Episode 14 Dream and Fantasy(2)
Rating : T
Genre : Romance
Spoilers : S6#(ラスベガスドリーム/Time of Your Death)
AN : 記念日デート当日。
Chapter 2
その日、サラはシフト開始時から、いや、起きた時から、心が華やぐのを抑えられなかった。
ドレスの準備も、その他諸々の準備も完璧、メイクのノリも上々だ。
あとは仕事がほどよく定時に終わってくれることを祈るばかりだ。多少延びたとしても、オペラは夕方からだから、まあ、少しの残業はセーフだ。
しかし出かける前にシャワーを浴びたいし、いろいろと念入りに準備をしたいから、やはり早めに切り上げたいところだ。
車を運転してラボに向かいながら、サラは鼻歌を歌っていた。
******
その日、グリッソムは起きたときから、いや、眠る前から、気がはやるのを抑えられなかった。
タキシードはOK、Yシャツもクリーニングに出して糊付けもバッチリだし、タイを結ぶ練習もばっちりした。
あとは長引くような大事件、緊急性の高い事件なんかが起きないように祈るばかりだ。重要人物の関わる事件や、未成年の誘拐事件などは不眠不休の捜査が要求されてしまう。そのような事態にならないように、彼が出来ることは、ただラスベガスが二日ほど静かであってくれと祈ることだけだ。
オペラに行くのも久し振りだし、サラとホテルでディナーも初めてのことだ。ディナーのあとどうするかは決めていないが、多分、彼の家に来ることになるだろう。
愛犬のハンクには二日間ほどペットシッターに預かって貰うことになっていた。二人でゆっくり過ごすためだ、仕方が無い。
その日、ラボへ向かう途中でシッターのジェフに預ける際に、ほんの少しだけ申し訳なく感じてしまったグリッソムは、
「すまないな」
思わず小さくそう言って愛犬の頭を撫でていた。
ハンクはまるで「分かってる」とでも言いたげに彼の顔を見上げ、尻尾をゆっくり左右に振った。
ラボに向かって車を運転しながら、グリッソムは口笛を吹いていた。
******
ラスベガスの初夏の夜はゆっくりと流れていた。
数日前に発生した殺人事件の捜査は、意外な展開を見せていた。
被害者のジェフ・パウエルのラスベガス旅行は、偶然に見せかけた巧みなシナリオによって動かされていたのだ。
サラが突き止めた、事件に関係する怪しい会社に、グリッソムは二人で訪れ、そのシナリオを作成し、役者を配したオーナーと会った。そしてそのシナリオを手に入れた。
二人は車の中で、それを一緒に読みながら呆れたような、感嘆したような溜め息を漏らした。
「誰かに仕組まれてでも、叶えたい夢なんて、ある?」
思わずそう尋ねたのはサラだった。
グリッソムは少し上目遣いで考えたが、
「さあ・・・どうかなあ」
思いつかず首を横に振った。
「君は?」
サラに振ると、彼女もまた少し俯いて考え込んだ。しかししばらくして、その口元に微笑が浮かんだのを見て、グリッソムは意外そうに眉を上げた。
「何か思いついたか?」
サラはニッと笑ってグリッソムを見た。
「あたしが何年も、叶えたくて、叶えたくて足掻いた夢は、今、現実だもの」
グリッソムは思わずサラを見つめた。
サラはにっこりと笑っていた。
嬉しいような、もどかしいような、なんとも言えない気持ちが、グリッソムの胸に広がった。
「あー、それは、・・・皮肉を言ったのかな?」
グリッソムはわざと惚けたように言った。彼女が「何年も足掻いた」のは、彼のせいだったからだ。
だがサラは
「違う!」
驚いて否定した。
「そういう意味じゃ無くて。今はただ、・・・幸せだって言いたかっただけ」
少し驚いて、グリッソムはサラをちらりと見た。
幸せだ、という言葉が、彼女の口から素直に出てきたことが、彼には多少意外に思えたからだった。
サラは微笑を浮かべたまま、やや首を傾けた。その角度に、彼がとても弱いことを、彼女は果たして知っているのだろうか。
「あなたは?」
グリッソムはゆっくり微笑んだ。
「もちろん、幸せだ」
サラは照れ臭そうに唇を噛み、そして俯いた。手元の資料を指で少しいじってから、ふとサラは言った。
「あの人、・・・あたし達のこと、感づいたと思う?」
エンジンを掛けながら、グリッソムは少し考えて、首を振った。
「さあ・・・どうかな」
「でも、『お二人の夢が叶いますように』って・・・」
「ただの常套句だよ」
サラは一瞬上目遣いで考えたようだったが、
「そうよね」
直ぐに苦笑しながら言った。
車を出しながら、ふと、グリッソムは
「そうだ」
と声を出した。
「なに?」
サラが怪訝そうに顔を上げる。
「今日は出来れば脚本を仕込んでおきたいな」
ちらりと笑うグリッソムに、サラが片方の眉をゆっくり上げた。物問いたげなサラの視線に、グリッソムはニヤリと口角を上げてみせた。
「今夜のデートは邪魔されたくない」
サラは軽く両目を開いたが、何も言わなかった。ただ口元を愉しげに綻ばせ、窓の外に目をやった。
ジェフ・パウエルの死は不運が重なってのことだった。
仕組まれた幸運に、身の程以上の行動を起こしたこと。彼の言動を、脚本を仕込んだ人物も演じた役者達も読み切れなかった。彼があそこまで積極的に、旅先で出会った美女のために行動することを、誰が予測できただろう。彼自身も、まさか誰となく話して聞かせたささやかな夢が、こんな形で身に降りかかってくるとは思ってもいなかっただろう。そのあげくの、事故のような死だ。
グリッソムには、ジェフ・パウエルが憐れに思えてならなかった。彼にしてみれば、出会ったばかりの女性と、いきなり一晩を過ごし、運命の人と思えてしまう単純さが、不思議であり羨ましくもあった。
ニックなどは、ジェフが女性を部屋に残して早朝にホテルを出たことを疑問視し、
「僕なら美女とずっと一緒にいる」
というような発言をしていた。美女に誘われたら断れない、とも。
彼はそのことで過去にいくつか失敗をしたことを忘れたのだろうか?一時は逮捕される寸前でさえあったのに。
その時、グリッソムは
「美女が苦手な人もいる。拒絶を恐れて」
とこぼしたのだが、その時サラがうっかり見せた複雑な表情を、彼は見逃してはいなかった。
あとで言い訳しなければ。いや、確かに彼は彼女の拒絶を恐れて、二の足を踏んでいた。何年も。もうあんな愚かなことはしないと、彼女を宥めなければ。
今は休憩室で雑談をしながら、彼の正面に座っている彼女をちらりと見つつ、グリッソムはぼんやり考えていた。
サラが話を振ったので、話題はグレッグの誕生日の話題になっていたようだった。
「夢は胸の奥にしまっておくものだ」
誕生日のプレゼントに期待しすぎないようにと、グレッグに釘を刺す意味も込めてグリッソムが言ったとき、ニックが戻ってきた。
事件のあったホテルのオーナーに呼ばれていたという彼は、豪華なネックレスを一同に披露した。ジェフ・パウエルが購入していた物だという。彼はこれを買うために、女性を部屋に残してホテルを出たようだった。
「素敵ねえ」
宝石類には目がないキャサリンが、目を輝かせて身を乗り出した。彼女でさえ驚くほど、高価そうなネックレスだった。
あんなにじゃらじゃら石が付いていたら、邪魔だろうに、とグリッソムは思って、ふと、サラを見た。彼女は、今日もシンプルなチョーカーを付けていた。
彼女も、あんな豪華なネックレスをしたいと望むだろうか?ああいうのを贈られたら、彼女も嬉しいだろうか?
グリッソムはサラの胸に、ニックの持つネックレスがある姿を想像しようとしたが、どうもうまくいかなかった。
やっぱり彼女の首元には、シンプルな細いネックレスが似合う。彼女の綺麗な鎖骨のラインには、そのほうが映えるに決まっている。
今夜の彼女のドレスアップが楽しみだ。
そう思って、再び、グリッソムは想像しようとした。ドレス姿のサラの胸元に、ニックが持っているような派手なネックレス。ドレスなら、合うだろうか?
ネックレスに興味があるように視線を投げているサラを、グリッソムはちらちらと盗み見ていた。
・・・そういえば、彼女に贈り物をしたことがない。
いや、あることはある。今年の誕生日にはお互い本と詩集を贈り合った。
しかし、アクセサリーなど、贈ることも思いつかなかった。
彼女はシェークスピアの詩集を喜んで受け取っていた。彼の部屋に置きっぱなしにしているが、それは眠る前に彼に読んでもらう為だ。朗読する彼の声が、セクシーだと言うのだ。お世辞だと分かっていても、彼は彼女に、面と向かっては面はゆい愛の言葉を、他人の詩を借りて囁けることが秘かに嬉しかったりもしていた。
本当は、彼女も、ネックレスのような物の方が、プレゼントされて嬉しかったりするのだろうか?
「誕生日のプレゼントは、朝食奢ってくれればいいですよ」
グレッグがそう言いながら立ち上がり、休憩室を出て行った。
「幻想を抱いちゃダメね」
キャサリンが達観したように言う。酸いも甘いも知り抜いた彼女が言うと、なんとも言えない説得力があるものだ。
どうやら、シフト時間が終わったらしい。他のメンバーも、三々五々、部屋を出ていった。
グリッソムは唯一残ったサラを見た。
彼女は彼に向かってにこりと笑いかけてきた。彼女が何を考えているのかは分からなかったが、恐らく、定時に帰れそうな事への安堵と、このあとのデートへの期待感は隠せてはいなかった。
グリッソムもまた、同じ思いで、目で返事をした。
******
二人はラボの駐車場で別れた。夕方迎えに行くと伝えると、サラは例のごとく胸元で小さく手を振って「分かった」と答えた。
家に着いたグリッソムは、簡単に食事を済ませ、ベッドに入って、なかなか寝付けなかったが、何とか数時間、眠った。
起きてからシャワーを浴び、念入りに髭を手入れした。いつも以上に時間を掛けて歯磨きをし、それからふと不安になってレストランに予約の確認の電話を入れた。ちゃんとベジタリアンコースであるかどうかも念を押した。
ディナーのあとはサラが来る可能性が高いから、部屋も掃除をした。ベッドメイキングをして、最後にゴミを出した。もちろん、ナイトテーブルの引き出しに常備してある箱の中身も、ちゃんと確認した。
一通り準備を終え、そろそろ着替えるかと時計を見たら、まだ2時間も余裕があった。
早起きしすぎたらしい。
グリッソムはしばらく、手持ち無沙汰でリビングルームをウロウロと歩き回っていた。
その時、ふとグリッソムの脳裏にある考えがよぎった。
もう一度時計を見て、頭の中で逆算し、
「よし、間に合うか」
そう独り言を言うと、彼はタキシードに着替え始めた。練習したはずの蝶ネクタイがなかなかうまく結べないのに悪態をつき、結局今は結ぶのを諦めた。
先に用事を済ませよう。
財布の中のカードを確認し、蝶ネクタイをポケットに入れると、グリッソムは家を出た。
******
夕方5時。きっかりにドアをノックする音に、サラはクスリと笑いながら、玄関へ急いだ。
「こんばんは、ギルバート」
にっこりと笑って玄関を開け、はにかんだような笑みを浮かべているグリッソムを迎え入れる。
「やあ」
一歩入ってドアを閉めたグリッソムは、サラを見て、息を飲んだ。
目を見開いて、彼女の全身を舐めるように見回した。
「あの・・・どう?」
サラが躊躇いがちに聞いてくる。グリッソムは勢いよく顔を上げ、彼女の目を見た。
「ああ・・・その、」
言葉に詰まり、グリッソムは慌てて咳払いをした。
サラの頬がさっと赤く染まった。
「や、やっぱり、変かな。あたしも、この色、どうかと思ったのよね」
そう言って神経質にドレスを指で撫でつけた。
サラは深い緑色のドレスを着ていた。ノースリーブで、丈は膝よりやや長く非対称(アシンメトリー)に斜めにカットされていた。生地はサテンだろうか、光の加減によって緑色がところどころ深くなったり鮮やかになったりしていた。
アップにまとめた髪が、彼女のうなじと肩を露わにしていた。それに続く胸元は彼女にしては大きく開いていた。そこには今日はシルバーのネックレスがかかっていた。チャームは小さな花だろうか。
「いや、あー、・・・」
グリッソムはもう一度咳払いをした。そして、ナーバスにドレスを撫でつけているサラの指を両手で取った。
サラが顔を上げて彼の顔を見た。
「綺麗だ、サラ」
彼女の顔に大きな笑みが浮かぶ。
「あなたも。素敵よ」
そう言ってサラはグリッソムのシャツの上から胸にそっと指を滑らせた。
思わずグリッソムは目を閉じて、その感触を堪能した。今すぐ彼女を抱き締めて、その首筋を味わいたい。そんな衝動に駆られたが、何とか堪えた。
まだまだ、デートはこれからだ。
「もう行く?カバン取ってくるから、ちょっと待ってて」
踵を返したサラに続いて、グリッソムも彼女の部屋に入った。
リビングルームでついてきた彼に気付いて、サラは怪訝そうに首を傾げた。
「ああ、サラ、実は、その・・・」
もじもじとするグリッソムに、サラは眉をひそめた。
まさか、キャンセルだろうか?呼び出しが入ってしまったのだろうか?
「なに?」
不安と警戒を露わに、サラは尋ねた。
グリッソムは唇を舌なめずりした。それから、鼻の頭を掻きながら、
「その、出かける前に、実は・・・君に、贈りたい、物が」
何とか言葉をひねり出し、そしてポケットから包みを取り出した。
サラがぽかんと口を開けている。
彼女の目が、何度か、彼の顔と、包みとを交互に往復した。
「良ければ、これを・・・」
グリッソムが細長いその包みを彼女の手に渡そうとすると、
「待って、ギルバート」
突然、サラは声を上げて両手でそれを押しとどめた。
「あたし、何も、そういうの用意してない」
彼女の声には若干のパニックが含まれていた。
「君は、オペラをプレゼントしてくれたろ?」
グリッソムが言い返すと、サラはブンブンと首を横に振った。
「だから、あなたが食事を出すんでしょ?」
それで交換は成り立つ。サラはそう思っていたのだ。だから突然、贈り物があると言われ、自分は全く彼に物を贈ることは考えていなかったから、実際、とても焦っていた。
「ああ・・・その、えっと・・・」
グリッソムは包みを持たない方の手で、首の後ろを掻いた。
「これは、ただ、その・・・」
グリッソムは必死で言葉を探した。
彼に必要以上に「依存」することに抵抗を感じているらしい彼女は、デート代もイーブンでないといつも文句を言った。独立心の強い彼女らしいと言えるが、それでは年上の男としての矜恃が持たない。給料に差があるのだからと説き伏せて、最近では3回に1回くらいの、ランチやコーヒー代を、彼女に出して貰うことで何とか折り合いを付けていた。
そんな彼女だから、贈り物を貰うのも、一方からだけでは、きっと落ち着かないのだろう。
それでも、彼はこれを彼女に贈りたかった。
元々は、いつも彼女が彼のために何かしてくれている気がして、彼も彼女に何かしたいという思いに最近駆られていたからだ。やっとで思いついたのが、彼女が唯一付けるアクセサリーのネックレスだった。せめて彼女が「好きだ」と分かっている物を、贈りたかった。
いい物が無ければ、手ぶらで帰るつもりで入った店で、これに一目惚れした。彼女が付けているところを見たかった。
きっと誰もが彼の選択としては「そのまますぎる」と笑うだろう。
それでも、彼はこれを買わずにはいられなかったのだ。
「君が、付けてるところを、どうしても見たくなったんだ」
サラの片方の眉が上がった。
箱の形、「付ける」物。推理は簡単だ。アクセサリーだろう。きっと、ネックレスだ。そう言えば先日、ロッカールームで彼女のネックレスを凝視していたっけ。
だがサラは、唇を尖らせたまま、両腕を組んで俯いた。
「そのドレスには、きっと、似合うと思うよ」
窺うように、グリッソムはサラを見た。
サラもまた、上目遣いでグリッソムを見た。
「君が思うような高価な物じゃないから、その、気にする必要は無いよ」
言い訳めいて言ってから、グリッソムは慌てて付け足した。
「だからといって、勿論、子供向けの安物ではないが」
サラは小さく溜め息をつき、両手を解いた。
「でしょうね」
そう言って彼女は軽く苦笑した。
「せめて、見てみるぐらいは、してみないか?気に入らなかったら、その・・・返品、するから」
サラはもう一度小さく息を吐き、それから軽く頷くと、彼の手から包みを受け取った。
しばらく迷っていたが、やがてサラはリボンを解き、包み紙を丁寧に剥がし始めた。まさか本当に返品するときのことを考えているのだろうか?
少々不安に思いながら、グリッソムはサラが箱を取り出し、蓋を開け、中を見て、小さく息を飲むのを見ていた。
彼女の口元に、微笑が浮かんだのを見て、グリッソムはほっと安堵の息をついた。
どうやら、返品の必要は無さそうだ。
サラがそっと箱から中身を取り出す。右手にチェーンを取り、左手でチャームを撫でた。
「『ベタ』すぎるのは、分かっているが・・・」
グリッソムは思わず頬を赤らめながら言った。我ながら、本当にどうしようもなく捻りのないものを選んでしまったと、今更ながらに恥ずかしくなっていた。
サラはちらりと横目でグリッソムを見たが、何も言わなかった。
「真ん中は黒曜石で、羽の青いのは、サファイアだ。君の、誕生石だから」
サラは指で小さな小さな蝶の羽をそっと撫でた。大きく深呼吸をする間、一瞬目をつぶって、それから目を開けてグリッソムを見上げた。
「ありがと、嬉しい」
彼女の顔に浮かんだ笑みに、グリッソムはやっと肩の力を抜いた。それから、彼女の手からネックレスを抜き取りながら、
「良ければ、その・・・」
首を軽く傾けて、サラに問いたげな視線を投げた。
サラは直ぐに彼の意を介したのか、彼にくるっと背を向けると、自ら首の後ろに手を回し、付けていたネックレスを外した。
ちらりと後ろを向いたサラに促されるように、グリッソムは両腕をゆっくり回し、彼女の首に蝶のネックレスをかけてやった。そして僅かに緊張する指で、金具を何とか止めた。集中するあまり、思わず舌が出ていたのだが、グリッソム自身はそれに気付いていなかった。
振り向いたサラは、俯いて指で少し蝶のチャームをいじってから、彼を見上げた。
「どう?」
グリッソムの顔には、じわじわと笑みが広がっていた。
「似合ってるよ、サラ」
そう言いながら、グリッソムは指を伸ばし、サラの胸元の蝶に触れた。そしてそのまま、指を下に向かって、彼女の胸の谷間に向かって滑らせた。
「コラ」
だがサラの手が早かった。彼の手を軽くはたいて落とすと、サラはグリッソムをねめつけた。
「まだ早いわよ、昆虫博士」
グリッソムは眉を上げてサラを見た。
「花の蜜を吸うには、まだ早いか」
グリッソムの言葉に、サラが軽く噴き出した。そして呆れたように何度も、首を振っていた。
グリッソムはそんな彼女の腰に両手を回すと、そっと抱き寄せた。
二人の目が合う。そして気付く間もなく、唇が重なり合っていた。
「ん・・・ギル」
サラが何か言いかけたとき、外で控えめにクラックションが鳴るのが聞こえた。
「おっと」
グリッソムは慌てて体を離した。
「待たせてるんだった」
「タクシーを?」
サラもまた慌てて彼の腕から離れると、急いでカバンを手に取った。
「いいかな?」
グリッソムはサラに向かってそう言いながら、左腕を曲げて三角に作った。
サラは微笑みながら、彼の腕を取った。
アパートの外で待っていたのは、タクシーでは無かった。
サラはあんぐりと口を開け、グリッソムを見た。
「どうしたの?」
グリッソムは肩をすくめた。
「頼んだ」
「そんなこと分かってるけど」
「お姫様の送迎だからな」
そう言いながら、グリッソムはリムジンに近づいた。
運転手が座席のドアを開ける。
グリッソムがはしゃぐようにサラを手招きした。
首を小さく振って笑いながら、サラは彼の手を取ってリムジンに乗り込んだ。
TBC.
AN2 : ラスベガスのオペラは、もっとカジュアルに見に行けるものらしいのですが、二人をドレスアップさせたかったので、地元のレギュラー公演じゃなくて、どこか本場の有名な劇団かなにかの特別公演を見に行った・・・ということで納得して下さい(汗)
いっそ三大テノールとか登場させようかと思ったのですが、この頃にはもう皆さん亡くなっておられたようでして、断念しました。
グリッソムのセリフを日本語にしづらくて、悩んだのがいくつか。
ネックレスを付けてあげたくての「良ければ、その・・・」は、英語で"May I?"と言わせたいところ。
腕組みを促しての「いいかな?」は、"Shall we?"と言うグリッソムを想像して書きました。
最近、セリフはだいぶ英語で思いつくことが増えてきて、かといって全部を英語で書けるような能力は無く・・・もどかしいです。
