Episode 8 Recollections


Chapter 26 Nightmares...?(Epilogue-2)

宣言通り、サラはモーテルの部屋に入るなり、ローブを掴んでバスルームに籠もった。
グリッソムは、秘かに、モーテルの予約がダブルブッキングするなどのトラブルが起こるのではないかと恐れていたのだが、なんとかその悪夢は回避出来たようだった。
サラはたっぷり時間をかけて、30分近く経ってからようやくバスルームから出てきた。
バスローブを羽織り、バスタオルを頭に巻いて出てきた彼女を見て、グリッソムは、これまでの旅行が思い通りに運んで来ていないフラストレーションが一気に消し飛ぶのを感じた。
彼の口元に浮かんだ微笑に、サラは気付かないフリをした。
「ズボン、一緒に洗ったら?シミになっちゃうわよ」
「そうだな」
バスローブを掴み、グリッソムはいそいそとバスルームに消えた。

10分後、グリッソムがシャワーを終えて出てきたとき、ちょうど彼の携帯電話が鳴り始めた。
一瞬迷ったグリッソムだったが、やむを得ず電話に出た。
「グリッソム」
電話の相手はキャサリンだった。
「休みなのは知ってるんだけど・・・」
「キャサリン、今日はダメだ」
サラがチラリと彼を見たのに、グリッソムは気付いた。
「バスタブの死体スープに、虫がたくさん・・・」
「今日は無理だ。街にいない」
「あら」
キャサリンは驚いたようだった。
「珍しいわね」
「だから、大変申し訳ないが、無理だ」
キャサリンの盛大な溜め息が聞こえてきた。
「分かったわ。他を当たってみる」
電話は切れた。
「電源切っておくのを忘れた」
そう言って、グリッソムはサラに向かって携帯電話を振って見せた。
サラが肩をすくめる。グリッソムは電源ボタンを長押しした。そしてそれをサイドボードの上に戻したとき、今度はサラの携帯が鳴った。
慌ててベッドから立ち上がって、サラは自分の携帯をキョロキョロと探した。グリッソムがナイトテーブルを指差すと、急いでそこから携帯電話を取り上げた。
「サイドル」
「休みなのは知ってるんだけど」
「あー、キャサリン」
サラの応答に、グリッソムは思わず笑った。サラはやんわりとグリッソムの脇腹に肘打ちをした。
「バスタブに、死体スープが・・・」
「確かに次は私の番だったけど、今日はオンコールじゃないから」
「どうしてもダメ?グリッソムも休みで、誰もいないの」
「へえ・・・グリッソムも、休みなんだ」
サラはわざとらしく驚いたフリをしたが、隣でグリッソムがまた笑ったのに気づき、思わず振り向いて睨み付けた。
「キャサリン、申し訳ないけど・・・」
街にいない、と言い掛けて、サラは慌てて飲み込んだ。
「今日は、用事があるの」
キャサリンは盛大に溜め息をついた。
「でしょうね」
「ごめん」
「分かったわ」
電話は切れた。
サラは速攻で携帯電話の電源を切った。それを自分のカバンにしまい、サラはグリッソムを見上げた。
「ちょっと・・・申し訳ないわね」
「そうか?」
グリッソムは首を傾げた。
「違反はしてない」
サラは腕を組んだ。
「してるでしょ?」
グリッソムは肩をすくめた。
「まあ、それは目をつむろう」
サラも少し笑い、それからグリッソムを見つめた。
グリッソムはサラの顔にかかっている髪の束をそっと指に絡めた。
「濡れると、まだこんなにカールが出るんだな」
そう言いながら、その髪にそっと口づけた。
サラが静かにグリッソムに歩み寄る。
グリッソムは彼女の顎に指を掛け、上向かせた。
サラはすぐに目を閉じた。
唇が重なり合う。
グリッソムはすぐに口づけを深めた。
「んん」
途中で呼吸を求めてサラは顔を離した。
そして、グリッソムの顎髭をそっと指で撫でながら、少しだけ苦笑した。
「やっぱり、ちょっと、申し訳ないわ」
「死体スープじゃな」
グリッソムも軽く笑った。
「キャサリンには、悪夢ね」
グリッソムはもう一度サラを抱き寄せた。
「こっちは、もう少しいい夢を見よう」
サラは何か言いかけたが、結局何も言わなかった。
グリッソムに押し倒されるまま、ベッドに倒れ込んだ。

************

日差しを瞼に感じて、サラはゆっくりと目を開いた。
すぐに、隣の温かな感触に気付いた。
身をすり寄せ、彼の素肌に頬を押しつけ、サラは笑みを浮かべた。
・・・夢を見なかった。
最近は悪夢と言うより、変な夢になることが多かったが、それでも夢を見た後はすっきりとした目覚めというわけにはいかない。
今日は非常にすっきりしていた。気分爽快だった。
そして、幸せな目覚めだった。
眠りに落ちる数時間前の出来事を思い出して、サラは吐息を漏らした。
彼の情熱には、いつも驚かされる。
サラは左腕を伸ばし、彼の素肌の胸の上にそっと置いた。そして目を閉じて、彼の寝息をしばらく聞いていた。
やがてサラは、彼の腕が彼女の腰を優しく撫でるのを感じた。
「ギル?」
少し顔を上げて、サラはグリッソムの顔を覗き込んだ。
ほんの少しの間があってから、グリッソムの目が開いた。
自分を覗き込むブラウンの瞳に、グリッソムは微笑んだ。
「やあ」
「おはよ」
サラはグリッソムの口の端に、軽く唇を押し当てた。
「朝か?」
「まだ6時よ」
囁きながら、サラはグリッソムの顔に優しいキスを繰り返した。
「んんー」
グリッソムが半分まだ寝惚けたような声を漏らす。サラはうっすらと笑った。
「今日の予定は?海辺をドライブ?」
「天気が良ければな」
サラはクスクスと笑った。
「後でテレビで予報を見ましょ」
「あとで?」
グリッソムはサラを抱き寄せた。
彼の手に導かれるまま、サラは彼の身体の上に乗った。
サラはキスを続けた。
彼の髭、首、耳の後ろ、喉仏、胸元、そして・・・
グリッソムの喉から、くぐもった声が漏れた。
「珍しいな」
彼女の耳に向かって、囁く。
「寝起きにするのは、嫌いじゃなかったか?」
サラはチラリとグリッソムを上目遣いで見上げたが、何も言わず、彼の胸へのキスと甘噛みを続けた。

グリッソムはサラを抱き寄せた。
お互い、まだ荒い呼吸を整えていた。
「だんだん、上手になるな」
「何が?」
思わず顔を上げて聞き返してから、サラは慌てて顔を背けた。
「いや、ダメ、いい。言わないで」
グリッソムはニヤリと笑った。
それからふと、真面目な顔をした。
「女性は、そういう情報をどこで仕入れるんだ?」
サラは思わず再び顔を上げた。
「・・・本気で聞いてないわよね?」
「割と、本気だ」
サラは何も答えず、頭を戻した。
グリッソムの手が、ゆっくり彼女の髪を撫でた。
「教えてくれないのか?」
「言わない」
「ダメ?」
「あなたこそ、あんなのどこで」
「あんなの?」
「んー!」
サラはフラストレーションで思わず唸った。
そして彼の胸に顔を埋めた。
「何でもない!」
グリッソムは笑った。
あのワンピースがいけない。秘かに思って、グリッソムは彼女を強く抱き締めた。
「愛してるよ、ハニー」
サラはグリッソムの胸に唇を落とした。
「愛してる、ギルバート」

************

グリッソムは欠伸をしながら、四肢を伸ばして伸びをした。彼の左腕の中にいたサラが、寝返りを打って背を向けた。
その背骨をそっと指でなぞりながら、グリッソムは肩肘を突いて半身を起こした。
彼女の乱れた髪が、首と肩にまとわりついている。それを優しく払いながら、グリッソムは静かに鼻を寄せると、彼女の髪の匂いを嗅ごうと、思いっきり息を吸い込んだ。
しかし、期待した香りは届かなかった。
眉をひそめ、グリッソムは二回、鼻をすすった。
それから体を完全に起こしてベッドの上に座った。
何度も鼻を鳴らしながら、部屋を見回す。
それから窓の外を見て、目を剥いた。
「サラ!」
大声で呼びかけて、ベッドから飛び起きた。
「サラ!起きろ!」
下着を探して急いで穿く。それからサラの体を揺さぶった。
「サラ!起きるんだ!」
「んー」
サラはもう一度寝返りを打ってグリッソムの方を向いた。
瞼がゆっくり持ち上がる。
「ギルバート?」
掠れた声はいつもなら彼にとってはセクシーに感じるのだが、今だけは暢気さに腹が立った。
「起きろ!サラ!」
グリッソムはカバーを剥がした。現れた下着を掴んでサラの体に投げた。
「なんか・・・煙臭い」
上半身を起こそうとしながら、サラが呟いた。
「煙が出てるんだ!」
サラは飛び起きた。
「どこ?」
「分からん。早く部屋を出るんだ!」
サラはガウンを掴んだ。パンティーだけ履いて、ブラジャーは無視して、ベッドを飛び降りた。
「携帯・・・携帯・・・あ、財布も」
「急いで!」
Tシャツを頭からかぶりながら言って、グリッソムは部屋を飛び出た。
前夜にちらりと見た避難路の案内を思い出し、廊下を見回す。非常ベルを見つけると駆け寄って叩き割った。
鳴り響く警報ベルに、サラは一瞬耳を塞いだが、直ぐに部屋を飛び出た。
グリッソムは周囲を見渡した。
警報ベルに驚いて出てきた宿泊客たちが、不安げに周囲を見回している。
グリッソムはある部屋のドアの下から、煙が漏れてきているのに気付いた。二人が泊まっている部屋の二つ隣の部屋だった。
「消防を呼べ!」
サラにそう指示して、グリッソムはその部屋の前に立った。
扉をそっと触る。まだ熱くはない。まだそれほど燃え上がってはいないはずだ。
グリッソムはサラが携帯電話を取り落として拾い直すのを横目で見ながら、拳でドアを叩いた。
「誰かいますか!?」
何人かの人間が、グリッソムの周りに集まってきていた。
「消火器を持ってきたぞ!」
グリッソムがドアの前から一歩下がると、その男は、ドアノブに消火器をぶつけはじめた。
ドアノブは直ぐに壊れた。
消火器を持っていた男が、ドアを蹴破った。
ベッドに人の足が見えた。
「誰かベッドにいる!」
Tシャツの裾を引き上げて口を覆い、グリッソムは部屋の中に飛び込んだ。消火器の男がその後に続いた。
白い煙が部屋に充満していた。腕で目を庇いながら、グリッソムはベッドに駆け寄る。
女性の足がカバーからはみ出ていた。
グリッソムはカバーごと、女性を抱き上げた。
「くっそ、火元はどこだ?」
消火器男が部屋を見回した。
「他に人影は?」
グリッソムが尋ねると、男はバスルームを覗いた。直ぐに顔を戻した。
「他には誰もいない!!」
「この女性を運ぶのを手伝ってくれ!」
「でも、消火器・・・」
「消火は消防に任せろ!」
男は消火器を下ろすと、グリッソムに駆け寄った。

グリッソムは彼と女性を抱えながら部屋を出た。女性の体はとても軽かった。サラより軽いかも知れない、とグリッソムは思った。
中庭まで運び終えて女性の体をやっと下ろした。
サイレンが近づいてくる。
グリッソムは荒く呼吸をして、軽く咳き込んだ。
「ギル!」
サラが駆け寄ってくる。
「大丈夫!?」
彼の頬を両手で挟んで振り向かせる。
グリッソムはサラの腕にそっと手を掛けた。
「大丈夫だ、ちょっと煙を吸っただけだ」
サラに向かって微笑んで見せてから、グリッソムは女性の方に向き直った。
カバーをそっと剥がし、女性の脈を確認しようとした。
しかしその手は、カバーを少しめくったところで固まった。
「ギルバート・・・」
サラは額を抑えた。
「これ・・・人間じゃない・・・」
サラの笑いを堪えた声がする。
「・・・の、ようだな」
グリッソムはまだ自分が見ている物が信じられない様子で、それを凝視した。
「・・・これは、なんだ・・・」
グリッソムの呟きに、サラは両腕を組んだ。
「それは、あなたの方が詳しいと思うけど」
グリッソムは目を見開いてサラを見上げた。
「・・・何に使うんだ、この人形」
サラは噴き出した。グリッソムが思わずサラを睨む。
「あたしに聞かないで」
サラは苦笑して首を振ったが、その顔には、使い道を知っているとはっきり書いてあった。
その時、
「マリリン!」
人垣をかき分けてTシャツとハーフパンツ姿の男が飛び出てきた。
「俺のマリリン!」
30代半ばくらいのラテン系の男は、「それ」の側にしゃがみ込みながら、グリッソムの手を払いのけた。
「マリリン!大丈夫か?!」
サラとグリッソムは顔を見合わせた。
人垣から、忍び笑いが漏れ始めた。
サラは顔を背けた。お腹の辺りを抑え、そして肩を震わせている。
・・・笑っているのだ。
グリッソムはうんざりと溜め息をつきながら、ゆっくり立ち上がった。
「あー、106号室の客かな?」
「テッド・ボーウェンです」
「テッド、あー、マリリンは、無事だ、・・・たぶん」
「ああ、マリリン!良かった!」
男は「それ」を抱き上げた。
消防車が到着した。106号室のボヤは直ぐに鎮火した。
グリッソムとサラは、108号室までびしょ濡れになるのではないかとハラハラしながら見守っていたが、その最悪の事態だけは避けられた。
「ちょっとお話伺ってもいいですか?」
男性に話しかけられ、二人は振り返った。
警官だった。
「あなたが、あー、『マリリン』さんを助けた方ですね?」
「『マリリン』さん」
サラが思わず繰り返し、そして口元を抑えた。しかし笑いは抑え切れていなかった。
警官もまた、苦笑いをサラに返した。
「一応、決まりなんで、2~3、質問します。形式的な物です」
「私はギル・グリッソム。108号室に泊まっていた。窓から煙が見えたので、警報ベルを鳴らした。あのタンクトップの男が消火器でドアノブを壊し、ドアを蹴破った。ベッドに人影・・・と思ったので、連れ出した。以上だ」
グリッソムは聞かれる前にすらすらと答えた。
警官は一瞬ぽかんとグリッソムを見上げ、それから慌ててメモを取り出した。
「ええと・・・108号室の、ギル・・・」
「ギル・グリッソム」
警官はもう一度グリッソムを見上げた。
「ギル・グリッソム博士?」
グリッソムは警官を見つめ返した。
「ラスベガスCSIの、ギル・グリッソム博士?」
警官の目が輝いた。
「お会いできて光栄です!」
警官が興奮した様子で右手を差し出す。グリッソムは苦笑を堪えながら、その手を取って軽く握手した。サラがそっと背を向けたのに、グリッソムは気付いた。
「おととしのセミナー、受けたんですよ!CSIの試験には、落ちちゃいましたけど!」
「そ、そうか」
警官はにこやかに笑いながら、視線をゆっくりグリッソムの体の下の方へ下ろしていった。
Tシャツに、トランクス・・・に、裸足。
グリッソムは今度こそ苦笑を浮かべた。
「ああー、もういいかな?」
警官は慌てて視線をメモに戻した。
「ええと、はい、ああ、はい、いいです」
「それじゃ」
グリッソムは愛想笑いを返して、体の向きを変えた。
「ご旅行ですか?」
その背に向かって、警官がまた大声をかけた。
グリッソムは振り向いて曖昧に笑い返し、肩をすくめた。そしてまた体の向きを戻した。
警官は、グリッソムが一人の女性に近づいてその背にそっと手を回すのを見て小さく笑った。
・・・若い女性とデート、か。
博士ともなれば、愛人もたくさんいるのかなあ・・・
警官は首を振って、慌てて次の客に話を聞きに行った。

「酷い格好」
「君も」
サラは慌ててガウンの胸元を押さえた。
「・・・ガウンに靴も、悪くないな」
そう言って笑いかけながら、グリッソムはふとサラの手を見た。
「・・・カバン?」
サラの逆の手を見る。そちらは空いていた。
「自分のカバンだけ?」
サラは視線を泳がせた。
グリッソムはゆっくり首を振った。
「ねえ、この旅行って・・・」
サラが小さく言った。
「言うな」
グリッソムは慌ててそれを止めた。
サラは一瞬驚いたようにグリッソムを見て、それから頷いた。
「・・・ジンクス?」
「ああ・・・」
サラが小さく笑った。
グリッソムは大きく溜め息をついた。

************

テレビの天気予報で、雨の予報がないことを確認し、二人はオープンカーに乗り込んだ。
シートは何とか乾いていた。
エンジンがしばらくかからなかったとき、二人は半ば諦めかけたが、7回目でようやくかかった。
数時間海沿いをドライブした後、二人はビーチに下りた。
手を繋ぎながら、ゆっくり散歩した。
「サンフランシスコ時代を思い出すか?」
「あんまりビーチに行く時間はなかったわ」
サラは言って、悪戯っぽく笑った。
「ビーチで死体が上がらない限りはね」
グリッソムもまた笑った。
サラはサンダルを脱ぐと、波打ち際まで歩いて行った。
「裾をまくらないと、濡れるぞ」
声をかけながら、グリッソムは今朝彼女が着替えたのを見てがっかりしたことを思い出した。
今日のサラは、TシャツにGパンというラフなスタイルだった。
グリッソムはあのワンピースが恋しかった。

あのワンピースを、脱がしたかっ・・・
グリッソムは頭を勢いよく振った。

サラはしばらく波打ち際を歩いていたが、やがて戻ってきた。
砂を払い、サンダルを履き直している間に、子供が波打ち際を走って行った。
二人はそれを見るとはなしに見送った。
やがてポツリと、サラが言った。
「ハンクも連れてくれば良かった」
グリッソムはサラの腰を後ろから抱き寄せた。
誰かに見られる心配がないというのは、本当に素晴らしい。
「今度はみんなで来よう」
「みんな?」
「家族で」
君と、私と、ハンク。家族で。
耳元で囁かれた言葉に、サラは胸が詰まった。
・・・家族。

サラが目をきつく閉じて唇を震わせるのを、グリッソムは心配そうに見つめた。

「サラ?」

あたしの、家族。

たった一時でもいい。
時間の許す限り。
その幸せに、埋もれていたい。

サラは笑った。
満面の笑みを浮かべて、グリッソムを見上げた。
その瞳は潤んでいたが、涙がこぼれることはなかった。

「ええ」

彼女の笑顔を見て、グリッソムはカメラを持ってこなかったことを激しく後悔した。

彼女の笑顔を。
この瞬間に、縫い止めておきたい。

グリッソムは突然、サラの手を引いて歩き始めた。いや、小走りに走り始めた。
「ギルバート?」
「写真を撮ろう」
「え?」
「今度撮ろうと言って、ずっと撮ってなかった」
「そうね」
「写真を撮ろう」
二人の。
笑顔の。
サラの手をグリッソムは強く握った。

街で写真屋を見つけ、二人は飛び込んだ。
最初はぎごちなく微笑し合っていた二人だったが、カメラマンの巧みな誘導によって、最後には自然に笑い合っていた。
グリッソムの幸福な笑顔は、カメラマンがサラに向かって
「セクシーなお父さんですね」
と言った瞬間に凍り付いたが、それに対してサラが、熱烈なキスを見せつけ、
「失礼しました」
とカメラマンに謝らせたことで、グリッソムは溜飲を下げた。
撮った写真は全部送ってくれと頼んで、注文票に住所を書き込み、それを二人同時にダブルチェックしてから、代金を払った。
グリッソムはオープンカーをひたすら南に走らせた。
ロサンゼルスを過ぎ、ラスベガスに向かって北東に向かった。
途中でタイヤがパンクした時には、二人はうんざりしたように顔を見合わせたが、直ぐに無言で同時に車を降りた。スペアタイヤへの交換は支障なく、まるで仕事中かのようにテキパキ無駄なくスピーディーに終わらせ、再び帰路に戻った。

ベガスに到着すると、グリッソムはサラをアパートまで送った。
別れのキスを軽く交わして、サラは手を振りながら部屋に帰っていった。
グリッソムは余韻を噛みしめながらも、慌ただしく自宅に戻り、シャワーを浴びて潮を落とし、仮眠を取って、ラボへ出勤した。

アサインカードを持って休憩室に入ったとき、グリッソムはなぜ自分の顔を見てみんなが目を丸くしているのか分からなかった。
「街を出てたってのは本当なのね」
キャサリンがなぜか笑いを堪えようとしながら言った。
グリッソムは一同を見回し、サラまでが驚いた顔をして口を開けているのを見た。
「どこ行ってたか知らないけど・・・次からは、日焼け止め、塗った方がいいわよ」
キャサリンが腰に両手を当てておどけた顔をしながら言った。
グリッソムは思わず自分の頬を触った。

・・・海辺のドライブ。
オープンカー。
サングラス。
・・・日焼け止め。

ハッとしてサラを見ると、サラは俯いて笑いを噛み殺していた。
彼女の顔も少し赤らんでいたが、きっと、彼ほどくっきりではないだろう。

「日焼け止めは塗った」
グリッソムは思わずキャサリンに向かって言った。
「塗り直した?」
「は?」
「何時間かおきに、塗り直さないと」
信じられないと言う顔をして、キャサリンはグリッソムを見た。
「あなた何年捜査官やってるの?」
「・・・現場に出るたびには、塗り直してた」
「じゃあ、ずっと外にいたの?」
正味8時間ほどは。
グリッソムは溜め息をついた。
そういえば、サラは時々、クリームを首や腕に塗っていた。
グリッソムは溜め息をついた。
「アサインは?」
サラの声に、グリッソムは顔を上げた。
全員の視線を避けながら、グリッソムはなんとか指示を出し終え、急いで男性用トイレに向かった。笑い声が休憩室から弾けたのは、聞こえなかったフリをした。
鏡を一目見て、グリッソムは肩を落とした。

サングラスの跡が、くっきりと残っていた。


END.

AN : 因果は巡る、ということで、お後がよろしいようで(?)

やっと終わりました~「テルミット」絡みの台詞(「結ばれてはいけない二人」)を書きたかっただけなのに、どんどん話が膨らんでしまいました(汗)
でも、楽しかったです。特にエピローグは。
長らくのおつき合い、ありがとうございました!
よろしければ、一言でもいいので、感想をコメントお願いします。