Episode 12.1 Rescue(07)
サラが出勤して休憩室に向かったとき、そこは人で溢れかえっていた。
「何事?」
言ったサラを、一斉に人々が振り向いた。
「あー、来た来た!」
グレッグが部屋の中央で手を振る。そしておいでおいでとサラに手招きをした。
サラが近づくと、一台の椅子が空いていて、そこに無理矢理ニックに座らせられた。
左隣には、キャサリンがニヤニヤしながら座っていて、そして反対の右隣では、グリッソムが苦笑を浮かべていた。
「真の主役のご登場~」
背後でおちゃらけるグレッグを睨み付けてから、サラはみんなが何に注目しているのか、部屋を見回し、そしてテレビの映像に気付いた。
「見ろよ、エクリーの奴、緊張してるみたいだぞ」
ウォリックの言葉に、周囲から笑いが漏れる。
サラはちらりとグリッソムを見た。
グリッソムはただ静かに、頷いてみせた。
「あー、あたしは、別に、これ、見たくないんだけど」
「エクリーの晴れ舞台だぜ、見逃せないだろ?」
ニックが皮肉っぽく言う。
サラは首を横に振った。
「あたし、自分の声なんか、聞きたくないもん」
立ち上がろうと腰を浮かせたサラを、キャサリンが押しとどめた。
「シー!始まるわよ」
会見場にはラスベガス市警の通常の会見部屋が選ばれていた。
エクリーがどう説得したのか、結局、会見には保安官も市長も出席はしなかった。
ただ、副保安官の定例会見の前にその会見が行われることとなったため、マッキーンだけは控えていた。
会場を埋め尽くしたマスコミを前に、エクリーはスーツのボタンを若干ナーバスにいじった。
時間が来て、報道官が開始をアナウンスする。フラッシュが一斉に焚かれる。
エクリーはマイクの前に立った。
「皆さんもご承知の通り、三日前、スクールバスを含む悲惨な交通事故が発生しました。バスは、サッカーの州大会に出場するため、選手児童を拾って回っている最中でした。事故の原因については、既報の通り、トラック運転手の居眠り運転によるものです。当鑑識の厳正なる捜査のもと、検事局への告発も終えております。この事故の被害者は、これも既報の通り、死者1名、重傷者7名、軽傷者が18名となっています」
エクリーはいったん顔を上げ、記者達を見回した。
「さて、この事故において、勇気ある救助活動を行った女性は、当ラスベガス警察のレベル3の科学捜査官であることを認めます。彼女は常に高い解決率を誇る非常に優秀な捜査官の一人であります。私を含め、彼女の上司、同僚、友人たちは、彼女の勇気ある行動を大変誇りに思っています。しかし、彼女の名前を公表することは、本人や関係所長との相談の結果、控えることになりました。彼女はいち捜査官であり、今後の捜査活動への影響を懸念しております。科学捜査官は、証拠の説明のため、裁判に出席することも任務です。その席上において、予断が入り込む余地があってはなりません。また、必要以上に報道されることで、本人、友人、知人、および家族へのプライバシーが侵害されないか危惧しております」
エクリーがいったん言葉を切ると、記者達がざわめいた。名前は公表されないことは事前に通達してあったが、それでも不満を言う声が聞こえた。
しかしそれは無視して、エクリーは続けた。
「本件に関しては、本人より、コメントを預かっています。本日は、本人が読み上げたそのコメントの録音を、皆さんにお聞き頂きたいと思います。尚、原文は、本人の手書きの物を、後ほど各社にFAXします」
エクリーは胸ポケットから、iPodを取り出した。
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「アレ、僕が渡した奴。彼、操作方法覚えてるかな?」
アーチーが言うと、部屋に笑いが弾けた。
ただ一人、サラだけは居心地悪そうに、椅子の上でもぞもぞと動いた。
その時、ふと、サラは机の下で、膝の上に誰かの手がそっと乗るのを感じて、ぴくりとした。
その大きく温かな手は、ゆっくり、サラの右膝を、落ち着かせるかのように撫でた。
右隣を見たい衝動を、サラは懸命に堪えた。
・・・なんて、大胆なことを。
そう思ったサラだったが、一方で、気持ちが少し落ち着いたことは、否めなかった。
プツリ、と、再生が始まった音を、マイクが拾った。
サラは唾を飲み込んだ。
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三日前の朝、私は勤務を終え、帰宅途中でした。スクールバスが、突然、大きな音と共に横転した瞬間は、今でも忘れることが出来ません。
赤信号で停まっていた私は、すぐに救急に事故発生を伝えました。それから、私は少しでも出来ることがあればと思い、彼らに駆け寄りました。
バスの中から聞こえる悲鳴に、自力で脱出出来ない子達がいるのを知り、私はバスが炎上する気配が近くないことを確認し、十分に安全に配慮しながら、中へ入りました。
私が取った行動は、私にとって自然なことであり、特別に賞賛されることではありません。
また、あの時、行動したのは私一人ではありません。後続車の誘導をしてくださった方達、子供達をバスから降ろすのを手伝ってくれた大学生達、恐怖に怯える子供達を宥めてくれた方達、真の救助活動を行った、レスキュー隊員達、彼らにありがとうと伝えたいです。
しかしながら、あのとき、助けた子供達に、感謝してもらえることは、私にとって誇りであります。彼らの一刻も早い回復を、祈っております。
そして、あの事故で亡くなった運転手、そしてその家族の皆様に、心から、哀悼の意を表します。
どうか、私個人のことは、職務遂行上の妨げになる危険を避けるために、詳細の公表を差し控えさせて頂くことを、ご理解下さい。
この三日間で、ネバダ州で交通事故に巻き込まれた子供達は、50人以上にのぼります。皆さん、どうか、子供を亡くした親、家族達のために祈りを捧げてください。そして、怪我や病気や、・・・その他の苦しみと闘っている子供達に、・・・少しでも必要なサポートが与えられますよう、願っております。
報道関係者の皆さん、もっと報道すべき事に目を向けて下さい。
そして、今、ハンドルを握っている、そしてこれから握る皆さん、どうか、安全運転を。
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休憩室は静かな感動に包まれていた。
サラだけが、不安そうに周囲を見回し、椅子の上で何度も身動ぎした。
「あー、あたしの声って、あんな声?」
沈黙を無理に破るように、サラはわざとらしく明るい声を出した。サラの膝から、すっとグリッソムの手が離れていった。
「自分で聞く声は、骨伝導のものが含まれるからな。みんなが聞いている声は、声帯を通って出た『音』だけだから、違うんだ」
唐突に説明を始めたグリッソムを、彼がわざとそうしたのだと分かっていても、サラは腕組みをして睨んだ。
「そんなことぐらい知ってる」
「そうか、それは失礼」
グリッソムはわざとらしく肩をすくめた。
「『十分に安全に配慮しながら』?」
サラの肩を小突きながら、茶化すように言ったのは、ニックだった。
「本当だってば」
大まじめに言い返すサラを、ニックとウォリックは笑った。
「ちょっと、信じてよ!」
言い募るサラを、部屋中の人々が笑った。
「何よ。みんなあたしをなんだと思ってるわけ?」
「英雄」
静かに言ったのはキャサリンだった。
「キャサリン」
サラは咎めるように言ったが、キャサリンは小さく首を振った。
そして両手を自分の胸に置いた。
「私・・・感動しちゃった」
サラはマジマジと年上の同僚を見つめた。
「胸を打たれたわ。あんなスピーチ・・・」
キャサリンは言葉にならない様子でサラを見つめたかと思うと、突然立ち上がった。両手を広げ、サラの体を抱き寄せてハグをした。
「きゃ、キャサリン・・・」
キャサリンは何度かサラの背中をばしばしと叩いて、それからやっと離れた。
「『もっと報道すべき事に目を向けろ』なんて、皮肉が効いてたわねえ」
マンディが言うと、
「それがサラ・サイドルさ」
銃器ラボのボビー・ドーソンが合いの手のように返し、また室内に笑い声が溢れた。
それはとても温かいものだったのだが、当事者には関係が無かった。
サラは額の冷や汗を何度も拭った。
恥ずかしい。
なんだこの公開処刑状態は。
誰か助けて。
「エクリーのスピーチは、あなたが考えたの、グリッソム?」
キャサリンに問われ、グリッソムは、首を小さく傾けて、頷いた。
「そうだ。よく分かったな」
キャサリンは声高らかに笑った。
「だって、サラのことを『誇りに思ってる』なんて、エクリーが自分で書くわけ無いもの!」
皮肉のこもったキャサリンの言葉に、サラは笑いたいんだか泣きたいんだか分からなかった。
「私はそう思ってるからな」
グリッソムの言葉に、部屋がシンと静まり返った。
サラはゆっくりグリッソムを見た。
「君のことを、誇りに思ってるよ、サラ」
ありがとう、とお礼を言いかけたサラだったが、突然胸が震えて、声が出なかった。
目の奥が急に痛んだ。
ぎゅっと唇を噛んだ。
・・・なんで?
なんで、あたし、泣きそうになってるの?
サラは両腕を胸の前で組んだ。まるで自分の体を抱き締めるかのように。
こんなに大勢の前で、泣きたくない。
サラは目をぎゅっとつむり、震える深呼吸を繰り返しながら、必死で涙が流れるのを堪えていた。
グリッソムはやや首を傾けたまま、そんなサラを見つめていた。
ニックとウォリックは気遣わしげに視線を交わし合った。
「サラ、どうしちゃったの?」
こっそりと隣のウェンディに話しかけたホッジスは、思い切り足を踏まれて飛び上がった。
「イテ!」
「ばかっ!」
「シー!」
ウェンディとジャッキーに左右から口を押さえられ、ホッジスはフガフガともがいた。
キャサリンが突然、咳払いをした。腰に両手を当て、部屋を見渡した。
「さあ、みんな、お仕事の時間よ」
そして、「行った行った」と両手で人を外に押し出す動作をし始めた。
彼女が場を仕切り始めたら、逆らえる人物などいない。従うしか無いのだ。
三々五々、人々は休憩室から退散していった。
やがて休憩室内は、夜番チームの面々だけになった。
「あんたたちもよ。さあ、行くの」
ニックとウォリックに向かって、キャサリンが指図をする。
「え、でも、アサイン・・・」
ちらりとグリッソムを見ながら躊躇うニックに、
「やることはたくさんあるでしょ!」
キャサリンが追い出しにかかる。
二人は渋々立ち上がって部屋を出ていった。
「グレッグ、あなたも」
呆然とサラを見ていたグレッグは、
「ああ、うん・・・」
上の空で返事をしながら、キャサリンについてゆっくりドアに向かった。
キャサリンが静かにドアを閉める。
「サラは、なんで泣いてるの?」
グレッグが思わず聞くと、キャサリンは少し考えてから、肩をすくめた。
「みんなが思ってる以上に、サラは、繊細だったってことよ」
理解出来ない様子で、首を傾げるグレッグの肩を、キャサリンはポンポンと叩き、そして廊下を歩いて行った。
取り残されたグレッグは、まだ納得出来ない気分で、ドアを振り返った。窓からちらりと中を覗く。
そして、一瞬息を飲んだ。
グリッソムの指が、サラの頬を撫でたように見えたからだ。
・・・まさか?
きっと、涙を拭ってあげたんだ。
・・・いや、それも、充分、親密な行為だけど・・・
サラは背中を向けているので表情は見えなかったが、肩が時々震えているので、泣いているのは間違いないだろう。
そんなサラを見つめているグリッソムの瞳は、とても優しく柔らかだった。
愛おしそうにさえ、見えた。
眉を寄せて、グレッグはドアから離れ、廊下をゆっくり歩き始めた。
・・・まさか、ね?
まさかまさか、ね?
そんなこと、あるわけない。
うん、あるわけない。
頭を一つ振って、グレッグはDNAラボに向かった。
TBC.
AN : Rescue(1)のANで書いたとおり、チャプター「Rescue」は、元になったFFがあります。
参考FF"Too-Late"(written by mossley)では、サラの両親が、まずまず理解のある親として登場します。シリーズ全編見てサラの過去を知っている身としては、どうしてもそこを、「両親を誇れないサラだったらどうなったかな?」と考えたのが、そもそもこのストーリーラインを思いついたきっかけでした。
そして、グレッグ!彼が真実を知るのは、もう少し後です。でも、もうすぐ。
次はエピローグです。が、3章くらいに別れてます(つまり長い)
