Episode 12.2 Epilogue(01)


「みんなの前であんなこと言うなんて、ずるい」
滲んだ涙を指で拭いながら、サラは拗ねたように言った。
グリッソムは
「すまない」
と小さく謝った。
「でも、本心だ」
サラは鼻を続けて吸った。
「いい内容だった」
グリッソムはそう言いながら、サラの頬をそっと撫でた。
「原稿見せたときは、何も言わなかったくせに」
「感想を求められてるとは、思わなかった」
ふん、とサラは鼻を鳴らした。そしてまた二度鼻をすすった。
「原稿とは、ちょっと違っていた部分があったな」
サラは軽く唇を噛んだ。
「あれは・・・、読んでるうちに、ちょっと、胸が・・・その、なんか一杯に、なっちゃって」
鼻をすする合間に、サラは喋った。
「言葉に少し、詰まってたな」
グリッソムは膝の上に置かれたサラの両手に、手を伸ばした。

--その他の苦しみと闘っている子供達に、・・・少しでも必要なサポートが与えられますよう、願っております。

あそこでサラが言葉に詰まったことで、聴衆にはより感動を与えていたのだが、勿論それはサラが意図してやったことではない。

『その他の苦しみと闘っている子供達に』というのは、原文には無かった文言だった。
読み上げている間に、サラの脳裏には、ブレンダの姿が浮かんでいた。
・・・そして、11歳の自分が。
殺された4人の少年たち、そして、里子ホームにいた少年たち。
喉に声が詰まり、それでも何か言おうと口を開いたら、自然にその言葉が出ていた。

「なんか、感情的に、なっちゃって。・・・録り直そうってアーチーに言ったんだけど、あれがいいって」
照れ隠しのように肩をすくめるサラに、グリッソムは優しく首を振った。
「アーチーの判断は正しかった。・・・キャサリンでさえ、感動してた」
「・・・でも、あなたは怒ってるんでしょ」
上目遣いで尋ねるサラに、グリッソムは小さく息を吐いた。
「本音を言えば、君には、少しの危険にも、飛び込んで欲しくない」
サラは唇を尖らせた。
「ちゃんと、確認したってば」
「それでも、君を心配することを止めることは出来ないよ」
「過保護」
「しょうがないよ、私は君を、・・・」
グリッソムはそこで言葉を切った。
さすがにラボの休憩室でそれを言うのは躊躇われた。
「あー、その」
「いいの、分かってる」
掠れ気味の声で言って、サラは小さく苦笑した。
二人は少しの間、黙って見つめ合っていた。
その時だった。
「あれ、パーティーに乗り遅れたかな?」
ジム・ブラス警部のおちゃらけた声に、休憩室のグリッソムとサラは勢いよく振り向いた。
二人が握り合っていた手をパッと離すのを、勿論ブラスは見逃してはいなかった。
「サラの一世一代のスピーチを聞きそびれたか?」
グリッソムが言うと、ブラスは、
「車の中のラジオで聞いたよ」
そう言ってブラスはにんまり笑った。
「そうすればエクリーの顔を見ないで済むからな」
グリッソムとサラは思わず顔を見合わせ、そして軽く噴き出した。
「サラ、凄く良かった。感動したぞ」
ブラスの賞賛に、サラは両手を挙げた。
「やめて。その話はもう、したくないの」
「そうか。あー、実は、報告があって来た」
サラはグリッソムをちらりと振り向き、またブラスに向き直った。
「なに?」
「アレックス・ザグナーが保釈された」
「は!?」
サラは思い切り目を剥いた。
「いつ?」
「3時間ほど前だ」
「冗談でしょ!?赤ん坊を殺して、火を付けたのよ?」
サラは思わず立ち上がってブラスに詰め寄った。
「裁判官が許可した。旦那が保釈金を払った」
サラはまだ目を剥いたまま、首を横に振った。
「信じられない。DV被害を受けてた夫の元に返したわけ?」
「旦那が保釈を申請したんだ」
サラは両手を宙に上げた。
その手を乱暴に落とし、しかめた顔でまた首を横に振った。
「予備審問は二日後だ。サラ、出るだろ?」
ブラスの質問に、
「ええ、もちろん」
奥歯を噛みしめながら、サラは言った。
「絶対に有罪にしてやる」
腕組みをしながらサラが言ったとき、誰かの携帯電話が鳴り始めた。
三人が一斉に自分の携帯電話を取り出す。
サラは首を振ってブラスを見た。ブラスも首を振った。
二人は振り返ってグリッソムを見た。
「グリッソム・・・ソフィアか」
電話に出たグリッソムの顔が、瞬時に険しくなるのを見て、サラとブラスは互いに顔を見合わせた。
「・・・分かった」
大きな溜め息をついて、グリッソムは電話を切った。
そして、サラを見た。
「アレックス・ザグナーが撃たれた」
数秒の沈黙の後で、サラは掠れる声で言った。
「・・・夫?」
グリッソムは重たく頷いた。
「そうだ。彼自身が、通報した」
サラは天を仰いで息を吐いた。

************

サラはソフィアと取調室に座っていた。
妻のアレックス・ザグナーを撃った、夫のネイサン・ザグナーは、生気の無い表情で二人の前に座っていた。
「殺す計画で、保釈を申請したの?」
ソフィアの質問に、ネイサンはだるそうに視線を向けた。
その瞳は、まるで穴のように真っ暗だった。
そこには、何も映っていなかった。

・・・その目を知っている。
サラは脳裏に浮かびかけた映像に、目を固く瞑った。

・・・父を刺したあと、母が、娘を見つけたときの、目だった。

あのとき、母は、空っぽだったのだ。

「ただ・・・帰ってきて欲しかっただけだ」
「娘を殺した女なのに?」
ソフィアの皮肉のこもった声に、だがネイサンはぼんやりと視線を彷徨わせただけだった。
「私には、彼女が必要なんだ・・・」
ネイサンはふっと笑った。
「彼女がいなかったら、私は生きていられない・・・」
「なら、なぜ撃ったの」
「ケイトが死んだのは、私のせいだと・・・私を責め始めたからだ。彼女が興奮して、ナイフを持ち出して・・・それで、私も、銃を・・・」
ネイサンは両手で顔を覆った。
サラはちらりと、現場の遺体写真を見た。
アレックスの手のそばには、確かに包丁が落ちていた。

DVの末の、正当防衛。
・・・きっと世間にとっては、陳腐な事件だろう。
良くある事件のうちの、1つにしか過ぎない。真新しさも何も無い。

「何発撃ったの」
静かに尋ねたのはサラだった。
「分からない・・・覚えてない、たくさん、撃った」
「三発よ」
現場の薬莢の写真を、サラはネイサンの前に並べた。
「そうか」
ネイサンは軽く首を傾けておよそ無感情に言った。
「もう、限界だった・・・」
ネイサンは呟くように言った。
「怒鳴り始めた彼女の顔が、初めて、悪魔に見えたんだ・・・」
ソフィアが大きく息を吐くのが聞こえた。
「オフィサー」
背後の警官に向かって合図する。聴取は終わりだ。
だがサラは、じっとネイサンを見つめ、そして、思わず尋ねていた。
「どうしてもっと早く撃たなかったの」
「サラ」
驚いて、ソフィアがサラを窘める。
サラは冷笑を唇に浮かべた。
「あなたがもっと早くアレックスを撃っていれば、ケイトは殺されずに済んだのに」
ネイサンはサラを見た。その目はサラを見てはおらず、別の何かを見ていた。
ソフィアが気遣わしげに、サラと、そして鏡の向こうに視線を走らせた。
「そんなことをしたら、ケイトは独りになってしまう。そんな可哀想なこと、出来ない・・・」
ふらふらと首を振って、幽霊のように警官に連れられて行くネイサンを見送りながら、サラは苦いものがこみ上げるのを感じていた。
「サラ・・・大丈夫?」
ソフィアの声に、
「ほっといて」
サラは突き放すように言い、椅子から立ち上がった。
そして、マジックミラーを振り向き、真っ直ぐに射抜くように見つめた。

鏡越しに見ていたグリッソムは、息を飲んで唇を噛みしめた。
彼が見ていることは、バレていたのだ。

サラは小さく首を振って、部屋を出ていった。取り残されたソフィアが、心配そうにマジックミラーを振り返る。
溜め息をつき、髪をかき上げて、それからグリッソムは出口に向かった。
扉を開け、そして体の動きを止めた。
「いると思った」
腕組みをして、サラが目の前に立っていた。
「サラ・・・」
グリッソムは言葉を探したが、何も出てこなかった。
「いつまで監視するつもりなの」
「サラ、これは・・・」
監視じゃない、と言いかけたグリッソムの言葉が終わるのを待たずに、サラは踵を返して去っていった。

************

サラは検視室にいた。
検視官のアル・ロビンスが死因を説明するのを聞いた後だった。
死因は疑いようも無く、銃弾が命中した事によるもの。
アレックス・ザグナーは、夫によって射殺された。
サラはアレックスの胸に空いた三つの穴を凝視していた。
「三発は、撃ちすぎよね」
サラの言葉に、ロビンスは作業を続けながら答えた。
「正当防衛には、ちと多いな」
「・・・7回刺すのも、きっと過剰防衛よね」
ロビンスは驚いて顔を上げた。
サラはロビンスのことは見ず、大きく肩で息をして、腕を組んだ。
そしてじっと、アレックスの遺体を凝視していた。
「大丈夫か、サラ?」
彼女がそう聞かれることを嫌っていることは知っていたが、ロビンスは心配で聞かざるを得なかった。
もう一度深く息を吐いて、サラは首を横に振った。
「薬が、必要かも」
「薬?」
サラはロビンスを見て、そしてちらりと笑った。
「胸焼け」
「は?」
困惑顔のロビンスを残し、
「またね、先生」
サラは検視室を出て行った。


TBC.