part 7 おすそ分け
メロたちの部屋から戻り、玄関のドアを開けた。リビングに通じるドアのガラス部分から灯りが漏れていた。そこにいるのは一人しかいない。ドアの前で立ち止まった。開けなくてはいけない事は分かっている。けれど、僕自身がそのドアを開けたいのか分からない。
それでも廊下に立っているわけにはいかず、ドアノブを掴み部屋に入った。
リビングのソファーには、いつものスタイルで座る竜崎。お茶もケーキも彼の前にないまま、ソファーに座っていた。
「・・・待ってたのか?」
「月くんが帰るのを、待ってました」
眩しそうに目を細めて、僕を見上げた。お互い、何を指しているのか分かっていた。
「そう・・・。明日からメロたちの護衛は必要ない。車の送迎も要らないから」
リビングを通り抜け、自分の部屋に向かった。
「また逃げるんですか?」
ソファーを通り過ぎた時、竜崎から掛けられた言葉。
「また、何も言わず背を向けるんですか?」
足を止めた。ほぼ確実にメロとの会話を視ているだろうから、もしかしたら竜崎から何かアクションがあるかもしれないと思っていた。でも、こんなにストレートに尋ねてくると思わなかった。
「言っている意味が分からない」
「いいえ。月くんは分かっているはずです」
「・・・僕に何を言って欲しいんだ?」
部屋の雰囲気に相応しい重い溜息をひとつ吐いた。止めた足の方向を変え、竜崎と向かい合った。彼を見て鼓動が少し激しくなった心臓を守る様に、両腕を胸の前で組んだ。竜崎の言葉に乗って、責めるような言葉は言わない。
「・・・月くんがメロに言った言葉は正しいと思います。メロのことがなくても、私達は、・・・私達の関係はいずれ駄目になっていたでしょう」
あの時のことに直面しようとしている。ずっと頭から離れなかった。繰り返し、夢に見てしまうくらい。竜崎は・・・どうだったのだろう?どうしていたのだろう?
「同意が得られて嬉しいよ。でも、お前と僕の立場は違うと理解しないのか?お前と僕の間に関係なんてものはなかった。お前が僕に見せたもので本当のものなんてなかったろ?」
「それは・・・お互い様です」
がりっと爪を噛む音。唇を弄っていた指を噛んでいた。厚い前髪の隙間から黒い目が僕を見ていた。
「お前は、僕が信用しやすい、僕に合わせた竜崎を用意した。けど、そんな竜崎はどこにもいない。以前の僕は愚かにも、お前の思惑通り、その竜崎を信用してお前とメロを笑わせた。賭けの取り分はなんだった?僕と一緒に暮らした面倒を補うものだったか?」
傷ついた感情から迸った言葉ではなく、あの時から身体に淀んでいた毒を吐いた。言葉を発した唇が苦い。
「それなら、なぜ私を竜崎と呼び続けるんですか・・・?」
何もかも押し潰したような低い声。それでも、僕の耳に届いた。
「それしか知らないからだ。Lはお前の探偵としての通り名だろう」
再び部屋へ歩き出した僕の前に、ソファーから飛び起きた竜崎が立ちはだかった。
「月くん・・・」
二度、三度と、言葉を捜して竜崎の薄い唇が動いた。けれど、何も出てこなかった。合わさったままの深い黒い目は僕を見つめたまま。そこにあるものが分からないわけじゃない。だけど・・・。
掌で顔を撫で降ろし、竜崎が言うべき事を尋ねた。
「僕もメロも話した。竜崎、次はお前の番だと思わないか?」
竜崎の噛んでない方の手がジーンズで拭われた
「・・・それとも、僕は話すに値しないか?お前がそう思うのなら・・・」
「話せば、」
「え?」
「話せば、また一緒に暮らしてくれますか?」
「・・・今も一緒に暮らしている」
「気付かない振りをしないで下さい。ずるいです、月くん」
「今は関係ないだろ?なぜそれが出てくるんだ・・・」
「関係なくありません。私が話すと言う事は、そう言う事です」
「・・・」
竜崎の話を聞きたいけれど、正直なところ、同居をどうしたいのか分からない。答えに逡巡していると、ソファーに座りなおした竜崎が隣に座る様にと座面を叩いた。
僕は竜崎から離れたところに腰を下ろした。腕は自分を守るように身体に巻きつけたまま。
「まずは、お前の話を聞いてからだ」
*** *** *** *** ***
『あなたの隣でみた景色は 永遠に続きそうな夢でした』
初めは興味だった。私と同じくらい推理力があるのに、時折ひどく幼い所を見せる。幼いところを突けば、思うとおりの反応が返ってくる事もあるし、予想外に鋭い反応を返す事もある。けれど、その経験の乏しさが、いずれ彼を滅ぼすだろうと私は予測していた。
記憶の混濁が認められた時も、ずいぶん安い手を使うものだと思った。それならと、24時間監視を続けて、綻びを出す瞬間を見てやろうとした。
だが、その瞬間は訪れることなく火口逮捕となり、私は監視を解く必要に迫られた。久しぶりに楽しい玩具を手放すのは気が乗らず、監視の名目で共同生活を続けた。私は彼がキラだと確信していたから。
手錠を外した事で、本来の夜神月らしい側面が見えてきた。手錠がない所為で、容疑者としての緊張が薄れたのだろう。
共同生活の間にも、私の元に来る依頼を片付けていた。幼女ばかりを狙った暴行殺人の記録を見せた事がある。残された家族の元に、幼女の身に降りかかった暴行を収めたビデオテープが送りつけられる、殺された幼女もその家族もいたぶる陰湿な事件だった。
その時の月の言葉。隠しても隠しきれていない、犯罪者の逮捕よりも被害者と同じ末路を願う意図があった。月の手にあの黒いノートがあったら?ノートに名前を書くことで、新しい被害者を食い止めることが出来るなら、彼は書いているかもしれない。
オリジナルキラから被害者の増加を食い止め、犯罪の抑止が出来ると言う可能性と、自分がそうする事ができると言う自覚を抜いたものが月ではないのだろうか。彼と暮らしている中でそんな風に思い始めていた。
私の推理通り、彼がキラだと立証するには、殺人ノートを彼が使った証拠がいる。だが、火口の逮捕の際に得たノートからは彼の指紋、筆跡など月に繋がるものは何も出なかった。残るは、彼がキラだと言う夜神月自身の自白。それを得る必要があった。
だが、彼と一緒の時間が増えるにつれて、自白を得ると言う同居の本来の目的が変わって行くのが分かった。メロからもやる気があるのかと言われる始末。けれど、変わるのを止める気はなかった。
私の言葉や行動に笑ったり、呆れたり、怒ったりする月。一番多いのは、仕方がないと呆れて溜息を吐く月だった。でも、その後に私の世話をして楽しそうに笑う。妹がいると聞いているから、元から世話好きなのだろうが、ワタリと異なり、彼に世話をされるのは嫌ではなかった。
ある日、捜査を終え部屋に戻ると、月の姿が見えない時があった。私がドアを開けると、いつもキッチンで忙しく立ち回っているのに、必ずお帰りと出迎え、私の今日を尋ねてくるのに。彼がいない部屋は寒々しくて、その寒さに急きたてられる様に彼を探した。
見つけたのは、彼の自室。彼はベッドでうたた寝をしていた。窓からの日差しで心地良さそうだった。何も悩むことのない穏やかな寝顔。彼に指す日差しが角度を変えるまで眺めていた。彼は私の思惑通り、警戒を解いた。私はそれを喜ぶべきなのに・・・。
彼が警戒を解き、おそらく好意まで抱いてくれる相手は私ではない。指先が月の暖かな頬に触れた。こうして触れられる月も私のものではない。
自分が仕掛けた罠に、自分が囚われたのが分かった。それでも、もう抜け出せない・・・。
端末からメロの声が流れる。端末がログインされているのを見た時、全てが終わったのに気付いていた。
少しでも終わりを先延ばししたかった私は、毎日扉の前でする決意を実行することが出来なかった。今日こそ月に全てを明かす。彼を解放し、自由にする。だが、固めたはずの決意も、月が私を出迎え、お帰りと笑いかけてくれる前には脆く崩れ去った。
全てを知った月が出て行くのは予想していた事だった。それでも、もしかしたら・・・。もしかしたら、月が戻り、私の話を聞きに来るかもしれないと淡い期待を抱いた。強欲な私は、こんな事になっても月に許しを期待していた。
けれど、それと同時に、これで良かったのだと言う思いもあった。まだ若い彼にはやりたい事、叶えたい夢があったはずだ。けれど、私はきっとそれを許す事は出来ない。彼の翼をもぎ、私が作った檻の中で慈しみたくなる。月は独立心が強く、いつまでも私の庇護下にいるはずがない。彼を拘束する檻に必ず気付き、私を憎むようになる。
月が成長する過程に、私は必要ではなかった。月のためを考えるなら、このまま手放すべきだった。どんな感情を私が抱いているかは関係がなかった。
噛み過ぎた爪はぼろぼろで、もう歯を立てる場所はなかった。それでも、紅い皮膚に歯を立てた。痛みが正気づかせてくれる。月が見せた顔を一つ一つ思い出した。月が話した言葉を一つ一つ思い出した。月が私に頬を染めて話した言葉が途切れた。喉が詰まる。
この私が、自己犠牲的な感情を抱いたのは初めてだった。
*** *** *** *** ***
「だから、僕が出て行くのを止めなかった。けれど、ずっと僕を監視続けた?」
「はい・・・」
「メロとの賭けは?」
「人を操るには、愛情を手段にするのが最も効果的です。推理力は私と同等でも、貴方はまだ幼く感情の駆け引きの経験が限られている。キラ事件は火口逮捕で終わりを告げましたが、私は貴方以外の者がキラだと認められなかった。私の推理を立証するには、貴方をキラとする証拠を見つける事は困難で、自白が必要でした。だから、私は貴方と共に住む間にそれを引き出そうとした」
「愛情を用いて警戒を緩めて僕にお前を信じさせ、キラだったと自白を取ろうとした。その手段が僕相手に有効かどうか、それがメロと交わした賭けだった」
「そう、です・・・。私を軽蔑しますか?」
「誇れる事ではないね」
「・・・はい」
「でも、分からない。それなら、どうして僕の帰国後、浚うようにこの部屋に連れて来た?その上、キラ事件を口実に、また一緒に住んで欲しいなんて・・・」
「浚いでもしないと、貴方は私と逢おうとしないでしょう?」
「正当化するつもりか?」
憎らしいほど竜崎だった。眇めた僕の視線を気にも止めず、手が伸びてきて腕に触れた。
「私を忘れるきっかけはあった。でも、貴方はそれに乗らなかった。忘れていないと思うのは、私の思い込みですか?」
竜崎との事を完全に忘れられるきっかけは、彼が言う通り確かにあった。ただ、上手く行かなかった。
ジャン。9歳年上のフランス人。背が高く、僕より体格が良くて、髪も髭もふさふさして、まるで熊みたいなのに笑うと目が消えた。僕を甘やかすのが好きで仕方のない人だった。
日本に短期留学で来ていたジャンと出逢って、お互い時間が許す限り一緒に過ごした。帰国して関係は自動消滅したけど、ICPOの本部があるリヨンで助教授になったジャンと再会した。不思議な事に、別れていた時間がなかった様に、関係はスムーズに始まった。
付き合った他の人たちのように、僕の中に誰かがいることを知っても、怒ることはなく、生きていたらそんな事はある、まるごと君だから仕方ないね。と許してくれた。ただ、君の傍に今いるのは私だよ、と釘を刺すのも忘れず、言葉よりも雄弁に抱き締めてくれた。
お互いの家を行ったり来たりした後、同棲は自然に始まった。彼の傍が心地よくて、たくさん笑ったと思う。家族と一緒の時でも味わった事のない解放感、僕がそのまま存在することを許してくれる安らぎがあった。僕の過去を無理やり聞き出すこともなく、でも聞いて欲しい時はちゃんと聞いてくれた。全部話すことは出来なかったけれど、初めて他人に竜崎との事を話せた相手だった。
でも、ジャンにパートナーシップを結びたいと言われた時、僕は返事が出来なかった。その後、ジャンは荷物を持って部屋から出て行った。本当に人生を過ごしたい人は誰かよく考えなさい、過去に起きた事は過去に置いて、その事に囚われてはいけないよ、と最後まで僕を気遣ってくれた。
ジャンとの別れは辛かった。思い出が残る二人の家だった部屋で、料理することも満足に眠ることも出来なくなった。ただ、日々の生活のためだけに、出来合いのものを買って食べていた。けれど、その痛みは、あの日ビルを出た時に感じた、身が裂け息が出来ない程の痛みではなかった。
こんなにも時が経ったと言うのに、僕はまだ彼の影を引き摺っている。僕はいつその影から抜けられるのか。どうしてジャンでは駄目なのか。理性では既に答えを見つけているのに、感情がついて行かない。
「・・・アイバーと逢ったのは、ジャンとの事があった後だったな」
竜崎の手から身体を引いて逃れた。腕にはまだ熱が残っていた。竜崎の跡を残す皮膚に触れようとした指を、組んだ腕を掴む事で止めた。
「あの時の貴方には、傍にいる人間が必要でした・・・」
空に浮いた手を膝に戻し、俯いて床を見る竜崎。長い黒髪が横から見る竜崎の表情を隠していた。アイバーが来た理由をおおよそ理解していたけれど、不快感は止められない。言葉が口から出ていた。その声音に、傷ついた感情が表れていないのに安堵した。
「そのために、アイバーを僕に寄越したわけだ。彼はお前に弱みがあるから、それを代償にしてアイバーに僕を慰めさせた。お前は、ずっと他の誰かに抱かれる僕を見てたわけだ。見ていたものは楽しかったか?」
がたん、と派手な音がするのと同時に、竜崎に顔を掴まれていた。
「楽しかったはずがないでしょう!」
額が触れる程に間近に迫った竜崎の顔。覗き込む瞳に、その近さに戸惑った。
「貴方に触れたあらゆる人間を憎悪しました。貴方に触れた手を切り落とし、貴方を見た瞳を潰してやりたかった。私は触れられないのに・・・。月くん、貴方もたやすく貴方自身に触れる恩恵を与えた」
ぎりっと噛み締めた歯に、潰された言葉を竜崎が話す。
「貴方が私ではない相手に笑顔を向ける。それだけで、身が焦がれる程の嫉妬を感じました。そこにいるのは私だったはずなのに!」
「りゅ、ざき・・・」
こんな風に竜崎が感情を吐露するのは初めてだった。好きだと告白された時も、身体を繋げた時にも、竜崎の中にこんな激しい感情を感じたことはなかった。初めて見る竜崎の姿だった。
「それでも、貴方が・・・。他の誰かといる方が貴方にとって幸せなら、私は見ているだけで耐えられると思ったんです」
顔を掴んでいた手が滑り落ち、腰に回された。僕をゆるく抱き肩に顔を埋めた竜崎の表情は分からなくなった。視界を埋めた竜崎の髪が揺れている。竜崎に触れようと上げかけた手は途中で止まり、逡巡して、結局触れないまま落ちた。
「竜崎・・・、お前は僕にどうして欲しいんだ・・・」
「最初に言いました。また貴方と一緒に住みたいんです。月くんと一緒に食事をして、たわいもない事に笑って喧嘩して、身体を繋げて、一緒のベッドに眠る。そして、貴方が起きるのを見る。貴方と暮らしたあの日々は、私には楽しかったんです。私が仕掛けた事なのに、壊したくなかった・・・」
竜崎の囲みの中で聞く彼の言葉に目を閉じた。淡々とした言葉には渇望が見えて、どうしたらいいか分からない。こんな風に求められていたなんて知らない。強く目蓋を閉じた後、僕は竜崎の肩を押した。身を離して、二人の距離を開ける。
肩に置いた手も離して、竜崎から下がった。
「僕は・・・、もう一度お前を信じられるか分からない。今、お前が話した言葉も信じていいのか分からない」
「当然です・・・。月くんがそう言うのも理解できます」
もう一度、竜崎の手が伸びてきた。体の脇に垂らしたままだった手に触れる。
「ですが、車も護衛もそのままです。貴方を貶めるわけではなく、私が心配なんです。貴方を安全にしておきたいんです」
*** *** ***
『あなたの隣で見た景色が 永遠に続きそうで怖かった』
天井を見つめて、何度目かの寝返りを打った。部屋に戻りベッドに入ったけれど、眠りは訪れてくれない。
竜崎の告白を考えていた。メロの事がなくても、あのままの生活を続けていたら、きっと僕は竜崎を憎むようになっていたと思う。竜崎はそうならないように上手く立ち回ったかもしれないけれど。単に好きという感情だけでは関係は上手く行かない。
竜崎との生活は楽しくて、僕が知らないものをたくさん見せてくれた。でも、それはいずれも竜崎の手で既に選ばれたもの。竜崎が見せた世界は、酷く狭まったものだった。
父の後を継ぎ、いずれ警察官になるのは間違いないが、本だけの知識ではない多くの事を学びたかった。たくさんの物を見、多くの場所を訪れる。富めるものがあれば、貧しいものもいる。人は善良なだけではなく、時に拷問すら出来る野蛮性を持つ。弱者と強者。集団と個。それぞれの力。
竜崎の隣では、竜崎だけの意見。世界中の警察を超越する竜崎の権力。竜崎しかいない世界。
僕にはそれが怖かった。
今の僕が、昔の僕がなりたかった自分か分からない。でも、そう悪くないと思っている。多くの人と関わり、それなりの経験も積んだ。警察官としてのキャリアも今のところ満足のいくものだった。
暗闇を睨みつける。そうしても、暗闇の中に答えは浮かんで来ないと知っていたけれど。
僕はどうしたいのだろう。今回のキラ事件が終わったら、僕はどうする?竜崎は・・・?また彼の言葉が嘘だったら?
過去は過去に置いて。ジャンの言葉が蘇る。僕はパートナーシップの返事が出来なかった時、竜崎の姿を思い出していた。
*** *** ***
「・・・なぜあなた達がここにいるんですか?」
「ライトが誘ってくれたから」
「なぁ、皿ってこれ?」
キッチンに入ると、下のフロアにいるはずの彼らがいた。
「それは見れば分かります。いる理由を聞いているんです」
「ライトが俺達の食生活を哀れんで、食事に誘ってくれた。あー、ライトって優しい!」
「コンビニの食事ばかりだと栄養が偏るしね。ありがとう、メロ」
皿を渡したメロに、エプロン姿の月が微笑みかける。
「・・・・・・・・・ケーキばかりの私を可哀想なんて思わなかったのに」
つい、恨み言が口を突いてしまった。そんな私をメロとマットがにやにやと笑う。
月が料理するのを傍まで寄って眺めた。この前も思ったことだが、昔より手際がいい。自炊生活の長さが現れていた。覗き込んだ私の鼻にバターが溶けて焼ける匂いが届いた。月の手元のフライパンの中で黄色の塊が踊っていた。
「月くんのオムレツ!酷いです、私まだ味わっていないのに・・・。こんな奴らに先を越されるなんて・・・」
「訳の分からない事を言ってないで、コーヒーを淹れたら?」
「はぁ・・・」
オムレツは月が始めて私に作ってくれた思い出の料理。再び始まった共同生活では、同じ食卓だが食べるものは別で、ただ彼と一緒に食事をしている事で満足していた。
それなのに、よりよって彼の料理の貴重さが分からない奴らに、先を越されるなんて思わなかった。
「Lが自分でコーヒー淹れてる。なんかキモッ」
「つくづく失礼ですね。コーヒーなんて、フィルターをセットして、その中に豆をいれて、お湯を注ぐだけです。簡単なものです」
「昔、エスプレッソでもこんなに濃くないって言うコーヒーを飲まされたことがあるよ」
「豆の分量を間違えただけです・・・」
月がこんな自然に昔の事を口にするのは初めてだった。それだけなのに、酷く嬉しい。彼の言葉だけで浮かれている私がいた。
私は期待してもいいのだろうか?
月と私用に味を調節したカップをテーブルに置いた。メロたちは好きにすればいい。私がコーヒーを淹れる間に食事の用意は終わり、皿が並んでいた。
「あの・・・、月くん・・・」
「なに?嫌いだった?」
「とんでもないです!そんな事はあり得ませんが、あの・・・私も食べて良いんですか?」
「口に合わなきゃ、冷蔵庫にいつものケーキがあるよ。それを食べたら?」
隣でメロとマットが、ひど!せっかくライトが作ったのに。甲斐性無しが偉そうにと言い合っていた。
「食べても良いんですか?」
「どうぞ」
再度尋ねた私に短く答えた月は、私が淹れたカップを傾けていた。見事に焼けたオムレツを口にした。ふんわりと甘い。願っていたが、再び味わえると思っていなかった。口元がむずむずする。
「美味しいです」
「そう。野菜も残すなよ」
皿に彩りを加える野菜ももちろん食べた。昔の様に片づけを私が請け負い、月は出勤の支度をしに部屋に戻った。
私が片づけを終える頃に、ジャケットを手に月がリビングに戻った。
「今日はどっちが担当?メロ?」
「そう、俺。やった。ライトと同伴出勤じゃん」
「・・・そんな言葉、どこで覚えてくるの?」
「月くん」
メロとじゃれあう月に近寄った。スーツ姿も凛々しい、大人の男だった。
「昨日も言いましたが、貴方が守りを必要とする存在じゃないのは分かっています。が、私がそうしたいんです。月くんが心配なんです」
「竜崎がしたいなら、そうすればいい」
「はい。ありがとうございます」
「それじゃあ・・・、行って来ます」
「気をつけて」
早くと急かすメロと一緒に部屋を出て行った。玄関まで付いて行き、月の姿が見えなくなるまで見送った。
「うっわ、ラブラブ。何時の間に仲直りしたんだよ?俺ら邪魔だった?」
「何ですか、ラブラブって・・・」
「照れなくていいじゃん、L」
「私は照れてません」
「何、真剣に答えてるんだよ。剥きになるなって、L」
