Title:よく晴れた日に(没バージョン)(L/Light)
AN:「よく晴れた日に」にて削除したバージョンです。こちらの方が救いがないですね。
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「夜神月、貴方がキラです」
覚悟していたのだろう。月は暴れることもせず、大人しく捜査官の指示に従った。数日後、手続きを経て、月は私の元に来る。キラであったがノートの所有権を放棄させた月を、私の元で保護観察にする話はついていた。
だから、彼を見ていると湧き上がるものが何なのか突き止めることはなかった。キラ事件は終結し、彼が手に入ったのだから。
その日は気分が良かった。世話をしていた花が綺麗に咲いたし、猫も大人しく洗われてくれた。
だから、つい気まぐれを起こした。
ワタリさんに断りを入れ、キッチンでケーキを焼いた。苺を乗せた、白いクリームがたっぷりの、あの男が好むショートケーキ。お茶の時間になったら持って行ってやろうと冷蔵庫で冷やしておいた。
だが、僕がそれを彼に出すことはなかった。
竜崎に呼ばれ、ベントレーと言う男に接触するよう命じられた。竜崎の元で保護されているのだから、僕に拒否権はない。
渡されたベントレーの資料を読み、竜崎の目論見が何なのか分かった。
ベントレーに抱かれている間、涙は出なかった。男なら誰でも前立腺を刺激され、前を擦られれば達く。意識の上澄みの部分だけでベントレーに反応を返していた。
使わせて貰ったシャワーで身体を清め、用意されていた豪華すぎるディナーは砂の味だった。屋敷に戻って僕が真っ先に向かったのはキッチンだった。
冷蔵庫からケーキを取り出し、ダストボックスに投げ入れた。ぐちゃりとつぶれたケーキを見下ろした。乾いた笑いが口から漏れる。大したことはしていないはずなのに、何故か肩で息をしていた。
僕は踵を返し、部屋に向かった。
「ワタリ、お茶と甘いものを頼む」
「畏まりました」
運ばれてきたケーキは角がひしゃげ、デコレーションが歪んでいた。どんな時でも完璧を崩さないワタリにしては珍しいと一瞬思いはしたが、食べられないことはない。些細なことはすぐに意識から消えた。
「月君!」
ヘリポートの入り口で彼に追いついた。プロペラが巻き起こす風で彼の着ているシャツや髪が乱される。視界を遮る髪を押さえて、彼は振り向いた。
「何だ、竜崎?見送りか?」
有り得ないなと彼が自虐的に笑う。私も今までの自分ならそう思っただろう。だが、今の私は彼を引き止めたい。だが、何と言えば?手離したくない人を眼の前にして、他の者はなんと言っているのだろう。引き止められる言葉を教えて欲しい。
「…あの、…ケーキ美味しかったです」
「味なんて覚えていないくせに」
その通りだ。あの日彼が作ってくれたケーキの味を覚えていない。思い出そうにも、眼の前にあった甘味をただ咀嚼しただけで、味わってなどいなかった。だから、思い出せるはずがない。どんな形状をしていたのかだって、先ほど監視映像を遡って見たから知っているだけだ。
「ベントレーが貴方の前に現れる事は二度とありません」
「奴がどうなろうと興味ないな」
「貴方をあの男の所に行かせたのを後悔しています。貴方が傷つくことになり…」
「竜崎、どうでもいい」
どうでもいい、とはベントレーに対してではないだろう。私が、だろうな。彼は私にケーキを作ってくれる程度には思ってくれていたはずだ。そんなささやかな感情すら消えてしまったのだろうか。
「月君、あの…」
「だから、何だ?話がそれだけなら僕は行くぞ。皆を待たせてるんだ」
「月君…」
指をがりがりと噛み、みっともなく言葉を捜す私の耳に、月の深い溜息が聞こえた。そして、踵を返してしまう気配に慌てて彼の腕を掴んだ。
「竜崎、さっきから何なんだ!?」
「行かせません」
「追跡装置がある限り、僕が何処に行こうが構わないと言わなかったか?」
「言いました。が、駄目です。行かせません」
「どうして?」
振り解こうともがく月の腕を掴む手に力を入れた。
「…自分でも分かりません。でも、月君はここに居なくては駄目です。離れるなど、許しません」
驚いた顔を見せた月の表情が一変する。小さく始まった笑いが、徐々にヒステリックなものに変わる。
「まだキラだったから手元で監視すると言われた方がマシだ」
完全に閉ざされてしまった月の表情を見て、私は失敗したのが分かった。だが、世界の切り札などと呼ばれている私が、情けなくも自分がどうしたいのか分からないのだ。ただ、月が見たいと思う時に見れないのは嫌なのだ。会うことがなくても、彼の存在を感じられないのは落ち着かない。
「手を離せ、竜崎」
私を殺そうとした時と同じ冷徹な表情を浮かべている月の手を力任せに引き、触れる寸前まで近寄って言い放った。
「行くと言うなら、貴方を運ぶパイロットや準備をした使用人を殺します」
「脅しか?落ちたものだな、竜崎」
「貴方を引き止められるなら、何とでも。部屋に戻ってください、今すぐにです」
しばらく睨み合い、月は乱暴に私の手を振り払った。そして、彼が私を通り過ぎ、部屋に戻る扉を潜るのを見送った。
*** *** ***
床に置かれた端末の前に座った私の横に、暖かな紅茶が置かれる。置いた手を見上げると、月だった。
「何?」
「ありがとうございます」
「初めてだな、礼を言われるのは」
「そうでしたか?」
「あぁ」
「それは済みませんでした」
「お前が獲得した戦利品だ、好きにするといい」
「月君、そんな事を言わないで下さい」
「最近、誰にも抱かれてなくて疼くんだ」
「言うな」
「ベントレーとのセックス、結構好きだったんだけどな」
「黙れっ」
他の男に抱かれて喜ぶ月など考えたくないのに。気づけば月の首を絞めていた。私と視線を合わせたまま、苦しそうに眉を寄せる月の口が「殺せ」と動いた。
「貴方を逮捕した時、貴方を見ていて湧き上がるものが何なのか理解しようとするのを止めなければ良かった。そうすれば、こんなに遅くなることもなかったでしょう。今まで私のして来た事を思えば、信じて頂けないと思いますが、月君を愛しています」
「それを言うのは、もう手遅れだと思わないか?」
「手遅れですか?」
「あぁ、お前は気に入りの玩具を手離したくないだけだ。お前のその感情は愛なんかじゃない。ただの子供の独占欲だ」
「独占欲は愛から派生するものだと思われますが」
「そうかもしれないね。だが、僕にはお前の愛などどうでもいい」
「月君、教えて下さい。私が貴方の感情を得るにはどうしたら?貴方を手離したくないんです」
END
