Episode 8 Recollections

Spoilers : S6#12(哀しいライバル/Daddy's Little Girl)

AN : 少し長めのチャプターです。ついに、あの台詞が登場。


Chapter 10 Thermite(5)

サラがグリッソムのオフィスに入ったとき、グリッソムは立ち上がって本棚を見ているところだった。
グリッソムはノックの音に振り向き、サラだと分かると、視線で机の前の椅子を示した。
サラはややふて腐れた様子で椅子に近づき、乱暴に座ると、足を組んだ。肘掛けに右肘を突き、顎を乗せてグリッソムを待った。
グリッソムは扉を閉めて机に向かったが、椅子には座らず、彼女の真正面に立つと机に寄り掛かった。
頬杖をついて下を見ているサラを、グリッソムは腕を組んでしばらく見ていた。
そして、やがて静かに話し始めた。
「エクリーと話した」
サラはちらりと上目遣いで彼を見たが、またすぐに下を向いた。
「経緯は分かったが、そうする必要は無い」
サラは荒々しく息を吐いた。
「じゃ、どうすればいいの?」
グリッソムは肩をすくめた。
「いつも通りやればいい」
サラは頬杖を外すと、首を横に振った。
「あたしマッケンジーとトラブルを起こす自信がある」
グリッソムは思わず肩を揺らして笑った。
「正直だな」
「笑い事じゃ無い!」
目を剥いて抗議するサラに、グリッソムは取り合わなかった。
「彼とトラブルを起こすのは君だけじゃ無い」
「次は告訴するって脅されてるのは私だけでしょ!?」
グリッソムは頷いた。
「そう、脅されてる」
サラは何か言いかけた言葉を飲み込んだ。
「君がしていることは、その脅しに屈したのと同じことだ」
再び口を開き、何かを言いかけて、またサラは言わずに口を閉じた。
「マッケンジーはどう思うかな。彼が弁護につけば君が出てこないと知ったら」
サラはまた俯いた。
「噂が広まったらどうする?君を訴えると脅せば、君を聴取から外すことが出来ると弁護士界隈に知れ渡ったらどうする」
サラがイライラと足を組み替える。グリッソムは静かな声で続けた。
「そして他の捜査官達にも同じ手を使い始めないと言い切れるか?」
彼女の口元が震えた。
「すぐにこっちの捜査に支障を来すことになるぞ。この方法は良くない。意味が無い。脅しに屈したという点でも最悪だ」
「じゃどうしろって言うのよ!?彼とトラブルを今後いっさい起こさないでいるなんて無理!絶対無理!」
サラは椅子から立ち上がったが、グリッソムは冷静だった。
「訴えられて、困るのは誰だ?」
サラは怪訝そうにグリッソムを見た。
「それは・・・」
答えようとして、サラは言葉に窮した。

少なくとも、サラ自身は、別に困らない。
それで職を追われたって、別に構わない。他に仕事は、いくらでもある。
彼女が自分の心配をするような人間では無いことは、彼もよく知っているはずだ。
・・・誘導される。サラは奥歯を噛んだ。

「君が心配してるのは、市が訴えられることか?」
サラは首を横に振りかけたが、慌てて途中で止めた。だが所詮、無駄な抵抗だった。
彼女が組織の体面を心配するわけがないことも、彼はよく知っている。
「エクリー?」
「まさか!」
「じゃあ何を心配してる?」
「・・・別に」
「ならなぜ聴取を辞退する必要がある?」
サラはイライラと室内を歩いた。
小さく何度も首を振るサラを、グリッソムはしばらく黙って見ていたが、やがて腕を解いて言った。
「部下が上司を庇う必要は無い」
サラは足をぴたりと止めた。そしてその場で項垂れた。

やはり、当たっていた。
グリッソムは肩で息を吐いた。

「君を守るのは、私の仕事だ」
サラが頑固に首を振るのを、グリッソムは優しく見つめたが、サラはその視線には気づいていなかった。
「君が上司の私を守る必要はないんだ」
「あたしが守りたいのは、上司のあなたじゃない!」
顔を反射的に上げて言い放ってから、サラは後悔したように唇を噛んだ。
「あ・・・ごめんなさい。今、言うべきことじゃ・・・」
俯きながら言うサラに、グリッソムは肩をすくめてみせた。
「いいんだ。そんなに綺麗に割り切れる問題じゃ無い」
しかしサラは首を横に振り続けた。
「いいえ、今はダメ」
「サラ」
グリッソムの制止を無視して、サラはまた部屋の中をウロウロと歩いた。
「とにかく、少し、様子を見るだけ。弁護士界に知れ渡るなんて、大袈裟よ。考えすぎ」
「そうかな」
グリッソムは静かに言った。
「そうよ。マッケンジーだって気づくかどうか分からないじゃ無い」
「今日あんな出て行き方をして、彼が何も感じないと思うのか?」
「でも、」
サラが言い返そうとしたとき、オフィスのドアを慌ただしくノックする音がした。
二人が同時にそちらを見ると、ガラス製のドアの向こうで、大きく身振りをしているホッジスとヘンリーが見えた。二人はなぜか、お互いのポジションを奪い合うように争っていた。
サラが大股でドアに向かうのを見て、グリッソムは慌てて声をかけた。
「サラ、まだ話は終わってない」
サラは聞かず、ドアを開けた。そしてホッジスとヘンリーを押しのけて出て行こうとした。
「君にも聞いてもらいたいんだけど」
「あ、サラも聞いて」
ホッジスとヘンリーが同時にサラを止めた。
「ボクが先!」
「僕が先だよ!」
二人が言い争いを始める。
グリッソムが
「そこの二人!」
やや強い口調で窘めた。
二人はお互いを押しのけ合っていた動きをピタリと止めた。
「ヘンリーから」
グリッソムが体を起こしながら言うと、ヘンリーがにんまりとホッジスに向かって笑ってみせた。ホッジスががっかり肩を落とす。
ヘンリーはそれから、慌てて咳払いをして、サラにレポート用紙を渡した。
「後部座席から出た遺体のTOX検査結果持ってきたよ」
サラはさっと紙面を眺め、眉をひそめた。
「オンパレードじゃない」
「そ。いわゆる混合カクテルってやつ、やったんじゃないかな」
サラはチラリとグリッソムを振り返った。
「複数のドラッグが高濃度で出てる。やっぱり死因は、急性薬物中毒?」
「だろうな」
「ロビンス先生に知らせる」
グリッソムは頷き、
「ホッジス」
ふて腐れているトレース分析官を促した。
彼はピンと背筋を伸ばすと、咳払いをして、グリッソムを見ながら話し始めた。
「その被害者の毛髪と頭皮の検査結果だけど」
「ブリーチの溶剤、特定出来た?」
サラが勢い込んで聞くと、ホッジスは恨めしそうにサラを見た。
「あー、それは無理だった」
「やっぱり」
がっかりするサラを無視して、ホッジスはまたグリッソムを見た。
「だけど、毛髪の状態から、被害者は薬物中毒ではなかったようだね」
「そうなの?」
またもサラに身を乗り出され、ホッジスはサラを睨み付けた。
「なに?」
視線に気づいて、サラもホッジスを睨み返す。
とはいえ、これはサラはほとんどわざとやっていた。
「あー、」
ホッジスが何か言いかけたとき、
「ホッジス。レポートをサラに渡して、自分のラボに戻れ」
近くまで歩いてきたグリッソムが言った。
ホッジスは渋々、レポート用紙を差し出した。
グリッソムに向かって。
グリッソムはホッジスの手を見つめ、それから小さく首を傾げて、サラの方を指さした。
イラついたように息を吐いて、ホッジスはサラに紙を押しつけるように渡すと、くるりと体の向きを反転させた。
ホッジスとヘンリーが離れていくのを見送りながら、サラは思わず呟いた。
「あたし、絶対ホッジスには知られたくない」
それからグリッソムをちらりと振り返り、彼が眉を面白そうに引き上げているのを見た。
「あー、これ、ジムに伝えてくる」
僅かに気まずそうに言って、サラは部屋を出ていこうとした。
「サラ、話はまだ・・・」
グリッソムは慌てて声をかけたが、ちょうどそのタイミングで彼の携帯電話が鳴った。
サラは少し振り向きかけていたが、グリッソムが携帯を取り出すのを見ると、肩をすくめて、そのまま歩いて行った。

************

サラはグレッグと警察署内をブラス警部を探して歩いていた。
ブラスから、衝突事故の負傷者のうち、運転手の方が退院したので聴取するという連絡があり、それに同席するためだった。助手席にいた少年の方が重傷で、まだ病院を出る許可が出なかった。
グレッグは、3重殺人がW不倫の結果によるもので被害者の妻がすぐに自供したためスピード解決し、手が空いたのでサラの聴取を見学するという名目で付いてきていた。
「ジム!」
やっと彼を見つけ、サラとグレッグは振り向いた警部に足早に近づいた。
「やあ、待っていたぞ」
「被害者の死因が確定したわ」
「ロビンスからも聞いた。身元はまだか」
「ええ。行方不明者リストで顔認識をアーチーにかけてもらったけど、ヒット無し」
「そうか。運転手が何か吐けばいいがな」
「警部なら、お手の物でしょ?」
グレッグが冷やかし気味に言うと、ブラスはおおっぴらに苦笑いをした。
「それがなかなか厄介なことになりそうでな・・・」
首を傾げるサラとグレッグを、ブラスはいったん、取調室の隣の部屋に通した。
部屋に一歩入って、マジックミラーの向こうを見た途端、サラは足を止めた。ブラスが苦笑いした理由が分かった。
「あー・・・」
サラは俯き、一瞬考えた。
それから、資料とキットをグレッグに押しつけた。
「グレッグ、あなたやって」
「は?」
グレッグが目を丸くする。
「いいの?」
「この間もやったでしょ。手順通り、お願いして、DNA取って、指紋採取するだけ」
サラは急いで廊下に戻った。
「サラは?」
グレッグが慌てて追いかけてくる。
「どうしたんだ、サラ?」
ブラスも不審そうにサラを呼び止めた。
「あたし、ちょっと、その、お腹が・・・痛くて」
ブラスとグレッグは顔を見合わせた。
「顔色は、良さそうだけど?」
グレッグが言うと、
「とにかく、お願い!」
サラはそう言って踵を返そうとした。視線が一瞬、取調室の入り口から中を捉えた。
ちらりとロイ・マッケンジーの顔が見えた。
彼も顔を上げて、サラを見た。
そして、したり顔で笑った。

・・・ああ。
サラは肩を落とした。
もう、感づかれてる。間違いない。
・・・グリッソムの言う通りだ。これは、続けられない。

「お願いね」
サラはグレッグの腕にそっと手を乗せて言うと、もう一度、ブラス、グレッグ、そしてマッケンジーを見て、その場を離れた。

************

明け方近く、別の事件発生の一報を受け、夜番チームのグリッソム、ウォリック、サラそしてグレッグは現場へ向かった。
午前4時だというのにガレージで作業をしていた若い男性が殺害されたという事件だった。
通報者は女性二人で、うち一人とその男性はその家で同居していたとのことだった。もう一人の女性は、クラブ帰りに寄ったのだという。
「三人だと、たいてい一人邪魔者になる」
グリッソムはそう「経験談」を話した後、「実体験ではなくてこれまでの捜査経験だ」、と言い訳しようとして周囲を見回した。
幸か不幸か、サラは近くにいなかった。

サラはグレッグと室内の捜索を終え、ラボに戻った。関係者の一人、ビアンカは異常な掃除魔で部屋中を漂白剤で掃除しており、偽陽性の反応に手間取ったが、グレッグが漂白漏れの血痕を発見していた。
美女二人と被害者アーレンの関係を羨ましがるような発言をしていたグレッグは、ウェンディにもう一人の女性「チェルシー」がビアンカの母だと知らされると、目を白黒させていた。
チェルシーは富豪のハリー・デズモンド、通称ハッピー・ハリーの若き妻で、ビアンカはその娘だったのだ。
母娘とアーレンとの関係が分かった後、サラはウォリックともう一度被害者が発見されたビアンカの家へ向かった。ビアンカから話を聞くためだ。母と関係を持った彼氏と、いったい何があったのか。
しかしそこで見つけたのは、暴行を受けソファに横たわるビアンカだった。
その目の痣。切れた唇。
何があったか、一瞬で分かった。
ビアンカは、誰に殴られたのか言おうとしなかった。サラには確信があった。彼女を殴った犯人こそ、アーレンを殺した男だと。
そう、男だ。
確信があった。
女を殴って服従させる、男のやることだ。
彼女がなぜその犯人を庇うのか、サラには共感出来なかった。
ビアンカはサラに、アーレンとチェルシーの関係をなぜ父に話したのかと責めた。両親が不仲になるのを恐れているのだろうか。そうまでして、両親には一緒にいて欲しいと、子供は願うものなのだろうか。
それとも、その男に、未練や断ち切れない情が、あるのだろうか。
いずれにしても、サラには共感は出来なかった。

なぜ、暴力を振るう相手から、女は逃げられないのだろう。
なぜ、踏みとどまり続けるのだろう。
なぜ、彼に愛されていると、思い続けられるのだろう。
なぜ、彼への愛がいつか彼を変えると信じられるのだろう。

なぜ、母は。
殴られ、蹴られ、鼻を折られ、腕を折られ。
それでも、父との結婚生活を続けたのだろう。
酒に逃げ、追い詰められて、狂気に走るまで、なぜ、人は逃げ出せなくなるのだろう。
病院からラボへ戻る車の中で、サラは一人、答えの出るはずのない問いを、繰り返していた。

ラボに戻ると、サラは病院で受け取った証拠を分析に回し、休憩室へ向かった。
その道中、グリッソムのオフィスの前まで来たとき、サラは敢えて中を見ないように俯いて通り過ぎようとした。
・・・今朝は、本当なら、デートの日だった。
彼からは、何も連絡が無かった。
事件の捜査をしているのだろうとは思ったが、一言も連絡が無かったのが、思った以上に辛かった。
だが、時間が欲しいと、彼に距離を置いて欲しいと頼んだのは、サラの方だ。
文句を言う方がきっとおかしいのだ。もしかしたら、忘れていただけかも知れないし。
そんなことを自分に言い聞かせながら歩いていたから、
「サラ」
彼の声に名前を呼ばれたとき、思いがけないほど胸がドキリとした。
パッと振り向いてグリッソムを見る。サラは足を止めた。
グリッソムもまた足を止め、何かを言いかけて、それから怪訝そうに彼女を見つめた。
「・・・なに?」
「何をしてる」
「・・・仕事」
「今日はオフだろう」

そう。じゃあ覚えてたんだ。
言いがかりを付けそうになるのを、サラは咄嗟に飲み込んだ。

「事件が山積みだし」
グリッソムは首を少し傾けた。
「今月は残業時間たっぷり残ってるからいいでしょ」
そう言うと、サラは背を向けてグリッソムから離れた。

コーヒーをサーモカップに入れて会議室へ向かうと、グレッグが資料を広げていた。
「グレッグ、衝突事故の運転手の聴取は、どうだった?」
「身元は分からず。DNAと指紋採取したけど、今のところヒット無し。後部座席にいた少女についても、知らないの一点張り」
「そう・・・」
サラは溜め息をついた。
「あ、でも、助手席にいたのは通称ハリーだっていうのは、ポロリしたよ」
「ポロリ」
サラは思わず小さく笑った。
「そ。弁護士が慌ててた」
「でしょうね」
椅子に座りながらコーヒーを飲み始めたとき、ウォリックが入ってきた。
「よお。ビアンカ、何か喋った?」
サラを見るなり、ウォリックが聞いてきた。
サラは首を振った。
「いいえ。レイプ検査も拒否」
「そっか」
ウォリックは資料を机に広げた。
そのまま三人で、事件のブリーフィングを行っているうちに、配線業者トム・ハーパーの作業記録について、ウォリックが気づいた。書類に記録された作業日付は、日曜日のものだったのだ。
ふとサラはあることを思いついて、書類を借りると、文書ラボに急いだ。
日付を書いたインクの成分の違いを証明出来れば、日付が偽造だと証明できる。
偽造なら、トム・ハーパーの行動を洗う必要がある。
結果が出るまでの間に、サラは関係者の通話記録を総ざらいしてみることにした。
彼が犯人なら、ビアンカと連絡を取り続けていたはずだ。
サラはまずその着眼点で資料に印を付け始めたが、ふと、その途中であることに気づいた。
むしろキーはビアンカの通話記録だった。
果たして、偽造された日付は、本当は12月ではなく2月だと判明した。サラは自分が色分けした資料でその日付の前後をもう一度確認し、そして確信した。

「ビアンカは、恋多き乙女なの」
レイアウトルームに集まったグリッソムとウォリックに、サラは蕩々と説明した。
トム・ハーパーが実際にビアンカの家で作業をした2月から6月まで、ビアンカからハーパーへの通話が集中していること。
その通話がまばらになってきた頃に、まるでクロスフェードするように別の恋人への通話が増え始め、それがまたまばらになった期間の間に、ハーパーへの通話が数回あること。
全く同じように、その後アーレンが登場し、彼が殺害される数日前に、再びハーパーへの通話がオーバーラップしていること。
「ハーパーに電話をすると事件が起こる」
言ったのはウォリックだった。
サラがウォリックに頷きかけたとき、グリッソムが言った。
「テルミットだ」
「テルミット?」
サラは思わず聞き返した。
それが何なのかは勿論知っていたが、彼がここでそれを例えた理由が分からなかった。
グリッソムは説明した。
無害なはずの2つの物質、アルミニウムと錆をプレスして加熱すると、コントロール出来ないほど強力に爆発するのだと。
「ひたすらに燃え続けて、自らを焼き尽くし、後には何も残らない」
サラは彼の説明を聞きながら、ふと思った。

彼はこう、言いたいのだろうか?

「結ばれてはいけない二人」

グリッソムがサラを見た。
その瞳には、彼女の発言の真意を探るような色があった。
サラは視線を外し、
「・・・ジムに知らせてくる」
レイアウトルームを出て行った。

************

トム・ハーパーは母チェルシーの依頼でビアンカの恋人達を脅し、結果的にアーレンを殺したのだと自供した。
サラ、ウォリック、グレッグは、チェルシーとビアンカの母娘関係について、思い思いに感想を述べあいながら、書類仕事をしていた。
キャサリンが会議室にやってきたとき、ほんの少し元気が無いように見えたが、三人は何も言わずに黙々と作業を続けた。
「ケリー・ゴードン」
突然、キャサリンが言った。
「覚えてる?」
三人はふと顔を上げ、見合わせた。
気づいたのはサラだった。彼女を聴取したのは紛れもないサラ自身だった。
「・・・ニックの」
サラの掠れた言葉に、ウォリックの顔色がさっと変わった。
「そう。誘拐犯の娘」
三人は再び顔を見合わせた。
「死んだわ。ニックの目の前で」
ウォリックが椅子から立ち上がった。
「どういうこと?」
キャサリンは溜め息を深々とついた。
「私とニックが担当した、会計士の轢き逃げ?事件。彼女が犯人だった」
「どうして死んだの?」
グレッグが視線を泳がせながらキャサリンに尋ねた。
「ソフィアとニックが逮捕に向かったとき、すでに自殺を図って薬を飲んだ後だった」
誰かが息を飲む音がした。
部屋に沈黙が長く降りた。
キャサリンは静かに空いている椅子に座った。
ウォリックはしばらく部屋の中をウロウロと歩いていたが、やがて書類仕事に戻った。
グレッグは、携帯電話の着信音に飛び上がるようにして応答した後、アーチーがどうのと呟きながら、部屋を出て行った。
しばらく、室内にはウォリックがペンを走らせる音と、キャサリンがコーヒーをすする音だけが聞こえていた。
サラはニックの誘拐事件が脳裏に甦るのを抑えられなかった。
友人が、仲間が、ただ死んでいくのを見ているしか無いのかと、感じ続けた無力感。
そして、誘拐犯が自爆したと聞いたときの・・・
サラは胃を誰かに掴まれたかのように感じた。
「キャサリン、ニックはどこだ?」
グリッソムが入ってきたとき、サラは胃が余計に捻れたかのように痛みを感じた。
「帰した」
キャサリンが短く答える。
グリッソムはやや心配顔でキャサリンを見つめた。
「大丈夫か?」
「さあ」
キャサリンは肩をすくめた。
「みんなにも、ケリー・ゴードンのことを話したところ。一応、言っておくべきかと」
グリッソムは少しの間沈黙した。
「そうか」
結局それだけ言って、それからふと室内を見渡した。
「サラ」
呼ばれて、サラは彼を見上げた。
「君ももう帰るんだ」
「なんでよ」
不満を隠さず、サラは反抗的に答えた。
「君は今日はオフのはずだ」
サラは視線を逸らしながら首を振った。
「まだやることあるし」
「書類は待てる」
「エクリーが怒る」
「君がエクリーのために仕事をしてるとは知らなかった」
「ええ実はそうなの知らなかった?」
やけっぱちに言ったサラのセリフに、キャサリンとウォリックが小さく笑った。
グリッソムは少し言葉に窮したように俯いた。
「久しぶりね、あなたがオフに出てくるの」
サラはキャサリンを見た。キャサリンの口角は僅かに上がり、目には少しだけ愉しそうな光が浮かんでいた。
次に彼女が何を言うか、サラにはもう予想が付いた。
「今日はデートは無し?」
サラはうんざりしたように溜め息をついた。
そして、グリッソムを伺い見たい衝動をかろうじて抑えた。
「そう言えばそうだな」
ウォリックまでが口元を綻ばせながら言った。
「どうした、喧嘩でもしたか?」
そのからかう口調に、サラはウォリックを睨み付けた。
「うるさい」
目元と口元が引きつった。
ウォリックはますますにやけた。
「おお、ビンゴか?」
ついにサラは我慢出来なくなった。
「いい加減にして!」
両手を机にたたきつけて立ち上がった。
「何かあるたびにいちいちいちいち!」
キャサリンとウォリックが目を丸くして身を軽く引くのが見えた。
「あたしのことはもうほっといて!!」
嵐のようにサラが部屋を出ていった後で、キャサリンとウォリックはしばらくショックを受けて固まっていた。
「ちょっと、からかいすぎだな」
静かなコメントに、二人が振り向くと、グリッソムだった。
「彼女は・・・私生活にあまり、ずけずけと踏み込まれるのは好まないだろう」
少しして、キャサリンは肩をすくめた。
「そうね・・・ちょっとやりすぎたかも」
ウォリックも少し恥ずかしそうに頷きながら言った。
「でも・・・みんな、サラの彼氏に興味あるんですよ。サラがすごく、その、」
ウォリックが言い淀むと、
「最近幸せそうだったから」
キャサリンが引き継いで言った。
同意するように、ウォリックはまた頷いた。
なぜか俯いたグリッソムの顔に、うっすら笑みが浮かんでいたのを、二人が気づくことはなかった。
「とにかく」
グリッソムは咳払いをした。
「もうあまり、触れない方がいいだろうな」
出口に向かって歩き出しながら、グリッソムはふと振り向いて言った。
「ニックも同じだ。敢えて触れる必要は無い。だが、彼の言動に気になることがあればすぐに報告してくれ」
「もちろん」
ウォリックとキャサリンはほぼ同時に答えた。


TBC.