part 4 夜の生活

カーテンの隙間から漏れた光が、顔に差していた。

枕元の時計を見ると、もう少しでアラームが鳴るところだった。手を伸ばしてスィッチを切った。整えられた空調でも、冬の朝は肌寒い。布団から出た腕に寒さを感じて、思わず背後の暖かさに擦り寄りそうになった身体を止めた。

このベッドで僕以外の熱を感じるのは久しぶりの事だった。

*** *** *** *** ***

「起きましたか?」

「あ、さ・・・?」

喉が痛い。それだけでなく、起こそうとした身体の一部にも鈍痛が響き、顔を埋めていた枕に再び沈んだ。

「・・・・・・!」

声にならない唸りが枕に吸い込まれる。

「傷薬は塗ったのですが、まだ痛みますか?」

「痛い」

「薬を・・・」

ベッドを降りて、薬を取りに行こうとする竜崎を止めた。

「いらないよ。痛いけど、その・・・嫌じゃない痛みだから」

「すみません」

「どうして謝るの?僕は抵抗しなかった。意味分かるよね?」

「・・・はい」

「じゃあ、いいよ」

出来るだけ痛まないように、そっと竜崎の居る方に寝返った。

身体は痛いから視線だけ動かして見上げると、重い前髪の間から黒い目が僕を覗いていた。僕が寝返ったせいで乱れたシーツに気付き、指がシーツを摘んだ。

僕の上にシーツを掛け直すと、隣に膝を立てて座った。膝の上に組んだ腕に顎を乗せ、がりがりと指を噛む。そしてその後、手が伸びてきたと思ったら、僕の髪にその手が差し込まれた。不器用な指がそっと髪を撫でる。

「次は、もっと上手くやります。・・・すみません、こう言った経験がないもので」

「・・・僕も。二人で上手くなればいいよ」

気持ち良く髪を撫でてくれる指に促されて目を閉じてしまう前に、竜崎の唇が優しいカーブを描くのを見た。

*** *** *** *** ***

「おはようございます」

「おはようございます、L」

「・・・・・・おはよう」

今朝も竜崎が先にいた。リビングに入ると同時に掛けられた挨拶に、アイバーの後に続いて小さく返した。奥で繋がっているキッチンからコーヒーの香りが漂っていた。

のそりと竜崎がソファーから立ち上がり、猫背が部屋の奥に消えた。僕の朝は早いけれど、無限に時間があるわけじゃない。朝食を作り始めなければいけなかった。

キッチンに入ると、竜崎がカップにコーヒーを注いでいるところだった。それを視界の端で見て、僕は冷蔵庫の扉を開いた。無駄に種類の豊富な中身から朝食の食材を選んでいた。

「月くん・・・」

冷蔵庫を覗き込んでいた僕の顔の隣に、白いカップが突き出された。

「ブラックです。貴方が好む」

「・・・」

受け取るか逡巡している間に、別の腕が下りてきてカップにミルクを注いだ。

「今はカフェ・オ・レが好みですよ」

フランスでの生活で、確かにコーヒーをブラックよりもカフェ・オ・レにして飲む事が多くなっていた。ミルクを注いだ腕の持ち主の顔が降りてきて、髪にキスされる。

「ありがとう、アイバー。・・・竜崎も」

「いえ・・・」

僕好みになったカップを受け取り、改めて冷蔵庫の中を覗く。アイバーがいるから和食ではない方がいいだろう。例え和食の朝食であっても、彼なら文句も言わずに食べてくれるだろうけど、昨夜の気遣いにせめてもの礼代わりだった。

けれど、豊富な食材とは言え、さすがにアイバーが好んだクロワッサンはないから、食パンにチーズとハムでクロック・ムッシュー、フルーツを切ってヨーグルトであえて、卵とキノコを適当に焼いてしまえばいいか。

「それにしても、驚きますね。貴方はコーヒーの味を知っていても、淹れ方など知らないと思ってました」

「私だってコーヒーくらい淹れられます」

僕の横に立つアイバーが、自分のカップにもミルクを注いでいる。カップを味わいながら竜崎と話をしているから、取り出した食材を差し出した。昨夜と同じようにアイバーと二人で朝食を用意する。

竜崎はキッチンの狭い椅子に座って、大量に砂糖を投入したカップを混ぜながら僕達を見ていた。

アイバーが居てくれたお陰で気詰まりのない朝食が終わる。食べ終えて部屋へ戻る僕に、アイバーが後をつけた。

「僕は仕事に行くけど、貴方はどうするの?」

「久しぶりの日本だ。しばらく滞在するよ」

「だったら、部屋はたくさんあるんだしビルに泊まったら?以前、アイバーが使っていた部屋も残っているだろうし」

「俺がいれば、仕方なくでもLと一緒にいられる?」

「そんなんじゃない」

ネクタイを取り出し、鏡の前で結ぶ。普段と変わりない僕の顔。鏡の奥にはベッドに座るアイバーが見えた。彼は僕を見ている。

「ライト、なぜお前はここに居る?」

「それは竜崎が強引に・・・」

「昔の様にお前に容疑が掛かっているわけでも、手錠で繋がれているわけでもない。アドバイザーが建前なんてお前も気付いている。今のお前なら同居を断る理由も、そうするだけの力だってあるはずだ。なのに、なぜ大人しくここに住んでる?」

「新しいキラの逮捕協力のためだ」

自分で言っていても説得力のない言葉と分かっていた。逮捕協力も何も竜崎と話しすらまともにしていない。同じ部屋に居る事すら避けてきた。竜崎もそんな僕を無理強いはしなかった。

「協力ならここでなくても出来るはずだ。それでも、ここに居続けるのは・・・」

「アイバー」

振り返り、その先の言葉を遮った。ネクタイは結び終えていた。

「貴方が心理学にも秀でているのは知っています。けど、僕の分析はいらない。止めてください」

クローゼットからジャケットを取り出すと、ベッドから立ち上がったアイバーが僕の手から奪い、肩に回した。大人しく袖に腕を通す。

「このビルから出た後、多くの人間と付き合ってきた。男も女も関わらず。でも、相手が本気になりそうになったら突き放した」

「アイバー・・・」

「愛情ではないにしても、俺はライトを気に掛けてる。・・・お前が望む様になるといいな」

頬を撫でてくれる優しい掌。竜崎に指示されて僕に接近したと分かっても、怒りの感情が湧かなかったのは、この手が本物だと分かっていたからだ。それに、アイバーの存在の中に彼を感じられたから。

愛情の反対は憎しみではなく無関心。彼の行動の目的が例え監視であっても、あれだけの月日の中、僕を忘れなかった。そして、半ば誘拐するようにして再会し、以前の様に一緒に住まわせ、けれど接触を可能な限り避けられて。第三者のアイバーの方がこの状況を良く分かっている。

彼が何か言ってくれたなら・・・。

その日、帰宅するとアイバーの姿は消えていた。
僕達はアイバーが来る前の状態に戻り、日々が過ぎていった。ただ、変わった事と言えば、毎朝、竜崎がカフェ・オ・レを淹れ、手渡してくれるようになった事。

月の帰国後、初めての28日を迎えた。現キラによる殺人が重ねられる日。心中は複雑のようだが夜神さんの協力を得て、今は相沢さんが指揮を執る一課と共に捜査を行っている。だが、今のところ、捜査にたいした進展はなかった。

「L、相沢氏から連絡が入っています」

「繋げてください」

インカムが一瞬途切れるような音がした後、最近になって聞き馴染んだ声が聞こえた。

「竜崎、拘留中の被疑者が死亡した。監察医の判断は、心臓麻痺で間違いないと言うことだ」

「被害者の詳細を送ってください」

「手配済みだ。松田にやらせてる。すぐにそちらに届くと思う。それから、・・・」

「相沢さん、今、現場ですよね?」

相沢さんの言葉を遮った。この遣り取りを既に7回繰り返している。次に私が求める事をそろそろ察してもいいと思うのだが。

「あ、あぁ」

「では、ビデオカメラで現場の撮影を始めてください」

ワタリを通じて渡したビデオカメラは、起動と同時にこちらのビルと通信が始まり、現場の映像をライブで見ることが出来た。遠くなった声が「山本、ビデオ!」と叫び、私が見ているモニターに拘置所の映像が映し出された。カメラはゆっくりと拘置所内を回転する。

「山本!こっちも」

相沢さんの手だろう。レンズを掴んだ手が画面に入り、寝心地の悪そうなベッドのシーツを映し出した。思わず、身を乗り出して、モニターに見入った。

ざらつく映像の中で灰色に見えるシーツには、黒く変色した赤で「お帰りなさい、キラ」と書かれていた。

ワタリが集めた映像を複数のモニターで確認する。再生のスピードを速めても、見終わるにはかなりの時間が必要だった。

一つのモニターで流れていた映像が終わり、次の映像を見出す前にふと部屋が暗くなっている事に気付いた。見始めたのは昼過ぎだったが、壁に掛けられている時計はすでに22時を回っていた。月はもう帰宅しただろう。

椅子に座ったままで強張った身体を起こす。向かったリビングは明かりがついていない。暗闇の中、月の部屋を見ると扉の下から明かりが漏れていた。

再会後、彼を見る事が出来るのは、今のところ食事時と、出勤・帰宅の時だけ。・・・惜しい事をした。

無意識に銜えていた指を噛んだ。開いた腕で迎え入れてくれるとは思っていなかったが、こうも拒絶が激しいとは。再び共に住むとなれば、もっと合理的になるかと思っていた。

月が見られないのならリビングに居ても仕方が無い。甘いものを補充して戻るつもりだった。

キッチンの明かりをつけると、テーブルの上にはラップの掛かった皿がいくつか載せられていた。皿の傍に置かれていたメモを取る。書かれていた意地っ張りの言葉に、思わず唇が緩んでいた。

『作りすぎた。今日中に食べないと悪くなる』

久しぶりに月に触れた。そんな気がした。

「美味しいです、月くん」

ラップを剥がし、中身を摘む。甘みが強く味付けされた料理だった。

*** *** ***

キッチンに入ってくる足音に振り返った。入り口にカップを手にした月が立っていた。

「食事、ありがとうございました」

「お前のために作ったわけじゃない。作りすぎただけだ」

「それでも、美味しかったです」

「うん・・・。コーヒーを淹れに来たんだけど、・・・お前も飲む?」

「お願いします」

月が傍にいる。それを壊したくなくて頷いた。間もなくコーヒーの香りが漂い始めた。空になった皿をシンクに置きに立ち、月の隣に並んだ。猫背の私には月の表情が視界の端で捉えられた。

「コーヒーより多めのミルク、砂糖7匙でいいの?」

「6匙で」

「少なくなったね」

「ワタリが控えるよう煩いので」

隣から漂うのは、彼本来の柔らかい雰囲気。もぞもぞと足先を蠢かした。間違った一言で壊れてしまう。

「でも、控えるのは1匙だけ?」

「甘いものは頭にいいですから」

「ははっ」

月が短く笑い、髪が揺れた。けれど、月の笑い声が空気に消える頃には、その穏やかな雰囲気も共に消えてしまった。

「コーヒー、ここに置くから・・・」

「月くん」

自分のカップを持って踵を返した後姿に呼びかけた。

「月くん・・・」

「なに?」

そう言って振り返った月と、ただ黙ってお互いの顔を見た。お互い、その表情からより多くの事を読み取ろうとするように。

一歩。彼に踏み出した。彼の表情が僅かに揺れる。そして、もう一歩。

月に動く気配がないから、距離を縮めキスへと傾いた。柔らかい唇に触れる。軽く食むと、月の唇が開いた。舌を忍ばせ、奥に潜んだままの舌を絡め取る。

くちゅくちゅと擦れ合わせると、腕に抱いた体から張り詰めた力が抜けた。腰を両手で掴み、私の身体に引き寄せる。彼と私の身長はほぼ同じ。高ぶり始めた私のものに彼のものが布越しに触れる。

「あ・・・」

キスを離し、彼を窺った。髪の隙間から琥珀がふるりと揺らめいていた。頬に手を触れた。ゆっくりと視線が合う。何か言いたげに開いた唇からは結局何も出てこなかった。

再び、唇を寄せる。今度は最初から深く唇を合わせた。彼の両手が持ち上がり、私の頭を抱いた。後ろ髪に埋もれた指が髪を弄る。

彼のシャツのボタンを外す。現れる白い肌。私のような不健康な白さではなく、まるでそれ自体が光を持つような暖かな白。誘われるように胸に手を置いた。掌の下では確かに彼の鼓動を感じた。彼が実体となって傍にいる。

乾いた喉が音を立てた。月の存在を確かめるように隙間無く手を這わせる。日本人特有の滑らかな肌に指先が引っ掛かりを見つけた。つんと存在を主張する赤。身を屈め、口に含んだ。びくりと月の身体が震え、私の肩に手が置かれる。

「は・・・、ぁ・・・」

尖らせた舌先で捏ね、押しつぶす。頭上から切ない息が吐かれた。反対も触れようと舌を伸ばしたところで、突然、シャツの襟を掴まれ、顔を上げさせられた。頬を上気させ、瞳を潤ませた月を見たのは一瞬で、先ほどまで彼を苛めていた舌先が月に奪われた。角度を変えて何度も繰り返されるキス。その合間にシャツを脱がされる。肩口に月の顔が埋まり、ぬっと舌が首筋を遡った。

「月くん」

月の身体をキッチンの壁に押し付け、床に膝を着いた。ジッパーを下げ、下着ごと服を下ろすと、茂みから頭を擡げる彼が飛び出してきた。彼の匂いが強く香る。けれど、嫌悪感は無かった。ただ月だと言う実感だけ。先端を頬張り、喉の奥まで彼を受け入れた。

「あっ、あ・・・」

滴を滲ませる先端の孔に舌先をねじ込ませると、私に影が落ちた。床に膝をつく私を覆うように月が身を屈めていた。すぐ傍で月の荒くなった呼吸が聞こえた。月と私の唾液が交わった口内に指を入れる。何をするのか察した月が指にねっとりと舌を絡ませた。

月の舌が充分に潤した指を彼の後ろに回した。指先が入り口に触れると、荒く吐かれる息に混じって私の名前を月が呼んだ。

指先が入り口を潜ると、後はずっ、と指の根元までスムーズに彼の中に収まった。擦り付けるものを求めて無意識に揺れていた月の濡れそぼったものをもう一度口に含みなおし、指とリズムを合わせるように動き月の嬌声を引き出した。

「ふっ、んぁ、ああ・・・」

口内の月がびくびくと震え、絶頂が近いことを伝えた。けれど、唾液が糸を引きながら月を離した。指も引き抜くと、快感に没頭していた月の瞳が開き、何故と疑問を乗せていた。

それには答えず、月の腰を掴んで身体を反転させる。かつて見慣れた双丘が眼の前で震え、後孔がひくりひくりと含むものを求めて蠢いていた。丘に手を置き親指で孔を広げて、舌を差し込んだ。

「あっ!あ、あああ・・・。く、・・・ふぅ、ん・・・」

異なる快感に戸惑って逃げる腰。腰を掴んでいた手で引き戻し固定して、指で解れた後孔に舌を挿出する。舌を蠢かせながら、見上げた月は壁に額を擦り付け喘いでいた。

「竜崎」

月の腰を掴んでいた手に手が重なる。その手が私の指を掴み、名前を呼んだ。必要を伝える声音。

「竜崎・・・」

もう一度呼ばれたのを合図に床から立ち上がる。ずきずきと存在を主張していた自身のものを取り出して、月の後孔に先端を触れさせた。

「ふ・・・、ぁ・・・」

挿入の予感に月の腰が下がって角度を整えた。腰を掴みなおして、私は一息に月に突き入れる。抵抗は無く熱心に歓迎された。そのまま月が動くのを待った。そうしていると、体内に入り込んだ質量と熱量のある物体に馴染んだ月がやがて蠢きだす。ゆるゆると前後に揺れ始め、それに寄って呼び起こされる快感に、月の肩に頭を預けて浸った。

「月くん」

彼を呼ぶ声に窮屈な姿勢ながら月が振り返って私を見る。視線が合う。噛み締めていたのか唇が赤く色づいていた。壁に押さえつけられる体勢から捩るように腕を引き抜き、持ち上げられ、指が私の髪に触れた。けれど、そのすぐ後、自分が何をしたのか悟った月が指を戻す。私は逃げていく手を追い、掴んだ。私に触れてくれた指先に口付ける。

「動けよ・・・」

顔を前に戻した月が、壁に俯いて呟いた。だが、月の指は戻されず、私の手の中にあった。

腰に置いた手で身体を固定し、ずんと突き上げた。やっと得た強い刺激に内壁が喜んで絡みつく。ぎゅうぎゅう締め付ける壁を掻き分けるように何度も突く。動くごとに月が上げる嬌声に安堵していた。

「は、はぁ・・・、ふぁ・・・ああ・・・」

床にぽたぽたと滴が零れる。月の手が自分のものを愛撫していた。私はその手ごと彼を包み扱く。彼が溢れさせたもので手は滑らかに動いていた。私が貫く快感と直接的な前からの刺激で、彼の喘ぎはひっきりない。甘く掠れた彼の喘ぎを伴って、私の動きは早くなった。

「・・・はっ、く、ぅん!」

噛み締めた唇から喘ぎが漏れる。体内の私を痛むほど締め付けて、月が絶頂に至った。

「はっ・・・。は、ぁ‥・・」

射精で脱力した身体は背後にいる私に凭れた。限界まで張り詰めたものが、欲望のままに月を突き上げるよう要求するが、私はそれを飲み込み、月の身体を抱えて床に腰を下ろした。

「ん・・・んぅ・・・」

より深く繋がった私に月が呻いた。首筋が綺麗に反らされる。

その淫靡な光景が惜しかったが、私は膝の上で月の身体を反転させた。正面から視る月。汗で髪を貼り付け、頬を紅く染めて、瞬きする睫毛が微かに涙で濡れている。この顔を私だけでなく、アイバーや他の男達が見た。

持て余すほど長い足の膝裏に腕を入れ持ち上げた。バランスを崩した月が咄嗟に私の頭に両腕を絡めた。私を頬張る双丘を鷲掴み、乱暴なほどの律動で彼の中に突き入れた。荒く突き上げる度に落ちまいと月の腕がしがみ付く。彼の悦い所を抉り、快感だけだろうと必死になった声音でもう一度聞きたかった。

「いっ、ああ、いい・・・!あ、あ、竜崎・・・!」

耳に届いた私の名前を呼ぶ声に奥歯を噛み締めた。

月の足が私の後で組まれ、二人の身体を引き寄せる。髪が頭から引き抜かれる強さで掴まれる。それさえも刺激になって、月を貫く勢いが増していく。肉を叩く音がキッチンに不似合いに響く。

再び力を持った月のものが私の腹に擦り付けられていた。ぬとぬと、と彼が漏らした体液と私自身の汗が相まって腹に何本も線を引いた。手を二人の間に差し入れ、月自身を包んだ。突き入れる動きも変わらずに、月を扱き、彼の快感を二重にしてやる。

「ああああああ、あっ、あっ・・・。ん、・・・ああ!も、あっ・・・、竜崎、竜崎!」

嬌声を上げ続ける月の頭を掴んで、深く唇を合わせた。そして、限界を訴える私自身も彼の奥深くに喰い込み、月の中に私を解放した。

短時間で複数の解放の余韻で脱力する身体を再び抱える。時折びくりびくりと震える背を宥めるように撫でた。

「月くん・・・」

頭の下にある彼の髪に顔を埋め、私の匂いが混じった彼の匂いを嗅いだ。

私の背に放り出されていた手が上がり、肩に置かれた。

「ん、ん・・・」

鼻にかかった声を小さく漏らして、月の腰が持ち上がり私を抜いた。そのまま立ち上がった月の股には、私の吐き出したものが滲み出ていた。

「月くん」

それに気付いた月が、ストックから布巾を取り無造作に拭った。そして、汗で濡れた髪をかき上げ、溜息を吐いた。

「月くん」

床に落ちた服を拾って、キッチンから出て行こうとする月。もう興味は失せたとばかりに、一度も私を振り返らない。

腕を掴んでいた。よほど強く掴んでいるのか、掴んだ月の皮膚に指が喰い込んでいた。

「月くん」

「なに?」

「貴方は・・・」

何と言えばいいのだろう。私は分からなかった。

それっきり口を閉ざした私に月が再び溜息を吐く。掴んでいた手も取り返された。近寄っていた彼の意識が再び遠くなるのが分かった。

「セックスはセックスだ。意味なんて無い」

「先ほどのはただの性欲だったと?貴方はもっと・・・潔癖だったはずだ」

「昔はね。じゃなきゃ、獣みたいだと思ってた。でも、今はそうじゃない。お前だって知ってるだろ。ずっと視てたんだから」

「・・・貴方は誘われれば断らなかった。誰の誘いにも乗っていた」

「竜崎、お前を思い続けると思った?ずっと好きでいてくれるだろうと?」

「・・・」

「あいにくだけど、すぐに忘れたよ」

それが彼の本心だと分かった。彼の表情は揺らがなかった。嘘が無かった。

踵を返し先にキッチンを出る。そして、これが初めて月に背を向けるのだと気付いた。

「竜崎・・・」

キッチンから出るところで月が私を呼んだ。続く言葉を待った。

「はい・・・」

「・・・シャワー。・・・シャワーを浴びるなら急いでくれ。僕も浴びたい」

「どうぞお先に・・・」

独り、部屋に戻った。

*** *** ***

後の事を考えずにキッチンで行為なんて始めるもんじゃない。

床や壁に零れた、僕か竜崎のものか分からないものを拭った。約束が以前のままだったら、この部屋に入るのは僕と竜崎だけ。そうすると、必然的に片付けは僕の役目だった。

全裸にシャツを羽織っただけで、行為の跡が残るキッチンを片付けた。家事をしていると無心になれる。それはこの部屋で暮らし始めて知ったこと。だけど、どうしてもが脳裏から離れなかった事があった。

「お前があんな顔、見せちゃ駄目だろ」

部屋を出る最後に竜崎が隠し切れなかった顔。握っていた布に皺が寄った。