Episode 12 Like Mother Like Daughter(14)
AN : この章で第1部が終了です。次回から、第2部となります。
「あなたが火を付けた」
ソフィアが座るのを待たずに、サラは始めた。
一枚の写真を、アレックス・ザグナーの目の前に置いた。
「これは、火事の起こる直前に撮った写真よ。あなたの弟の捜査で別のアパートに来ていた、うちの捜査官がね」
アレックスは不満そうにその写真を一瞥し、サラを睨んだ。
それが?とその目が強気に語っていた。
「このアパートのこの窓。あなたの部屋」
写真の一角を指差して、サラは言い、そしてその上にもう一枚の写真を乗せた。
「そこを引き延ばしたのがこれ。火事の直前、あなたは、子供部屋にいた」
アレックスはちらりと写真をまた一瞥した。
引き伸ばし写真には、窓の向こうのアレックスが写っていた。場合によっては本人と断定は出来ないと、弁護側にクレームを付けられかねない解像度ではあったが、その腕のタトゥーは、見間違えようが無かった。
アレックスの唇が僅かに引きつるのを、サラとソフィアは見た。
「子供部屋で、何をしていたの」
サラは静かに尋ねた。
アレックスは写真を睨んだまま、黙っていた。
「殺してしまったのよね、きっと。そして」
サラは写真をアレックスに向かって指で弾いた。
「あなたが、火を付けた」
もう一度言って、サラは椅子に座った。
腕を組んで、目の前のアレックスをじっと観察した。
不思議なほど、サラの心は冷静だった。
何がこの女をこんなモンスターにしたのだろう。弟を虐待し、夫を虐待し、我が子を虐待するようなモンスターに。
ダリア・ジャンセンは、母親に体を売らされ、里子達に同じ事をさせた。
蛙の子は蛙だと、ダリアは言った。
親に虐待され、捨てられ、虐待する側になった姉と、殺人に走った弟。
父親が、姉がモンスターだったから、自分もモンスターになったと、弟は主張した。アレックスもまた、親がモンスターだったからと、主張するのだろうか。
親がまともでなかったら、その子供は皆、曲がって育つのだろうか。
親がモンスターだから、子も犯罪に走るのだろうか。
その命題が真ならば、その逆もまた真にならなければならない。
親がモンスターで無ければ、親が「普通」なら、子は「まとも」に育つのだろうか。犯罪に走ることは無いのだろうか。
その命題が決して真ではないことを、サラ達捜査官はよく知っている。
だから、その逆もまた、決して真では無い。
「蛙の子は蛙」と、投げやりに言うことは、それは全てを諦めて努力しない人間の言い訳だ。
確かに親から子へ、引き継がれるものはある。親の嫌いな部分が、自分の中にあると考えることは、時におぞましいことすらある。
それでも親は親で、自分は自分だ。親に自分の人生を乗っ取られることなど、サラにはまっぴらご免だった。
ダリア・ジャンセン、アレックス・ザグナー、スコット・ダビン。
「この親にしてこの子あり」だと、彼らは親のせいにするが、彼らが今の状況にいるのは、彼ら自身の選択の結果なのだ。救いが無かったことを隠れ蓑にして、彼らのしでかしたことを言い逃れることは出来ない。
彼らのせいで、4人の少年と1人の赤ん坊の命が失われた。彼らには自ら這い上がるチャンスすら与えられなかった。
彼らのために、なされるべき正義があった。
サラは、そちら側の人間でありたかった。
彼らもまた社会的弱者であったのは確かに同情出来る部分もある。助けは無かったのかと、運命の不平等さを嘆くことも出来る。しかし、その結果5つの命が儚く消えたことを、サラは悲しみたかった。
彼らと自分との違いは何なのだろうかと、この数日間考えてきた。
しかし、「親は親、子は子」なら、「彼らは彼ら、自分は自分」でもあるのだ。
・・・自分との違いを探すことなど、ナンセンスなのかもしれない。
サラはようやく、思った。
「あなたの夫の医療記録を見たわ」
隣では、ソフィアがアレックスの尋問を続けていた。
夫ネイサンの医療記録を広げて並べる。
「保険には職場での事故だと説明していたけど、現場の作業記録とは一致しない日付もあった」
ソフィアはそれから供述書のコピーを取り出して置いた。
「ネイサンが供述したわ。あなたに暴力を振るわれていたと。そして、あなたが子供も虐待していたと」
アレックスが舌打ちするのを、サラも聞いた。
そして、アレックスの顔は、「赤ん坊を火事で亡くした可哀想な母親」から表情が一変した。
「泣き声がうるさくて、テレビが聞こえないから、ちょっと黙らせようとしたのよ」
アレックスは、サラが弾いた写真を、弾き返した。
「そしたらいつの間にか息をしてなくて」
「嘘ね」
サラは切って捨てるように言い切った。
「普通、赤ん坊を黙らせるなら、口を塞ぐものなの。タオルや毛布や、クッションなんかでね。でもあなたは、首を絞めた。明確な、殺意をもって」
赤ん坊の検死写真を指差しながら、サラは言った。
「ずっとそうやって虐待していたんでしょう?」
サラは淡々と尋ねた。
「泣き止まないから、むずかるから、あるいは単にあなたがイラついたから。赤ん坊を、サンドバッグにしたんだわ。初めは弟。次は旦那。そして赤ん坊」
サラの声が僅かにうわずった。
アレックスは身を乗り出して机に両手を付いた。
「あたしだって虐待を受けて育ったの!怒りのはけ口にされ続けるのがどんなだか、分かる?」
アレックスに迫られ、ソフィアはしかし表情一つ変えなかった。隣で、サラが冷笑を浮かべたことには、どちらも気付かなかった。
・・・よく知っていますとも。
「母が逃げた後、誰も助けてくれなかった。周りの大人はみんな見て見ぬ振りしたわ。あたしが毎月骨を折っても、痣を作って登校しても、学校の先生も近所の人も何も言わなかった!」
自らの悲劇をドラマチックに訴えるアレックスに、だがサラは淡々と言った。
「あなたが、適切なサポートを受けられなかったことは、可哀想に思うわ。でも、だからといって、子供の人生を奪っていい理由にはならない」
アレックスはソフィアとサラをじろりとねめ回した。
「あなた達は刑事?さぞかしご立派なご両親の元で育ったんでしょうねえ」
そしてそう言い放った。
「そうでもない」
サラが肩をすくめて、軽くそう言うのを、ソフィアは僅かに驚いて見た。
「知りたい?」
サラはなぜ自分がそう言ったのか、分からなかった。
本当に話す気があったのかすら、分からなかった。
「他人の苦労話なんて、聞きたくもないわ!」
吐き捨てるように言って、アレックスは椅子に座り直した。
「それはこっちも同じ」
サラは苦笑を浮かべて言った。
「悪いけど、そういう話は、こっちは聞き飽きてるのよね」
自分がホッとしているのかどうか、サラはよく分からなかった。
******************
「知りたい?」
サラの言葉に、思わずグリッソムは身を乗り出していた。ガラスに片手をついて、固唾を飲んだ。
ブラスもまた、驚いて、机に寄り掛かっていた体を起こしていた。
しかしサラの口からそれ以上は語られず、アレックスの愚痴にソフィアとサラが付き合う様子がしばらく続いた。
「彼女は・・・タフだな」
しばらくして、ポツリと、ブラスが言った。
「ああ」
グリッソムは半分上の空で、答えた。
「・・・良くこの仕事をしていられると、感嘆するよ」
そこで初めて、グリッソムは訝しむようにブラスを見た。
彼をじっと見つめ、そして目を見開いた。
「知っているのか」
サラの両親の事件を。
ブラスは悪戯っぽくこめかみを指で叩きながら言った。
「刑事の勘を舐めちゃいかん」
しかし直ぐに、ブラスは肩をすくめた。
「と、言いたいところなんだがな・・・」
グリッソムはブラスに向き直った。
「調べたのか!?」
思わず声を荒げた。ブラスはグリッソムを制止するかのように、両手を胸の辺りに挙げた。
「知らされたんだ」
「・・・誰に!?」
グリッソムはブラスに詰め寄るかのような勢いだった。
ブラスはもう一度両手を挙げた。
「ニュージャージー時代の先輩がな・・・」
グリッソムは困惑の表情を浮かべた。
ブラスは宥めるようにグリッソムの肩に手を置き、説明を始めた。
「先輩が早期退職して、ベガスに遊びに来たんだ。その時、一緒に連れて行ったある警官が、サラの話題を出して・・・ちょうどあいつ、コテンパンにサラに言い負かされた後でな」
その先輩警官は、ブラスがニュージャージー州で新米警官だった頃、ペアを組んでいろいろ教わった相手だった。
「サラ・サイドルという名前に、後で、彼が思い出したと言って、Eメールを送ってきたんだ」
サイドルという名前が珍しかったので、覚えていたという。
「彼は新米警官の頃は、サンフランシスコにいたんだそうだ」
グリッソムの体の力が少し抜けた。
「その先輩が担当した、初めての殺人事件だったそうだ」
言ってから、ブラスはしまったと思った。「殺人事件」という言葉が、相応しくないように感じたからだった。
しかし、あれは書類上、紛れもなく、殺人事件だった。
ブラスはやるせなく、肩で息をした。
「それで、事件を思い出して、メールで、まあ、そこそこ、詳細をな・・・」
ブラスは後ろめたそうにこめかみを掻いた。
「資料が添付されてたなら、私も読まなかったんだが・・・その」
メールの本分にさらりと文章で書かれていたから、読んでしまった。まずいと思ったときには、もう遅かったのだった。
「いつだ?」
グリッソムは静かに尋ねた。
「3年ほど前かな」
ブラスは言って、また気まずそうに耳の後ろを掻いた。
グリッソムは思わず溜め息をついた。彼が知るより、ずっと前から、ブラスは知っていたのだ。彼女がひた隠しにしていた、過去の秘密を。
「サラは、知っているのか?」
「私が知っていることをか?」
ブラスは首を横に振った。
「話したことはないよ」
「そうか」
溜め息をついて、グリッソムはガラスの向こうのサラを見つめた。
マジックミラーの向こう側では、アレックスが何か言ったのか、呆れたように首を振っているサラがいた。
******************
「・・・どうして赤ちゃんを産んだの?」
サラの質問に、アレックスは鼻で笑った。
「ネイサンが欲しいって言ったからよ。あたしは欲しくなかった」
サラは目を細めた。
「なぜ?」
聞いたのはソフィアだった。
「子供なんて面倒くさいもの」
ソフィアが顔をしかめるのを、サラはちらりと横目で見た。
「でもネイサンがどうしても作りたいって言うから」
そこでアレックスは顔を歪めた。
「本当は、身代わりが出来れば、自分はもう殴られないと思ったのかもね」
ソフィアが信じられない、というように首を横に振る。
「結局、ネイサンも赤ん坊の世話に嫌気が差して、家に帰らなくなったけど」
赤ん坊に嫌気が差したからだろうか、とサラは思った。母親に虐待される我が子を見ていられなかったのでは無いだろうか。しかし、彼なら我が子を守れたのに。
いや、彼もまた、彼女に暴力で支配されていた。一度その輪に陥ると、人は簡単に抜け出せないのだ。
客観的に見れば、「子供を連れて逃げればいいのに」と言えても、当人達は、心と思考を縛られ、そんな単純なことが到底不可能な無謀に思えてしまうのだ。
・・・きっと、母も。
サラを連れて逃げれば良かったのに。
出来なかった。
だから、酒に逃げる道を選んだ。
目の前で、娘が殴られていても、見えなくなるほどに。
沈みかけた思考を、サラは頭を振って現実に戻した。
「それに、これできっと良かったのよ」
「どういう意味?」
ソフィアが嫌悪を露わに聞き返した。
「ケイト・・・あの子も、きっと私みたいになったわ。私の娘だもの」
「そんなの、分からないじゃない」
「虐待は連鎖するって、言うでしょ」
アレックスの言葉がサラの胸に刺さった。
だから、子供を殺したことを正当化出来るとでも言うのだろうか?
「私はその連鎖を止めたの。あの子を救ったと言えない?」
サラは瞬間的に怒りが沸騰するのを、奥歯を噛みしめて堪えた。
「虐待を受けて育った子供は、虐待を繰り返すって研究があるの、知ってる?これは私のせいじゃない!」
考える間も無く、サラは口を開いていた。
「知ってるわ。だから私は子供は産まない」
隣でソフィアが驚いて自分を見たのを、サラは気付いた。
マジックミラーの向こうでは、グリッソムが蒼い顔をするのを、同じく驚きながらブラスは見ていた。
アレックスが何かを探るようにサラを見つめていた。
サラはアレックスを睨み返した。
・・・あなたに、私は理解出来ない。
私も、あなたを理解しない。
それほどまでに、私たちは、「違う」。
・・・もう十分だ。CSI捜査官の仕事は、終わった。
「もう行っていい?」
アレックスから視線を逸らさず、サラはソフィアに尋ねた。
「え、ああ、ええ・・・」
戸惑いを隠せないまま、ソフィアは答えた。
サラは静かに立ち上がり、取調室を出た。
廊下に出た途端、
「サラ」
呼び止められて、サラは振り向いた。
「グリッソム」
驚いて、サラは周囲を見渡した。そして、彼がどこから出てきたのか気付いた。
「・・・見てたの?」
「・・・ああ」
僅かに気まずそうにそう答えて、グリッソムは俯いた。思わず飛び出てきてしまったが、先ほどのサラの発言について、今ここで話せる内容ではないことは確かだった。
ずっと監視されていたのか、とサラはショックが体を巡るのを感じた。
しかし怒りより、脱力した。
なんだかもう、疲れた。
「この事件、ずっと監視してたの」
「・・・君が心配だったんだ」
「あたしなら出来るって言ったのに。信じてなかったんだ」
目を合わせないまま、サラはほとんど感情のこもらない声でそう言った。
「様子を見守りたかっただけだ」
「あそ」
それだけ言って、サラは去ろうとした。
「サラ、さっきのは・・・」
思わず呼び止めて、グリッソムはしかし言葉を切った。
サラは両手を肩の高さに挙げた。
「ここで話すことじゃない」
振り向かないまま、そう言って、サラは歩き出した。
背後でグリッソムが大きな溜め息をついたのが分かったが、振り返らなかった。
グリッソムが途方に暮れたように廊下に立ち尽くすのを、ブラスは見ていた。
TBC.
