Title: The unexpected occurrence
Author: hogebon
Codes:
K/S
Rating: K+
Summary:
カークとスポックは初めて精神融合をします。
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The
unexpected occurrence
03
あるいは偶発事故
入り口のブザーを鳴らすと、相手を確認する時間が経過した後、「どうぞ」と声がかかった。
「失礼します。」
スポックは礼儀正しく挨拶した。
「やあスポック。ちょうどよかった。私も君に話があるんだ。
まず、座ってくれ。――水なら君も飲むだろう?」
何か書き物か調べ物をしていたらしく、机の上には紙の書類が散らばっていた。
その前の椅子に腰掛けてカークが持ってきた水を一口飲んでから、スポックが切り出した。
「キャプテン、実は先程通信事故が発生致しました。」
『事故』という単語を聞いてカークの目が鋭く光った。
微笑みを浮かべてリラックスした表情が一瞬にして指揮官としての「ジェイムズ・T・カーク」の顔に変わる。
「それで?」
落ち着いた声で尋ねた。
「直ちに復旧し、故障を修理した後にダブルセキュリティチェックを行いました。
その結果、問題となる箇所は発見されませんでした。
しかし個人宛の私信が時間にして35秒程、艦内放送で流れてしまいました。」
スポックの報告を聞きながら、カークは椅子の背もたれに寄りかかった。その目が細く絞られる。
「私信の内容は特定できるのか?」
「所々雑音や空電で中断されているので、それを聞いただけでは内容の特定は困難だと思われます。
詳細なインシデントレポートはこちらです。」
スポックは準備してきたパッドとディスクを机の上に提出した。
カークはパッドの表面をざっと眺め、それに大きくサインしてスポックに手渡した。
「ご苦労。」
「キャプテン、詳細をご覧にならないのですか?」
パッドを受け取りながらスポックがわずかに困惑した様子で尋ねた。
カークは微笑みを浮かべ、散らかった机の上を手で示した。
「ミスター・スポック、君も知っていると思うが、船長は『書類に目を通してサインする』
という作業を山ほど抱えている。もちろんそれは船の最高責任者として大切な仕事だ。
その中には、一字一句目を通さなくてはならない重要なものも、そうでないものもある。
全ての提出物の詳細を読んでいたら、時間がいくらあっても足りない。」
ディスクを手の中でくるくる回しながら、カークは上目使いで副長を見た。
「私はその報告を君から直接聞き、報告書に君のサインがあるのを確認した。
副長が詳細に目を通してくれているんだから問題はないと判断したんだ。」
そして、とびきりの明るい笑顔で締めくくった。
「これは本官の職務怠慢ではなく、君を信頼しているが故の行動だと理解して欲しい。」
スポックはパッドとディスクを眺めながら複雑な顔つきをした。
――事故の当事者は私で、被害者はキャプテンです。さらにその内容に至っては、地球人的な誤解が生じています――
という告白をここでするべきかどうか迷っていた。
『沈黙は金、雄弁は銀』突然、地球の古い格言が脳裏に浮かんだ。
「いくら注意しても事故は起こる。肝心なのはそのときに的確な判断ができるかという点と、
同じ過ちを繰り返さないという点だ。特に危険な任務では一瞬の判断が運命を左右することもある。
その点でも私は、君の論理的な思考回路に随分と助けられているよ。」
カークはくだけた口調で話しながら、椅子から身を乗り出してスポックに近寄った。
「ところで、君はこのエンタープライズで働くことについてどう思っている?」
カークの言葉を遠くで聞きながらスポックは頭の中のスタンダード(標準語)辞書を検索していた。
沈黙は金、雄弁は銀
読み:ちんもくはきん、ゆうべんはぎん
意味:黙っていることは、優れた話しよりも勝っている、ということの例え。又は、話すことは大切だが、沈黙すべき時期を心得ているのはもっと大切なことだ、ということ。沈黙=だまっていること。雄弁=しゃべりがじょうずであったり、おしゃべりの意。
「……スポック?」
顔を覗き込むようにして聞かれて、スポックは我に返った。
「はい、キャプテン。私は現在の職務に不満はありません。」
カークは机の上に両肘をついて手を組み合わせ、その上に顎を乗せて副長を眺めた。
「君の率直な意見を聞きたいんだが、船長になりたいとは思わないか。
キャリアから言っても、君には充分にその資格がある。
実は『トゥ・ラル』の船長の席が空いていると連絡があったんだ。
もし興味があるのなら、私は君を推薦する準備がある。
あそこには私のように感情的な地球人はいないから、君には快適かもしれない。」
スポックはカークの目を見た。
穏やかな表情の船長の顔からは真意は読み取れない。
普段はあれほど感情豊かな表情をしているというのに、このような時の船長は、完璧に自分の感情を隠すことができる。
その意思の強さはバルカン人並だ。もしかすると、それ以上かもしれない。
スポックは心の中でシミュレーションをした。
先程の提督との会話から推測すると、私がノーと言えば彼の立場は苦しくなるかもしれない。
では、論理的に考えて、昇進を受け入れるべきであるのか。
私は30名の乗組員の調査船の船長として日々無人惑星の詳細な調査をすることになる。
乗組員は全員バルカン人だ。剥き出しの感情をぶつけられて戸惑うことも、友情を結ぶこともないだろう。
「私は―――」
スポックが言いかけたとき、それまで黙って彼を見つめていたカークの表情が苦しげに歪んだ。
「くそっ、スポック。こんな命令は地獄へ落ちろ!
あそこに行ったら君は永久に転属出来ない。
もし君が出世したいなら、もっといい船に空席が出来た時に私が交渉してやる。
君は私が自信を持って薦められる素晴らしい士官だ。それを理解しないような奴の命令では絶対に行かせないぞ。」
スポックは、突然感情を爆発させた船長に困惑しつつ質問の返答をした。
「先程も言いましたように、私はキャプテンの下で働くことを大変…有意義に感じています。
地球人の感情的な反応を学ぶことは私の地球人としての面に対処するためにも重要です。
できれば私は、エンタープライズで働きたいと思っています。
バルカン人の中だけで生きてゆきたいのならば、私は初めからスターフリートに入ったりはしなかったでしょう。」
カークは疑うように斜めからスポックを見た。
「それは君の本心なのか、それとも単に私に気を使っているのか。
私はご覧のとおり――情緒豊かな性格だ。それにいちいち付き合わなくてはならない君は、本当はうんざりなのじゃないのか?
何を言われても、絶対に根に持ったりはしない。約束しよう。
だから、君の本音を聞かせてくれ。」
「私は決して『うんざり』したりはしません。虚言はたいてい非論理的です。
私が今お話した理由が私の率直な意見です。」
少し間をおいてからスポックが再び話した。
「私は逆に、あなたが私と働くことについてストレスを感じているのではないかと危惧しています。
本来、副長という職務は、作戦会議や任務においてしばしば意見が対立することはあっても、
根本では船長と感情を共有できる人物が適していると言えます。
…バルカン人の私は、感情的な反応をすることが出来ません。
従ってキャプテンは、同種の、つまり地球人の副長を持たれた方が快適でしょう。」
以前から感じてはいたが、今までそれを言う機会がなかった思いを口にした。
カークは首を振った。
「まあ確かに始めは戸惑ったのは事実だがね。今となっては笑い話だ。
私は君が副長でいてくれて本当に助かっている。
君を信用している――と言っても証拠はないが…
何しろ我々地球人はしばしば嘘をつくから、君は判断に苦しむかもしれないな。」
お互いに本音を言っているという保障はなかった。
各々は自分に嘘を言っていないと「解って」いるが、相手がそうであるという確信がない。
もちろん、これまでの任務を通してある程度相手の人柄は見知っているが、
見えているものがその人間の本質とは限らない。
しばらく沈黙した後、スポックはどことなく言い難そうに提案した。
「…もしキャプテンが宜しければ、我々は『精神融合』を試みることが出来ます。
そうすることでお互いの理解を深めることが可能です。」
カークはその耳慣れない言葉をどこかで読んだ気がして記憶を辿った。
――先日の報告書にあった記載だ。バルカン人なら誰でも持っている精神を読むことが出来る能力。
「君がヴァン・ゲルダー博士に試したものだね。
こんなことを聞くのは失礼かもしれないが、それはお互いに…安全なのか?」
『精神を読む』という未体験の能力に対して、カークは素直に不安を口にした。
スポックは眉間に皺を寄せて暫く考えた。
「これは非常に個人的な体験を伴います。
安全という面については、通常の状態での軽い接触であれば、テレパシーにアレルギーを持っていない限り、問題ないでしょう。」
スポックがカークを見た。
「私が、タッチ・テレパスであることはご存知ですね。」
カークは頷いた。バルカン人がそうであることは周知の事実だ。
「それは通常、一方通行です。私が触れることで、相手を知ることができます。その逆はありません。
しかし、これは双方向に作用します。
あなたが私を知るように、私もあなたの心に触れるでしょう。
従って、私に対して心を開くことに抵抗があるようでしたら行うべきではありません。」
カークは興味を引かれたようだった。
「よし。やってみようじゃないか。私は何をしたらいいんだ。」
「何も。ただ椅子に座って楽にしていてください。」
スポックは自分の椅子をカークの隣に持ってきながら答えた。
「私の手があなたの顔に触れます。…痛みはありません。どうぞリラックスしてください。」
スポックは地球人であるカークの精神融合の連結点を指で探りながら低い声で言った。
カークは、バルカン人の長い指が近づいてくるのを見ながら、それを避けようとする自分と闘った。
異星人の未知の力に対する本能的な警告音がカークの頭の中に鳴り響いている。
――相手は私の副長じゃないか。決して未知の異星人ではない。
頭では『理解』していても、心が『わかって』いない。
「私の心は、あなたの心です」
スポックの静かな声が連結点を通してカークの中に響いた。
/初めてキャプテンにお会いしたときの印象です。/
カークの中で、イメージが揺らめいた。
『やあ、君がミスター・スポックだね。よろしく。』
感情を隠そうともせず、ニコニコ笑いながら無遠慮に右手を差し出してくる地球人。
ヘーゼルの瞳がひどく印象的なこの地球人男性が、私の新しい上司だ。
これほど感情的な人間と適切に仕事をやっていけるだろうか。
スポックの困惑。そう、まさしく『困惑』という感情がカークに伝わった。
「スポック、君は『私には感情がない』って言ってなかったかい?」
カークは温かく笑いながら声に出してそう言った。
/ないのではなく、制御しているのです。その揺れは非常に小さいので、あたかもないように見えるのです。
あなたは今、私の心に直接つながっているので、僅かな揺らめきも感じることが出来るのです。
…この状態では、心に偽りを抱くことが不可能なのはお解りですね。/
「ああ。なるほど。」
カークはまるで3D映像のような、いや、それ以上にリアルなイメージを見ながら頷いた。
まるで今、そこにいるような臨場感がある。
視点はあくまでもスポックのものだ。スポックの目を通して見る世界はカークに新鮮な驚きを与えた。
/君の目には、こういうふうに映っているのか。/
場面が変わった。
ブリッジのメインスクリーンには、異星人が映し出されている。
あと数分で彼によってエンタープライズが破壊されるという危機的な状況だった。
成すすべもなく、スールーが残された時間をカウントダウンしている。
『チェスでは、チェックメイトです。』
そう言っている自分の声がする。――いや、スポックの声か。
カークは最後まで諦めなかった。
『チェスじゃない。これはポーカーだ。』
そう言って、架空の武器で状況を逆転させた。
それだけでなく、相手が重症を負っているとわかると、危険を承知で救助の手を差し伸べ、
結果的には未知の生命との友好的な関係を築くことに成功した。
/その時に、私はあなたに感銘を受けたのです。
私の想定から大きく外れた行動をとり、時には非論理的なあなたが、
結局、最短距離で物事を処理するプロセスに大いに興味を持ちました。/
スポックの思考が穏やかな波のようにカークの心に届いた。
感銘、尊敬、忠誠心、それから、知的好奇心――言葉にするとそういった思いだ。
「私はいつか君に聞きたかったことがある…」
カークはゲイリーの事を思い出した。
銀河系の果てにあるバリアに触れたことで超能力を持ったゲイリーが、
その力に振り回されて自分を見失い、世界を自分のものにしようとした事件だ。
「あの時の君は、バルカン人とは思えないほど暴力的だった。
ゲイリーを殺すことを強硬に提案し、しかもそれを自分で実行しようとした。」
カークはスポックに話しかけた。
/なぜだ?/
その響きが波紋となってスポックに伝わる。
/それは…/
スポックは一瞬、心の中で思考を作るのをためらった。
/…言う必要はないよ。もうわかったからね。/
温かな感情と共に、その言葉がスポックに流れ込んできた。
/君は――私が友人を殺すことで傷つくのを避けるために、自らが代わりにその役目を引き受けようとしてくれた。/
「優秀な指揮官を失うことは大きな損失です。」
そう言いながらスポックは、カークが彼の予定よりもかなり深く自分の心に融合しているのを感じた。
彼は私が『思考』という形を作って伝えるよりも速く、私の精神に直接触れて『感じて』いる。
「我々は目的を果たしました。これ以上の接触は不必要です。」
スポックはカークの心からゆっくり自分を退けた。
だが、カークは初めての体験に魅了されていた。
スポックの心の内側を猛烈な勢いで遡ってゆく。
彼を強制的に排除しようと思えば、出来なくはなかった。
だがそれをすれば、まるで突然出現した壁に衝突する車のように、相手の精神が酷いダメージを受ける可能性がある。
「ジム、戻ってください。あなたは許容された範囲を超えて私の中に侵入しています。
それ以上深く…」
同意の感情と共に、カークは唐突にスポックとの繋がりを切断した。
急激な遮断。その感覚がもたらす衝撃にスポックは喘いだ。
「すまん、スポック。大丈夫か?」
カークが心配そうにスポックを見た。
荒い息のまま、スポックは相手を凝視した。
「あなたは大丈夫ですか?」
カークは軽く肩をすくめた。
「別になんともない。君がそんなに苦しそうなのは、私が何か間違えたからか。」
スポックは乱れた呼吸を整えながら頭を振った。
「いいえ。苦しくはありません。
キャプテンの精神が私の推測よりも遥かにダイナミックなものでしたので、
私は少々…自分を取り戻すのに時間がかかっているだけです。」
「とにかく、私は君の気持ちがよくわかった。実に面白い体験だったよ。」
カークは自分の首筋を揉みながら言った。
「私もキャプテンを理解するよい機会になりました。今後の参考にさせて頂きます。」
スポックはいつもの冷静な声を取り戻した。
「お互いに有意義だったってことだな。」
カークのその言葉に同意を示すようにスポックが頷いた。
「――それでは、失礼します。」
スポックは退出するため扉へ向かった。
「ああ、スポック、」
その背中にカークが声を掛けた。
「これからは、新しい基盤を取りつける時は充分気をつけたまえ。
ボーンズにからかわれる原因をわざわざ作る必要はない。」
驚いて振り返ると、にやりと笑って片方の眉を上げたカークにウィンクをされた。
スポックが何かを言おうとする前に個室の扉が自動で閉まった。
キャプテンがどうしてそれを知っているのだろう。
先程の精神融合で?
いや、私に感知されることなくそれを行うのは不可能に近い。
それとも何か別の方法で…?
スポックはそれから暫くの間、ブリッジにいるときも、レク・ルームにいるときも、
トレーニングジムにいるときも、船長を見かけると生真面目な顔で凝視するようになった。
彼にしてみれば、カークの行動に何かヒントがあるのではと観察していたに過ぎなかったが、
一部のクルーにとっては、あらぬ誤解のもとになったのはもちろん言うまでもない。
Fin
20050725
