タナグラ」を統括する、真のエリートと呼ばれる者だけが住むことを許された、豪奢なプライベート・ルーム。

その、広々としたフロアに入ってくるなり、「まだ、スラムの垢が抜けないようだな」

表情のまったく読めないいつものクール・ボイスで、イアソンがそう言った。

リキはー無言のままだ。視線さえ、やらない。窓際のソファーにだらしなく背もたれたまま、きもせず外を眺めている。

別に、好きでそうしているわけではなかった。単なる、嫌がらせだ。

いや、はっきり言ってしまえば、そうやって、自分は嫌がらせをしているのだーと思いたがっているだけなのかもしれない。

意題返しにもならない、さきやかなー抵抗。

名前を呼ばれて、一度で振り返るのが飛にさわるのだ。たとえ、それが、取るに足らないプライドなのだとしても…。

"ペット"は"主人"に絶対服従。

主人がその名を呼べば、どこにいても、何をさておいても飛んでいく。それが、ペットとしての正しい在り方なのだ。この「エオス』では…。

慣習だから・・なのではない。

形式でもなければ、まして、義務でもない。

従順であることがペットの最低条件ならば、主人の関心を引き籠愛を得るための手練手管は、ペットにとっては自分の寿命を決める、言わば命綱である。なのに、リキは、かたくななまでに反抗のポーズを崩さなかった。

最初の十日間は、むき出しの拒絶を叩きつけるたびに、嫌というほど・・・・・暖がけた。

次の十日は、頭の芯が焼き切れるような屈辱で過ぎた。

そして、恥辱にまみれた痛償を噛み締めたまま、更に十日立ち……・・。

リキは今更のように、思い知ったのだ。暖が嗄れるほどの『声も、とがりきった意地も、あからさまな敵意も、まやかしではない絶大なる権力の前では無力に等しいのだと。

己が己であるための、デッド・ライン。

だからこそのーレジスタンス。

ブロンディーの足下で飼われていながら、リキは"リキ"以外の何者にもなれない自分を意識する。痛烈に…。

窓の外は、さながら光のイリュージョンだ。深い、ラベンダー・ブルーの闇を様々な色彩が回遊ぎ、飛びかい、点滅を繰り返す。

見慣れた不夜城の毒々しさとは異質なその輝きは、ある意味において、リキに新鮮な感動と驚愕をもたらした。その存在が是か非かは別にして、目に沁み入る美しさというものは、あるべき所にあるものなのだろうと。

だから!それは、きっと、どこの誰が見ても、その美しさに変わりはないのだろう、と。

物の価値観は、踏みしめた足の位置で決まる。リキはずっと、そう思ってきた。

スラムでの熱く寒い日々に流されても、それは絶えず、頭のへりにこびりついて離れなかった。

一番確かなものは、自分の手でつかみ取った真実だけ…・・・・・。

欲しいものは、自分で取るーのだ。物欲し顔でただ待っているだけでは、何も変わらない。

リキはヘガーディアンで、スラムで、身をもってそれを知った。

時間は、日々、同じ速さで流れていくが、「幸運」が誰の頭上にも等しく降り注ぐわけではない。

まして、スラムにはそんな『幸運』など、どこにも転がってはいなかった。

淀んでしこったスラムの悪臭にまみれたまま、終わりたくはないー立ち。

じっと立ち止まったままでは、窒息してしまいそうなー焦り。

だが、あの頃は、何をすればいいのかさえわからなかった。

目の前にあるのは、名のみの"自由"だ。

上も下も、横も、奥も、見えない壁が立ち塞がっている。その、圧搾された絶望感...。

それゆえ、スラムは、いつの時代でも"血"と"暴力"を渇望するのだろう。あきらめと苛立ちの咆哮を繰り返し、満たされない飢えと渇きに暖を灼きながら。

ワン・ステップでも、ツー・ステップでもいい。最低最悪の底辺から浮かび上がれるのなら1そう、思わぬ者はない。

自分の足下にある現実から這い上がるための手段なら、それこそ[表」も[裏」も関係ない。チャンスは、あるときにつかみ取るのだ。素早く、しっかり、両の腕で。

だが。雑種・•••・と蔑まれる(ケレス)の住人には、そのきっかけを拾うチャンスすらままならないのが現実だ。

だから-閣ブローカーのカッツェから、

「他人のフトコロを当てにするよりは、安全・確実に稼げる」そう声をかけられたとき、リキは、ためらいもしなかった。

何の代償もなしに這い上がれるチャンスなど、ない。

それゆえに、自らへバイソンの頭も抜けたのだ。カッツェの言う「安全で確実に稼げる」話が片手間にやれる仕事だとは思わなかったし、ケジメだけはきっちりつけておきたいと思ったからだ。

それは取りも直さず、すでに自身の血肉の一部でもある"ガイ"という片羽さえも切って捨てることなのだと知りながら、それでもリキは、唯一与えられた、最初で最後かもしれないチャンスをみすみす逃したくはなかったのだ。

這い上がるということは、そういうことだと思った。

自分の身体以外、失う物など何もないのだ。ならばしその血肉を、心を、誰に切り売りしたところでどれほどのことがあろうか、と。

すべてを納得づくで、リキは選んだのだ。

(成り上がってやるッ!)

むき出しのプライドだけを武器にして。

だから、何があっても、常に前だけを見据えていられた。

しかし 一いにしえの女神の名を冠した最高級コンドミニアム「エオス』の最上階で、目にも鮮やかな光のイリュージョンの美しさに目を奪われたとき、リキは、同時に、物の価値観そのものが恋から揺らいでしまうような怖じ気さえ覚えたのだった。

あの、スラムを身先で明るように立ちがる不夜城ですら、ここから見れば、ただの、ちっぽけな光の渦にすぎない。

今まで目にしてきたものがすべてではなく、それさえもが、巨大な都市のごくわずかな一翼でしかないのだと、今更のように気付かされるー衝擊。

その元Mとも言うべき男が、ここにいる。「タナグラ」での最高位を誇る美様は、その実、魔王よりも悪辣非道な暴君であった。

眉ひとつ動かすことなく、リキのプライドを切り刻むー辛辣さ。

声の調子すら変えず、際限なくリキをいたぶるー酷語さ。

スラムにも、他人が流す血の色だけを好む冷酷なクレイジーはいた。だが、ただ生理的な嫌悪感しかもよおさないような奴らでも、イアソンが醸し出すそれに比べれば、まだしも、血の気の通った人間味が残っていた。

「リキ」

イアソンが呼ぶ。しなりのきいた声に硬質のトーンを滲ませて・・・・・。

「来い」

主人の威厳を込めて、ただ一言。

そうやって初めて、ゆうるりと、リキは振り返る。

貝ーだけで。

いつものように、きついものを孕んだまま。

見つめる背除と黒瞳が互いを弾き、対極の沈黙をめ取る。

イアソンは動かない。いつもの場所で優雅にくつろいだまま、視線だけでリキの鼓動をかき乱す。

その、絶対者だけに許されるー傷慢。

他に類を見ない怜悧な美貌が、理不尽にも、更にいっそうの艶を添える。

揺らがないのはヘブロンディーとしての誇りと威厳。たかだかスラムのチンピラふぜいが、対等に張れるわけもない。

この世に"生"を受けたその瞬間にすべての権力を約束された男と、生まれ落ちた瞬間にすべての権利を奪された ー 男。

それゆえに、雑種としての自覚は痛烈であった。

「おまえは、ペットだ』

ーと言われても、身に染みついたスラムの垢がそう簡単に落ちるわけはない。いや、落としてはならないのだとリキは思った。

取るに足りない、雑種としてのプライド。それこそが、すべてを剥ぎ取られた今の自分が持てる唯一のプロテクターなのだから・・・・・・と。

スラムの"クズ"と蔑まれる屈辱と、ペットという名の最低のッカス"・・・・・。ならば、雑種は雑種"らしくあればいいのだ。粗野で、下品な活きのよさが、ただひとつの取り柄なのだから。

しかし、リキは気付かない。そのかたくなな自尊心が、必要以上にイアソンをあおっているのだと。

いやーリキには、考えもつかないのだった。『タナグラ』においてはエリート中のエリートであるヘブロンディー)が、雑種に対してそういう感情を持つことすら…・・・・・。

だからーリキは媚びるどころか、牙をむき出しにして抗うことを隠そうともしなかった。

ただひたすら、毛色の変わった"ペット"であることを強要するイアソンに対して、リキはあくまで、粗野な"雑種"であることに固執した。それが、唯一の矜持であるかのように。

無意識の挑発は、故意にやるより始末が悪い。たぶん、それを誰よりも先に見切っていたのは、部屋付きのヘファニチャーであるダリルだったかもしれない。

リキに向けて放つ、羨望と同情。そしてーそれにる、やりどころのない嫉妬の狭間で。

「この一ヵ月で、少しはマシになったかと思ったが…・・・・。。どうやら、面の皮一枚、剥がれただけらしいな」

何があっても、決して声を荒げたことのない静かなる暴君は、そう言って、かすかに脳を切れ上げ「来い。リキ」

わずかにトーンが変わる。

それだけで、大気までが急に冷え込んだかのような錯覚に、リキはじっとり、息を詰めた。

「同じことは二度言わせるなと、言ったはずだが?」言外に、ある種の凄みをきかせ、低く、静かに恫喝する。

イアソンのプライベート・ルームで素裸のまま飼われてから、やがて一ヵ月。屈辱が差恥を舐め尽くしても、プライドは、まだ、かろうじてこびりついている。それでも、正面切ってイアソンに見据えられると、うぶ毛がそそけだってどうしようもなかった。

この一ヵ月で、リキは、いやというほど味わってきた。同じ命令が三度繰り返されることはない、のだと。

タカをくくった明笑が、悪態が、思いもせぬ形で、しかも不様なほどあっさり、そして…・・・容赦もなく次々にへし折られてしまったとき、リキは初めて知ったのだ。深く、静かに心を蝕む恐怖があることを。

イアソンの者、眠が、これが最後なのだと言わんばかりの冷酷さで、リキに命ずる。

来いッ!-と。

つられるようにぎこちなく腰を上げかけて、リキは、思わず唇を噛む。

だが、そのまま何もなかったかのように、また腰を据えてしまうだけの根性は、もう•••••なかった。

なぜなら、リキは骨身に染みていたからだ。三度目の警告が、すなわち、不服従に対する体罰を兼ねていることを。

命令を無視して殴られるのだったら、まだいい。スラム託の捨てゼリフのひとつやふたつ、吐いてもみせただろう。

だが、イアソンは、ただダリルに命じるだけなのだ。

「ペットの不始末はおまえの責任だ、ダリル。主人の命令が素直に聞けないというのであれば、その気になるよう、おまえが教えてやるがいい。そうだな。まずはーマスターベーションのやり方からだ。楽しませてやってもいい。だが、いかせるな。最後は、必ず、自分で始末をさせろ。いいな?」

-と。

ダリルは、イアソンの命令に忠実であった。いや、忠実であろうとした。力でもって、リキがそれを拒絶しなければ・・・・・・・

叩いても、殴っても、蹴り飛ばしても、ダリルはにじり寄ってきた。切れた唇の血を拭いもせず、いつものポーカーフェイスをわずかに歪めながら、それでも、あくまで主人の命令に忠実であろうとするダリルに、リキは、怒気というよりはむしろ言い知れぬ備気を覚えた。

イアソンは、黙ってそれを見ている。

リキが根負けして、怒号まじりにイアソンの名を呼ぶまで、ただ、じっと見ているだけなのだ。

リキがダリルを殴っても、イアソンは何も言わない。しかし、ダリルが何かの拍子に思わずその手を振り上げたとき、背後から、イアソンの低く、厳しい叱責が飛んだ。

「ダリルっ。おまえはヘファニチャーだ。それを忘れるな」いつもは表情の乏しいダリルの顔が、その瞬間、引き挙れるように歪んで落ちた。

リオはーー忘れない。

小刻みに震える唇を。

悔しげに歪む…双眸を。

そして、唐突に気付いた。ペットも、ヘファニチャー)も、同じケージの中で飼われている生きたおもちゃなのだと。

重く、苦いものがリキのをいた。

それでも、リキは、なし崩しにすべてを投げ出してしまいはしなかった。議れないものは、どうしたって譲れないのだ、と。

しかし、同時にそれは、後のない、切羽詰まったストイックささえ感じさせて、内心、ダリルをギョッ・・・とさせた。

リキがその身に隠し持った、セクシャルな艶。

それは、リキが追い詰められて逃げ場を失うほどに、際立って甘やかな輝きを放つのだ。まるで、贅肉をそぎ落とした裸体から、魂の本質が滲み出るような、ひどく繊細な色香を…・・・・。

だが皮肉なことに、リキだけがそれを知らなかった。

あるいは、イアソンは、そうやってダリルをけしかけることで、リキの本質を見極めようとしたのかもしれない。

もっとも、リキにとってイアソンは、唯一絶対の暴君でしかなかった。

「さすがヘパイソンのヘッドは筋金入りだな。金看板はダテではなかった・・・・・ということか。では

一おまえがそうやって後生大事に抱え込んでいるプライドとやらを、わたしが、根こそぎ搾り取ってやろう』

いつものように、手袋越しに顎をつかまれてそう告げられたとき、錯覚でも気のせいでもなく、リキは確かに、全身から血の気の引く音を聞いたのだ。

それが、ただの揶揄でも単なる脅しでもないのだと、後日、リキは身に染みて知ることになった。

声を荒げず、ムチ打たず、だがイアソンは情け容赦もなくリキを締め上げた。リキが、自分の意志で足を開き、果てるまで。

何度も。

何度 ……。

ペットとはそういうものだと、リキは、言葉ではなく、身体で覚え込まされたのだ。ガイと同じはしばみ色の瞳を持つ、ダリルの目の前で…・・・・。

ふて腐れたまま、リキは、無造作に、イアソンの前に立った。

「相変わらず、ダリルの手を焼かせているようだな」

焼き切れたはずの羞恥は、だが、イアソンの舐めるような視線にムクリ・・・と頭をもたげそうになる。

だから、

「一自分の応は自分であく。今更、主義を変えるつもりはねぇ」ことさらぶっきらぼうに、リキはそっぽを向いた。

すると、イアソンは、こともなげに言ってのけた。

「一ヵ月で覚えたのはマスターベーションだけ、とは、情けないな。これでは、ペットの顔見せなど、とうていおぼつかんな」

「ならーーそういう奴を飼えよ。タナグラのブロンディーさまは、なんだって選り取りみどりの、けっこうなご身分なんだろォ?」当てこすりには程遠い辛辣さで、リキが睨む。

たが、イアソンは、それすらも邪にかけず、

「今更、そういうわけにもいくまい。ヘブロンディーがスラムの雑種をペットにするなど、前代未聞の大ひんしゅく・・・・・・だと、サロンでは、けっこうな噂の的らしいからな。心配するな。ちゃんと、ブロンディーのペットらしくしつけてから品会へ出してやる」まるで他人事のような口ぶりで、リキを見据えた。

ケッーと吐き捨て、リキは再び、そっぽを向く。

それでも、イアソンは眉ひとつひそめなかった。

「座れ」

命令は、いつも簡潔であった。

しかし。そのまましゃがみかけたリキは、「そこではなく、ここだ」

イアソンが自分の膝を指差すのを見て、顔色を一変させた。

この一ヵ月、イアソンの膝の上に乗せられたときは必ず、ダリルの口淫が待っていたからである。

しっかり腰を固定され、両足を閉じることができないように大きく段間をむき出しにされたまま、快感で血門が引き攣れるほど容数のないフェラチオを強制されるのだ。しかも、絶対、いかせてはもらえない。

そんなー思い出したくもない光景が、不意にフラッシュ・バックする。まして、「どうした、何を伝えている?」

嘲笑めいた口調は、ことさらリキを刺激せずにはおかない。

ましてー

「ダリルを、呼ぶか?」

その一言に、ゾワリ・・・と肌が栗立つ。その不供感をもいでちぎるような激しさで、リキはすっぽりイアソンの腕の中に納まった。

「ほお、ずいぶん、聞き分けがよくなってきたではないか。あれは!そんなに、こたえたか?」

クツクツ・・・と嘲るように、耳元でイアソンが笑う。

だが、リキは1屈辱と羞恥のダブル・パンチに唇を引き攣らせたまま、とっさに、悪態のひとつも吐き出すことができない。

「パーティーは二ヵ月後だ。それまでに、なんとか格好がつくように、これからは、わたしがこの手で、しつけてやろう」

それでも、最後の最後、雑種としての意地が、それを言わせずにはおかなかった。

「物笑いの、タネだぜ。スラムの雑種は、下品で、汚らしいサル・・・・・だからな」自分をことさら卑下しながら、返す言葉で、そういうクズを"ペット"にする物好きをも痛烈に当てこする。

がーしかし。イアソンの声音は微塵も揺るがない。

「飼い主への口のきき方ひとつ知らない下等なサルにも、何かひとつくらい、取り柄はあるものだ。

それを、見極めてやろう」

言うなり、イアソンは指の先でスッ.・・と、リキの首筋をなで上げた。

「パーティーに出す以上、わたしも、恥はかきたくないのでな」リキは、口の中で低く罵りながら、下唇を噛み締めた。

結局、いつだって、好きなように鼻先で冷たくあしらわれるのだ。それがわかっているからこそ、リキはいつでも、ピリピリと神経をとがらせていなければならなかった。

長く、しなやかなイアソンの指がゆったり、素肌をすべる。

そのとき、初めて、リキは気付いた。イアソンが手袋をしていないことに。

ゆうるりと、指がなで上げる。脇腹を、胸を、暖を。まるでー柔らかな愛撫を施すように。

束の間、リキは息を呑む。その、あまりにやさしい感触がじられずに。

ペット相手の冗談にしては、タチが悪るすぎるのではないか一と

指の腹で、なぞり。

指の先で、つまみ。

掌に吸いつかせるように、ゆったり、イアソンが抱き寄せる。先の読めない不安感で硬直した、リキの心と身体を解きほぐすように・・・・・。

(一違うッ)

思わず、リキは叫ぶ。声にならない声を噛んで。

(こんなはず・・・・・・・ないッ)

ーと。

苛立ちにまみれた狼狽は、それだけで、予期せぬ耳朶の熱ささえも誘ってしまう。

絡む指の、甘さ。

ふれる唇のー熱さ。

そして。ゆるく、おだやかに、高められていく鼓動・・・・・。

それは、リキに、しっくりなじんだガイとの交わりを思い出させずにはおかなかった。

肌を合わせ、身体を重ね、互いを貪り合う至福。抱くことも、抱かれることも、ガイとの間では何の製品もなかった。

そうやって、リキが慣れ親しんだガイとの日々を思い出すことで、自尊心を覆った堅い皺が、静かにヒビ割れていく。リキ自身、そうと自覚しないままに…・・。

セックスに慣れた身体は、芯が抜けてしまえばたやすく快楽に溶ける。それを知っていたからこそ、リキは過剰なまでにピリピリと張り詰めていた。

羞恥が焼き切れるほど深々と、ダリルにくわえ込まれたときも・・・・。イアソンの目の前で屈辱的な自慰を強要されるときでさえ、快感に流されることよりも緊張の方が強かった。

だが、今、与えられる快感の思ってもみないおだやかさに、リキはうっとり、身も心もね始めていた。

ガイの、指...

ガイの、唇…..。

ガイ、のー

そんなことはありえない幻覚だとわかってはいても、イアソンの愛撫は、そう錯覚させずにはおかないほど甘く、そして一限りなくやさしかった。

身体のすみずみまで、くまなくまさぐる愛撫の手。

快感がリキをあおり。

更なる快感をリキが求め。

イアソンの指が、確実に、それをなぞっていく。

それゆえ、リキは気付きもしなかった。快感を追い求めることで、自分のすべてを晒け出していることに・・・..。

イアソンは笑う。唇の端だけで、うっすらと…・・・・。

決して膝を屈しようとしなかった、いつでも警戒心をむき出しにしたペットが、快楽に溶けていく様を見つめながら、満足そうに、冷たく笑った。

本来ならば、視線さえ、ふれあう接点を持たないふたりであった。

「タナグラ」の栄光と誇りのすべてを統轄するーヘブロンディーと、己のプライドだけが唯一のプロテクターである・••・スラムの"雑種"。

秒刻みで軽然と時間が流れゆく「タナグラ」ではなく。圧殺された自由の重さに泣く(ケレス)でもなく・・・・・・。猥雑と背徳が人の青を押す「ミダス』で出会ったことが、すべての始まりであった。

決して出会うはずのないー海運命"と呼ぶには重すぎるこのわずかな偶然が、やがて、さまざま

な"人"の想いを揚め取っていく。

静かに、

煮く。

痺れるほどに、

ー深く。

そうして。

想いは一味の狂気を孕み、へ愛という名の凶器になる。

今は、誰も、気付かない。

まだ、何も'動かない。

愛)という名の凶器がそれぞれの魂を深く裂いて走るまで、あと、四年、膨間は流れていく。誰もが予想だにしなかった、終末に向かって…・・・・。