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風に翻る旗、旗、旗。
自由、平等、博愛を表す青、白、赤。それから目に染みるような紅。
16年前の6月のあの日のものとは比べものにならないほど巨大なバリケードから、手に手に旗を掲げる人々の波は歓喜の声を上げながら流れ出る。
*
1848年、2月。パリの民衆は蜂起した。松明をかざして行進し王宮を取り囲み口々に自由を叫ぶ群衆の中に、わたしもいた。
わたしはもうあの日の小さな女の子ではない。もうおとぎ話を信じる無邪気な花売りではない。コクリコの花揺れる通りでわたしは大人になり、身体を壊した母の代わりに縫い物で生計を立て、食糧の値段に一喜一憂し、そんな民衆の暮らしを顧みず煌びやかな催しを繰り返している王宮に憤るひとりの市民、自由を求めるひとりの人間になっていた。
フランス万歳!未来万歳!
かつての6月には扉を閉ざし耳を塞いで戦いを避けたパリの人々は、あの日名もない詩人が死を前に叫んだ言葉を口々に繰り返しながら次々に扉を開け放って家から飛び出し、通りを行進する革命の隊列に加わった。もはやこの怒れる民衆の波を止めるものはなかった。向かって来た王宮の軍隊さえ、馬の向きを変えてわたしたちの行進に加わった。
フランス万歳!未来万歳!
潮騒のように街中に満ちる叫びのなかに、わたしはずっと、あの日の彼、わたしの詩人、わたしの初恋のひとの最後の声を聞いていた。
王はこの国を去り、わたしたちのフランスは自由の国になった。
*
また6月が来れば、街にはコクリコの花が満ちるだろう。あの日『神の庭』に咲いたあの花が、せかいはかわる、とうなずきながら。
わたしたちは神様が地上に蒔いた種。
自由の国となったこの国で、わたしたちもまた歌おう。せかいはかわる、と。世界を変えるために進んで散った人々、彼らの望みを継いで立ち上がった人々の名を語り継ぎながら生きよう。
神の庭であるこの地上で。
ー Do you hear the people sing?
【End】
