手を添えた。その手はイライラとカップの側面を叩いていた。
休憩室に気まずい沈黙が降りる。
キャサリンは興味深そうにグリッソムとサラを見比べていた。
「どういうことか、説明しろ」
しばらくして、グリッソムが言った。静かな声だったが、それは命令だった。十分に威圧的だった。
サラはしばらく躊躇したが、諦めて口を開きかけた。
その時、サラの携帯電話が鳴った。サラはほとんど本能的にその電話に出た。
「サイドル」
電話の声の主が何を言っているかは集中出来ずあまり聞き取れなかったが、誰が相手かは分かった。
「分かった」
サラは強制的に電話を切ると立ち上がった。
「ホッジス。行かなきゃ」
グリッソムを見ないまま、サラは逃げるようにして休憩室を出て行った。
盛大に溜め息をついたグリッソムは、何か言いたそうにコーヒーを飲みながら彼を見上げているキャサリンに気づいた。
「なんだ?」
「また喧嘩?」
「違う」
グリッソムは鋭く遮った。
「じゃ、何があったの」
グリッソムはキャサリンに背を向けると、黙って紅茶の準備を始めた。
紅茶を淹れ終わって、キャサリンの隣にイライラと腰を下ろす。眼鏡を外して眉間をほぐしながら、グリッソムは紅茶を何口かすすった。
しばらくして、もう一度小さく溜め息をつくと、グリッソムは口を開いた。
「参考人の聴取中、サラが『用事がある』と言って出て行ってしまったんだ。聴取を放棄なんて、彼女らしくない」
「・・・随分下手な嘘ね」
眉を上げながら、キャサリンが言った。
「彼女は嘘が下手だ」
僅かに驚いて、キャサリンはグリッソムを見た。勿論チームみんながそのことは知っているが、グリッソムの言い方に違和感を覚えたのだ。
・・・とても、優しい声色に感じた。先ほど彼女に「命令」したときとは、随分違う声だった。
その違和感を追跡しようとしたキャサリンだが、ふと別のことが頭に浮かんで、それはどこかへ消えてしまった。
「どうもー」
グレッグがお気楽な様子で入ってきてコーヒーポットに向かったが、そんなことにはお構いなしに、キャサリンは身を乗り出して言った。
「もしかして、弁護士が入ってきた時じゃない?」
グリッソムはキャサリンをまじまじと見た。
「ああ、そうだ」
「ロイ・マッケンジー?」
「ああ」
眉を顰めて、グリッソムは頷いた。
なんともやりにくい相手だ。結局、申請してあった令状が届き、DNAと指紋の採取は出来たのだが、単純に見えた事件も彼が出てくるといつもややこしくなる。
「エクリーに聞いてないの?」
キャサリンの不審そうな声に、グリッソムは彼女を見つめた。
「何をだ?」
「マッケンジーが出てきたら、サラは聴取に立ち会わないって」
グリッソムはカップを机に勢いよく置いた。
「なぜだ?」
その声はすでに怒りに満ちていた。
「さあ。詳しくは訊いてない」
グリッソムは目をつり上げると、眼鏡をかけ直して腹立たしげに立ち上がった。そして大股で部屋を出ていった。その大きな足音が、彼の怒りを如実に表していた。
「・・・サラと、弁護士が、どうかしたの?」
グレッグが興味津々でキャサリンに話しかけてきた。
「さあ。よく分からないけど」
「特定の弁護士の聴取から捜査官が外れるって、よくあることなの?」
まだ弁護士との対決には経験が浅いグレッグは、無邪気そうに聞いた。
「ないわよ。こんなこと初耳」
「へえー」
グレッグは自分のマグカップを見つめた。
「政治的理由だとか何とか、エクリーは言ってたけど」
「ふうーん」
考え込むグレッグを、キャサリンはチラリと見つめた。それから時計を見て、静かに休憩室を出て行った。
一人になったグレッグが、不意にニヤニヤと笑い始めたのを見た者はいなかった。

************

「コンラッド」
嵐のように駆け込んできたグリッソムを、エクリーはやや驚いて見上げた。
「なんだ、ギル」
「どういうことか、説明しろ」
「何の話だ」
「サラとロイ・マッケンジーのことだ!」
グリッソムの剣幕に、エクリーは片手を上げた。
「ドアを閉めろ」
静かに命じ、エクリーはグリッソムに椅子に座るよう促した。
しかしグリッソムは座らず、ドアを乱暴に閉めると再びエクリーに詰め寄った。
「聴取から捜査官を閉め出すなんて、何を考えてるんだ!?」
「落ち着け、ギル」
「納得のいく説明をしろ!」
「彼女が自分から言ったんだ!」
思わずエクリーも声を荒げた。
グリッソムはショックを受けた顔をした。
「なぜだ」
呆然として言うグリッソムに、エクリーは分厚いファイルを手渡した。
「マッケンジーからサイドルへの苦情の束だ」
「・・・彼がクレームを付けるのはサラにだけじゃ無い」
「彼女は人一倍多くもらってる」
「・・・マッケンジーだけからじゃないだろう、それは」
「よく知ってるようだな」
グリッソムは力が抜けたように、ソファに座り込んだ。
「しかし、だからといって、・・・聴取に立ち会わないなんて、なぜそんなことを彼女が言い出す必要があるんだ。君が何か言ったんだろう」
まだ静かな怒りを秘めたまま、グリッソムはエクリーを見た。
「一番上の書類を見ろ」
グリッソムはイライラとファイルを開いた。
さっと読んで、グリッソムは顔色を変えた。
エクリーはそれを見て、彼が納得してくれたものと思った。
「それで、彼女に警告をしようと呼んだ。そしたら彼女が自分から、しばらくマッケンジーからは手を引くと言ったんだ。分かってくれたか?」
「違う、コンラッド」
グリッソムの声は、いっそう怒りを増していた。
「そのやり方は間違ってる」
グリッソムは立ち上がりながら、書類をエクリーの胸に押しつけた。
「これでは脅しに屈したのと同じことだ」
「だが彼女は自分で、『関わればトラブルを起こさない自信は無い』と言ったんだ。自らの意思なんだ。私にはどうしようもない」
「私は認めない。直属の上司として、その提案は却下する。彼女は担当する事件の全ての聴取に、今後も立ち会う。立ち会わせる。いいな」
エクリーは呆れたように溜め息をついた。
「いいのか?遅かれ早かれ、サイドルは訴えられることになるぞ?彼女の苦情の多さが明るみに出たら、市は彼女を守る労力を費やすと思うか?」
「私は惜しまない」
「君まで共倒れになるぞ」
「だからなんだ。私が部下を守る」
「なあ、ギル。冷静になってくれ。彼女のせいで、君のキャリアを潰していいのか?友人として、心配して言ってるんだ」
グリッソムは冷笑を浮かべた。
「君が同僚の心配を出来る器があるとは知らなかった」
「ギル」
エクリーもまた、冷たい声を出した。
「彼女は君を守るためにそうすると言ったんだ。彼女にしては、健気じゃ無いか。彼女の意思を尊重すれば、全てが丸く収まる。なあ、しばらく様子をみてくれ」
グリッソムの顔に一瞬、別の表情が浮かんだ。それは困惑であり、そして不安でもあった。
エクリーはそれを怪訝に見たが、それはすぐに消えて、また怒りが浮かんだ。
「マッケンジーが、これをどう捉えると思う?これが、弁護士界に広まったらどうなる?そこまで考えたのか、コンラッド?」
エクリーは僅かに躊躇った。
グリッソムは首を横に振って言った。
「この方法は危険だ。サラにも、ラボにも、警察組織にとっても」
そして、オフィスを出て行った。

************

グリッソムは検視室へ向かっていた。アル・ロビンスによる少女の解剖が始まるからだった。
サラに時間は伝えてあったが、彼女が来るか彼は疑問に思っていた。だから、検視室に彼女がいるのを見たときは、僅かに驚いた。
「やあ、ギル。始めたとこだ」
顔を上げたロビンスに軽く挨拶を返して、グリッソムはサラを見た。サラは彼を振り向いたが、何も言わずに検視台に向き直った。
彼女の全身から立ちこめている拒絶の気配に、グリッソムは秘かに溜め息をついた。
「後で話がある」
静かに隣に立ち、グリッソムもまた、検視台に注視したままで言った。
サラがごく僅かに身じろぎをしたのが分かった。
「これが終わったら、私のオフィスに来なさい」
サラは返事をせず、ただ小さく息を吐いた。
二人の緊迫した気配に、ロビンスは面白そうに眼鏡の奥から二人を見比べていたが、検視台に注目している二人には、それに気づくチャンスはなかった。

「少女は至って健康。血液サンプルはTOXに送ってある。簡易検査ではアルコールが少量出ているが、急性アルコール中毒のレベルにはほど遠い」
内臓を全て丁寧に取りだした後で、ロビンスは言った。
「死因は?」
グリッソムが尋ねた。
「今のところは不明だ。直接的には心臓発作と言えるだろうが」
「心臓に持病が?」
「いや、10代の健康な心臓だ」
「身元は?」
ロビンスが首を振る。
「指紋もDNAもヒット無し」
サラが短くコメントし、それからやや躊躇いがちにロビンスに尋ねた。
「・・・レイプは」
「ない。処女膜も綺麗だ」
僅かに安堵して溜め息をつくのを、グリッソムはちらりと見た。
「まだこんなに若いのに・・・」
明らかにまだ10代半ばほどの少女の髪に触れようとして、サラは指を引っ込めた。
それから少し中腰になって少女の髪を覗き込んだ。
「赤毛をブロンドに染めてるのね」
「そのようだな」
「染めてすぐみたい。少しもらっていい?」
「ああいいとも」
ロビンスが髪を抜き取ろうとすると、サラがそれを止めた。
「頭皮も」
サラの要求に、ロビンスは肩をすくめた。
「洗ってしまったぞ」
「それでも、一応。染めたばかりだから、浸透した溶剤が残ってるかも」
「分かった」
ロビンスは頭皮の一部をカットすると、ガラス瓶に入れてサラに手渡した。
「染めた美容院が分かればいいんだけど」
ロビンスは検視台を回り込み、少女の腕を交互に取り上げた。
「全身にあざや怪我は無い。防御創も無し。爪の間に、繊維のようなものが僅かにある。採取はもうした」
棚から別の証拠袋を取り上げて、ロビンスはサラに手渡した。
「考えられる死因は、急性薬物中毒か?」
グリッソムが尋ねた。
「TOXの結果を見ないことには、なんとも」
「ヘンリーを急がせるわ」
グリッソムとサラはロビンスに挨拶をして、検視室を出た。
二人はしばらく黙って歩いていたが、
「これ、届けてからオフィスに行く」
手にした証拠を持ち上げて見せてから、サラは早足でグリッソムの側を離れていった。
グリッソムは静かに息を吐いた。


TBC.