Episode 12.1 Rescue(07)
Spoilers : S1#7(惨劇の家/Blood Drops) / S5#13(人形の牢獄/Nesting Dolls)
保安官事務所から帰りの車中で、最初に口を開いたのは、サラだった。
「エクリーの、言ったとおりに、なると思う?」
「今はそう願うしか無いな」
運転席で小さく肩をすくめ、グリッソムは答えた。
「あたし・・・」
サラはふと、笑った。
「うっかりエクリーのこと見直しそうになっちゃった」
グリッソムも思わず笑った。
「私もだ」
二人は視線を合わせた。そしてまた、笑い合った。
「エクリーに感謝するときが来るなんて、思ってもみなかった」
「だが、彼の論理は筋が通っていた。目論見通り行くのを、祈ろう」
「ね、ふと思ったんだけど」
サラは急に深刻そうに言った。
「内部リークは、心配しなくて大丈夫?」
「内部リーク?」
「ホッジスみたいなお喋りが、記者におだてられてぺらぺら喋っちゃったりしない?」
「それなら大丈夫だ」
やけに自信たっぷりにグリッソムが言うので、サラは眉をひそめた。
「それはとっくにエクリーが釘を刺してある。『捜査情報をマスコミに漏らしたらどうなるかわかるよな?』という趣旨の脅迫メールが、事故の直後に全員に送られてきたからな」
「私のことは、『捜査情報』?」
「君は事故の目撃者だ」
「ああ、そうか」
サラは妙に感心したように頷いた。
「・・・やっぱり、エクリーのこと、見直しちゃいそう」
心配そうにぼやいたサラに、グリッソムは思わず笑った。
「あいつのことは同僚としては嫌いだし、上司としても大嫌いだが・・・」
グリッソムがふと真面目な顔をするのを、サラは窓枠に頬杖をつきながら見た。
「組織には、まあ、必要な男なのかも知れないな」
「かもね」
それだけ言って、サラは窓の外を見つめ始めた。
「サラ、・・・あー、話したいことが・・・」
そんなサラをチラチラ横目で見ながら、グリッソムは切り出そうとしたが、
「無理」
すげなく返され、唇を噛んだ。
「サラ」
それでも懇願するように言うと、サラは
「時間切れ」
そう言って窓の外を指差した。
彼女の指差す方向を見て、グリッソムは溜め息をついた。
ラボの駐車場の入り口が、近づいていた。
************
ラボに戻った後、サラは残りのシフト時間を、エクリーに提出する「声明文」を書き上げるのに費やした。
最後にグリッソムに渡して添削を頼んだときは、緊張でドキドキした。
まず彼が何を思うかがとても不安だった。
だがグリッソムは、
「さすがだ、文法ミスもスペルミスも無い」
と妙な感想だけ述べて、
「アーチーに録音セッティングを頼んであるから、行くといい。終わったら、録音データと一緒にエクリーに届けるよ」
と、机の上の書類との格闘に戻っていった。
そういう感想が聞きたかったんじゃないんだけどな、と、少々落胆しながら、サラはアーチーの待つAVラボへ向かったのだった。
録音はまた緊張して何度か噛んでしまい、録り直しも数回に及んだが、最終的には何とか形になった。
それをまたグリッソムに届け、「おやすみ」を言って、サラはラボを出た。例によって、また裏口から出る必要があった。その前に保安官事務所から二人で戻ってきたときも、駐車場にまばらにカメラマンらしき人がいて、それもやり過ごす必要があった。
早くこんな状況は終わって欲しいと、サラは切に願った。
無事にラボを出たサラは、ブレンダを見舞うため、再びデザート・スプリングス病院を訪れていた。
病室のカーテンを開けると、ブレンダの笑顔と、そして車椅子の少年がサラを出迎えた。
「サラ!」
ブレンダが手をひらひらと振って歓迎する。
サラは二人に軽く挨拶しながらベッドに近寄った。
「お友達?」
少年を見ながらサラが尋ねると、ブレンダと少年は、クスクスと笑い合った。
「あなたは、僕の命の恩人です」
15歳ほどだろうか、黒人の少年は丁寧にそう言って、サラに右手を差し出した。
「ああ・・・」
サラは躊躇いながら彼の手を取った。
記憶が甦る。サラは手を出せないと、自身の手での救出を諦めた少年だった。彼は最後にバスから救出された。助け出すために、両足を切断せざるを得なかったのだ。
「確か・・・スティーブン、だったわね?」
バスの中で、名前を聞いて、励ました。その時のことを思い出しながら、サラは尋ねた。
「はい」
はにかむように、スティーブンは答えた。
「ブレンダといれば、あなたに会えるって聞いて、待ってました」
「あー、そうなの?」
サラはブレンダを振り返り、そしてまたスティーブンを見た。
「お礼を言いたくて」
「お礼?」
サラは首を傾げた。
「私は、何もしてない」
ブレンダのことは、確かに助けたと言えるかも知れない。でも、スティーブンには、何も出来なかった。
スティーブンは、ぶんぶんと首を横に振った。
「励まして、くれた。僕の名前を呼んで、手を握ってくれた」
サラは首の後ろに手をやった。
「僕、あの時・・・死んじゃうのかな、って思った」
スティーブンは自分の膝の上に置いた両手に目を落とした。
「痛いし、苦しいし、死んじゃうの、楽かなって」
サラは僅かに眉を寄せてスティーブンを見つめた。
「でも、サラが名前を呼んでくれて。僕の目を見てくれて。それで、あなたの目を見たら、ママを思い出して」
そう言いながら、スティーブンは笑顔を見せた。
「僕のママの目と、同じ目の色だったから」
「ああ」
何と言っていいか分からず、サラは視線を少し彷徨わせた。
「サッカーはもう出来ないけど・・・」
そこで少し、さすがにスティーブンは悲しそうな表情をした。
「車椅子でも出来るスポーツはたくさんあるって、パパが言ってたし、それに・・・ホントのこと言うと」
スティーブンはなぜか急にひそひそ声になった。
「ぼく、キーパーやらされてるの、ホントは嫌だったんだ」
「そう・・・」
サラは言葉が喉に詰まってしばらく何も言えなかった。
「ね、サラは陸上とバスケ、どっちが好き?」
ブレンダの唐突な質問に、サラは首を傾げて振り向いた。
「あたしは、どっちも・・・やるのは、苦手」
「見るのは?」
「そうね・・・リレーなんかは、見るの楽しい、かな」
「ほら!だから陸上の方がいいって!」
ブレンダはパッとスティーブンの方を向いていった。
「えー、僕はバスケがいい」
サラは二人の顔を見比べた。
「何の話?」
「義足を付けて陸上選手になるか、それとも車椅子バスケをやるか、ブレンダと話してたんだ」
「この間、オリンピックがあったでしょ?・・・その後にパラリンピックっていうの、やってるの知ってる?」
「え?ええ、ああ・・・」
ブレンダに聞かれ、サラは少し頷いた。つい最近、冬季オリンピックがあったのは何となく知っていた。確かイタリアのトリノだ。その前の夏季オリンピックは、どこだったっけ。
「パパのお姉さんがね、なんかそういうお仕事してるから、私知ってるんだ」
ブレンダが得意そうに言う。福祉事業をしているのだろうか、とサラはぼんやり考えた。
「スティーブン、そろそろ時間だ」
カーテンをめくって、男性看護士が現れた。
「えー、もう?」
ぷくーっと膨れて、スティーブンが抗議する。看護士は笑いながら、スティーブンの車椅子に回り込んだ。
「そろそろ鎮痛剤が切れる頃だろ。本当は痛いの我慢してるんじゃ無いのか?」
「痛くないやい!」
「やせ我慢するなって。ちゃんと安静にして、早く治さないと」
「大丈夫だもん!」
「早く退院して、バスケやるんだろう?俺も元バスケ選手なんだ。早くシュート対決しようぜ」
「元って、小学生の時なんだろ?僕の方がうまくなるに決まってらあ」
「おおー、大口叩きやがって」
わいわいと話ながら去って行くスティーブンを、サラは言葉少なに見送った。
しばらくほとんど、茫然としていた。
・・・子供は、何て、強いのだろう。
少しして、サラは自分の左手を軽く引っ張る指に気がついた。
「サラ?」
見ると、ブレンダだった。
ブレンダはサインペンを手に持って、それを振っていた。
「ね、サインして」
「サイン?」
聞き返したサラは、ブレンダが指差す先に目をやって、笑みを浮かべた。
彼女の足首のギブスには、友人や家族が描いたのだろうか、サインやイラストで埋め尽くされていた。
「私が描く場所残ってる?」
言いながら、サラはブレンダの足下近くのベッドに腰を下ろした。
「なんか、描いて」
ブレンダに言われ、サラは考え込んだ。
「何がいい?」
何も思いつかないので、諦めて聞くと、ブレンダは、うーん、と腕組みをして考え込んだ。
「なにか、ざゆうのめいとか?」
「座右の銘」
サラは思わず繰り返した。
「難しい言葉知ってるじゃない」
「教科書に書いてあった」
ブレンダが得意げに言う。
サラはベッドサイドのテーブルに目をやった。
「勉強してたの?」
「・・・少しだけ」
「えらい」
ブレンダは照れ臭そうに鼻の下をこすった。
「そうねえ・・・座右の銘・・・」
サラは真剣に考えた。
私を今まで支えてきた言葉って、何だろう。
しかし思いつくのに、それほど時間はかからなかった。
「ん、決めた」
キャップを外し、サラはギブスの上に、可能な限り小さな字で、書いた。
「Never give up?」
体を斜めにしながら何とか読んだブレンダが、確認するようにサラを見て聞いた。
「そう。諦めない」
ブレンダもまた、真面目そうな顔をして、その文字を見つめていた。
「ね、ブレンダ」
サラはペンをテーブルの上に置き、ブレンダの近くに移動して、また座り直した。
ブレンダの顔を覗き込む。
「絶対、諦めちゃ、ダメ。何事も」
「それが、サラの、ざゆうのめい?」
「・・・私の人生を、支えてくれた言葉」
「ふーん・・・」
ブレンダの眉が、僅かに寄った。
その表情は、サラに、ブレンダが「バッファロー」と言った瞬間の、およそ虚無に近い表情を思い出させた。
彼女の中にも、暗い闇がある。彼女はこれから、長い人生をかけて、それと戦っていかなければならない。
それでも。
諦めて、欲しくない。
サラはブレンダの頬を両手で挟んだ。
「ブレンダ。幸せを、諦めないで」
ブレンダはじっとサラを見上げた。
「幸せになることを、諦めないで。あなたは、幸せに、なっていいの」
ブレンダはしばらく、黙ってサラを見上げていた。
それからゆっくりと、頷いた。
「うん。私、幸せになる」
「本当?」
「サラは?」
ブレンダに聞き返されて、サラは思わず苦笑した。
「私?」
「サラも、幸せになる?」
サラはどう答えようか迷い、しかし、素直に言うことにした。
「努力してるところよ」
「諦めない?」
なぜかサラは、真っ直ぐにブレンダに見つめられ、心の奥底まで見透かされているかのような感覚に陥った。背筋に軽く震えが走った。
思わず深呼吸をしたが、胸が震えた。
「ええ、諦めない」
・・・諦めませんとも。
「約束?」
「するわ。だから、ブレンダ、あなたも約束よ?」
「うん。お姉ちゃんとも、そう約束したから」
サラは一瞬言葉に詰まった。彼女が「姉」と呼ぶ人物は、本当は、彼女の産みの母親なのだ。
言葉が見つからず、サラはただ、ブレンダの頭を撫でた。
「お姉ちゃんに、会いたいな・・・」
そう言うと、ブレンダの瞳から、涙が一滴、流れ落ちた。
サラはそっと、ブレンダの顔を抱き寄せた。
この時になって、サラは、なぜブレンダが自分に会いたがったのか、やっと分かった気がした。
それは、サラが、彼女が失った「家族」に繋がる、唯一の記憶だったから。
・・・サラ自身があの日、繋いだソーシャルワーカーの女性の手を、離そうとしなかったように。
あの日。一度全てが、切り裂かれた日。
全てが一度、終わった日。
二度と戻れない日々と、現在とを、引き裂いた、あの日。
ブレンダもまた、その日々を手放せずに、いるのだろう。
サラはただ、小さな声で囁きかけながら、ブレンダの背を撫で続けた。
やがて顔を上げたブレンダは、
「本、読んで」
そう言いながら、目をゴシゴシと掻いた。
「本?赤毛のアン?」
机の上に置かれた本に目をやりながらサラが聞くと、ブレンダはこくりと頷いた。
「分かった」
二人はベッドの上に座り直した。
本を開き、同じページを覗き込んだ。
「さあ、ブレンダ、時間よ」
カーテンを勢いよく開けて、ブレンダの養母、エミリーが入ってきた。
「あら、サラ。こんにちは」
「どうも、エミリー」
「ブレンダ、準備は終わってるの?もう時間よ」
「時間?」
サラは二人の顔を見比べた。
「退院するの」
ブレンダは言って、それから脇に立てかけてある松葉杖を指差した。
「そうだったの。おめでとう」
サラが笑いかけると、ブレンダもにんまりと笑った。
「ブレンダ、あれ、サラに渡したの?」
ブレンダの荷物を集めながら、ふとエミリーが言った。
松葉杖を取って立ち上がろうとしていたブレンダは、
「あ、忘れてた!」
そう言ってまたベッドに座ると、枕の後ろから一枚の画用紙を取り出した。
「うんと前に描いた絵だから、すっごく下手くそなんだけど・・・」
ブレンダはもじもじとしながら、その絵をサラに手渡した。
「サラのこと描いた絵だったから、渡したくて」
「私を描いたの?」
サラは眉を上げながら、絵を手にとって眺めた。
子供が描いた絵は、確かにお世辞にも上手な絵とは言えなかったが、黒髪の女性と子供が手を繋いでいる絵だということは分かった。
そしてその女性の上には、青いクレヨンで、「SARA」、子供の上に、「ME」と書かれていた。
「うちにきて、直ぐに描いた絵なんですよ」
エミリーがそっとサラの肩に手を置きながら言った。
サラは胸にこみ上げたものが何なのか、分からないまま、鼻をすすった。
「これ、あたし?」
「うん・・・下手くそで、ごめんね」
申し訳なさそうに言うブレンダに、サラは首を激しく横に振った。
「ううん、ありがとう。凄く、嬉しい」
サラは思わず、ブレンダを抱き締めていた。
そしてその自分の行動に驚いて、直ぐ離れた。
「もう本当に忘れ物無い?」
エミリーに急かされながら、身の回りの準備をするブレンダを、サラは不思議な感覚に包まれながら見ていた。
・・・この気持ちって、なんだろう。
グリッソムに対して感じる愛おしさとも違う、これは、いったい、なんだろう。
「それじゃ、私たちは、これで」
エミリーの声に、サラは我に返った。
「ああ、ええ、お元気で」
「あなたも。いろいろと、ありがとう」
「こちらこそ」
サラはそれから、ブレンダに向き直った。視線を合わせて少ししゃがみ込む。
「無茶はしないのよ?」
「はぁーい」
唇を尖らせて、反抗的にブレンダは返事をした。ママみたい、とその目が不満を訴えていた。
サラは笑いながら、おでこを軽く指でつついた。
「本、読んでね」
ブレンダは、「赤毛のアン」を、大事そうに抱え込んだ。
「うん」
「それじゃ」
頭を軽くぐるっと撫でて、それからサラは腰を伸ばした。
松葉杖を突いて歩き出したブレンダは、しかし少し行ったところで立ち止まった。
サラを振り返る。
「さようなら、サラ」
そしてにこりと笑い、エミリーを追いかけて去って行った。
二人の姿が廊下の端に見えなくなるまで、サラはそこに立って見つめていた。
サラは手にしたブレンダの絵を見下ろした。
ブレンダはもう、サラに会おうとはしないだろうという直感が、サラの中にはあった。
だから、この絵を、サラに「返した」。もう彼女には、必要が無いから。
だから最後に、振り返って、「さよなら」を言った。
絵をなぞりながら、
「子供って、不思議。・・・凄い」
サラの口から思わず呟きが漏れた。
それは純真さのなせる業なのだろうか。それとも、純粋な子供ゆえの生命力なのだろうか。
前を向くその強さは、いったいどこから生まれてくるのだろうか。
そして。
私は・・・
人はいつ、それを失っていくのだろうか。
TBC.
AN1: サラちゃん、母性に目覚める?(笑)
AN2: アメリカでは五輪はそれほどメジャーではないそうですね。ちなみに、トリノは2006年冬季五輪で、その前の夏季五輪はギリシャ(2004)です。
