Episode 8 Recollections

Spoilers : S4#21(残酷なスリル/Turn of the Screws)

AN : めちゃくちゃ長いエピローグ、しかも二章立てです(汗)。


Chapter 25 Nightmares...?(Epilogue-1)

サラとグリッソムは、ベッドに座っていた。
お互いに、その間に寝そべっている茶色い毛皮を優しく撫でていた。
耳の後ろをサラが掻いてやると、ボクサー犬のハンクは、尻尾をゆらりと二度揺らして、目を閉じたまま長い鼻息を1つついた。
読んでいた本を閉じて、グリッソムは眼鏡を外した。
「久しぶりに乗せてもらえて、満足らしいな」
グリッソムはハンクの頭を軽く叩いた。
ハンクは目を開け、上目遣いでグリッソムを見て、すぐに閉じた。そして、両前脚の上に顎を乗せた顔を、サラの方に向け直した。
サラはくつりと笑い、それからグリッソムをチラリと見た。
「・・・妬かないの」
「妬いてなんかいない」
明らかにふて腐れた口調に、サラはまた笑った。グリッソムは唸るように息を漏らした。
サラはナイトテーブルに手を伸ばし、ヨーグルトの蓋を開けた。
ハンクが勢いよく顔を上げた。
「やったらダメだぞ」
念を押すグリッソムに、サラは
「分かってる」
ヨーグルトを食べ始めながら答えた。
ハンクは体を起こし、ベッドの上にお座りをした。そして期待に満ちた顔でサラを見つめた。
グリッソムがベッドを下りてバスルームへ向かうのを見届けて、サラはスプーンのヨーグルトを小指にそっとすくった。
「内緒よ」
ハンクは勢いよくその指を舐めた。
二、三度ハンクに舐めさせてから、サラはトイレの流れる音を聞いた。
「おしまい」
喉元を撫でてやってから、サラはスプーンをくわえた。
ベッドに戻ってきたグリッソムは、スプーンをくわえながら、ハンクに舐め回されて逃れようと格闘しているサラを見つけた。
「楽しそうだな?」
「あっひにふれへっへ」
グリッソムは肩を揺らせて笑った。
「さすがにそれは読めないよ」
「はんふ!」
ハンクは吠えて答えた。
「ぎう!」
笑い続けながら、グリッソムはハンクのカラーを掴んだ。
「ハンク、ストップだ」
ハンクは今度はグリッソムの顔を舐め始めた。
「ハンク、ストップ!ダウン!」
グリッソムが床を指し示しすと、ハンクはベッドを飛び降りた。
そして、そこから二人を見上げて、何かに抗議するように二度吠え、寝室を出て行った。
グリッソムはサラを睨んだ。
「だからやるなと言っただろう?大好物なんだ。止まらない」
サラは眉を上げて、何も言わずヨーグルトを食べ続けた。
彼女の隣に腰を下ろしたグリッソムは、ふと彼女の顔に自分の顔を寄せた。
サラはその口元に、スプーンを運んだ。グリッソムはそれを口に含んだ。
しばらく二人は黙ったまま、交互にヨーグルトを食べた。
やがてヨーグルトがなくなり、サラはカップにスプーンを差して身をよじらせると、ナイトテーブルの上に置いた。
体を戻したサラの唇を、温かい感触が包んだ。
優しい口づけを何度か繰り返した後で、ゆっくり、サラは口を開いた。
グリッソムの舌が侵入してくる。
「ヨーグルトの味がする」
グリッソムが囁き、サラは思わず笑った。
しかし、彼が徐々に彼女の身体の上に覆い被さり、彼の指がタンクトップの裾から侵入して素肌に触れたとき、サラは僅かに眉を潜めた。
「ギルバート、今日は・・・」
グリッソムはサラの首に鼻を埋めたまま、動きを止めた。
「そうだったな」
隠しきれない落胆の溜め息をついて、グリッソムは横に仰向けになった。
「ごめん」
サラは思わず謝っていた。
「謝ることじゃない」
慌ててそう言って起き上がり、グリッソムはサラの耳に軽く口づけた。
「ハンク、呼び戻すか?」
サラは寝室の半分開いたドアを見て、苦笑しながら首を振った。
「そのうち戻ってくるでしょ」
寝室から閉め出されないで済む僅かな期間があることを、愛犬は理解しているらしかった。たいてい、ベッドの二人の足下か、チャンスがあれば二人の間に挟まって、眠るのが彼の楽しみのようだ。
グリッソムとサラは、カバーに潜り込んで横になった。
サラがすこし体を寄せて、彼の腕に自分の腕を絡ませた。
グリッソムは微笑みながら彼女の頭を見下ろした。その髪をそっと撫でる。
そして静かに話し出した。
「次の君のオフ、どこかに行かないか」
サラが首を仰向けて彼を見た。
「どこかって、どこ?」
「どこでも・・・日帰りか、一泊で行けるところ」
サラはちょっと思案するようにした。
「一泊?」
「ああ」
「あなたはどうするの?」
グリッソムはきょとんとしてサラを見た。
「休みを取る」
サラが体を起こした。その顔には驚きが確かに浮かんでいた。
「本気?」
「たまになら、バレないだろう」
「そうじゃなくて」
グリッソムは怪訝そうにサラを見た。
「・・・休めるの?」
グリッソムは心外そうに眉を上げた。
「私だってやろうと思えばやれる」
サラは思わず声を立てて笑った。そして、悪戯な目をして首を傾げて見せた。
「どうかしら?」
「出来るさ。エクリーに、休暇が溜まりすぎてるからいい加減取れと説教されたばかりだ」
「ふうん」
笑いながら、サラはグリッソムの顔を覗き込んだ。
「呼び出されなきゃいいけど」
「携帯の電源を切っておくさ」
「本気?」
もう一度驚いた顔で、サラは言った。
彼女の髪を耳に掛けながら、グリッソムは真顔で言った。
「本気だ」
サラは静かに瞬いていた。
「君が、一度は休みを合わせて過ごしたいと願ってることは知ってるよ」
頬を撫でるグリッソムの手のひらに、サラは顔を押し付けるようにした。
「それが、埋め合わせになるとは思ってないが・・・」
「埋め合わせ?」
サラは勢いよく顔を上げた。
そして、小さく溜め息をついた。
「ギルバート、そのことは、もう・・・」
「それに、私も君と一緒に過ごしたいんだ」
グリッソムはサラの体を抱き寄せた。
「君と、モーテルで過ごせるし」
彼の体に倒れ込みながら、サラはクツクツと笑った。
「モーテル?ホテルじゃなくて?」
「近くにいいホテルはないんだ。モーテルの方が近くて質がいいのがある」
サラは僅かに間を置いて、尋ねた。
「どこの近く?」
「サンタバーバラに新しく出来た遊園地」
「・・・遊園地」
サラは嫌な予感がした。
「最新のジェットコースターが」
「ジェットコースター」
サラはぶっきらぼうに繰り返した。
「・・・行くとこもう決めてるんじゃない」
「・・・ダメか?」
「あたしに選択権はないわけ?」
それで埋め合わせ?と言いかけて、さすがにサラは言葉を飲み込んだ。
「ダメ・・・?」
上目遣いでやや不安そうに尋ね、グリッソムは視線を泳がせた。
「近くに動物園もあるし、海辺のドライブもいいぞ」
「この季節に?」
ネバダは真冬でも昼間は上着を脱げることがほとんどだが、サラはサンタバーバラの海沿いがどうだか自信がなかった。
「サンフランシスコよりは温かいはずだ」
グリッソムの得意げな説明に、サラは呆れ気味ながら笑った。
「・・・分かった」
「ホント?」
嬉しそうに目を輝かせるグリッソムを見て、サラは噴き出すのを堪えながら、頷いた。
「ほんと」
「じゃ、シフトの後、少し寝て・・・午後、迎えに行くよ」
「分かった」
二人は旅行の計画を話し合いながら、やがて眠りについた。

サラは怒鳴られている夢を再び見ていた。周り中が何かを彼女に向かって怒鳴っていた。
サラはいい加減もううんざりした。
はいはい、まずはパパね。
次はママね。
で、リズが出てくるんでしょ。
今日はマッケンジーが出てくるの?あの花の理由を問いただしてもいいかしら?・・・夢の中で聞いてどうするのよ。
・・・グリッソムが出てくるのはやっぱりちょっとつらいな。。。
サラは、グリッソムが彼女に向かって怒鳴ろうと口を開けるのを見ていた。そしてふと、顔を舐める舌を感じた。
グリッソム。やめて。舐めないで。

「やめて・・・ギルバート・・・やめて」
うなされているサラを見ながら、グリッソムは彼女を起こすべきか迷った。
しかし、彼女が彼女の身体の上に押し乗っている存在を懸命にどかそうと足掻いているのを見て、ついにその肩を揺らした。

サラ・・・サラ・・・

呼び声に、サラは目を開いた。相変わらず、顔を舐める舌がある。サラは顔を逸らそうとしたが、視界に入ったその顔に、混乱した。
なんで・・・犬の顔をしてるの?

「サラ」

サラは飛び起きた。
そして、目の前のその顔を、凝視した。

「ギルバート?」

グリッソムは、それの頭を軽くポンポンと叩きながら、その隣にぬっと顔を寄せた。

「私はこっちだ」

サラは首を傾げて、視線を滑らせた。
荒い息をして、2つの顔を見比べた。
やがてほっと息を吐いて、髪をかき上げた。

「良かった。あなたが犬になったかと思った」
「・・・ひどい悪夢だな」
サラは笑った。
「ええ、全く」
声を立てて、笑った。
その顔を、ハンクの長い舌が再び舐め上げた。

************

アパートの階段を下りてきたサラを見て、グリッソムは息を飲んだ。
彼女のその服装は、まったく予想していなかった。
サラもまた、階段を下りてこちらを見たところで、足を止めた。
しばらくそこに突っ立っていたが、やがて再び近づいてきた。
彼女が近づくと、更にグリッソムは呼吸が乱れるのを感じた。

サラは淡いブルーのワンピースを着ていた。
ワンピーススカート。
グリッソムはそのスカートから伸びた長い膝下を凝視した。
・・・それを日の光に晒さないでくれ。
「オープンカー?」
苦笑気味に声を出したのは、サラが先だった。
「借りてきた」
どこか上の空で、グリッソムは答えた。
「・・・あなたの車じゃダメなの?」
「オープンカーでドライブデートするのが、夢だったんだ」
「そういうのは、高校くらいに卒業するんじゃ?」
「しようとしたんだが、失敗したんだ」
サラは軽く口角を上げて笑った。
「詳しく聞きたいような、聞きたくないような」
それから、サラはグリッソムが彼女の全身をジロジロと観察するように見ているのに気付いて、やや不安そうに両腕を胸の前で組んだ。
「あの・・・、似合ってない?」
言ってから、サラは急に頭に血が上るのを感じた。
ワンピースが似合わないのなんて、前から知ってたじゃない。馬鹿みたい。
「似合わないわよね、やだな、そんなの知ってたのに。あー、すぐ、着替えてくる」
早口でまくし立てて、慌てて身を翻したサラの腕を、しかしグリッソムが強く掴んで引き戻した。
「いや、すごくいい」
そう言ったかと思うと、グリッソムはサラの顔にキスを浴びせかけた。
頬、鼻、そして唇。
「ん・・・ギルバート」
ボンネットに押し倒されそうになって、サラは必死でグリッソムを押し返した。
「ギルバート!」
グリッソムは我に返った。
「デートはまだ、始まってないわよ」
笑いながら言うサラに、グリッソムはやや情けなく微笑み返した。
「あー、すまない」
ちょっと、我慢出来なかった。
君が、そんな風に足を見せつけるから。
「似合ってるよ」
辛うじてそれだけ言って、グリッソムはサラの額にキスをして、そしてやっと離れた。
助手席のドアを開け、彼女を促す。
サラは小さな旅行カバンを後部座席に放り入れると、助手席に滑り込んだ。
運転席に回り込んで、グリッソムがエンジンをかける。シートベルトをしようとして、ふと、グリッソムは後部座席から自分の帽子を取り出した。
そして、それをサラの頭に被せた。
「ぴったりだ」
サラは麦わら帽子を両手で押さえた。
「常夏っぽすぎない?」
「その服にはお似合いだ」
「オープンカーじゃ飛ばされちゃうわよ」
そう言ってサラは麦わら帽子を頭から外したが、それを膝の上で大事そうに抱えた。

しばらく、二人は黙って風を受けていた。
やげて、ベガスの街が十分に遠くなった頃、サラがポツリと言った。
「あたし、車ではしないから」
グリッソムは視線を横に向けた。一瞬考える素振りをしたが、すぐに悪戯な笑みを浮かべた。
「何を?」
サラは咳払いをした。その頬がやや赤くなるのを、グリッソムは見ていた。
「しないから」
彼女が手にした麦わら帽子をもじもじといじるのを、グリッソムは笑った。
「それは残念。それも含めて、夢だったんだが」
「ダメ」
グリッソムは視線を道路に戻した。
ソファででさえ、親密な行為に及ぶのを嫌がる彼女だ。そうだろうということはちゃんと覚悟していたから、それほどショックではない。だから、彼女をからかう余裕もあった。
「飛行機はいいのに?」
「うるさい」
もう一度チラリと横を見ると、サラは麦わら帽子で顔を隠していた。耳が真っ赤だ。
きっと、また、言わなくていいことを言ってしまったと、後悔しているのだろう。
グリッソムは小さく微笑んだ。
そういう君が、大好きだ。

************

遊園地のジェットコースターの切符売り場の前で、グリッソムとサラはしばらく無言で立っていた。
腕組みをして、サラは溜め息をついて口を開いた。
「・・・ちゃんと調べなかったの?」
「・・・いや」
はあ、とサラは首を振った。グリッソムが肩を落とした。
「調査不足なんて、あなたらしくない」
グリッソムは唇を尖らせた。
「たぶん、ホームページには載ってたはずよ」
腕を組んだままのサラをチラリと見て、グリッソムは片方の頬を膨らませた。
「舞い上がってた」
ポツリと言って、グリッソムはサラから視線を逸らした。
「何を?」
「君と・・・初めての旅行だから」
彼女の口元に、うっすら笑みが浮かんだのを、グリッソムは見逃さなかった。
「ここでこうしててもしょうがない。行きましょ」
サラはグリッソムの腕を掴んで、切符売り場の前を離れた。
ジェットコースターは、開園しばらくして不具合が見つかり、修理のため運休していたのだった。
グリッソムはもう一度プラットフォームを振り返り、それから残念そうに溜め息をついた。
「ね、ベガスでのコースターの脱線事件、思い出さない?」
そんなグリッソムの気分を盛り上げようとしてか、サラは彼の腕に腕を絡めながら言った。
「ああ、あったな」
グリッソムの顔に笑みが戻る。サラは内心でほっと息をついた。
グリッソムはふと思いついて、
「ポップコーンでも買うか」
台車に近づいていった。
ポップコーンを次から次へつまむ彼を見ながら、サラは思い出し笑いをした。
「あの時も、ポップコーン食べて歩いてたわね」
「お腹空いてたんだ」
答えながら、グリッソムは手につまんだポップコーンを自分の口に放り込んだ。
サラもまた、何も言わずにカップに手を入れ、ポップコーンをつまんで口に入れた。
「あの時は、食べるか聞いたのに、君は要らないと言った」
「だって、捜査中なのにこのひと何を暢気にポップコーン食べてるんだろうって」
口をもごもごさせながら、サラは答えた。
「デートみたいだなと思ってた」
そう言って顔を逸らしたグリッソムを、サラは一瞬驚いたように見て、それから少しだけ寂しそうに笑った。
あの時、彼がそんなことを考えてると知っていたら。
「・・・もう一回、聞いてくれてたら、多分、食べてた」
サラはポツリと言った。
グリッソムはポップコーンをつまんだ。そして、それを彼女の顔の前に差し出した。
「食べるか?」
サラは笑い、彼の指ごと、ポップコーンを口に入れた。
ゆっくり、彼の指から舌と歯でポップコーンを抜き取る。彼の目を見ながら、サラはポップコーンをわざとゆっくり噛んでみせた。
グリッソムが片方の眉を跳ね上げる。サラはにんまりと笑って、彼の腕に寄り掛かった。
その時、小さな子供が突然二人にぶつかってきた。
「あー!」
子供は転んでひっくり返り、その上から、ポップコーンのシャワーが降った。
「大丈夫かい?」
グリッソムは転んだ子供に手を伸ばした。女の子は躊躇わずにその手を取って立とうとした。
彼女の手を引いて持ち上げようとした瞬間、グリッソムはポップコーンを踏んで滑った。
「ギル!」
サラが支える間もなく、グリッソムは倒れて尻餅をついた。
「あれ?グリッソムおじさん?」
女の子はグリッソムを見下ろして首を傾げた。
10歳前後の少女を見上げ、グリッソムもまた、首を傾けた。
「・・・リンゼイ??」
サラは目を見開き、慌てて周囲を見回した。
想像した人影は目に入らなかったが、サラは慌てて、しかしそっと、静かにリンゼイの視角から離れた。
そんなサラの行動をチラリと視界の端に捉えながら、グリッソムはゆっくり立ち上がった。
「どうしたんだ?ママは今日は仕事じゃないのか?」
留守を頼んできたはずなのに・・・と訝しみながらグリッソムが言うと、リンゼイは髪を後ろに払って言った。
「叔母さんたちと来てるの」
ああ、なんて母親とそっくりな仕草だろう・・・とグリッソムが思ったとき、背後から女性の声がした。
「リンゼイ、急に走っていなくならないで!」
「だってあっちのアトラクションが、もうすぐ締め切っちゃうんだもん!」
そう言ってリンゼイは走り出そうとした。
「じゃあね、グリッソムおじさん。バイバイ」
振り向いてグリッソムに手を振り、今度こそリンゼイは走り去っていった。
女性はグリッソムを振り向いて僅かに首を傾げた。
「ええと、確か・・・グリッソムさん、お久しぶりです」
「やあ、どうも」
グリッソムは右手を差し出しながら、キャサリンの妹の名前を思い出そうとしていた。
「主人と子供達と、遊びに来てるんです。遊園地に行くって話をしたら、リンゼイも預かることになって」
「そうですか」
グリッソムは腰をさすりながら相づちを打った。
「大丈夫ですか?」
「ええ、まあ」
「お仕事ですか?」
「・・・ここはネバダ州じゃないですよ」
「ああ、そうだった」
キャサリンの妹は笑った。それから慌てて、
「リンゼイを追わなきゃ。じゃ、あの、失礼します」
ポップコーンを器用に避けながら、走って去って行った。

木陰のベンチに座っている彼女の隣に、グリッソムは静かに腰を下ろした。
サラは、飲んでいたコーラの缶を差し出した。
それを二口飲んでから、グリッソムはサラに返した。
「・・・びっくりした」
ポツリとグリッソムが言うと、サラは小さく笑った。
「ええ」
「世界は狭いな」
サラは尚も笑った。
「あの女性、誰?」
「キャサリンの妹だよ。名前は、何て言ったかな・・・」
サラは意外そうにグリッソムの顔を覗き込んだ。
「なんだ?」
「名前を覚えてないなんて、あなたらしくない」
「かなり昔に一度会っただけだし、キャサリンも滅多に彼女の話をしないから」
「そうね。妹さんがいるなんて知らなかった」
サラは言って、コーラを一口飲んだ。それからグリッソムに差し出した。グリッソムはまた、二口ほど飲んで返した。
グリッソムはふうっと息を吐いて、額を拭った。そして、ベンチの上で何度か腰をもぞもぞと動かした。
しばらくコーラを飲みながらぼんやりそれを見ていたサラだが、ふと気付いた。
「痛むの?腰?お尻?大丈夫?」
「たぶん、大丈夫だ」
肩をすくめるグリッソムに、サラはチラリと笑いかけた。
「後で痣がないか見てあげる」
「ああ」
サラは視線を上げて、ポップコーンがばらまかれたエリアを眺めた。
「ポップコーン、もったいなかったわね」
「まあ、仕方ない」
「・・・あたしに、気付いたと思う?リンゼイ」
グリッソムはそっとサラの肩に腕を回した。
「大丈夫だよ」
サラはグリッソムの肩に頭を乗せた。
二人はしばらくそのまま、ベンチに座っていた。
夕方の風が、涼やかに吹いていた。
「これから、どうする?」
サラはぼんやりと尋ねた。
「そうだなあ・・・」
グリッソムはぼんやりと答えた。
「コースターは乗れなかったし」
不満そうに呟くグリッソムに、
「ベガスにもコースターはあるじゃない」
慰めようとそう言ってから、サラはしまったという顔をした。
「付き合ってくれるか?」
今まで、数回、グリッソムはサラを遊園地に誘ったことがあった。勿論、ジェットコースターに一緒に乗るためだ。
サラはなんだかんだと理由を付けてそれを回避してきていた。
「あー・・・」
「一緒に行ってくれる?」
グリッソムは、期待に満ちた瞳でサラを見つめた。
サラは、彼のその目に、なぜか愛犬のハンクを思い出した。
ヨーグルトをもらえると思って、彼女をじっと見ていたつぶらな瞳。
・・・この目には、弱いのよね。特に、この青い瞳には。
サラは溜め息をつきながら、頷いた。
「ええ、いいわ」
「ホント?」
グリッソムの目が煌めく。
サラの脳裏には、ハンクが尻尾をブンブンと振っている映像が浮かんできた。
突然噴き出して笑い始めたサラを、グリッソムは怪訝そうに見た。
「何だ?」
「・・・何でもない」
「何か・・・可笑しいか?」
グリッソムは自分の服をはたいたり、髭を撫でたり、髪に指を通したりした。
ポップコーンでも引っかかってるのかと思ったのだ。
サラはしばらく笑っていたが、
「何でもない、ごめん」
目尻をそっと拭うと、コーラの缶をゴミ箱に投げ入れて、立ち上がった。
「ね、もう行きましょ」
サラに手を引かれ、グリッソムも立ち上がった。
「そうだな。コースターは運休だし」
「ディナーの予定は?」
「レストランを予約した」
サラは少し意地悪な顔をしてグリッソムを見た。
「今日営業してるんでしょうね?」
「予約取れたんだから営業日だろう」
「確かにそうね」
二人は車に乗り、グリッソムがメモしてきた住所に向かった。

数十分後、二人は真っ暗なレストランの入り口の前で、立ち尽くしていた。
サラは再び、両腕を組んで俯いていた。
「・・・ホントに連絡来てないの?」
グリッソムは再度携帯電話を開き、着信を確認した。
「レストランらしき番号からは、着信は来てない」
「臨時休業の連絡は、予約客くらいには知らせるはずでしょ?」
グリッソムは恨めしそうに、入り口に貼られた「臨時休業」の文字を睨んだ。
貼り紙によれば、昨日食中毒が発生した為に衛生局から強制営業停止を食らったようだった。
「連絡先に、ホントに携帯の番号を言ったの?」
グリッソムは眉を寄せた。
それから、ある番号を押して、携帯電話を耳に当てた。
何度かボタンを押して耳に当てるのを繰り返し、やがて、グリッソムは肩を落として電話を切った。
「家の留守電にメッセージが入ってた」
「ばっかじゃないの!?」
サラは思わず大声を上げた。
グリッソムは口をへの字に曲げた。
「信じらんない!」
両手を挙げて、サラはそれから腰に手を当てた。
「信じらんない」
もう一度言って、首を振ると、サラはスタスタと車に戻り始めた。
「サラ?」
グリッソムは慌てて追いかけた。
「悪かったよ」
「どこでもいいから、ダイナーでもファーストフードでも、早く行きましょ」
助手席のドアを開け、ドスンと座り込む。
エンジンをかけながら、グリッソムはもう一度、
「悪かった」
謝った。
サラはむっつり腕を組んだまま、
「とにかく早く出して。お腹空いてるの」
そう言って前方を睨み付けた。
分かってるとも。車を出しながら、グリッソムは思った。
・・・そのイラつき方を見れば、君が空腹なのは分かってる。

道路沿いに最初に見つけたダイナーで、二人は夕食を済ませた。
ベジタリアン向けのメニューも充実していて、サラは空腹も満たされて機嫌もかなり直ったようだった。
「あなたが、高校時代にデートに失敗したって言うの、分かる気がする」
食後のコーヒーを飲みながら、サラが苦笑しながら言った。
「・・・こういうことの段取りを付けるのは、どういうわけか苦手なんだ」
グリッソムも多少ショックからは立ち直っていたので、笑いながら言った。
段取りの問題だろうか、とサラは思ったが、ひとまず何も言わなかった。
「こんなに詰めが甘い人だなんて、思ってなかった」
冗談めかして言うサラに、グリッソムは肩をすくめた。
「うまくいかないときは、何もかもうまくいかないもんだ」
サラは身を乗り出した。
「ちょっと、やめてよ!」
「なんだ?」
「縁起でもないこと言わないでよ。これからまた悪いことが起きたらどうするの」
「君がそういう・・・ジンクスを信じるタイプだとは思わなかったな」
首を傾けて笑うグリッソムに、サラも笑みを返した。
グリッソムはテーブルの上のサラの手に、そっと手を重ねた。
「人目を気にしなくていいというのは、いいもんだな」
サラはチラリと口角を上げた。
「そうね」
その時、ウェイトレスがコーヒーポットを持ってテーブルに歩み寄ってきた。
「コーヒーのお代わりはいかがですか?」
しかし言い終わるか言い終わらないかのうちに、そのウェイトレスは何かに躓いて、前のめりに倒れそうになった。
「うわ!」
グリッソムは慌てて椅子から立ち上がったが、間に合わなかった。
大きく揺れたコーヒーポットから、褐色の液体が舞い、グリッソムのズボンに着地した。
「ごめんなさい!」
ウェイトレスは辛うじて転ぶのを免れたが、目の前のグリッソムを見つめ、目を見開くと、慌ててカウンターに戻っていった。
そしてすぐに戻ってくると、両手に持ったタオルで、必死にグリッソムのズボンと靴を拭き始めた。
「すみません!熱くなかったですか?大丈夫ですか?」
内股を拭こうとするウェイトレスの手を、思わずグリッソムは掴んで止めた。
「熱くはない・・・コーヒーは冷めていたようだから、大丈夫だ」
「あの・・・すみません、本当に・・・」
ウェイトレスは床を拭き終わると、何度も謝りながら、立ち去っていった。
深々と溜め息をついて、サラを振り向き、グリッソムは顔をしかめた。
「サラ」
サラは顔を上げなかった。
彼から見えないように片手で顔を隠していたが、震える肩が、彼女が懸命に笑いをこらえていることを示していた。
「サラ?」
グリッソムはもう一度、警告するように言ったが、彼女はその瞬間、声を上げて爆笑し始めた。
「もう行こう」
グリッソムはげんなりしながら、テーブルに財布からお金を取り出して置くと、サラの腕を取って立たせた。
まだ笑っているサラと、ダイナーの外に出て、そして二人は固まった。

雨がザーザーと降っていた。

「・・・車、屋根、閉めた?」
サラの呆然とした声に、
「いや」
グリッソムも呆然と答えた。
「天気予報、調べたの?」
「いや」
サラはグリッソムを睨んだ。
「オープンカーで旅行するのに、予報を見なかったの?」
「そういう君は調べたのか?」
「それぐらいあなたが調べてると思ったのよ!」
「人任せにするなよ!君の旅行でもあるんだぞ!?」
「まさかオープンカーで来るなんて思ってなかったもん!」
二人は睨み合った。
先に顔を逸らしたのはサラだった。
「いいわよ、行きましょ」
「でも・・・」
「あれで移動するしかないんだから、仕方ないでしょ」
「服が濡れてしまう。私はもう、どのみち汚れてるからいいが」
「私もいいわよ。モーテルに着いたら、すぐシャワー浴びて着替えるから」
「タクシーを呼ぼう」
「明日はどうするの?」
「明日取りに来ればいい」
「それで明日来て車がもしなくなってたらどうする?」
「・・・さっき君はジンクスを気にしてたと思ったんだが」
「いいから行くわよ」
サラは雨の中へ走って出て行った。
仕方なく、グリッソムも後を追った。


TBC.