Episode 12.1 Rescue(06)

AN: 間が空いてしまい済みません。もう色々イロイロありすぎて。取り敢えず、コロナにはならずに過ごしております。また更新していきますので、よろしくお願いします。


シフトスタート時、グリッソムはサラが休憩室でやはり目を合わせようとしないことに気付いていたが、表面上は気付かないふりをした。
「サラ、オフィスに」
他のメンバーへのアサインカードを配り終えた後で、グリッソムはそれだけ言って、自分のオフィスに戻った。
サラもまた、無言で立ち上がると、気遣うように見ている同僚達に一瞥もくれず、休憩室を出て行った。
「なに」
オフィスの入り口で、サラはグリッソムに短く声をかけた。
机を回ったところで振り向いたグリッソムは、サラが入り口に立ったまま、腕組みをしているのを見た。
・・・いきなり臨戦態勢か。
溜め息をつきながら、
「ドアを閉めて、こっちに来なさい」
グリッソムはサラに指示した。
サラはそれでもドアを静かに閉めて、机の前までやってきた。だが座らず、立って腕組みをして俯いたままだった。
「なに」
グリッソムもまた、椅子には座らず、少し戻って、机の角に寄り掛かった。
「君にはしばらく、ラボの中でだけ作業して貰う」
「は?」
その瞬間にサラの怒りが沸騰したことを、もちろんグリッソムは分かっていた。
「昨日と言ってることが違うじゃない!昨日は、だから、ペアを組むって」
「昨日ラボに戻ったときのことを考えてみろ」
サラがギリギリと奥歯を噛んだのが、グリッソムにも分かった。
「ああいうことが、現場でまで起こると困るというのが、エクリーの意見だ」
「信じられない。エクリーの言うこと聞くわけ!?」
「サラ!」
思わずグリッソムは大声を出した。サラは気圧されたように黙った。
「私も、エクリーの意見に、賛成だ」
「は?」
サラは口を開けて何か言おうとしたが、結局何も言わず、ただ、信じられない、と言う顔をして首を振っていた。
「自分の名前と顔が、追求されるのがそんなにイヤなら、これは我慢して欲しい」
グリッソムは、またしても自分が言葉の選択を誤ったことに気付かなかった。
「私が嫌がってる理由を、あなたは理解してくれてると思ったのに」
サラは声が震えるのを堪えようとしたが、抑えきれなかった。
「理解してるよ」
彼女の両目に涙が溜まるのを、グリッソムは慌てたように見つめた。
「じゃどうしてそんな言い方するのよ!」
「あ、その・・・」
「まるであたしが、我が儘言ってるみたいに」
サラはそこで、言葉を飲み込んだ。
そして急に、脱力した。
「そっか・・・」
両目を閉じて、額を抑えた。
「あたし、我が儘、言ってるだけ、か・・・」
グリッソムはどう言えば良いか分からず、ただオロオロと、視線を動かしていた。
「分かった」
項垂れていたサラは、しばらくして、小さな声で、そう言った。
「言うこと、聞く」
「サラ・・・」
「分かったから。それでいい」
「そうか」
グリッソムは沈黙した。
サラも黙り込んだ。
やがてふとグリッソムは体を起こすと、机に回り込んだ。引き出しから、名刺を取り出す。
サラはその動きを目で追っていた。
「警官援助プログラムのカウンセラーの連絡先だ」
「それはもう知ってる」
反射的に答えてから、サラはふと、首を傾げた。
「必要?」
「こういうケースでは、必ず一度はカウンセリングを受けてもらうのが、決まりだそうだ」
「事故に遭ったのはあたしじゃないけど」
サラは眉をひそめた。
「悲惨な事故や災害の生存者と、その救出に関わった人物の中には、その後の人生を壊してしまう者が、少なくないんだそうだ」
サラはまだ、よく分からない様子で、瞬きを繰り返していた。
「もっと何か出来たはず、もっとやれたはず、もっと助けられたはず、と、自分を責めてしまうそうだ」
サラは怪訝そうに顔を上げた。
「でも・・・子供達は、全員・・・命は、無事、でしょ?」
言葉に詰まりながら、サラは尋ねた。
グリッソムはサラを安心させるかのように、頷いて言った。
「両足切断の少年は手術後の容態は安定しているそうだ。脾臓破裂の少年も、摘出手術の後、意識を回復したそうだ」
「じゃあ、もう・・・」
「この後、後遺症や何かで、残念な結果はあるかも知れないが、それはもう、事故とは直接の関係は無い。・・・君に責任は無い」
グリッソムは優しく諭すように言った。
目を閉じて、ふうーっと、サラはかなり長い息を吐いた。
肩にのしかかっていた何かが、明らかに薄れたのを、サラは感じていた。意識はしていなかったが、やはり張り詰めていたのだ。
「カウンセリングは、勤務時間中でも、行って構わないから」
再び、優しく囁くように、グリッソムは言った。
サラはしかし、僅かに眉を寄せた。
「・・・必要?」
そして再び、同じ質問をした。
グリッソムは小さく溜め息をついた。
「何でも良いから、話しておいで。最近いろいろ・・・あったし」
「あたしは大丈夫」
咄嗟に返すサラに、グリッソムは余計に危機感を募らせた。
「なあ、サラ」
しばし言葉を探して、それから、グリッソムは、ふと口元を綻ばせた。
「もし、胸焼けが酷いなら・・・薬を使うのも、ありじゃないか?」
サラは上目遣いでグリッソムを見た。
数秒して、脱力したように息を吐き、そして苦笑を浮かべた。
「分かった。・・・ラボに缶詰めの間に、行っとく」
「それがいい」
グリッソムもまた、肩をすくめて、出来る限り軽い調子で言った。
ふうっとまた長い息を吐いて、サラはそれから顔を上げた。
「どれくらい、この状態が、続くと思う?」
グリッソムは少し首を傾けて考えた。
「一月もすれば、次のニュースにマスコミの興味は移っているさ」
「一ヶ月もあなたとデート出来ないなんて」
サラの不服に、グリッソムはちらりと口角を上げた。
「そうだな、私も、辛いよ」
そうして二人はしばらく、見つめ合っていた。
グリッソムのオフィス電話が鳴って、ようやく、ふたりは視線を外した。
「グリッソム・・・二時間後?・・・ああ、分かった」
溜め息と共に受話器を置くと、グリッソムはサラを見た。
「エクリー?」
「そうだ。君も一緒に、保安官事務所に来て欲しいそうだ」
「また、表彰の件?」
「恐らく」
二人は同時に溜め息をついた。

************

「やあ、ミス・サイドル」
保安官事務所の会議室に入ったとき、サラはラスベガス市長を見て眉を跳ね上げた。
「初めまして、市長」
まずい。市長が直接お出ましだ。
これは、逃げ切れる気がしない。
サラは助けを求めるようにグリッソムを見たが、グリッソムもまた眉を上げてサラを見つめ返すだけだった。
部屋には、保安官、副保安官、そしてエクリーもいた。
「君は、表彰を辞退しているそうだな?」
「あの、はい・・・」
サラは額の冷や汗を拭った。
「当たり前のことをしたので、不要、です」
「はっはっは、ずいぶんな謙遜家だな。副保安官が聞いている、エクリーからの評価は随分違うようだが」
市長は大袈裟に笑いながら言った。副市長がお愛想笑いを返している。
サラはますます冷や汗が湧き出るのを感じた。
きっと傲岸不遜とか書かれているんだろう。
否定はしない。
「君は全米トップクラスの解決率を誇るこのラスベガスの鑑識ラボの中でも、最も高い解決率を誇っていると聞くぞ」
「そういうチームの一員でいられることは光栄です」
グリッソムはちらりとサラを見た。サラは周りが思っている以上には、儀礼的でいられるのだ。
「是非、市を代表して、君の勇気ある行動を、称えたい」
「あの、ですから・・・」
「経歴も素晴らしいし、市民が、いや、全米が、君の行動を賞賛するだろう。恥ずかしがることは無い」
空々しい言葉の気味悪さに、サラは思わず身をぶるっと震わせた。
いっそ正直に、「政治ショーに利用したいから協力してくれ」と言われた方がよっぽどマシだ。
サラはちらりと室内を見回した。不満そうにしているエクリーが目に入った。サラが褒められて悔しいのだろうか。だがなぜか、サラは快哉を叫ぶ気にはなれなかった。
「そういうことを望んで、やったことでは無いので・・・」
サラは声を絞り出して言った。
「保安官」
やっと、グリッソムが声を上げた。サラは縋るような目で、グリッソムを見た。
「私がお話しした懸念は、市長に説明頂けたんでしょうか?」
「あー、まあ」
保安官は言葉を濁した。
グリッソムは市長に向き直った。
「市長、彼女は現場の捜査官です。まるでアイドルを追いかけ回すようなことをされて、現場を荒らされるようなことがあると、非常に困ります」
グリッソムは市長と副市長を交互に見ながら言った。
「そして裁判では、検察側に着く人間です。陪審員が、『英雄』の証言を、予断無しに聞けると、思いますか?」
「・・・有罪にしやすくなるなら、別にいいのでは?」
副市長の答えに、グリッソムは溜め息をつきながら首を横に振った。
「予断が入る余地をこちらから作るべきでは無いんです。弁護側にそこを突かれたらどうします?彼女が有名人であるが故に、私生活を暴かれて、些細なことをあげつらわれるようになったら、捜査も裁判も破綻してしまいます」
「暴かれて困るようなことがあるのか?」
皮肉めいた市長の言葉に、サラは思わず俯いた。
・・・ありまくるから困っているのだ。
だがグリッソムは冷静だった。
「些細なことが、取るに足らないようなことが、攻撃されるようになってしまいます。例えば、彼女が・・・、あー、ゴミを道ばたに捨てたとか」
そんなことしないもん、とサラは思ったが、勿論黙っていた。
「そんな、小さなモラル違反を書き立てて、一度は自分たちが祭り上げた『英雄』を、マスコミがいかに貶めるか、よく、ご存じでしょう?」
市長と副市長はちらりと互いに顔を見合わせた。
「弁護側が、そういったことを助長させる可能性もあります。ですから、最初の段階で、彼女の名前の流出を防ぐ手立てを保安官にお願いしました」
そうだったのか、とサラは秘かに感心していた。
「本人が喜んで表彰を受けるというのなら、私も反対はしません。ですが、当人が騒がれることを望んでいない以上、政治ショーに利用しようとすることは諦めて頂きたい」
言い切ったグリッソムに、サラは目を丸くして彼を見つめた。

・・・すごい。見直した。はっきり言っちゃった。

ぱちくりと瞬きをしているサラに、グリッソムは気付いていたが、じっと市長を見たままで、微動だにしなかった。

しかし内心では、冷や汗を掻きまくっていた。
言ってしまった。
・・・やれば出来るじゃ無いか、ギルバート。凄いぞ。

市長、副市長が不快そうに口元を歪めるのを、グリッソムもサラも見ていた。
保安官と副保安官がヤキモキした様子で、顔を見合わせている。
室内の空気は一気に緊迫した。

「あの、よろしいですか?」
その空気を破ったのは、エクリーだった。
「何だ、エクリー」
副保安官のマッキーンが苛立たしそうに言った。
「ラボの局長としても、一つ、お伝えしておきたいことが」
君はまだ局長「代理」だろう、とグリッソムは内心で突っ込んだが、声には出さなかった。
彼もサラが表彰されることには反対していることは知っていたので、今はたとえエクリーの助太刀でも欲しかった。
「話せ」
保安官が促す。
エクリーは頷き、サラを見た。
「サイドルの経歴は、決して手放しで喜べるものばかりでもありません」
サラは息を飲み込んだ。
・・・まさか、彼は、両親のことを・・・心臓が早鐘のように打ち始めて、サラは息苦しさを覚えた。
慌ててグリッソムを見るが、彼もまた、目を細め、警戒するようにエクリーを見ていた。
「どういう意味だ?」
市長が聞き返した。
一つ咳払いをして、エクリーはサラを見た。その顔には、皮肉めいた笑みが浮かんでいた。
「彼女は、ラボで最もたくさんのクレームを受けている人物です。容疑者、関係者、弁護士、もろもろから、まんべんなくクレームを貰っています。彼女はどうも短気でして」
サラは唇を噛んだ。
・・・まあ、事実だから否定は出来ない。
「正直、そのような記録がマスコミに漏れた場合、彼女の英雄としての評価は、一気に墜ちてしまうかと。政治ショーに利用するには、いささか・・・、リスクが高いのでは?」
サラは小さく瞬きを繰り返した。
・・・自分の不名誉な記録を、恥じるべきか、喜ぶべきか、よく分からなくなってきた。

「そうなのか・・・?」
市長が保安官と副保安官に尋ねる。
二人は互いに、眉をひそめた。
「しかし・・・」
市長は尚も、諦めきれない様子で、腕を組んだ。
「何か、あるだろう?警察組織が、こう、人道的に、市民を助ける組織だと、うまく、アピールする方法が。・・・どうだ、保安官?」
市長に振られ、保安官は副保安官を見た。
「どうだ?」
マッキーンは顔をしかめ、エクリーを見た。
「何かあるか?」

サラは早くこの茶番劇から退出したかった。もぞもぞと足を踏み換え、ちらりとエクリーを見る。
エクリーは真面目そうに考え込んでいた。
「このままではマスコミも追いかけ回すのをやめないでしょうし、何か餌は撒いて、この騒ぎに終止符を打つ必要はあります」
あたしは餌?と思ったが、サラは黙って耐えていた。
「私が会見しましょう」
唖然として、サラは顔を上げた。
それがいったい何の解決になるんだ、とサラは怒りを込めてエクリーを睨んだ。
グリッソムもまた、不審そうにエクリーを見ていた。
「彼女の声明をそこで発表します。彼女の直筆声明文を、各社にFAXして、そうですね、肉声で読み上げた録音も流すというのはどうでしょう。それで彼女自身の言葉で、これ以上騒がないで欲しいと言えば、まあ、たいていは収まるでしょう」
一同に沈黙が降りた。
それがいったいどれだけ有効なのか、吟味しているのが、市長と副市長の顔からはっきりと分かった。
「この方法のメリットは」
エクリーは咳払いを挟んで、続けた。
「個人への賞賛を、ラボ全体、ひいては警察組織全体への賞賛にすり替えられることです」
サラはうっかり感動しそうになっている自分に気付いた。
エクリーって、本当に組織のことしか考えてないんだ、と。
そして今は、彼のその思考の巡り方に、感謝している自分に。
「ふむ・・・なるほど」
真っ先にそう言ったのは、保安官だった。
警察組織のトップである彼にしてみれば、組織全体への賞賛は、イコール、彼への賞賛、彼の成果、彼の成功である。
うまいなあ、とサラだけでなく、グリッソムですら、エクリーの提案のしたたかさに、感心していた。
そして、ちゃっかり会見の主役を自分にしていることにも。
「私も会見に参加していいか?」
保安官が言い出した。
「私が君と握手するというのはどうだ?警察組織としての、健全性、盤石性を、アピール出来ないものかね」
「それならば、私も出席したい」
市長が口を挟んだ。
「市と警察の良好な関係を、アピールしたい」
そして4人の政治家達が喧々諤々と話し合い始めるのを、サラは苦笑して見守った。
「グリッソム、サイドル」
名前を呼ばれて顔を上げると、エクリーが二人の側まで来ていた。
「君たちはもういい。後はなんとかする。ラボに戻れ」
グリッソムとサラは顔を見合わせた。
「あー、コンラッド、その・・・」
グリッソムは頭の後ろを掻いた。
「その、ありがとう」
「君のためにしたんじゃない」
エクリーは歯牙にも掛けない言い方で返事をした。しかし、その口元が小さく笑ったのを、グリッソムもサラも見逃したりはしなかった。
「サイドル、君は声明文を書け」
「あたしが書くの?」
サラが意外そうに聞き返したので、エクリーも、そしてグリッソムも驚いて顔を見合わせた。
「君の声明文だ、他に誰が書くんだ」
エクリーの言葉に、
「あなたが、適当に書くのかと」
サラは肩をすくめて言った。
「ゴーストライターにはならん」
エクリーはそう言って踵を返すと、
「朝までに書いておけ」
そう言って政治家達の輪の中に戻っていった。
グリッソムもサラも、まだエクリーの対応にいささか呆気にとられていたが、やがて頷き合うと、そっと部屋を後にした。


TBC.

AN2: エクリー嫌いじゃないです(笑)