Episode 12.4 side:Robbins


虐待の末に心中を図った母親に殺された11歳の少女がいた。
アル・ロビンスは遺体の刺創を、丁寧に丁寧に閉じた。体を綺麗にして、髪を整えた。
最後にタグを付け、ロッカーを閉める直前に、ロビンスはそっと囁いた。
「お疲れさん」
ほんの一瞬、瞼を閉じ、そして扉を閉めた。
立てかけておいた杖を取り、隣の事務室に歩いて行く。検視室の明かりを消して、ロビンスは事務室に入った。
検死報告書を書き上げる。
母親の手による刺殺。その前に、母親はソファで泥酔している夫を刺し殺していた。そして自らは睡眠薬を大量に飲んで自殺。娘が登校しないので様子を見に来た担任教師が、二日後に見つけた。
だが、それらの事実は、ロビンスの書く報告には記されない。
彼が書くのは、ただ1つ。
死因。そして、署名。
あとはコピーを取って、関係機関に提出する。
彼の仕事は、終わった。
深々と溜め息をついて、ロビンスは立ち上がると、コーヒーサーバーをセットしに立ち上がった。
今日は、深煎りの苦いコーヒーがいい。砂糖もミルクも入れず、ブラックで。
豆が挽かれる音、そしてお湯が沸く音。そして豆の香り。
ロビンスはしばらく目を閉じて、香りを堪能した。
マグカップに琥珀色の液体を注ぎ、ロビンスは机に戻って、助手の報告書をチェックし始めた。

数分ほど経ったとき、ロビンスは書類の一部を検視室に置き忘れてきたことを思い出した。
「やれやれ」
立ち上がり、杖を手に、検視室に向かう。入って直ぐの棚に、目的の書類を見つけ、それを取ってロビンスは事務室に戻ろうとした。
振り向いた瞬間、ロッカーが1つ開いていて、引き出された遺体の横に人影が立っているのに気付いた。
ロビンスは電気を付けた。
明かりに驚いて、その人物が顔を上げた。
「サラ?」
彼女は一瞬ロビンスを見つめ、そしてまた俯いた。
ロビンスは何も言わなかった。
このケースの全容が明らかになるにつれ、彼女が感情的に苦しんでいるのを、ロビンスは見て取っていた。
だが、彼女はやり遂げた。
だから、来たのだろう。
「電気、つけておくか?」
ロビンスは静かに尋ねた。
サラはゆっくり首を横に振った。
「分かった」
そっと向きを変え、スイッチに手を伸ばす。電気を消す寸前にちらりと振り返ったロビンスは、サラが手を伸ばし、少女の頬を撫でるのを見た。
明かりを消し、ロビンスはそっと事務室に戻ろうとした。
「・・・しばらくいても、いい?」
サラの掠れた声がした。
彼女は振り向かなかったが、ロビンスは微笑んで言った。
「ああ、構わんよ」
そして、事務室に消えた。

1時間ほどして、ロビンスはコーヒーも飲み終え、マグカップを洗おうかと立ち上がった。
そしてふと気になって、隣の検視室を窓から覗いた。
ロッカーは閉まり、サラの姿は見えなかった。
・・・いや、彼女はロッカーを背に座り込んでいた。膝を抱え、頭をそこに乗せて、蹲るようにしていた。
そしてその隣にも、人影があることに、ロビンスは気付いた。
グリッソムだった。
彼は隣に座り、サラの顔を覗き込むようにしながら、何かを静かに語っていた。
それを聞きながら、サラが何度か、頷く。
そしてやがて、グリッソムは腕を伸ばすと、彼女の体を抱き寄せた。
サラが彼の肩に頭を乗せ、そして、体を震わせ始める。ついに泣き始めたのだと、ロビンスは胸を痛めながら思った。
窓から離れようとしたその時、ロビンスは見た。
サラの頭を撫でていたグリッソムが、その髪にそっと口づけるのを。

ーー彼は何も感じないわけじゃない

グリッソムを揶揄するようなロビンスの言葉に怒っていたサラ。
サラを心配してくれてありがとうと、礼を言っていたグリッソム。

ああ、そういうことだったのか。

ロビンスは微笑を浮かべた。
とても意外な組み合わせだったが、しかし二人が抱き合っている画(え)は、不思議なことに、これしかないという必然を感じさせた。
ロビンスはふと記憶を辿っていた。
グリッソムがむち打ちになったとき、「彼を休ませた」と発言したサラ。ついにサラもキャサリン並みに小姑化したのかと思ったが、どうやら違ったらしい。
確かあの時、グリッソムの見舞いに行った日、寝室に誰かいた。あれはサラだったのだろうか?そう言えば彼女は風邪で休んでると、あの時誰に聞いたのだったっけ。
二人が検視室で言い争いをしていると、なぜか時々割り込めない威圧感に包まれた。
・・・そういうことだったのだ。
小さく笑って、それからロビンスはまたちらりと窓から覗いた。
ちょうどグリッソムが立ち上がったところだった。
サラは両手をグリッソムに引かれて立ち上がった。
グリッソムがそっとサラの背に手を置く。促されるように、サラが歩き始めた。
後をついて歩き始めたグリッソムの目が、ふと事務室の方を向いた。
ロビンスと目が合い、僅かに目を細めたグリッソムだったが、ロビンスが小さく頷いてみせると、彼もまた、小さく頷き返した。
そしてサラと共に、検視室を出て行った。その腕は、彼女を守るかのように腰にそっと添えられていた。


Fin.