AN:WebClapにて公開した作品です。
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雷が鳴っている。
季節はずれの嵐は都内から人影を消す程の雨と重い雲を裂く雷を連れて来た。ホテルの部屋の窓には雨が何本も筋を作って伝い落ちていた。
「ひどい嵐だな。早く帰ってやらないといけないのに・・・。妹が雷の音を怖がるんだ」
「音、ですか?」
私と彼はリビングの中央に置かれたソファーに並んで座っている。視線はお互いに向けられず、雨が打ち付ける窓と暗さに沈んだ街並を見るとはなしに視界に納めていた。
「そう。光はきれいだから良いけど音は怖いそうだ。音の衝撃で硝子が鳴るだろう?それを怖がるんだ」
意味のない、ただ空間と時間を埋めるだけの会話。捜査本部の人間が傍に居ない時、私たちはそんな会話を多く持った。彼の唇から続けられる言葉を耳に流して、視線を窓から傍らに落とす。
そこには、無造作を装ってソファーの上に置かれた彼の手。滑らかで白い指を持っている。美しさをそこに感じるが弱さはない。きっちりと意思を持った手だった。
唇を弄っていた指を外して、偶然を装って彼の手に触れれば良い。距離はわずか20cmにも満たない。
だが、それが出来ない・・・。
私たちはおそらく順番を間違えたのだ。そして、それは一方通行で不可逆だった。
今すぐに口を開き、彼に好きだと伝えることは出来る。言った本人も言われた相手も、それは純粋に100パーセント好きという感情だけで出来ている訳ではないと知っていたから。
今すぐに彼をソファーに押し付け、体を繋げる事は出来る。どんな顔を、どんな反応を示すのか、お互いに興味を抱いていたから。
今すぐに唇を触れ合わせる事は出来る。そこに含むものは何もないと確信できると思ったから。
言葉も体も唇も繋げられるのに、ただ手を・・・。手を繋ぎ合わせると言う単純な行為が出来ないでいる。
「・・・だったら、早く帰ったらどうですか?」
私は唇を弄っていた指を噛んだ。手に入れるべきではないと分かっていても手を出したくなるのが人の性なら、その性をよく知っている指を放置すべきではない。
ゆっくりと目蓋が落ちた。再び現れた琥珀を横からでは覗く事は出来ない。
「そうだね・・・。そうしよう」
ざぁと硝子を叩き付ける音がいっそう激しく響き、彼はソファーから体を起こした。
END
