part 9 出張帰宅

竜崎は天井近くの空間を睨んだまま。僕も同じ所を見るが何も見えない。

「竜崎、いいか?」

天井を睨んだままの竜崎の手から相沢さんが資料を取った。キャンパスノートから切り離した様な一枚。白地の紙に罫線が引かれている。遠くからでは分からないが、そこには何かメモ書きされていた。それが相沢さんに渡った途端、相沢さんの体がびくりと震え、反射的に足を退いた。

「火口の時も俺は死神を見たが・・・、何度見ても信じがたい」

「ですが、現実です」

相沢さんに死神を確認させると、竜崎は相沢さんからノートを奪い返した。

黒いノートに触れないと見えないと言う死神。火口逮捕の時は姿が崩れ、砂になった。

「死神、早くその男の名前をノートに!」

拘束した刑事が魅上さんを抑え付け、火口の時のように目と口にテープを巻いて塞ごうとするが、抵抗で上手くいかない。

「神、騙されないで下さい!その男は私たちの敵です。竜崎などではない。本当の名前は・・・」

魅上さんは調子の外れたトーンで必死に僕に向かって訴え続けた。熱の篭ったそれは、信仰に近い思い込みで歪んでいた。

「まだ居たのですか・・・。目障りです。早く連れて行きなさい」

無理矢理引き摺られてもなお、神!と叫び続ける魅上さんの声。僕達がいる部屋に届く声は徐々に小さくなっていった。

「相沢さん、魅上の取り調べは私がします。それまでの間、勾留をお願いします」

「分かった。私たちはこれで引き上げるが、夜神刑事は・・・どうする?」

部屋中の視線が僕に集まった。一緒に行きますと僕が口を開く前に、竜崎が遮った。

「月くんにはまだ居て貰います」

「相沢さん、もしかしてあの男が・・・」

拘束した魅上を白のバンに押し込む刑事たちの後ろで、それを見守っていた相沢に夜神月を敵対視する刑事たちが近付く。夜神を囮に魅上を捕まえたのはいいが、夜神を名前で呼んだあの男が気になった。

磨きこまれたロールス・ロイスで現場に現れるなり、自分たちに指示を出し始めた。それは本部長の相沢も認めるようで、疑問も挟まず彼の指示通りに動いた。

言葉は丁寧だが、それがかえって嫌みになる態度。曲がりなりにも捜査一課を張る自分たちがただの小間使いの様に扱われる。

そして、夜神だけが今も自分達とは別行動でLと共にいる。今回のキラが神と呼んだ夜神からも事情を聞くべきだ。あの潔癖な顔から何かが出てくるかもしれないのに。異例な程の若さで昇進、ICPOへの派遣、他部署にも関わらず一課が手掛ける事件への口出し。どこまで夜神を特別扱いすればいいのか。

「下手な詮索は身を滅ぼすぞ。まだ警察庁にいたいなら、さっき見たことは誰にも話すな。いや、むしろ忘れろ」

バンに付いていた松田が準備が完了したと合図する。ちらりと刑事たちに視線を流すと、明らかに不満な顔。彼らの気持ちは自分には分かっていた。

オリジナルキラの時、自分も同じ顔をした。自分が理解出来ない事をあっさりとやってのける二人に嫉妬し、そして、その事に嫌悪を抱く悪循環。自分はもっと上等な人間だったはずなのに、彼らが自分にそう感じさせた。

それに、一課所属と言うプライドとエゴが自分を曇らせた。火口逮捕の時、自分は駆け付けられたが、それまで共に生死を掛け捜査した仲間を裏切った罪悪感は拭えなかった。

「行こう。俺達は俺達の仕事をしていればいい」

彼らを促し、バンの後で待機する車に乗り込んだ。

*** *** ***

刑事たちが去り、部屋には私と月、そして月には見えない死神。

「火口に憑いていた死神とは違うようですね。魅上が持っていたノートは貴方の、ですね?」

「竜崎・・・?」

切り取られたノートの一枚を摘んで持ち上げた。黒い死神がククッと笑う。大きく裂けた口から尖った歯列が覗き、その様は爬虫類を思い出させた。

『あーぁ、失敗か。そうだ、アイツのノートは俺のだ』

「ノートの本体は何処です?魅上が捕まった以上、ノートはどうなりますか?」

『何処に隠したのか俺も知らない。ノートは・・・、所有権はテルのままだな』

所有権?ノートの?死をもたらすノートの所有について、ルールがあってもおかしくはない。

「・・・もし所有権を放棄した場合、・・・所有者はどうなりますか?」

『所有権は俺に戻り、所有者はノートに関する記憶だけが消える』

急激な勢いで監禁時の月の様子が脳裏に蘇る。

監禁 三日目、モニター越しに事件の進展を聞く月。五日目、口数が減り徐々にやつれてきた月。そして、七日目。明らかに人格が変わった。七日前は自分がキラかもしれないと言い出し監禁を望んだのに、同じ口がキラではないと言う。

「・・・以前の所有者がノートに触れた場合、何が起こる?」

『ノートに関する記憶が戻る』

火口逮捕の時、模木がヘリの中にいる私にノートを持ってきた。もし、月の同行を許していたら、彼もまたノートに触れる事になっただろう。

「彼の・・・目的はそれか・・・」

記憶そのものを無くしてしまえば、隠すものもなくなる。そして、周到に月は再び記憶を戻す術を用意していた。

『ライトは凄い奴だった。憑いていて飽きる事なんてなかった。だから、ライトをお前に奪われてから、俺はずっとつまらなかった。ライト、やっぱりお前がいないと面白くないぞ』

黒い翼が羽ばたき、死神は空中を滑らかに移動する。月の上まで来ると、長く黒い異形の手が茶色の髪を撫でた。

「触るな」

何が起きているか分からない月の腕を掴んで引き寄せた。バランスを崩された月がたたらを踏む。

「竜崎、一体何なんだ!?」

私の腕を振り払うと、私の手にあるノートに手を伸ばした。

「今、死神と話をしているのだろう?僕だって捜査に関わる人間だ。ノートに触れさせてくれ」

「駄目です」

『触れさせたらどうだ?俺も久しぶりにライトと話がしたい』

「そんな事・・・許しません」

それは私が月を死神に奪い返されると言う事。

月に背を向け机を回って、部屋に備え付けられていた灰皿を取った。一緒に置かれたマッチを擦り、ノートに火をつけた。火はあっという間に紙を飲み込み、灰皿の中に灰を残した。

「竜崎!」

証拠を燃やした私を月が非難する。その言葉に耳を貸さず、私は死神に彼の記憶を蘇らせるもう一つのものの処分について尋ねた。

「ノートの所有権の放棄は、何をすればいいですか?」

*** *** ***

僕には姿を見ることも声を聞くことも出来ない死神と遣り取りを交わした後、竜崎は僕を車に押し込みビルに戻った。残りの証拠のファイルはワタリさんに手渡した。

リビングのソファーに座り、膝の間に組んだ手を置く。スーツを脱ぐ事も考え付かなかった。

「証拠を燃やすなんて何を考えている?」

「必要な事をしたまでです」

「僕がノートに触れたら、・・・お前が正しかったと証明が出来たかもしれない」

「そんな事をせずとも、私は最初から正しいです。今更、証明する必要はありません」

「・・・竜崎、僕がキラだな?」

その疑いはオリジナルキラを模倣した魅上さんの出現よりもずっと前からあった。その度にキラではないと否定を繰り返したけれど、今日、竜崎が僕にノートを燃やしてまで触れさせなかった事。そして、死神と竜崎の会話から伺えた。疑いは否定しきれるものではなくなった。

「そうだとしたら、何だって言うんですか?」

「警察に出頭して罪を償う」

「キラだった記憶があるんですか?」

「それは・・・。だが、お前が、・・・Lが証言すれば・・・」

「そんな事に興味はありません。私が事件に関わるのは正義心などではない。ただ、難事件を解決するのが趣味なだけです。そして、オリジナルキラは火口、今回のキラは魅上。それで決まりです。覆す必要はどこにありますか?」

「僕が罪を知っている」

「犯したかもしれないと言う、想像上の罪です。貴方の自己満足のために、家族や友人を苦しめ、夜神さんの職を奪うのですか?」

「・・・っ」

白髪の増えた老いた父。父が現場から離れ危険が少なくなった事を喜ぶ母。そして、恋人にプロポーズされたと弾んだ声で報告してきた妹。彼らを思うと、ずるい事に僕は何も言えなった。

「貴方が償いたいと言うなら、刑事を続けなさい。方法は異なりますが、被害者の増加を防ぎ、犯罪者を裁く一片を担います」

こいつがそんな事を言うなんて思わなかった。僕のずるさを許し、あまつさえ慰めるような言葉を竜崎の口から聞くなんて。顔を持ち上げると、ソファーの上に足を乗せ、親指で唇を弄る竜崎が僕をじっと見ていた。

「・・・お前はキラを死刑台に送ると言わなかったか?」

「当時の日本警察のために言っただけです。あくまでも仮定の話ですが、貴方がそんな事になる様なことがあれば阻止します。私は何をしてでも、たとえ私自身の言葉を翻してでも、貴方を手離すつもりはありません」

「竜崎・・・」

その言葉を信じられたらいい。僕達の歴史の中では、相手を愛するより信頼をする事の方が難しかった。

「そんな顔をしないで下さい。分かっています・・・」

竜崎が僕を見て、ぽつりと呟いた。僕はきっと情けない顔をしている。

「竜崎は・・・どうするんだ?」

「今回のノートを検証し、事件を解決させます」

「僕が聞いているのは、その後の話だ」

「私の仕事は端末とネットワーク、それが在れば何処でも出来ます。せっかく建てたビルが勿体無いですので、・・・こちらに拠点を移すのもいいですね」

「そう・・・」

「ただ、それには問題があります」

「問題?」

「えぇ。ビルを建ててから随分経ちましたから、ここのシステムが古くなりました。月くん、貴方が新しくしてくれませんか?」

「僕がこのビルのシステムを?・・・そんな事を言っていいのか?」

「良くなければ言いませんよ。それに、貴方がICPOで導入したものは、ここのシステムを改善したものですね?帰国後、情報課に戻った理由もシステム導入でしょう」

Lが使用するシステムは、悪名高い全世界的監視システム エシュロンを模したもの。僕はそれをICPOの任務に特化したものに改造した。各国の警察組織の容認を取り付けるには著しい難航が予想されたが、意外な事にあの二大国すら容認した。竜崎が知っていると言う事は、その裏に彼の後押しがあったのだろう。

「・・・ベータが上手くいったからね」

「ICPOをベータと言うのは貴方くらいですよ、月くん」

竜崎の唇の端が持ち上がった。膝に乗せていた指が僕に伸びる。それが分かっていても僕は逃げなかった。僕の手に重ねられた手。

「あの生活の中で、貴方に得るものがあって良かったです・・・」

あぁ、もう駄目だ。

僕は竜崎に抱きついていた。