Episode 14 Dream and Fantasy(1)
Summary : GSR. Sequel to "Mood swings". / 記念日を祝う二人。グリッソムの抱いた「夢」とは?/ Their first anniversary. What is Grissom's dream?
Rating : T
Genre : Romance
Spoilers : S6#21(悪魔のブライズメイド/Rashomama)
AN : 二人にとってはちょっと「気まずい」人が出てきたりしますが、ラブラブMAXですのでご注意。/ Fluffy alert:p
Chapter 1
書斎でパソコンを操作していたグリッソムは、ふとブラウザーの履歴を開いて首を傾げた。
先日ネットで見かけた昆虫学の論文をもう一度見ようと、ブックマークしていなかったことを後悔しながら、履歴から辿ってみようと思ったのだが、そこにはアクセスした記憶のないページがいくつか並んでいたのだ。
恐らくサラが見たページだろう。調べ物をするのに、時々彼のパソコンを使うことがあるからだ。
履歴はオペラや観劇、クラシック音楽のコンサートなどのサイトだった。中には美術展や博物館の特別展示などもあった。ラスベガスで行けるものを探していたようだ。
・・・次のデートの計画だろうか?しかし、彼女の趣味としては少しお堅い気がする。それに少々値が張る物ばかりだ。もしかして、彼の趣味に合わせてなにか考えてくれているのだろうか?
ほんの少しほっこりしながら、疑問も感じつつ、グリッソムは目当ての論文のページを履歴リストの中から見つけ、クリックをした。
「ギルバート?」
論文を読みふけっていたグリッソムは、紙の束から顔を上げた。パソコンの画面を長時間眺めるのは辛いので、基本的に彼は論文類はプリントアウトして読むのが常なのだ。「紙がもったいない」とサラは言うが、そうすれば余白に好きなことを書き込めるし、彼は主義を変える気は無かった。
「コーヒー淹れる?」
サラはバスタオルをすっぽり巻いた頭をひょっこりとドアから覗かせていた。さっきシャワーの音がしていたから、浴び終わって出てきたところなのだろう。
グリッソムは部屋の時計を見た。そろそろ出勤の準備を始めなければならない時間だった。
「ああ、そうだな」
眼鏡を外して眉間をほぐしながら、グリッソムは返事をした。
サラはにっこりと笑って姿を消した。
立ち上がったグリッソムは、電源を落とそうとしてパソコンに手を伸ばし、ブラウザーの画面を見て数秒考えた。
・・・彼女に聞いてみよう。
キッチンに行くと、サラは鼻歌を歌いながら「朝食」を作っていた。グリッソムは隣に並んで立つと、顔を上げたサラの唇に
「おはよう、ハニー」
とキスをして、ちょうど焼き上がってトースターからポップして出てきたパンを手に取った。バターを塗り始める。
コーヒーの香りが漂ってきたのに刺激されたのか、グリッソムのお腹が小さく空腹を主張した。
サラがちらりと横目でグリッソムを見て笑う。グリッソムはとぼけたように肩をすくめた。
カウンターに二人分の食事をセットして、コーヒーを片手にそれぞれ席についた。
「最近、私のパソコンを使ったか?」
トーストを頬張りながら、グリッソムが何の気なしに切り出すと、サラはなぜかドキリとしたように見えた。数秒間黙ってモグモグと口を動かした後、明らかに少し無理をして飲み込んだ。
「ちょっと調べ物があって。・・・まずかった?」
不安そうに眉を寄せたサラに、
「いや、いいんだよ」
グリッソムは慌てて否定した。
「あまり君の趣味じゃなさそうなものを探していたようだったから」
グリッソムがからかい気味にそう言うと、サラは唇を軽く舐めた後で、手にしていたフォークを置いてしまった。
「サラ?」
今度はグリッソムが不安そうにサラを見る番だった。
サラはグリッソムを見て、少し気恥ずかしそうに笑った。
「バレちゃったか」
グリッソムは興味深そうにサラを見つめた。右の眉が上がるのがサラには見えたが、多分本人は気付いてないだろう。
「ホントはサプライズにしたかったんだけど」
言いかけて、サラは小さく咳払いをした。
そして両手を自分の膝の上でいじりはじめた。
彼女がナーバスになっているサインだった。
「その・・・、もうすぐ、あの・・・」
サラは自分の手とグリッソムの顔をちらちらと見比べながら、言い淀んでいたが、やがて一度大きく深呼吸し、意を決したように口を開いた。
「たまには、ちょっと、その・・・豪勢なデートもいいかなって。もうすぐ、その、一年になるし」
世の中の男性と違って、グリッソムは記念日というものに疎い男ではなかった。何が「もうすぐ一年」になるのか、彼にはピンときた。
「もう一年になるのか」
感慨深げに言いながら、グリッソムはサラの頬に指を伸ばした。そっと撫でると、サラは少しの間うっとりと目を閉じた。
「チケットをプレゼントしてくれるつもりだったのか?」
「うん・・・まあ」
「それは嬉しいな、ありがとう」
サラはクスリと笑った。
「お礼には早いわよ。まだ何も買ってないんだから」
グリッソムも小さく笑った。
「それで・・・何がいい?ベガスだから、いろいろあって実は迷ってたのよね」
サラは食事を再開しながら尋ねた。
そうだなあ、とグリッソムもトーストをかじりながら少し考えた。
「オペラはどうだ?今だったらちょうどプッチーニの蝶々夫人をやってなかったかな。あれは初心者にもちょうどいいし」
「あなたが、それを観たいなら」
サラが小首を傾げて言うのに、グリッソムは微笑んで頷きかけたが、ふと真顔になって言った。
「私にばかり合わせなくて、いいんだよ?」
思えば彼女ばかりが、健気にも彼に合わせてくれてないだろうか?
彼女の趣味に、自分が興味を見せて合わせたことがあっただろうか?
「一緒に楽しめるものが増えた方が、いいでしょ?」
「無理してないか?」
サラはちらりと口角を上げた。
「趣味を持てって口を酸っぱくして言ってたのはあなたじゃなかった?」
悪戯っぽく笑うサラに、グリッソムは曖昧に笑みを返すしか無かった。
「せっかく、楽しみを共有できるチャンスが広げられそうなんだから、食わず嫌いは、良くないでしょ?」
肩をすくめたサラは、しかしグリッソムの顔を見て、優しい微笑を漏らした。
「もし、合わなかったら、ちゃんと言うから」
まだ不審そうに自分を見つめるグリッソムの手に、サラはそっと左手を重ねて、優しく撫でた。
「無理はしてないから。ね?」
「・・・分かった」
いったん納得して、グリッソムは引き下がった。
二人はその後、「記念日」のデートプランを話し合いながら食事を終え、出勤の準備をしてそれぞれの車でラボに向かった。
しかし彼の心には、ずっと自分がすべきだった努力を忘れていた気がして、落ち着かないものが残ったのだった。
******
それから数日掛けて、二人は「記念日」のデートプランを練った。グリッソムはなんとかサラが喜びそうなプランを考えようと頭をひねったのだが、悲しいかなあまり思いつかなかった。
結局、本人に「何が欲しい?何をして欲しい?」とストレートに聞くしかなかった。しかしそう問われたサラは特に驚いたりがっかりした様子は見せず、ただ数秒考えて、
「ディナー、奢って」
とにっこりして言っただけだった。
あとは二人のオフの予定さえ合わせられれば良かった。
久々に主任特権を発動して、グリッソムは難なくその調整を終えた。
二人でオペラを観て、ベラージオでディナー、というのが大まかな計画だった。本当は、初めて二人でデートしたレストランが良かったのだが、オペラを観たあとの正装では、少し場違いになってしまいそうだったので、思い切ることにした。
ベラージオで、というのは、グリッソムはサラには伏せていた。豪勢なホテルで、とだけ伝えておいた。仕事仲間に会いそうな場所は難色を示すだろうと思ったからだ。グリッソムは伝手を通して、しかしそこから、カジノスタッフに顔が広いキャサリンやウォリックには漏れないように人脈を駆使して、一番人目につかない席を予約して貰った。もちろんベジタリアンであることは伝えた。送迎のリムジンも予約した。
こんなデートは実はグリッソムにとっても初めてで、彼も年甲斐もなくワクワクしているのだった。
オペラを観るのに正装が必要だと伝えたとき、サラは確かに一瞬困った顔をしていたが、数日後には「一応解決した」と伝えてきた。そして「あなたの正装が楽しみ」とウィンクまでしていったので、家に戻ったグリッソムは大慌てで自前のタキシードの状態をチェックしてしまったほどだった。前回、エクリーの昇進パーティで着た後でクリーニングに出し、店から引き取ってそのままカバーごとかかっていたタキシードは、ひとまず着られる状態のようだった。問題はネクタイだが、まあ、きっとなんとかなるだろう。
グリッソムは、サラが何とか主目的を伏せたまま、キャサリンから「それなりのドレスをそこそこの値段で買える店」を聞き出した上に、キャサリンからの執拗な詮索をなんとか切り抜けたことを知らなかったし、「なんだったら一緒に買いに行こうか?」というお節介をギリギリのところで回避したことも知らなかった。
ただ彼女のドレス姿を想像しては、日々心を躍らせているのだった。
しかし一方で、「彼女に最高のデートをプレゼントする」とはやる気持ちを抑えきれないでいながら、まだどこか、「本当に彼女が望んでいることをしてあげられているだろうか」という疑念は拭えないままでいた。
それでも、「記念日」を楽しみにしているサラの様子をみるたびに、彼の心は温かな幸福がわき上がり、顔に自然と笑みが浮かぶのだった。
サラもまた、「その日」を指折り数えて楽しみにしていた。彼と初めてデートしたときは、約束から当日まで3日間ほどあったが、あの時は緊張と楽しみとそして不安で胸が一杯だった。今はただひたすらに楽しみでワクワクするのを抑えられなかった。唯一不安と言えば、キャサリンに教えて貰った店で買ったドレスが、果たして彼の好みに合うだろうかということぐらいだ。
本当はサプライズでチケットを渡したかったのだが、ものによっては準備が必要なこともあるし、結果としてはグリッソムと一緒に計画を練られたことは良かった。
計画は完璧だった。最後まで安心できないのは、大事件が起きてどちらかが(可能性が高いのはグリッソムの方だが)、緊急呼び出しを受けないかどうかだけだった。
だが、こればかりは二人の力ではどうしようもない。心配しても事件は起こるときは起こる。自らの力の及ばないことを心配していても仕方が無い。がっかりもするだろうしうんざりもするだろうが、お互い、そこはそうなったら仕方が無いと諦めはついていた。
しかしまさか、証拠がダイナーの駐車場から車ごと盗まれたかどで、内務調査にラボ内に足止めされることは想定していなかった。これが「その当日」に起きなくて本当に良かったと、二人は後におおいに笑い話のネタにするのだが、その時はそれどころではなかった。
サラからしてみれば、披露宴の名を借りた空々しい「乱痴気騒ぎ」に入り込んで、酔っぱらい達から証拠採取や聴取を行わなければならなかったのは、うんざりではあったがまだ仕方ない。しかし、内務調査のために家に帰ることも出来ず、証拠保全の連鎖が途絶えたために集めた証拠も使えず、シャワーも浴びられず、サラはほとほと疲れ果てていた。
「なんで結婚するのに馬鹿げた式を挙げるの?」
思わずニックとグレッグに悪態をついた。二人は顔を見合わせて肩をすくめ合っていた。
「ここはラスベガスだもん、仕方ないよ。馬鹿げたことを推奨する街だ」
達観したようにニックが言ったが、サラは思い切り顔をしかめて首を振った。
「サラは結婚制度には反対なんだ?」
グレッグにそう問われ、思わずサラは口を開きかけたが、ふと視界に入った人物のせいで、何も言わずに閉じるしかなかった。彼の前でこの話題は避けた方が無難だろう。・・・今はまだ。
「呼んだか?」
グリッソムの声に、ニックとグレッグが振り向く。サラはDVDのリモコンを手に取った。
「今のところ、花嫁が怪しいんだけど、彼女に話を聞いたのはあなたよね?」
グリッソムはちらりとサラを見て、
「ああ」
と頷いた。だがその顔にはすでに懐疑的な色が浮かんでいた。
「とにかく、これを観て」
グリッソムが反論する前に、サラはリモコンの再生ボタンを押した。
花婿の母親で殺人事件の被害者である女性が、よりによって大勢の披露宴客の前で、息子の花嫁に向かって悪態をつき、ひいては息子に浮気まで堂々と推奨する様が、会議室のモニターに映し出された。
一時停止ボタンを押して、サラはグリッソムを見た。
「動機になりそうだけど、どう思う?」
尋ねながらも、サラはすでにグリッソムにはあまり感化された様子がないことに気付いていた。
「時間が無いだろう」
グリッソムが花嫁やウェディングマネージャーと話したときの回想を語るのを聞きながら、サラは彼の記憶力の細かさに驚いていた。
サラやニック達も、捜査官としては秀逸な記憶力を誇っているしそれが必要な能力でもあり、それが自分たちにあることも自負している。だがグリッソムの細部にまでわたる記憶力はそれを凌駕するものだった。
世の中には、写真のように記憶を詳細に留めておける人たちもいるというが、彼もそんな力を持っているのだろうか?こんど聞いてみようかな、などと彼の話を聞きながら考えていた。
結局、グリッソムの読み通り、花嫁は犯人では無かった。
証拠を積んで盗まれたニックの車も見つかり、そこから辿った結果、その結論に達してサラ達は再びグリッソムを呼んだ。
会議室に現れたグリッソムは、容疑者がブライズメイド達だと聞くと、唐突にブライズメイド達が白いドレスを着ることの由来について、一同に尋ね始めた。
サラは思わず得意げに知識を披露し、彼が「さすがだ」と言いたげに眉を上げたときはうっかり悦に入りそうになったが、
「結婚制度に反対の割には詳しいんだねえ」
とニックに皮肉を言われてハッとした。
しまった。
思わずパニックになりかけて、
「結婚制度そのものに反対してるわけじゃないわ」
ムキになって言い返してしまった。
「馬鹿げた結婚式に反対なだけ」
サラは怖くてグリッソムの反応を確かめることが出来なかった。
彼との結婚を完全に否定したと思われたくなかった。しかしそれを本当は期待しているとも、彼に思われたくなかった。
事実、期待しているわけでは・・・ない。まだその話をする段階ではないと、お互いに意見は一致しているはずだ。
今は、まだ。
会議室の全員がモニターに注目したのを確かめてから、サラはテーブルに頬杖をつきながら、ちらりと横目でグリッソムを見た。
彼の口角が小さく揺れたが、それが何を意味するのかは、彼女には分からなかった。
グリッソムはサラの視線を感じて、うっかり笑いそうになるのを堪えた。
結婚そのものに反対しているわけではないと、ムキになって言い返していた彼女が、なんだか可愛くておかしかった。
恐らく、彼に「彼女が結婚を1ミリも考えていない」と思われたくなくて、咄嗟に言い返してしまったのだろう。
では、彼女は、結婚はしてもいいと、思い始めているのだろうか?
彼と、そうなることも、可能性の一つとして、選択肢になることは、決してあり得ないことでは無いと、考えていいのだろうか?
今はまだその話をするときではないと、確かにお互いに話し合った。認識は同じだったはずだ。だがそれは、逆に、可能性を閉じることでも無かったはずだ。
そんなことは勿論ちゃんと分かっている。
それなのに、心配した彼女が微笑ましかった。
そんな彼女が、愛おしかった。
彼の口元にふっと笑みが浮かんだのに、グリッソムもサラも気付かなかった。
******
容疑者は逮捕され、やっと関係者の内務調査も終わり、サラ達は解放された。
ニックとグレッグはヘトヘトな様子で、ほとんど虚ろな表情で帰っていった。
グリッソムは最後の確認を終えてオフィスに鍵を掛け、ロッカールームに向かった。
一歩踏み込んで顔を上げたグリッソムは、思わず目をしばたいた。
サラがタンクトップ姿でバスタオルを頭にかけているのが目に入ったからだ。
グリッソムが思わず言葉に詰まっていると、気配に気付いたのか、サラがゆっくり振り向いた。
「ああ、グリッソム」
言ってサラはバスタオルを外した。
髪が濡れている。強くなったウェーブが、彼女の背中に垂れた。
「シャワー浴びたのか」
サラは鼻に皺を寄せた。
「だって自分で自分が臭かったんだもん」
丸一日以上、内務調査のために足止めを食らい、ラボから出られないどころか、証拠などの隠滅を疑われないためにシャワーを浴びることさえ出来なかった。
死体やゴミ箱の臭いがついた自分はまだ許せる。しかし、自らの体臭で臭う自分は許せなかった。ましてそれを彼に嗅がれるなんて、自尊心が許さなかった。
だから内務調査が終わって解放されたとき、サラの頭の中には、シャワーを浴びることしか無かった。
帰宅準備をするニックやグレッグに挨拶もそこそこに、サラはタオルをいくつか掴むとシャワールームへ直行したのだった。
「さっぱりしたな」
「うん」
頷きながら、サラはバスタオルをくるくると丸めてカゴへ向かって投げた。タオルは綺麗にカゴの中へ落ちていった。
「ナイスピッチ」
グリッソムが茶化すように軽く手を叩くのを、サラは振り向いてちらりと笑った。彼の野球好きはもう十二分に知っていた。サラもいくつかのルールは覚えた。
オペラではなくて、野球のチケットでも良かったかなあ、とサラはふと思った。よし、次のデートのネタに取っておこう。
グリッソムが自分のロッカーから、上着とカバンを取って扉を閉めたとき、サラは自分の首元を触って何やらもぞもぞとしていた。髪の下に手を入れ、やや首を斜めに傾けて、眉をひそめている。
彼女がイラついているのが分かって、グリッソムが「舌打ちしそうだな」と思ったまさにその瞬間、サラが舌打ちをした。
思わず軽く笑って、グリッソムはサラを見た。
「手を貸そうか?」
サラがちらりと横目でグリッソムを見る。それからロッカールームの出入り口にさっと目を走らせた。
誰もいないのを確認して、
「んー、じゃあ、お願い」
そう言ってサラは、グリッソムにネックレスを手渡した。これを付けようとして手間取っていたのだ。
カバンをベンチにいったん置き、ネックレスを受け取って、グリッソムはサラの首に背後から両手を回した。
サラが片手で髪を無造作に束ねて軽く持ち上げ、首を傾ける。うなじが露わになった。
グリッソムは思わず舌なめずりをしながら、ネックレスを彼女の首に回し、金具を止めた。そして指を離し際に、人差し指の背ですっと首筋を撫でた。風呂上がりの肌は湿り気を帯びていた。
サラはくすぐったそうに体をよじらせて、グリッソムから離れた。
そして軽く彼を睨み付け、グリッソムが惚けたように肩をすくめると、呆れたように首を小さく振った。
「シャワー浴びるときは外すのか?」
「だって濡れたらそこから雑菌が繁殖するもん」
彼女らしい。グリッソムはそう思って小さく笑った。人肌に触れている時点で雑菌だらけだが、とは、無論口に出しては言わなかった。
そういえば、とグリッソムは、着替えるサラを見つめた。
彼女はあまりアクセサリーを付けないが、唯一頻繁に付けるのがネックレスだった。それもシンプルなものばかりだ。
彼女はこういうのは自分で買うのだろうか?誰かから貰ったものもあるのだろうか?良く付けているものはやはり大切なものなのだろうか?大切だった誰かから貰ったものなのだろうか?
「なに?」
サラの声に我に返ると、彼女はもう着替え終わって、カバンを手にロッカーを閉めたところだった。
「なにが?」
グリッソムは半分上の空で答えた。
「ずっとネックレス見てるから」
「ん?ああ・・・」
グリッソムは口を開きかけたが、結局何も言わずに閉じた。
そのネックレスをどこで買ったのかとか、誰から貰ったのかとか、聞いてどうしようというのだ。
今日うちに来るか、と聞きたかったがそれも思いとどまった。お互い、今日は疲労しすぎている。ゆっくり休んだ方が身のためだろう。
これが二日後でなくて良かったと思いながら、グリッソムはサラに「お疲れさま」と「おやすみ」を言って別れた。
TBC.
AN2 : 英語の原題"Rashomama"は、「羅生門」へのリスペクトから付けられたタイトルです。原作はご存じ芥川龍之介ですが、あちらではクロサワ映画として有名。映画は、「ある殺人事件の目撃者や関係者がそれぞれ食い違った証言をする姿をそれぞれの視点から描き、人間のエゴイズムを鋭く追及した」(wikipediaより)もので、なるほど、それで何度も同じ始まりをして別の証言を聞く、と言う展開だったのですね。
で、私はこのエピソードで、サラが大々的な結婚式には嫌悪感を示しているのに、最後にグリッソムがいる時だけ、「結婚に反対なわけじゃない」と弁解しているのが面白いと思って、その心理を中心に書いてみることにしました。
実際、犯人が分かってDVDを見ようとしているとき、サラが一瞬ちらっとグリッソムがいるはずの方向を見ているんですよ。グリッソムの反応は映ってないですけどね。
さて、次はいよいよ、記念日デートです。そして、妙にアイコンタクトを二人が取っていて、むしろちょっと気味が悪いくらいの(笑)、あのエピソードも絡んできます。
